光のもとで2

葉野りるは

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January

意思の疎通とは…… Side 司 02-01話

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 翠たちが立ち去ったあと、警護の人間と合流しようとしたところ、高遠さんからNGを食らった。
「本日は翠葉お嬢様のお誘いでいらっしゃっているのですから、翠葉お嬢様とご一緒にいられるべきです」
 にこやかに却下を申し渡され、強引に進行方向を変えられる。
 確かにプロポーズするだけして投げっぱなしというのはどうかとは思うけど、俺、どちらかといういうと全然関係ない第三者に翠を強奪されたんだけど……。
 背を押され、渋々簾条たちのあとを追うと、自宅の玄関で俺が来るのを待っていたらしい佐野に地下へと案内された。
 しかし、この部屋に入ったところで翠は簾条たちにガッチリ囲われているのだろうし、ほかの人間の好機の目に晒されることを思えば入ろうという選択肢は消え失せる。
 足を止めたところに都合よく長椅子が置かれており、俺は迷うことなく腰を下ろした。すると、まるで付き合うとでも言うかのように、佐野も俺の隣に腰を下ろした。
「飛鳥、聞いてよ。あの男、こともあろうことか四月の時点でプロポーズまでしてたのよっ?」
 開け放たれたドアの内側から聞こえてきたのは簾条の声。
 唐突に始まった女子の井戸端会議を複雑な思いで聞いていると、隣の佐野は俺以上に複雑そうな表情に苦笑を貼り付けていた。
「交際を申し込むと同時にプロポーズまでしてたってことっ。ほんっと、手抜かりないっていうか、図々しいにもほどがあるっていうか、合理性ばかり求めてデリカシーの欠片もないんだからっ」
 手抜かりない――は当たっている。むしろ、翠の逃げ場をなくすために話したようなものなのだから。
 図々しい――これはどうなのだろう。図々しいというよりは、勢いに任せて取れる確約なり言質はすべて取り付けるつもりだっただけなんだが……。
 合理性――これは個人的に好きな言葉だから問題ないが、「デリカシーに欠ける」とはいかがなものか。
 この場合、プロポーズをプロポーズとして認識できなかった翠側にだって、デリカシーの欠如は当てはまると思う。
 頭の中で分析や文句を連ねていると、翠のか細い声が聞こえてきた。
「私、四月の時点ではお付き合いするしないって話だけで頭がいっぱいで……」
 ……翠の処理能力ってそんなに低かったか?
 少し考えて、そう言われてみればあまり処理速度は速くないし容量に余裕もなかった気がしてくる。だから、そのたびにリカバリーしてやると言ったわけだけど――何、今回のって俺が悪いの? すでにリカバリーが必要な状況……?
「その先に『結婚』を示唆されたことには気づいていたのだけど、あのときの返事で婚約が成立していたとは思ってなかったの」
 パソコンのスペックに置き換えて考えてしまうと途端に、無謀なものを投げつけたのが自分なんじゃないか、という思いに駆られる。
「でもさでもさ、クリスマスパーティーで指輪もらったときにはちゃんと自覚してたんじゃないの~?」
 立花の問いかけに、翠はまたしても難色示した、
「ん~……それなのだけど、婚約指輪の代わりのリングであることは理解していたのだけど、『正式に婚約するまではそれをつけてて』って言われたから、てっきり婚約はこれからするものだと思っていて……」
 それはっ――今はまだ口約束の婚約状態だけど、俺が高校を卒業したらきちんとするっていう意味で――……って、俺がここで思っていてもなんの意味もないし……。
 翠の処理速度の低さと俺の伝達能力の低さが合わさると、こういう結果になるわけか……。
 盗み聞きはよくないけれど、なんだかものすごく勉強になった気がする。
 今後の対策を脳内タスクへ書き込んでいると、またしても立花の声が聞こえてきた。
「言葉如何どうあれ、好きな人にプロポーズされたんだよ? 嬉しくないの? 一応今婚約状態なんでしょ?」
 言葉如何とはなんともひどい言われよう……。翠相手にどんな言葉を使えばプロポーズと認識されるのか――こっちは翠の突飛な思考回路の逃げ場をなくすことに常に必死だというのに。
 すると翠は、
「プロポーズって……こんなものなのかな……」
 とても小さな声で、呟くように口にした。
 どういう意味……?
 俺の疑問を言葉にしてくれる立花に感謝を覚えなくもない。
 翠は自分の中にある気持ちを少しずつ言葉へ変換するみたいにゆっくりと話しだした。
「あのね、ちょっと色んなことにびっくりしているの……。プロポーズされていたことに気づけなかったことも、日常会話的にプロポーズが終わってしまっていたことも……」
 そこまで聞いて思わずうな垂れたくなる。
 俺にとっては割と本気腰のプロポーズだったわけだけど、翠にとっては日常会話でしかなかったのか。ここまでくると、プロポーズに気づく気づけないの話ではない気がしてくる。
「プロポーズって、もっとドキドキしたり、言葉に言い表せないほど嬉しさがこみ上げてくるものだと思っていて、でも実際は、全然そんなことなくて、なんか『あれ?』ってなっちゃって……」
 その言葉に、心臓に冷や水をかけられた気分になる。
 プロポーズってドキドキしたり、嬉しく思うものなのか?
 それを踏まえてさっきの翠を思い出すと、婚約に異存はないとは言ってくれたけど、終始戸惑った表情で、嬉しそうな顔はひとつも見せなかった。
「なのに、婚約発表をするとか、話だけは先に進んでいて、現実味がないって話したら会食をするからっどうのって話になって……」
 なんだか、今になってようやく「現実味がない」の中身がわかった気分。
 翠の意識は「婚約」にも至っていなければ、「結婚」なんてまるで現実味のない夢物語のような認識なのだろう。
 この意識差はどうしたら埋められるものなのか……。
 いっそのこと本当の婚約指輪を渡す? それとも、学生結婚できるほどに貯金があり、収入のあてがあることを話して聞かせる? いっそのこと、婚約届けでも取りに行くか?
 否、違う……そういうことじゃない?
 真面目に考えているつもりなのに、どれも的外れな気がしてきて悩ましい。
 次なる手を考えていると、
「それ、全部目の前で聞かせてもらったけれど、すべて藤宮司の話の持って行き方に原因があると思うのだけど」
 簾条のその物言いに、一瞬殺意を覚える。
 おまえなら、翠が微塵も勘違いせず聞き届ける言葉を並べられるとでも言うのか。
「でももし……もし私が、四月のツカサの言葉をきちんと理解することができていたなら、もう少し違った感じに聞こえたのかな、って……。そう思うと、なんだか色々申し訳ないやらもったいないやら……」
 そこまで言われて俺は頭を抱える羽目になる。
 違う……喜ばせようと思ってプロポーズしたわけじゃないけど、申し訳ないと思われたくて言った言葉でもない。
 そもそも、プロポーズでドキドキって何? 嬉しさがこみ上げてくるって何に対して……?
 いまいち翠の求めるものの根本を理解できていない気がする。と、
「翠葉……わかっていると思うけど、たとえ翠葉が間違わずに話の流れを理解していたとしても、藤宮司のあの文言がロマンチックに聞こえてくることはないわよ?」
 その言葉に、鈍器で頭を殴られた気がした。
 ろ、ろまんちっく……? ロマンチックってなんだ……? ――否、語句の意味はわかる。
 現実の平凡さや冷たさを離れ、甘美で空想的、情緒的または情熱的であるさま、だ。
 しかし未来の話をしようというのに、現実から離れてどうする? 甘美はともかく、空想的な話をする気はさらさらないんだけど……。さらには情緒的だの情熱的だの――どれをとっても俺が苦手とする分野じゃないか。
 この場合の情緒的とは何を指すのか。はたまた、情熱的にプロポーズをするというのはどんなプロポーズを指すのか。
 行き詰って佐野を見ると、
「ひっ――無理っすよっ。俺、プロポーズとか考えたことありませんもん! こういうのは秋斗先生の専門分野じゃ?」
 そこまで言われて確かに、と思うと同時、どうしようもなく舌打ちしたくなる。と、
「えっ? 翠葉っ!?」
「翠葉どうしたのっ!?」
 それまでの声音とは違い、何が起きたのかと室内に入る。すると、床に横たわる翠がいた。
 その格好にため息をつきたくなる。
 こんなにあたたかい屋内で、コートを着たままいたら自分の身体がどういう反応を起こすのかくらいわかっているはずなのに……。
 翠のポシェットからスマホを取り出しディスプレイに表示される数字をチェックする。
 そこには、普段より低い血圧と、いつもより速い脈拍が表示されていた。
「ちょっと、どうなのっ!?」
 血相を変えた簾条に噛み付かれ、
「あたたかい部屋でコートを脱がずにいたらこうもなる。外に行って身体を冷やしてくる」
「えっ? でも、身体冷やしたら身体の痛みに障らない?」
「それは程度問題。今は身体を冷やすほうが先決」
 そこまで話し、翠を抱え上げようとしたとき、警護班から連絡が入った。
『武明です。今、翠葉お嬢様の血圧が――』
「わかってる。すぐに場所を移動して対処するから問題ない。もし医師の処置が必要ならこっちから連絡する」
『かしこまりました』
 通話を切り翠を抱え上げると、
「先輩、外って……?」
「……普通に外。屋外だけど……」
「いやいやいや、さすがにそれはアレなので……。良ければ俺の部屋貸します」
「助かる」
 ただ、佐野の使ってるベッドに寝かせるのには抵抗がある。ま、背に腹は変えられないか……。
 佐野について二階へ上がると、佐野の自室には来客用と思われる布団一式が敷かれていた。
「これ、今日泊まりにきた従兄が使う予定なんですけど、まだ使ってないんで気にせず使ってください。でも――」
 と、佐野は二階へ上がる途中で調達してきた大判のバスタオルをシーツの上部に敷いた。
「御園生が使ったあとをほかの男に使われるのって結構抵抗ありません? 俺だったらいやかな、と思って……」
 それだけ言うと、佐野は部屋を出て行った。
「……意外と気がきくんだな」
 そんなことを思いつつ、俺は翠を布団の上に下ろした。
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