光のもとで2

葉野りるは

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October

紫苑祭一日目 Side 翠葉 09話

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「おかしいな、とは思っていたんです。体育委員と実行委員に打診しなくちゃいけないのにあんなにも早く変更されるなんて」
「あはは、こういうカラクリでした。……で、その日の放課後だったよね。組の全体集会で競技に出る人間を選出したのって」
 私たちはようやく相槌を打つことができた。
「三年は御園生さんを支持してたし二年も間違いなく賛成する。つまり、多数決をとれば必ず可決される状態っていうか、多数決をとる前から確定していたも同然だったんだ」
 悪びれることなく話す風間先輩に、私はうな垂れたい衝動に駆られていた。
 なんというか、いとも簡単に嵌められた自分が少々恨めしい。
 あの日は一日目の競技から順番に選手を決めていき、ワルツの代表を決めるときには場が十分に盛り上がっていた。
 その盛り上がりの中、
「じゃぁ、次っ! ワルツの代表決めるよー! 知ってのとおり、うちの組には姫がいる。そんなわけで、一組目の女子は御園生さんにお願いしたいってのが三年の総意。すでに御園生さんの承諾は得てるから、あとは一年と二年が了承すれば確定。どうかな?」
 いくら三年生全員が賛成しているとはいえ、「姫だから」というだけでこれだけ多くの人が賛成するわけがないと思っていた。でも、私の想像に反して大多数の賛成意見のもと、あっさりと承認されてしまったのだ。
 このときの私は「姫だから」の意味をきちんと理解していなかったから、こんなにも簡単に承認されていいのかと不安を覚えたけれど、この学校の「姫と王子の恒例行事」ならすんなり承認されたのも頷ける。
 ただ、この時点で私が運動できないという事実をどのくらいの人が知っていただろう。
 もっと言うなら、私にダンスの評価がないことはおろか、この先ダンスの授業に参加することもないということを知らずに賛成したのではないか。
 それを考えると、一年生はちょっとした詐欺に遭ったのと変わらないし、後日谷崎さんのように不満を持つ人が現れても不思議なことではなくなる。
 そんなことを考えていると、
「反対意見やそれに順ずる要素はこの場で摘み取るつもりだったんだけど、結果的にはうまくいかなかった。ごめんね」
「そんなっ――……風間先輩は悪くないです」
「んー、でもねぇ……」
 言葉を濁す風間先輩の隣から、
「っていうか、従来どおり一学年一組の選出にしていればこんなことにはならなかったんじゃないですか? 少なくても、谷崎さんがうだうだ言う事態にはならなかったような気がする」
 海斗くんの言葉に桃華さんと風間先輩が緩くかぶりを振る。
「どっちにしろ、翠葉はダンスの評価を持たないわ。谷崎さんが成績を気にするのなら、たとえ自分が一年の代表に選ばれていたとしても、二年の代表に翠葉が相応しくないだのなんだのって文句を言ってきたんじゃないかしら」
「俺も簾条さんと同じ意見。それに、谷崎サンが御園生さんに絡む要因はほかにもあるんだ」
 ここにきて風間先輩が申し訳なさそうな表情になった。
 でも、私が谷崎さんに絡まれる要因って、何……?
 谷崎さんと接したのは今日が初めてだと思っていたけれど、実は以前どこかで顔を合わせていたのだろうか。
 今のところ一年生に呼び出される事態には陥っていないし……。
 四月からの記憶を掘り起こしていると、
「海斗がスルーしてるのは意外だったけど、簾条さんあたりは気づいてるんじゃない?」
 話を振られた桃華さんは思い当たる節があるのか、小さくため息をついた。
「起こりうるトラブルのひとつとして、くらいの認識です」
「さすがは女帝」
「お褒めに与り光栄です。……でも、こうなることを見越してあの男を引っ張りだした風間先輩のほうが上手かと存じます」
「あれ? そこまでばれてた?」
「えぇ。私、目ざといので」
 にこりと微笑んだ桃華さんは表情を変えて海斗くんを見やる。その視線たるや、呆れ以外のものを含んではいなかった。
「海斗、私たちが中等部二年のときの姫を忘れたの?」
 桃華さんのその言葉に海斗くんは、「ああっ!」と大きな声をあげた。
「そっか……谷崎さんって茜先輩のあとに姫になった子か!」
 海斗くんの様子に風間先輩がくつくつと笑い出す。
「ひっでー思い出し方。仮にも姫になった子だぞ?」
「だって……あの年一年限りだったしあまりインパクトなかったし……」
 その言葉に桃華さんと風間先輩が苦笑を漏らす。
「まぁな、俺らの代が中等部に上がってから二年間は茜先輩と藤宮がセットで姫と王子だったし、茜先輩が卒業してあえなく姫の代替わり、って感じだったからな。さらには御園生さんと海斗が谷崎サンのことを認知してなかったってことは、今年の姫が選ばれる際には候補にあがりさえしなかったんじゃないの?」
「当たりです。候補者は翠葉を含めてふたりいましたけど、残念ながら谷崎さんではありませんでした」
 話を聞いてうな垂れていると、佐野くんがポンポンと背中を叩き慰めてくれた。
「そんなわけで、『姫』を引っ張り出せば谷崎サンが突っかかってくることはある程度予測できてたんだよね。にもかかわらず、回避してあげらんなくてごめん」
 風間先輩は顔の前で両手を合わせて頭を下げた。
「わわわっ、そんなっ、やめてくださいっ」
 慌てる私の隣で、「あの、質問いいっすか?」と佐野くんが手をあげ口を挟んだ。
「ワルツの代表が姫と王子の恒例っていうのは理解したんですけど、組内で面倒が起こる予測までできててなんで御園生を推したんですか? それと、さっき簾条が言ってたやつ。わかってて藤宮先輩を引っ張り出したって何?」
 確かに、揉め事が起こるとわかっていて私を推す理由もわからなければ、ツカサを引っ張り出すというそれも気にかかる。
 答えを求めて風間先輩を見ると、
「主な謝罪はそっちかな?」
 え……?
「なんで三年が御園生さんを担ぎ出そうとしたのか。事の発端はそこ」
 まるで「単純明快」というように口にされたけれど、それだけでは私と佐野くんには理解ができなかった。けれど、海斗くんには理解ができたようだ。
「もしかして、ターゲットは司だったって話です?」
 海斗くんの言葉に風間先輩はニヤリと笑みを深めて応える。
「藤宮がペース乱すのって御園生さんが絡んだときのみじゃん? 願わくば、去年の紅葉祭のときみたいな藤宮をもう一度拝みたくってさ」
 風間先輩は悪そうな笑みを貼り付けたまま先を続ける。
「御園生さんがうちの代表になるのと同じ道理で藤宮も黒組の代表になるだろ? ってことはさ、藤宮も当日同じフロアで別のパートナーと踊るわけだよ。ただでさえ御園生さん以外の女子と踊りたくないと思っているところに、御園生さんも自分以外の男と踊るわけで、そんな状況じゃ笑顔でなんて踊れねぇって。去年の紅葉祭を前提に鑑みれば、間違いなく不機嫌オーラ全開で踊ることになるだろ? さらには、授業でダンスを習っていない御園生さんの手ほどきをほかの男に任せるとも思えない。藤宮なら間違いなく自分が教える。そこへきて、うちの組に危険分子がいるとわかれば御園生さんが困る事態にはならない策を施す。つまり、誰も文句が言えないレベルにまで御園生さんのダンスを仕上げてくる。それってさ、どこをとってもうちの組にはプラスでしかないからね」
 突如ペラペラと話し出した風間先輩は、話し終わると満足そうな笑みを見せた。
「結果、御園生さんのダンスは申し分ない仕上がり。普段お世辞を言わない静音が言ってた。授業の評価なら間違いなくトリプルAを取れるレベルだって」
 こんな目論見があったとは思わなかった私は、何も言えずに絶句していた。
 これ、立派な策略だ……。陰謀だ……。
 この手の思惑にツカサが気づいていないとは思えない。だとしたら、わかっていて乗じたということ……?
 ツカサの思考回路を知り尽くしているわけではないけれど、人の思惑どおりに動かされることを好まないことくらいはわかる。
 どうしよう……。これ、聞かなかったことにしちゃおうかな。
 そんなことを考えるくらいにはツカサの胸中を考えたくなかった。
「御園生さんにとっては迷惑な話かもしれないけど、こうでもしないと俺たちは藤宮に絡めないからね」
 それは……。
「ツカサと仲良くしたいということですか……?」
「あはは、言葉の選び方が御園生さんっぽいよね」
「……違うんですか?」
「仲良くっつーか……そうだなぁ、ニュアンスはちょっと違うけど、強ち間違ってない。俺、幼稚部から藤宮にいるのにまともに言葉交わしたことないからね。たぶん、俺ら三年で委員会や生徒会絡まず藤宮に話しかけられるのなんて美都と笹野、春日くらいじゃない?」
 言われて少し考える。
 そう言い切れるほどに風間先輩がツカサのことをよく見ているのか、名指しであげられるほどツカサの交友関係が狭いのか……。
 どちらにせよ、誰か気になる人がいて話したいと思うこと自体は珍しいことではない。でも、どうしてか希少価値っぽい感覚を覚えてしまった私は、風間先輩から目が離せなくなっていた。
 若干前のめりになっているのも否めない。
 そんな私を風間先輩はくつくつと笑い、
「もっとも、ちょっと前までのツンと澄ました藤宮には興味なんてなかったけどね」
「じゃ、どうして……?」
 今だって愛想がいいとは言えないし、ツンと澄ました表情はデフォルトだ。
「あいつ、変わったじゃん。御園生さんとかかわるようになって表情豊かになったし、人ともそこそこ話すようになった。そういうの見てたらどんなやつなのかな、って思うようになったし、俺、頭が切れる人間は基本的に好きなんだ」
 そんなふうに話す風間先輩を見て、海斗くんと桃華さんは微妙な表情をしている。桃華さんにいたっては「奇特な人」もしくは「ご愁傷様」というような表情に思えてならない。
 そんな視線に気づかないのか、
「あとはこの先の進路も同じだから、っていうのもあるかもな」
 え……? それはつまり……。
「風間先輩も藤宮の医学部を受けられるんですか?」
「そっ。俺んちも病院なの。だから医者になることは決まってて、どの大学に行くかちょっと悩んでたんだけど、結果的に藤宮に進むことにしたからさ。ま、俺は藤宮ほど成績良くないから普通の推薦入試だけどね。藤宮はAO入試だか指定校推薦入試って聞いたけど……?」
 私は今日二回目の戸惑いを感じていた。
 ツカサが藤宮の医学部を受けることは知っていた。でも、AO入試とか指定校推薦入試とかそういった具体的なことは何も知らないのだ。
 やっぱり、会話が少なすぎるのかな……。それとも、ツカサが意図して詳しく話してないだけなのかな……。
 そんなことを考えている間に時計は七時を指していた。
 風間先輩の号令で三学年が集まり、明日への意気込みを口にして解散。
 人が全員出るまで待っていたけれど、静音先輩と谷崎さんが戻ってくることはなかった。
「翠葉、気にしても仕方のないこともあるわ」
「そうだよ。翠葉ちゃん悪いことしてないし」
「ダンス対決までして獲得した代表権なんだから、明日はがんばってよね」
 桃華さんと美乃里さん、香月さんに次々と声をかけられ、
「うん、そうだね。明日もがんばるよ」
 そんなふうに応えはしたけれど、たぶんものすごく頼りない表情をしていただろう。
 申し訳なさを感じていると、
「御園生さん、ちょっといい?」
 風間先輩に呼び止められ、桃華さんたちとはその場で別れた。
 人のいなくなった小体育館には風間先輩と私のふたりだけ。
 風間先輩は少し言いづらそうな表情をしたけれど、口を開くときには真正面から私を見ていた。
「さっき俺、谷崎サンの申し出を受ける受けないは御園生さんの好きにしていいよって言ったじゃん?」
「はい……」
「それはさ、静音が認めるだけの実力を持っていたからっていうのもあるんだけど、御園生さん自身に谷崎サンを突っぱねるだけの気概を持って挑んでほしいと思ってたからなんだよね」
 ストレートすぎる言葉に私は一瞬で緊張状態に陥った。
 唾をゴクリと飲み込むと、
「御園生さんはそれだけの努力をしてきたでしょ? そういうの、自信にしていいと思うよ」
 風間先輩の言葉が頭の中でリフレインする。
 自信にして、いい……?
「もう何も起こらないと思いたいけど、それだって確実じゃない。明日、谷崎サンが何もアクションを起こさないなんて保証はどこにもないんだ。でも、もし何か言われても、どんなことが起こっても、それに動じず踊りきってよね」
 決してそう言われたわけじゃないのに、風間先輩の言葉は「信じてるからね」と変換され脳に届いた。
「……がんばります」
「うん。できればもっと自信たっぷりに言ってほしいかな」
 苦笑する風間先輩に私も苦笑を返す。
「自信たっぷりに言うのはちょっと難しいんですけど、ひとつ白状します。……私、谷崎さんに納得いかないって言われたとき、『今さら?』って思ってたんですよ?」
 風間先輩は目を見開きびっくりした顔をになる。
「それに、私も佐野くんも、明日は勝ちにいくつもりです。なので……大丈夫です」
 風間先輩がクスリと笑ったので首を傾げると、
「御園生さん、もしかして負けず嫌い?」
「え……? もしかしなくても負けず嫌いですよ? 試験では打倒海斗くんですし……」
「そっかそっか……。じゃ、俺の心配は杞憂だったかな」
 風間先輩は言いながら頭を掻き天井を仰ぐ。
「いいえ。決して杞憂ではないし、声をかけていただけてよかったです。……少しふわふわしている気持ちを引き締めてもらえた気がするので」
 真っ直ぐに風間先輩を見上げると、
「くっそ……やっぱ御園生さんかわいいよなぁ~……」
「えっ、あのっ――」
 急に頭を抱えて唸り始めるから焦ったけれど、風間先輩はすぐに体勢を立て直した。
「明日はお互いがんばろうね」
「……はいっ!」
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