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11~16 Side 秋斗 06話
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エスコートしている手に力がこめられていた。
パレスで手に力をこめられたときとは別の強さで。
ヒールの高さに慣れていないのか、それともここの絨毯に足を取られそうなのか……。
地上四十階にエレベーターが停まり、ドアが開くと見知った人間に出迎えられた。
静さん付きの秘書であり、このホテルの総支配人でもある澤村さんだ。
今日の予約は澤村さんに連絡を取り手配してもらった。
どこかで挨拶に来るだろうとは思っていたけれど、レストランの出入り口とも言えるエレベーターホールで出迎えられるとは思っていなかった。
「秋斗様、お待ちしておりました。翠葉お嬢様、本日は当ホテルにお越し頂き光栄に存じます。私、総支配人の澤村と申します」
彼女はひたすらびっくりしている。
「さ、お姫様。こちらへどうぞ」
お姫様扱いをすれば、彼女はさらに困惑した顔を俺に向けた。
案内されたところは広さ八畳ほどの個室で、窓からの夜景がとてもきれいに見える。
この部屋を指定したわけでもなんでもない。が、静さんにフリーパスを出されている俺は、ホテルだろうがパレスだろうが予約さえ入れればこちらのいいようにホテル側が動いてくれる。
澤村さんが彼女の椅子を引くと、
「ありがとうございます」
彼女は澤村さんの目を見てお礼を口にした。
こういうところに育ちの良さがうかがえる。
育ちの良さとはどういうことをいうのか――
環境によって様々な見方があるだろう。
子息令嬢として育てられた人間なら、この場で「ありがとう」という言葉は口にしない。
それが当たり前だと認識しているからだ。
そういう環境で育っているのだから仕方ないとも思う。
もしそういったふうに育てられていなかったとしても、ホテル側がすることにいちいち礼を言わない人間も数多くいるだろう。
それでも俺は、「ありがとう」や「ごめんなさい」を当たり前のこととして口にできる子が好きかな。
澤村さんは面倒な説明は一切せず、
「それではごゆっくりお過ごしください」
と、個室を出た。
このホテルは仕事でしか利用したことがないが、翠葉ちゃんを連れて来るのにはいいかもしれない。
料理に融通がきくし、何よりも邪魔が入らないのがいい。
周りのうるさい視線も感じなければ、彼女との時間を心行くまで楽しめそうだ。
彼女の脈拍を伝える振動は未だ速い。
少し気になり携帯に目をやると、そこには見たことのない血圧数値が表示されていた。
「翠葉ちゃん、緊張しすぎ。血圧が一〇〇超えてるよ?」
一一〇の六十九とは彼女の中ではかなり高い数値ではないだろうか。脈拍は九十近い。
自分のバイタルを見せられ唖然とした彼女は、
「……誰のせいだと思ってるんですか!」
「僕、かな?」
むくれていてもかわいいけれど、何よりドレスを着た君はきれいだ。これでお化粧をしたらどれほどきれいになるのだろう。
想像しながら、
「でも、きれいだ。ドレスも髪型も似合ってる」
お世辞ではなく心からの賛辞。
彼女は見る見るうちに赤くなった。
色が白いから、というのもあるけれど、着ているドレスが淡い緑というのも手伝って、火照った肌がより際立つ。
「翠葉ちゃんは赤くなると、首どころか身体まで赤くなっちゃうんだね」
学校なら机やテーブルに突っ伏すところだろうけれど、残念ながらテーブルセッティング済みのここではそれも叶わない。
すると、ドアのノック音に会話を邪魔された。
「食事が運ばれてくるには早い気がするけど……」
なんだろう、と思いながら「どうぞ」と答えると、またしてもよく見知った顔が入ってきた。
俺にホテルのフリーパスを発行した張本人だ。
「静さん……?」
自分が名前を口にする前に彼女が口にした。
「翠葉ちゃん、どうして静さんのこと――」
どうして翠葉ちゃんが静さんのことを知っているんだ?
「なんだ、そういうことか……。秋斗が初めてプライベートで予約を入れたと聞いて顔を出してみたんだが……。お相手は翠葉ちゃんか」
静さんはにこりと笑う。
「……静さん、翠葉ちゃんとお知り合い?」
「彼女には、現在建設中のパレスガーデンのラウンジに飾る写真を提供してもらうことになっている」
「そうだったの!?」
「……どうしてか、そういうことになっているようです」
「おやおや、先日私と交渉していた翠葉ちゃんとは思えない返答だなぁ」
「静さんと交渉って……!?」
静さんを振り仰ぐと、
「彼女は意外としっかりしたお嬢さんでね、この私が少々譲歩したくらいだ。あと、彼女は秋斗と同じでうちのホテルのフリーパスを持っている」
嘘だろ?
「ふたりとも、美味しいものを食べていくといい。帰りは秋斗がきちんと送り届けるのだろう?」
「それはもちろん」
「では、邪魔者は退散するとしよう」
そう言うと、静さんは部屋を出て行った。
どうやら挨拶をしに来ただけのようだった。
そして、会話の端々に感じた牽制……。
「帰りは秋斗がきちんと送り届けるのだろう?」とは、間違いなく牽制だろう。
うちの大事な取引相手だから下手なことはするな、という。
仕事の話は冗談ではなさそうだけど、静さんが譲歩したとかあり得ない……。
翠葉ちゃん、君、それだけでもすごいと思うんだけど、どうしてそんなに恐縮してるのかな……。
「もう、やです……。今日は色んなことがありすぎて、私いっぱいいっぱい……」
彼女は本当にいっぱいいっぱいのようだけど、やっぱり本人の口からきちんと聞きたい。
「翠葉ちゃん、あの静さんに写真提供って本当?」
「はい……。あまりにも高額な報酬すぎて食い下がったんですけど、結局は間を取られたうえに、ホテルのフリーパスを発行されてしまいました……」
どこか残念がっているようにも見えて、思わず言葉を添える。
「それ、すごいことだよ?」
「え?」
「あの人、仕事においては一切妥協をしない人なんだ。それに、藤宮の人間でもフリーパスを発行されている人は数え切れるほどしかいない」
今度は「どうしよう?」って顔。
眉尻がどんどん下がっていく。
本当におかしな子だな……。もっと自信を持っていいことなのに。
「不思議な子だね」
そう言って俺は笑った。
そこへ前菜が運ばれてきた。
食べるペースにあわせて一品ずつ出てくるのはいつものこと。
ただ、いつもよりも分量は少なめでお願いしてある。
見かけにはそんなことを感じさせない盛り付けで。
向かいに座る彼女は一品一品残さずに食べられている。
何よりも口に合うようで、感激しながら嬉しそうに食べていた。
「どう? 美味しい?」
わかりきった質問。でも、君の口から聞きたいんだ。
「とても美味しいです。いつもなら途中でお腹いっぱいになっちゃうのに……」
首を傾げる仕草がかわいい。
「僕を褒めて? このディナーは翠葉ちゃん用にオーダーしたものだから、分量も少なめだし薄味なんだ」
彼女は驚きに声を失う。そんなことにも満足感を得ている自分がいる。
「……驚かせてばかりでごめんね」
謝罪を口にするけど、きっと俺の表情は伴っていない。
「……秋斗さんずるいです。お詫びって言っていたけれど、これじゃお詫びどころの話じゃないです……」
「そんな困った顔しないで? 喜んでもらいたくてしてるんだから」
そうは言っても困った顔のままの君。
どうしたら笑ってくれるのかな。
森林浴のときみたいに、噴水を見ていたときみたいに、嬉しそうに笑ってほしいだけなんだ。
――そうか。俺、この子の笑顔が見たいんだ。
「翠葉ちゃん、笑って? 僕は翠葉ちゃんに笑ってほしい」
彼女は困ったような顔をして、それでもがんばって笑おうとしてくれた。
引きつった笑顔すらかわいく思える。
「がんばってくれてありがとう」
クスリと笑うと、彼女はまたむくれた。
パレスで手に力をこめられたときとは別の強さで。
ヒールの高さに慣れていないのか、それともここの絨毯に足を取られそうなのか……。
地上四十階にエレベーターが停まり、ドアが開くと見知った人間に出迎えられた。
静さん付きの秘書であり、このホテルの総支配人でもある澤村さんだ。
今日の予約は澤村さんに連絡を取り手配してもらった。
どこかで挨拶に来るだろうとは思っていたけれど、レストランの出入り口とも言えるエレベーターホールで出迎えられるとは思っていなかった。
「秋斗様、お待ちしておりました。翠葉お嬢様、本日は当ホテルにお越し頂き光栄に存じます。私、総支配人の澤村と申します」
彼女はひたすらびっくりしている。
「さ、お姫様。こちらへどうぞ」
お姫様扱いをすれば、彼女はさらに困惑した顔を俺に向けた。
案内されたところは広さ八畳ほどの個室で、窓からの夜景がとてもきれいに見える。
この部屋を指定したわけでもなんでもない。が、静さんにフリーパスを出されている俺は、ホテルだろうがパレスだろうが予約さえ入れればこちらのいいようにホテル側が動いてくれる。
澤村さんが彼女の椅子を引くと、
「ありがとうございます」
彼女は澤村さんの目を見てお礼を口にした。
こういうところに育ちの良さがうかがえる。
育ちの良さとはどういうことをいうのか――
環境によって様々な見方があるだろう。
子息令嬢として育てられた人間なら、この場で「ありがとう」という言葉は口にしない。
それが当たり前だと認識しているからだ。
そういう環境で育っているのだから仕方ないとも思う。
もしそういったふうに育てられていなかったとしても、ホテル側がすることにいちいち礼を言わない人間も数多くいるだろう。
それでも俺は、「ありがとう」や「ごめんなさい」を当たり前のこととして口にできる子が好きかな。
澤村さんは面倒な説明は一切せず、
「それではごゆっくりお過ごしください」
と、個室を出た。
このホテルは仕事でしか利用したことがないが、翠葉ちゃんを連れて来るのにはいいかもしれない。
料理に融通がきくし、何よりも邪魔が入らないのがいい。
周りのうるさい視線も感じなければ、彼女との時間を心行くまで楽しめそうだ。
彼女の脈拍を伝える振動は未だ速い。
少し気になり携帯に目をやると、そこには見たことのない血圧数値が表示されていた。
「翠葉ちゃん、緊張しすぎ。血圧が一〇〇超えてるよ?」
一一〇の六十九とは彼女の中ではかなり高い数値ではないだろうか。脈拍は九十近い。
自分のバイタルを見せられ唖然とした彼女は、
「……誰のせいだと思ってるんですか!」
「僕、かな?」
むくれていてもかわいいけれど、何よりドレスを着た君はきれいだ。これでお化粧をしたらどれほどきれいになるのだろう。
想像しながら、
「でも、きれいだ。ドレスも髪型も似合ってる」
お世辞ではなく心からの賛辞。
彼女は見る見るうちに赤くなった。
色が白いから、というのもあるけれど、着ているドレスが淡い緑というのも手伝って、火照った肌がより際立つ。
「翠葉ちゃんは赤くなると、首どころか身体まで赤くなっちゃうんだね」
学校なら机やテーブルに突っ伏すところだろうけれど、残念ながらテーブルセッティング済みのここではそれも叶わない。
すると、ドアのノック音に会話を邪魔された。
「食事が運ばれてくるには早い気がするけど……」
なんだろう、と思いながら「どうぞ」と答えると、またしてもよく見知った顔が入ってきた。
俺にホテルのフリーパスを発行した張本人だ。
「静さん……?」
自分が名前を口にする前に彼女が口にした。
「翠葉ちゃん、どうして静さんのこと――」
どうして翠葉ちゃんが静さんのことを知っているんだ?
「なんだ、そういうことか……。秋斗が初めてプライベートで予約を入れたと聞いて顔を出してみたんだが……。お相手は翠葉ちゃんか」
静さんはにこりと笑う。
「……静さん、翠葉ちゃんとお知り合い?」
「彼女には、現在建設中のパレスガーデンのラウンジに飾る写真を提供してもらうことになっている」
「そうだったの!?」
「……どうしてか、そういうことになっているようです」
「おやおや、先日私と交渉していた翠葉ちゃんとは思えない返答だなぁ」
「静さんと交渉って……!?」
静さんを振り仰ぐと、
「彼女は意外としっかりしたお嬢さんでね、この私が少々譲歩したくらいだ。あと、彼女は秋斗と同じでうちのホテルのフリーパスを持っている」
嘘だろ?
「ふたりとも、美味しいものを食べていくといい。帰りは秋斗がきちんと送り届けるのだろう?」
「それはもちろん」
「では、邪魔者は退散するとしよう」
そう言うと、静さんは部屋を出て行った。
どうやら挨拶をしに来ただけのようだった。
そして、会話の端々に感じた牽制……。
「帰りは秋斗がきちんと送り届けるのだろう?」とは、間違いなく牽制だろう。
うちの大事な取引相手だから下手なことはするな、という。
仕事の話は冗談ではなさそうだけど、静さんが譲歩したとかあり得ない……。
翠葉ちゃん、君、それだけでもすごいと思うんだけど、どうしてそんなに恐縮してるのかな……。
「もう、やです……。今日は色んなことがありすぎて、私いっぱいいっぱい……」
彼女は本当にいっぱいいっぱいのようだけど、やっぱり本人の口からきちんと聞きたい。
「翠葉ちゃん、あの静さんに写真提供って本当?」
「はい……。あまりにも高額な報酬すぎて食い下がったんですけど、結局は間を取られたうえに、ホテルのフリーパスを発行されてしまいました……」
どこか残念がっているようにも見えて、思わず言葉を添える。
「それ、すごいことだよ?」
「え?」
「あの人、仕事においては一切妥協をしない人なんだ。それに、藤宮の人間でもフリーパスを発行されている人は数え切れるほどしかいない」
今度は「どうしよう?」って顔。
眉尻がどんどん下がっていく。
本当におかしな子だな……。もっと自信を持っていいことなのに。
「不思議な子だね」
そう言って俺は笑った。
そこへ前菜が運ばれてきた。
食べるペースにあわせて一品ずつ出てくるのはいつものこと。
ただ、いつもよりも分量は少なめでお願いしてある。
見かけにはそんなことを感じさせない盛り付けで。
向かいに座る彼女は一品一品残さずに食べられている。
何よりも口に合うようで、感激しながら嬉しそうに食べていた。
「どう? 美味しい?」
わかりきった質問。でも、君の口から聞きたいんだ。
「とても美味しいです。いつもなら途中でお腹いっぱいになっちゃうのに……」
首を傾げる仕草がかわいい。
「僕を褒めて? このディナーは翠葉ちゃん用にオーダーしたものだから、分量も少なめだし薄味なんだ」
彼女は驚きに声を失う。そんなことにも満足感を得ている自分がいる。
「……驚かせてばかりでごめんね」
謝罪を口にするけど、きっと俺の表情は伴っていない。
「……秋斗さんずるいです。お詫びって言っていたけれど、これじゃお詫びどころの話じゃないです……」
「そんな困った顔しないで? 喜んでもらいたくてしてるんだから」
そうは言っても困った顔のままの君。
どうしたら笑ってくれるのかな。
森林浴のときみたいに、噴水を見ていたときみたいに、嬉しそうに笑ってほしいだけなんだ。
――そうか。俺、この子の笑顔が見たいんだ。
「翠葉ちゃん、笑って? 僕は翠葉ちゃんに笑ってほしい」
彼女は困ったような顔をして、それでもがんばって笑おうとしてくれた。
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