153 / 271
November
藤山デート Side 翠葉 01話
しおりを挟む
昨夜、ツカサが帰ってしばらくして、一通のメールが届いた。
――「松葉杖は右手に負担かかるから却下で。明日も明後日も車椅子移動。芸大がそれで移動可能なのか、きちんと確認をとるように」。
読んで納得してしまう。
松葉杖をつくのに手首を捻る動作はないけれど、通常なら足にかかる体重を手と腕で補うのだから、負担がかかることに代わりはない。「負荷はかけるな」という昇さんの言いつけを守るなら、やめておいたほうが良いのだろう。
でも、車椅子……。
「車椅子かぁ……」
なんだかとっても大げさだ……。
足をかばわず歩けるか、と尋ねられたらそれは無理だけど、車椅子を使うほど重症かと問われると、それはそれで頭を抱えて唸りたくなってしまう。せめて手が使えたらこんなことにはならなかったのに。
「車椅子、かぁ~……」
私はうな垂れつつもメールアプリを起動し、怪我をした旨を伝えるべくメールの作成を始めた。
仙波先生へ送るとすぐに携帯が鳴り出し、
『怪我って足だけ? 手はっ!?』
いつもは落ち着いた先生の慌てた様子に驚き気おされる。
「あ……えぇと、主な怪我は足なのですが、右手もちょっと……。でも、大したことはなくて……」
『それ、ピアノが弾ける域の問題ですか?』
「……スミマセン。痛みが引くまではピアノの練習を控えるように言われてしまいました」
『……御園生さん、何においても手を守れ、とまでは言いませんが、せめて怪我を回避する程度の気遣いはしましょうか』
「はい……以後、気をつけます」
お小言が終わると、先生は大学がバリアフリーであることを教えてくれた。
その後、支倉の駅で待ち合わせをしていた柊ちゃんに事情を話し、待ち合わせ場所を大学正門前に変更してもらうと、私は疲労を訴える身体をすぐさまベッドへ横たえた。
明日は朝寝坊をしてしまおう……。
そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちたのだ。
意識下で鈍い痛みを感じ始めたとき、基礎体温計のアラームが鳴り出した。その直後、ラヴィの目覚まし――もとい、唯兄の声が部屋に響きだす。
唯兄の声で起きるのはだいぶ慣れた。
今となってはどれほどやかましく起こされても、「うん、うん……大丈夫、起きるから、うん」と適当に相手をすることだって可能だ。
何度目かの唯兄の声に手を伸ばし、ラヴィの中に入っている目覚まし時計を止める。
「ラヴィ、おはよう。今日もかわいいね。でも、右耳にちょっと寝癖がついてるよ」
クスクスと笑いながら寝癖を撫で付けるも、それがすぐに直ることはなかった。
ラヴィを抱っこしたまま体温を測り、出かけるまでのシミュレーションをする。
洗顔、着替え、朝食――……片付け、と行きたいところだけど、この足でちょこまか動くのは得策とは言いがたい。とはいえ、紫苑祭の準備にかまけていて部屋が少々雑然としてしまっている感が否めない。
「ん~…………どう考えても掃除機をかけるのは無理よね」
座って片付けられるものを片付けたら、あとは唯兄に手伝ってもらうことにしよう。
「さ、洗顔しに行こうっ!」
ベッドから立ち上がろうとしたとき、
「っつ――」
あまりの痛さにのた打ち回る。
バシバシとベッドを叩いて痛さをやり過ごし、目に滲んだ涙を拭う。
起きたときから足の痛みは感じていたし、つい今しがた、足を怪我していることをきちんと認識していたではないか。なのにこのざま……。
「どうして右足から踏み出しちゃったかな……」
足を見てみるも、昨日より腫れがひどくなったということはない。そんなことにほっとしつつ、二度と同じことを繰り返さないため、「右足注意」の貼紙を部屋中に貼ろう、と心に決めた。
身支度を済ませてリビングへ行くと、唯兄がキッチンでカチャカチャと音を立てていた。
この音は、唯兄が愛すべきインスタントコーヒーにたくさんのお砂糖を入れ、スプーンで攪拌している音。
私に気づくと、
「あ、お寝坊さんの登場だ」
「はい、お寝坊さんです。久し振りにゆっくり眠れて幸せだった」
「それは何より」
唯兄の背後を通り過ぎ、冷蔵庫からリンゴジュースとミネラルウォーターを取り出すと、私は慣れた手つきで水割りりんごジュースを作る。
「リィのそれは相変わらずだね」
「唯兄だって……」
「まぁね」
「ところで、唯兄は朝ごはん食べた?」
「まだ。俺もお寝坊グルーピーでして、そろそろリィが起きてくるだろうから、と思って待ってた」
「わ、嬉しい!」
ひとりで食べるご飯ほど味気ないものはないし、唯兄が一緒だと、ご飯の準備がとても楽しいものに変わるのだ。
「それじゃ、何食べよっかねぇ……」
ふたりがまず目をやったのは炊飯器。しかし、炊飯器は空を知らせるかのごとく蓋が開いていた。
その隣のブレッドケースを開けると食パンが二枚とフランスパンが半分ほど。
「パンがちょうど二枚だからトーストにする?」
「パンを使うのは賛成だけど、なんかひと捻りほしいな」
「チーズトースト?」
「なんつーか、リィにはもっと栄養バランスのいいものを食べさせたいわけですよ」
「……サラダとインスタントスープも作る?」
「ひとまず冷蔵庫チェックとまいりますか」
ふたり並んで冷蔵庫を開けると、ドアポケットにシート状とフレーク状のとろけるチーズがあった。次は野菜室。
「あー……リィの好きなレタスさんときゅうりさんは不在ですな」
「ですな。……あ、でも、ピーマンと玉ねぎ、冷蔵庫にはサラミもあったよ?」
「お? そしたらあれですな」
「「ピザトースト!」」
私たちは手早く作業を分担し、十分と経たないうちに、こんがりとろっとしたチーズがたまらなく美味しそうなピザトーストにありついた。
十二時半を回ると車椅子を押したツカサがやってきて、何を言うより先に車椅子へ座ることを強要される。
外に出て感じたのは、視界が一気に低くなったということ。それに付随して思うことがひとつ……。
「車椅子の威力ってすごいよね」
「は? 威力って?」
「そこまでひどい怪我をしているわけじゃないのに、これに乗るだけでとっても重症な怪我人に見えない?」
「いや、俺は立派な怪我人だと思ってるけど……」
「そんな……ちょっと腫れてるだけだもの……」
「それ、『ちょっと』で済んでたならレントゲンを撮る必要はなかったと思うし、今だって普通に歩けてるって話じゃない?」
そこまで言われたら何を言うこともできない。
私は口を噤み、手持ち無沙汰に膝に乗せたバッグの中身をチェックし始めた。
救急センターへ行くと、すぐにレントゲン室へ案内された。
待ち時間ゼロ分とは、車椅子以上のVIP待遇だ。
具合が悪い人たちに申し訳なさを感じつつ、呼ばれた診察室へ入ると、夜間救急でお世話になったことのある先生に迎えられた。
検査の結果も診察の内容も、昨夜昇さんが言っていた内容とほぼ同じ。
違うことと言えば、治るまでの期間や車椅子使用期間を提示されたことだろうか。
ひびが入っていて全治二カ月だなんて、ツカサになんて話したらいいものか……。
重い足取りで診察室を出ると、ドアのすぐ近くで腕を組んだツカサが仁王立ちをしていた。
否、実際はそんなふうではなかったかもしれない。ただ、私にはそう見えた、という話。
視線が合うと開口一番、
「足、どうだったの?」
立っている人と座っている人――ただそれだけの差で、どうしてこんなにもぺしゃんこになりそうな気分を味わえるのだろう。
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
何せ、家まで迎えに来てくれたうえ、病院まで付き合ってくれているのだ。
それでも、怒りに震えていた昨日のツカサを思い出せば、言いづらくなるというもの。
私は諦めの境地で口を開き、押せるだけの念を押してみることにした。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
だめだ……。念を押しても何しても、「ひびが入っていた」という言葉がすべてを無に帰す。
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
自分の口から出ていく言葉に敗北感を覚えながらツカサを見上げると、ツカサは何を言うこともなく背後へ回り、静かに車椅子を押し始めた。
この無言の間が胃に悪い。
ようやく口を開いたかと思えば、
「なんでそんなに怯えた目で見るわけ?」
「なんとなく、怒られそうな気がして……?」
そろりそろりと背後の気配をうかがい見ると、
「翠を怒る理由はないだろ。怒りを覚えるのは怪我をさせた人間たちに対してだ」
そうは言われても、怒っている人を前にすると、どうしてか自分が怒られている気になってしまう。それは私だけだろうか。
それに、先輩たちをかばうわけではないけれど、
「先輩たちはきちんと罰を受けてるよ?」
「罰を受けたからといって翠の怪我が治るわけじゃないし、怪我している間の時間をどこかで取り戻せるわけでもない。そういう意味では、罰なんて加害者を許すための過程であり、良心の呵責に苛まれた心を救うための手段でしかないと思う。もっとも、自我を優先させて他人に怪我を負わせるような人間に良心なんてあるのか甚だ疑問だけど」
ツカサらしい厳しすぎる考えに、私は何を言うこともできなくなった。
気まずい雰囲気のまま外へ出ると、
「曇りって言っていたけど、多少は陽が望めそうだな」
ツカサの言葉に空を見上げる。と、雲間から陽の光が零れていた。
「本当だ……。今日、朗元さんは庵にいらっしゃる?」
「いや、昨日連絡したら来客があるって言ってたから屋敷にいると思う」
「そうなのね。久し振りにお会いしたかったな……」
「翠から連絡すればいいのに」
ツカサはまるでなんてことないように言うけれど、
「連絡って……私、朗元さんの連絡先なんて知らないもの」
「なんなら教えるけど?」
え……朗元さんの連絡先ってこんなに簡単に入手できていいものなの……?
だって、朗元さんだよ? 藤宮の会長だよ? 連絡先なんて、トップシークレット級なんじゃ……。
それに、もし教えてもらえたとしても――
「お忙しいところに電話するのは気が引けちゃう」
もっと言うなら、未だ電話というアイテムは苦手意識が先に立ってしまうのだ。
「翠からの連絡なら嬉々として取りそうだし、忙しくても時間を作りそうな勢いで気に入られてると思うけど?」
「本当? 本当だったら嬉しいな……」
ツカサは小さくため息をつき、
「近々じーさんの予定を聞いておく。紫苑祭も終わったから、放課後に少し寄るくらいのことならできるだろ?」
「うん……」
「大丈夫。翠が会いたいって言ったら絶対喜ぶから」
その言葉とともに、ツカサの大きな手が頭に降ってきた。
――「松葉杖は右手に負担かかるから却下で。明日も明後日も車椅子移動。芸大がそれで移動可能なのか、きちんと確認をとるように」。
読んで納得してしまう。
松葉杖をつくのに手首を捻る動作はないけれど、通常なら足にかかる体重を手と腕で補うのだから、負担がかかることに代わりはない。「負荷はかけるな」という昇さんの言いつけを守るなら、やめておいたほうが良いのだろう。
でも、車椅子……。
「車椅子かぁ……」
なんだかとっても大げさだ……。
足をかばわず歩けるか、と尋ねられたらそれは無理だけど、車椅子を使うほど重症かと問われると、それはそれで頭を抱えて唸りたくなってしまう。せめて手が使えたらこんなことにはならなかったのに。
「車椅子、かぁ~……」
私はうな垂れつつもメールアプリを起動し、怪我をした旨を伝えるべくメールの作成を始めた。
仙波先生へ送るとすぐに携帯が鳴り出し、
『怪我って足だけ? 手はっ!?』
いつもは落ち着いた先生の慌てた様子に驚き気おされる。
「あ……えぇと、主な怪我は足なのですが、右手もちょっと……。でも、大したことはなくて……」
『それ、ピアノが弾ける域の問題ですか?』
「……スミマセン。痛みが引くまではピアノの練習を控えるように言われてしまいました」
『……御園生さん、何においても手を守れ、とまでは言いませんが、せめて怪我を回避する程度の気遣いはしましょうか』
「はい……以後、気をつけます」
お小言が終わると、先生は大学がバリアフリーであることを教えてくれた。
その後、支倉の駅で待ち合わせをしていた柊ちゃんに事情を話し、待ち合わせ場所を大学正門前に変更してもらうと、私は疲労を訴える身体をすぐさまベッドへ横たえた。
明日は朝寝坊をしてしまおう……。
そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちたのだ。
意識下で鈍い痛みを感じ始めたとき、基礎体温計のアラームが鳴り出した。その直後、ラヴィの目覚まし――もとい、唯兄の声が部屋に響きだす。
唯兄の声で起きるのはだいぶ慣れた。
今となってはどれほどやかましく起こされても、「うん、うん……大丈夫、起きるから、うん」と適当に相手をすることだって可能だ。
何度目かの唯兄の声に手を伸ばし、ラヴィの中に入っている目覚まし時計を止める。
「ラヴィ、おはよう。今日もかわいいね。でも、右耳にちょっと寝癖がついてるよ」
クスクスと笑いながら寝癖を撫で付けるも、それがすぐに直ることはなかった。
ラヴィを抱っこしたまま体温を測り、出かけるまでのシミュレーションをする。
洗顔、着替え、朝食――……片付け、と行きたいところだけど、この足でちょこまか動くのは得策とは言いがたい。とはいえ、紫苑祭の準備にかまけていて部屋が少々雑然としてしまっている感が否めない。
「ん~…………どう考えても掃除機をかけるのは無理よね」
座って片付けられるものを片付けたら、あとは唯兄に手伝ってもらうことにしよう。
「さ、洗顔しに行こうっ!」
ベッドから立ち上がろうとしたとき、
「っつ――」
あまりの痛さにのた打ち回る。
バシバシとベッドを叩いて痛さをやり過ごし、目に滲んだ涙を拭う。
起きたときから足の痛みは感じていたし、つい今しがた、足を怪我していることをきちんと認識していたではないか。なのにこのざま……。
「どうして右足から踏み出しちゃったかな……」
足を見てみるも、昨日より腫れがひどくなったということはない。そんなことにほっとしつつ、二度と同じことを繰り返さないため、「右足注意」の貼紙を部屋中に貼ろう、と心に決めた。
身支度を済ませてリビングへ行くと、唯兄がキッチンでカチャカチャと音を立てていた。
この音は、唯兄が愛すべきインスタントコーヒーにたくさんのお砂糖を入れ、スプーンで攪拌している音。
私に気づくと、
「あ、お寝坊さんの登場だ」
「はい、お寝坊さんです。久し振りにゆっくり眠れて幸せだった」
「それは何より」
唯兄の背後を通り過ぎ、冷蔵庫からリンゴジュースとミネラルウォーターを取り出すと、私は慣れた手つきで水割りりんごジュースを作る。
「リィのそれは相変わらずだね」
「唯兄だって……」
「まぁね」
「ところで、唯兄は朝ごはん食べた?」
「まだ。俺もお寝坊グルーピーでして、そろそろリィが起きてくるだろうから、と思って待ってた」
「わ、嬉しい!」
ひとりで食べるご飯ほど味気ないものはないし、唯兄が一緒だと、ご飯の準備がとても楽しいものに変わるのだ。
「それじゃ、何食べよっかねぇ……」
ふたりがまず目をやったのは炊飯器。しかし、炊飯器は空を知らせるかのごとく蓋が開いていた。
その隣のブレッドケースを開けると食パンが二枚とフランスパンが半分ほど。
「パンがちょうど二枚だからトーストにする?」
「パンを使うのは賛成だけど、なんかひと捻りほしいな」
「チーズトースト?」
「なんつーか、リィにはもっと栄養バランスのいいものを食べさせたいわけですよ」
「……サラダとインスタントスープも作る?」
「ひとまず冷蔵庫チェックとまいりますか」
ふたり並んで冷蔵庫を開けると、ドアポケットにシート状とフレーク状のとろけるチーズがあった。次は野菜室。
「あー……リィの好きなレタスさんときゅうりさんは不在ですな」
「ですな。……あ、でも、ピーマンと玉ねぎ、冷蔵庫にはサラミもあったよ?」
「お? そしたらあれですな」
「「ピザトースト!」」
私たちは手早く作業を分担し、十分と経たないうちに、こんがりとろっとしたチーズがたまらなく美味しそうなピザトーストにありついた。
十二時半を回ると車椅子を押したツカサがやってきて、何を言うより先に車椅子へ座ることを強要される。
外に出て感じたのは、視界が一気に低くなったということ。それに付随して思うことがひとつ……。
「車椅子の威力ってすごいよね」
「は? 威力って?」
「そこまでひどい怪我をしているわけじゃないのに、これに乗るだけでとっても重症な怪我人に見えない?」
「いや、俺は立派な怪我人だと思ってるけど……」
「そんな……ちょっと腫れてるだけだもの……」
「それ、『ちょっと』で済んでたならレントゲンを撮る必要はなかったと思うし、今だって普通に歩けてるって話じゃない?」
そこまで言われたら何を言うこともできない。
私は口を噤み、手持ち無沙汰に膝に乗せたバッグの中身をチェックし始めた。
救急センターへ行くと、すぐにレントゲン室へ案内された。
待ち時間ゼロ分とは、車椅子以上のVIP待遇だ。
具合が悪い人たちに申し訳なさを感じつつ、呼ばれた診察室へ入ると、夜間救急でお世話になったことのある先生に迎えられた。
検査の結果も診察の内容も、昨夜昇さんが言っていた内容とほぼ同じ。
違うことと言えば、治るまでの期間や車椅子使用期間を提示されたことだろうか。
ひびが入っていて全治二カ月だなんて、ツカサになんて話したらいいものか……。
重い足取りで診察室を出ると、ドアのすぐ近くで腕を組んだツカサが仁王立ちをしていた。
否、実際はそんなふうではなかったかもしれない。ただ、私にはそう見えた、という話。
視線が合うと開口一番、
「足、どうだったの?」
立っている人と座っている人――ただそれだけの差で、どうしてこんなにもぺしゃんこになりそうな気分を味わえるのだろう。
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
何せ、家まで迎えに来てくれたうえ、病院まで付き合ってくれているのだ。
それでも、怒りに震えていた昨日のツカサを思い出せば、言いづらくなるというもの。
私は諦めの境地で口を開き、押せるだけの念を押してみることにした。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
だめだ……。念を押しても何しても、「ひびが入っていた」という言葉がすべてを無に帰す。
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
自分の口から出ていく言葉に敗北感を覚えながらツカサを見上げると、ツカサは何を言うこともなく背後へ回り、静かに車椅子を押し始めた。
この無言の間が胃に悪い。
ようやく口を開いたかと思えば、
「なんでそんなに怯えた目で見るわけ?」
「なんとなく、怒られそうな気がして……?」
そろりそろりと背後の気配をうかがい見ると、
「翠を怒る理由はないだろ。怒りを覚えるのは怪我をさせた人間たちに対してだ」
そうは言われても、怒っている人を前にすると、どうしてか自分が怒られている気になってしまう。それは私だけだろうか。
それに、先輩たちをかばうわけではないけれど、
「先輩たちはきちんと罰を受けてるよ?」
「罰を受けたからといって翠の怪我が治るわけじゃないし、怪我している間の時間をどこかで取り戻せるわけでもない。そういう意味では、罰なんて加害者を許すための過程であり、良心の呵責に苛まれた心を救うための手段でしかないと思う。もっとも、自我を優先させて他人に怪我を負わせるような人間に良心なんてあるのか甚だ疑問だけど」
ツカサらしい厳しすぎる考えに、私は何を言うこともできなくなった。
気まずい雰囲気のまま外へ出ると、
「曇りって言っていたけど、多少は陽が望めそうだな」
ツカサの言葉に空を見上げる。と、雲間から陽の光が零れていた。
「本当だ……。今日、朗元さんは庵にいらっしゃる?」
「いや、昨日連絡したら来客があるって言ってたから屋敷にいると思う」
「そうなのね。久し振りにお会いしたかったな……」
「翠から連絡すればいいのに」
ツカサはまるでなんてことないように言うけれど、
「連絡って……私、朗元さんの連絡先なんて知らないもの」
「なんなら教えるけど?」
え……朗元さんの連絡先ってこんなに簡単に入手できていいものなの……?
だって、朗元さんだよ? 藤宮の会長だよ? 連絡先なんて、トップシークレット級なんじゃ……。
それに、もし教えてもらえたとしても――
「お忙しいところに電話するのは気が引けちゃう」
もっと言うなら、未だ電話というアイテムは苦手意識が先に立ってしまうのだ。
「翠からの連絡なら嬉々として取りそうだし、忙しくても時間を作りそうな勢いで気に入られてると思うけど?」
「本当? 本当だったら嬉しいな……」
ツカサは小さくため息をつき、
「近々じーさんの予定を聞いておく。紫苑祭も終わったから、放課後に少し寄るくらいのことならできるだろ?」
「うん……」
「大丈夫。翠が会いたいって言ったら絶対喜ぶから」
その言葉とともに、ツカサの大きな手が頭に降ってきた。
13
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる