154 / 271
November
藤山デート Side 翠葉 02話
しおりを挟む
「光朗庵」という名前のつく小さな庵は、表に三台の駐車スペースがある。
私が来るときは、ベージュのクラシカルな車と黒塗りの車が停まっていることが多いけれど、今は私たちが乗ってきた涼先生の白い車が一台きり。
庵の煙突から煙が出ていないところを見ても、主の不在がまざまざとうかがえた。
本当に誰もいないんだな、と思いながら車を降りると、ツカサに腕を支えられ車椅子の方へと誘導される。
実は、立ち上がるときの要領がまだつかめておらず、何かガイドになるものにつかまらないとうまく立ち上がれないのだ。
バランス感覚がさほど悪いほうではないところからすると、片足で自分の体重を支えることが難しいほどの筋力不足なのだろうか、と悩ましく思う。
動き出した車椅子に意識を戻すも、庵脇の通路を通り越してしまった。
「ツカサ、入り口通り過ぎちゃったよ?」
「あぁ、前に通った道は、光朗道の中でも春とか夏のルートだから」
「え……?」
「この区画、全部で四つに分かれてて、ルートが春夏秋冬に分かれてる。庵脇の通路は夏通り。藤棚を右に行くと春通り。今向かっているのは秋通り。それぞれ四季折々の花が楽しめるようになってる」
「初めて知った!」
「……秋兄あたりから聞いてるかと思ってた」
「ううん、知らないっ、初耳!」
新たな情報に心を弾ませながら、道の先に待ち受ける植物に思いを馳せる。
この時期ならなんのお花が咲いているだろう。
そういえば、去年もこの時期に来たけれど、あのときは紅葉がメインで、お花と言えば小菊くらいなものだった。
上り坂の両脇を陣取るのは――
「これ、もしかして金木犀……?」
「そう。金木犀と銀木犀が交互に植わってる。残念ながら花期は終わってるけど」
ツカサの言うとおり、砂糖菓子のようにかわいく咲いていたであろう小花たちは、茶色い残骸となって地面へ落ちていた。
「わー……残念。すっごく残念。十月頭に来れば幸せな香りを堪能できたのに。今年は金木犀の香り、嗅ぎ逃しちゃった」
学校に植わっている場所はちゃんとリサーチしていたのに、紫苑祭準備ですっかり忘れていた感じ。
「ツカサは今年、どこかで金木犀の香りに出逢った?」
「庭にも弓道場の周りにも植わってるから毎日嗅いでたけど……」
「羨ましい~……」
「金木犀の香り、好きなんだ?」
「あの香りを嫌いな人なんていないでしょうっ!? ……もしかして、ツカサは好きじゃないの?」
「いや――」
その先に言葉が続かず不思議に思って振り返ると、なんだか困った顔をしたツカサがいた。
「ツカサ?」
「……秋になれば毎年香る香りってだけで、好きとか嫌いとか考えたことがなかった」
なんだかとってもツカサらしい言い分だ。
「じゃ、今考えて? 好き? 嫌い?」
「……あのさ、そこまで期待に満ちた目で訊かれて嫌いって言える人間がいるなら会ってみたいんだけど……」
「え? 強要しているつもりはないのよ?」
真面目に返事をすると、ツカサは少し表情を崩して笑った。
その笑みが思いのほかどストライクで頬が熱を持つ。
咄嗟に前を向いてしまったけれど、そんな行動を取ってしまった自分に激しく後悔。
赤面を見られてもいいからもう少し見ていたかった。
たぶん、再度振り返ったところであの笑顔は幻でしかなく、今は無表情に戻ってしまっているだろう。
確認するだけ無駄なこととはわかっていても、振り返らずにはいられない。
まだ熱い頬に右手を添えて振り返ると、ツカサは少し遠くを見ていた。
何かに思いを馳せるような、そんな目で金木犀と空の境目を眺める様は、いつかの秋斗さんを思い出させる。
「金木犀の香りは好きでも嫌いでもない。ただ、懐かしい……かな」
「懐かしい……?」
確かに、金木犀の香りはノスタルジックな印象を受ける。でも、ツカサは明らかに違うことを感じている気がした。
「ばあさんが花好きで、金木犀が咲くころにはこの奥にあるガーデンスペースで、よくティータイムを過ごしてた」
車椅子を向けられた先には四方を金木犀に囲まれた空間があり、その中央には洒落たガーデンテーブルと四つの椅子が備わっていた。
「奥にこんなスペースがあるなんて知らなかった」
「「まるで隠れ家――」」
ふたり声が重なりクスリと笑う。
「翠は桂花茶って知ってる?」
「けいか、ちゃ……?」
「そう、ジャスミンティーみたいなもの。緑茶に金木犀の花の香りを移したものが一般的だけど、紅茶でも作れるからルイボスティーでも作れると思う。お茶が二に対して、金木犀の花が一のブレンド。金木犀が咲く季節はここでよくお茶を作って飲んだんだ」
初めて聞くお茶に好奇心を煽られていると、
「来年、ここでお茶にする?」
「するっ!」
「翠は紅葉祭準備で忙しいかもしれないけど、合間を縫ってここでお茶にしよう」
「絶対よ? 絶対だからねっ?」
指切りをせがむように右手を差し出すと、ツカサはきっちりと小指を絡め、指きりげんまんをしてくれた。
金木犀の先に待っていたのは柊の木。
刺々しい葉っぱに寄り添うのは、まだ半分ほどが硬い蕾の白い小さな小花。
金木犀とは違い、清楚なコサージュのような様がかわいらしい。
その先の開けた場所には小菊が一面に咲いており、一輪一輪の可憐な佇まいにため息が漏れる。
さらには、それらの上に見事に色づいた紅葉が広がっていて、まるで絵画のような光景に息を呑んだ。
ここを作るとき、間違いなくこの光景を完成図として設計したのだろう。
すごい――
「きれいっ! きれいきれいきれいっっっ!」
まるでバカの一つ覚えのように「きれい」を連呼していると、ツカサに「喜びすぎ」と笑われた。
それでも、私の「きれい」は留まるところを知らない。
何度となく「きれい」を口にして落ち着いたころ、ツカサが近くのベンチに腰を下ろした。
「翠」と注意を引くように名前を呼ばれたとき、声音の変化に今までとは違う話をされる予感がした。その予感は当たり、
「翠、昨日みたいなことがないように――」
「ツカサ、あのね、私、人と行動しようと思うの」
話の腰を折ったにも関わらず、ツカサは私の言葉を待ってくれていた。
「本当はね、昨日も佐野くんがウォーミングアップに付き合ってくれるって言ってくれたの。私はそれを断わってひとりで行動していたのだけど、もし佐野くんと一緒だったらこんなことにはならなかったよね。だから、これからは校内で人と行動するように心がけようと思うの」
今まで、「常に人といる」という状況は避けてきた。
どうしてかと言うなら、人と一緒にいる状況からひとりになることに耐え難いほどの恐怖を感じるから。
今の友達が離れていってしまうとか信用していないとかそういうことではない。
ただ、「ひとり」――「孤独」に対する言いようのない恐怖や心細さがあって、その恐怖に立ち向かうための唯一の手段が「ひとりに慣れる」ことだった。
幸い、藤宮においては単独行動する人が多いこともあり、一年のときから今まで常に人が一緒、ということはなかった。
でも、これから先、人と行動することに利点があるなら考えを改めなくてはいけない。
意を決して話したわけだけど、ツカサの反応は微妙なものだった。
じっと私を見て、口を噤んだまま。
「ツカサ……?」
「……いいと思う」
「……本当に? なんか、複雑そうな顔をしているけれど……」
「……俺は警備員や警護班の人間を動かそうと思ってたから」
そんな気はしていた。でも、
「それは嫌」
「言うと思った」
「なら回避して」
ツカサはものすごく困ったような表情で、
「俺には友人を頼るって考えが思い浮かばなかった。そのことに問題があるようなないような、ちょっと複雑な気になっただけ」
「納得……」
思わず笑ってしまったけれど、会話の流れに「あれ?」と思う。
今の会話、聞き流しちゃだめな気がする。もっと言うなら、細心の注意を払うべき内容じゃなかっただろうか。
「取り扱い注意」を意識しながら、
「今日は思ったことを全部話してくれるのね?」
うかがうようにゆっくり話しかける。と、
「そう……?」
「うん。いつもなら、言う必要がないって教えてもらえないようなことまで聞かせてもらえてる気分」
気をつけていても、嬉しい気持ちが滲み出てしまってつい顔がにやける。と、
「翠こそ……昨日から、なんかやけに近く感じるんだけど」
「近く……?」
不思議に思ってツカサの顔をまじまじと見つめると、
「ボディータッチが多いというかなんというか……」
言われたことの衝撃が大きすぎて、顔を背けることが精一杯だった。
がんばって「そんなことないもの」と否定したけれど、思い当たる節がそこかしこにあって決まりが悪い。
ツカサは「昨日から」と言うけれど、私の心当たり的にはもう少し前からだ。
指折り数えられそうなあれこれに、「わーわーわーっっっ」と頭の中で大絶叫。あえて指摘されるとたまらなく恥ずかしい。
「あると思うんだけど……」
追い討ちのような言葉に逃げ場を失うも、ずっと顔を背けているのもどうかと思うし、ここ数日考えていたことを話すいい機会かもしれない、とツカサの方へ視線を戻す。と、ツカサは私を見つめたままだった。
その、真っ直ぐすぎる視線に捕まりながら、
「色々思うところがあって――」
どうしよう。蚊のなくような声しか出てこない……。
「思うところって……?」
静かに話すツカサの声がものすごく大きく聞こえる始末だ。
それにしても、どこから話そう……。
自分の中で明確になっているわけではないものを、どうしたら人に説明できるのか――
でも、話すならここから、かな……。
「触れ合うことの大切さを少し理解したというか……」
「それ、どこら辺に何を感じてどう理解したのかが知りたいんだけど」
要点が明確すぎる質問は、同じくらい明確で的確な返答を求められている気がしてちょっと胃が痛くなります。
どこら辺に何を感じてどう理解したのか、か……。
難しい……。難しいなぁ……。
「全部話さなくちゃだめ……?」
「つい先日、『話して分かり合おう』って結論に至らなかったっけ?」
至りました……。
さっきから逃げ道を封じられてばかり……。
どんなふうに説明したら理解してもらえるだろう。
考え方や感じ方は人それぞれ違う。でも、ツカサには同じものを感じてほしいと思ったり、理解してほしいと思ってしまう。
深呼吸を何度か繰り返し、脳へ酸素供給を試みる。
「……今まではね、手をつないだりすると、嬉しかったり安心感を得られるだけだったの。でも、それとは違う感覚があったというか……」
これじゃだめ。具体的な説明がなされていないから、及第点すらもらえる気がしない。
「……たとえば、言い合いをしたあとに手をつないだり、ツカサの身体に触れると、気持ちがしゅわってなる」
これもだめかな……?
ツカサの表情をうかがい見ると、無表情に拍車がかかったような様で見返されていた。
この表情は「理解不能」だろうか。
どうしよう、これ以上の説明って何っ!?
「しゅわ……?」
あれ……? 食いついてくれた……?
でも、「しゅわっ」を掘り下げるのってどうしたらいいんだろう……。
「えぇとね、入浴剤の塊が、お湯に溶けてなくなるみたいな感じ。心がしゅわってなる。昨日もそうだったの。帰宅する直前、ちょっと言い合いになっちゃったけど、でも、ツカサに触れたらしゅわって……音を立てて心が軽くなったような気がしたの」
あのときツカサは何を感じただろう。
何か感じたかな……。それとも、何も感じなかった……?
そろりそろりとツカサを見ると、ツカサは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
ちょっと待って……。なけなしのたとえを披露したのは私だし、恥ずかしい思いをしたのも私のはずなのに、どうしてツカサが赤面して顔背けるのっ!?
「もうっ、ツカサが話せって言ったから話したのに、無言とか顔背けるとかひどいっ」
ツカサは赤面したまま小さく口を開き、
「わからなくはない」
せっかく同意を得られたのに、互いに赤面してしまった私たちは、恥ずかしさのあまり、これ以上のこの会話を続行することができなかった。
私が来るときは、ベージュのクラシカルな車と黒塗りの車が停まっていることが多いけれど、今は私たちが乗ってきた涼先生の白い車が一台きり。
庵の煙突から煙が出ていないところを見ても、主の不在がまざまざとうかがえた。
本当に誰もいないんだな、と思いながら車を降りると、ツカサに腕を支えられ車椅子の方へと誘導される。
実は、立ち上がるときの要領がまだつかめておらず、何かガイドになるものにつかまらないとうまく立ち上がれないのだ。
バランス感覚がさほど悪いほうではないところからすると、片足で自分の体重を支えることが難しいほどの筋力不足なのだろうか、と悩ましく思う。
動き出した車椅子に意識を戻すも、庵脇の通路を通り越してしまった。
「ツカサ、入り口通り過ぎちゃったよ?」
「あぁ、前に通った道は、光朗道の中でも春とか夏のルートだから」
「え……?」
「この区画、全部で四つに分かれてて、ルートが春夏秋冬に分かれてる。庵脇の通路は夏通り。藤棚を右に行くと春通り。今向かっているのは秋通り。それぞれ四季折々の花が楽しめるようになってる」
「初めて知った!」
「……秋兄あたりから聞いてるかと思ってた」
「ううん、知らないっ、初耳!」
新たな情報に心を弾ませながら、道の先に待ち受ける植物に思いを馳せる。
この時期ならなんのお花が咲いているだろう。
そういえば、去年もこの時期に来たけれど、あのときは紅葉がメインで、お花と言えば小菊くらいなものだった。
上り坂の両脇を陣取るのは――
「これ、もしかして金木犀……?」
「そう。金木犀と銀木犀が交互に植わってる。残念ながら花期は終わってるけど」
ツカサの言うとおり、砂糖菓子のようにかわいく咲いていたであろう小花たちは、茶色い残骸となって地面へ落ちていた。
「わー……残念。すっごく残念。十月頭に来れば幸せな香りを堪能できたのに。今年は金木犀の香り、嗅ぎ逃しちゃった」
学校に植わっている場所はちゃんとリサーチしていたのに、紫苑祭準備ですっかり忘れていた感じ。
「ツカサは今年、どこかで金木犀の香りに出逢った?」
「庭にも弓道場の周りにも植わってるから毎日嗅いでたけど……」
「羨ましい~……」
「金木犀の香り、好きなんだ?」
「あの香りを嫌いな人なんていないでしょうっ!? ……もしかして、ツカサは好きじゃないの?」
「いや――」
その先に言葉が続かず不思議に思って振り返ると、なんだか困った顔をしたツカサがいた。
「ツカサ?」
「……秋になれば毎年香る香りってだけで、好きとか嫌いとか考えたことがなかった」
なんだかとってもツカサらしい言い分だ。
「じゃ、今考えて? 好き? 嫌い?」
「……あのさ、そこまで期待に満ちた目で訊かれて嫌いって言える人間がいるなら会ってみたいんだけど……」
「え? 強要しているつもりはないのよ?」
真面目に返事をすると、ツカサは少し表情を崩して笑った。
その笑みが思いのほかどストライクで頬が熱を持つ。
咄嗟に前を向いてしまったけれど、そんな行動を取ってしまった自分に激しく後悔。
赤面を見られてもいいからもう少し見ていたかった。
たぶん、再度振り返ったところであの笑顔は幻でしかなく、今は無表情に戻ってしまっているだろう。
確認するだけ無駄なこととはわかっていても、振り返らずにはいられない。
まだ熱い頬に右手を添えて振り返ると、ツカサは少し遠くを見ていた。
何かに思いを馳せるような、そんな目で金木犀と空の境目を眺める様は、いつかの秋斗さんを思い出させる。
「金木犀の香りは好きでも嫌いでもない。ただ、懐かしい……かな」
「懐かしい……?」
確かに、金木犀の香りはノスタルジックな印象を受ける。でも、ツカサは明らかに違うことを感じている気がした。
「ばあさんが花好きで、金木犀が咲くころにはこの奥にあるガーデンスペースで、よくティータイムを過ごしてた」
車椅子を向けられた先には四方を金木犀に囲まれた空間があり、その中央には洒落たガーデンテーブルと四つの椅子が備わっていた。
「奥にこんなスペースがあるなんて知らなかった」
「「まるで隠れ家――」」
ふたり声が重なりクスリと笑う。
「翠は桂花茶って知ってる?」
「けいか、ちゃ……?」
「そう、ジャスミンティーみたいなもの。緑茶に金木犀の花の香りを移したものが一般的だけど、紅茶でも作れるからルイボスティーでも作れると思う。お茶が二に対して、金木犀の花が一のブレンド。金木犀が咲く季節はここでよくお茶を作って飲んだんだ」
初めて聞くお茶に好奇心を煽られていると、
「来年、ここでお茶にする?」
「するっ!」
「翠は紅葉祭準備で忙しいかもしれないけど、合間を縫ってここでお茶にしよう」
「絶対よ? 絶対だからねっ?」
指切りをせがむように右手を差し出すと、ツカサはきっちりと小指を絡め、指きりげんまんをしてくれた。
金木犀の先に待っていたのは柊の木。
刺々しい葉っぱに寄り添うのは、まだ半分ほどが硬い蕾の白い小さな小花。
金木犀とは違い、清楚なコサージュのような様がかわいらしい。
その先の開けた場所には小菊が一面に咲いており、一輪一輪の可憐な佇まいにため息が漏れる。
さらには、それらの上に見事に色づいた紅葉が広がっていて、まるで絵画のような光景に息を呑んだ。
ここを作るとき、間違いなくこの光景を完成図として設計したのだろう。
すごい――
「きれいっ! きれいきれいきれいっっっ!」
まるでバカの一つ覚えのように「きれい」を連呼していると、ツカサに「喜びすぎ」と笑われた。
それでも、私の「きれい」は留まるところを知らない。
何度となく「きれい」を口にして落ち着いたころ、ツカサが近くのベンチに腰を下ろした。
「翠」と注意を引くように名前を呼ばれたとき、声音の変化に今までとは違う話をされる予感がした。その予感は当たり、
「翠、昨日みたいなことがないように――」
「ツカサ、あのね、私、人と行動しようと思うの」
話の腰を折ったにも関わらず、ツカサは私の言葉を待ってくれていた。
「本当はね、昨日も佐野くんがウォーミングアップに付き合ってくれるって言ってくれたの。私はそれを断わってひとりで行動していたのだけど、もし佐野くんと一緒だったらこんなことにはならなかったよね。だから、これからは校内で人と行動するように心がけようと思うの」
今まで、「常に人といる」という状況は避けてきた。
どうしてかと言うなら、人と一緒にいる状況からひとりになることに耐え難いほどの恐怖を感じるから。
今の友達が離れていってしまうとか信用していないとかそういうことではない。
ただ、「ひとり」――「孤独」に対する言いようのない恐怖や心細さがあって、その恐怖に立ち向かうための唯一の手段が「ひとりに慣れる」ことだった。
幸い、藤宮においては単独行動する人が多いこともあり、一年のときから今まで常に人が一緒、ということはなかった。
でも、これから先、人と行動することに利点があるなら考えを改めなくてはいけない。
意を決して話したわけだけど、ツカサの反応は微妙なものだった。
じっと私を見て、口を噤んだまま。
「ツカサ……?」
「……いいと思う」
「……本当に? なんか、複雑そうな顔をしているけれど……」
「……俺は警備員や警護班の人間を動かそうと思ってたから」
そんな気はしていた。でも、
「それは嫌」
「言うと思った」
「なら回避して」
ツカサはものすごく困ったような表情で、
「俺には友人を頼るって考えが思い浮かばなかった。そのことに問題があるようなないような、ちょっと複雑な気になっただけ」
「納得……」
思わず笑ってしまったけれど、会話の流れに「あれ?」と思う。
今の会話、聞き流しちゃだめな気がする。もっと言うなら、細心の注意を払うべき内容じゃなかっただろうか。
「取り扱い注意」を意識しながら、
「今日は思ったことを全部話してくれるのね?」
うかがうようにゆっくり話しかける。と、
「そう……?」
「うん。いつもなら、言う必要がないって教えてもらえないようなことまで聞かせてもらえてる気分」
気をつけていても、嬉しい気持ちが滲み出てしまってつい顔がにやける。と、
「翠こそ……昨日から、なんかやけに近く感じるんだけど」
「近く……?」
不思議に思ってツカサの顔をまじまじと見つめると、
「ボディータッチが多いというかなんというか……」
言われたことの衝撃が大きすぎて、顔を背けることが精一杯だった。
がんばって「そんなことないもの」と否定したけれど、思い当たる節がそこかしこにあって決まりが悪い。
ツカサは「昨日から」と言うけれど、私の心当たり的にはもう少し前からだ。
指折り数えられそうなあれこれに、「わーわーわーっっっ」と頭の中で大絶叫。あえて指摘されるとたまらなく恥ずかしい。
「あると思うんだけど……」
追い討ちのような言葉に逃げ場を失うも、ずっと顔を背けているのもどうかと思うし、ここ数日考えていたことを話すいい機会かもしれない、とツカサの方へ視線を戻す。と、ツカサは私を見つめたままだった。
その、真っ直ぐすぎる視線に捕まりながら、
「色々思うところがあって――」
どうしよう。蚊のなくような声しか出てこない……。
「思うところって……?」
静かに話すツカサの声がものすごく大きく聞こえる始末だ。
それにしても、どこから話そう……。
自分の中で明確になっているわけではないものを、どうしたら人に説明できるのか――
でも、話すならここから、かな……。
「触れ合うことの大切さを少し理解したというか……」
「それ、どこら辺に何を感じてどう理解したのかが知りたいんだけど」
要点が明確すぎる質問は、同じくらい明確で的確な返答を求められている気がしてちょっと胃が痛くなります。
どこら辺に何を感じてどう理解したのか、か……。
難しい……。難しいなぁ……。
「全部話さなくちゃだめ……?」
「つい先日、『話して分かり合おう』って結論に至らなかったっけ?」
至りました……。
さっきから逃げ道を封じられてばかり……。
どんなふうに説明したら理解してもらえるだろう。
考え方や感じ方は人それぞれ違う。でも、ツカサには同じものを感じてほしいと思ったり、理解してほしいと思ってしまう。
深呼吸を何度か繰り返し、脳へ酸素供給を試みる。
「……今まではね、手をつないだりすると、嬉しかったり安心感を得られるだけだったの。でも、それとは違う感覚があったというか……」
これじゃだめ。具体的な説明がなされていないから、及第点すらもらえる気がしない。
「……たとえば、言い合いをしたあとに手をつないだり、ツカサの身体に触れると、気持ちがしゅわってなる」
これもだめかな……?
ツカサの表情をうかがい見ると、無表情に拍車がかかったような様で見返されていた。
この表情は「理解不能」だろうか。
どうしよう、これ以上の説明って何っ!?
「しゅわ……?」
あれ……? 食いついてくれた……?
でも、「しゅわっ」を掘り下げるのってどうしたらいいんだろう……。
「えぇとね、入浴剤の塊が、お湯に溶けてなくなるみたいな感じ。心がしゅわってなる。昨日もそうだったの。帰宅する直前、ちょっと言い合いになっちゃったけど、でも、ツカサに触れたらしゅわって……音を立てて心が軽くなったような気がしたの」
あのときツカサは何を感じただろう。
何か感じたかな……。それとも、何も感じなかった……?
そろりそろりとツカサを見ると、ツカサは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。
ちょっと待って……。なけなしのたとえを披露したのは私だし、恥ずかしい思いをしたのも私のはずなのに、どうしてツカサが赤面して顔背けるのっ!?
「もうっ、ツカサが話せって言ったから話したのに、無言とか顔背けるとかひどいっ」
ツカサは赤面したまま小さく口を開き、
「わからなくはない」
せっかく同意を得られたのに、互いに赤面してしまった私たちは、恥ずかしさのあまり、これ以上のこの会話を続行することができなかった。
13
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
光のもとで1
葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。
小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。
自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。
そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。
初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする――
(全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます)
10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる