275 / 1,060
第七章 つながり
03話
しおりを挟む
食後は海斗くんから受け取ったルーズリーフと教科書を見合わせながら勉強をした。
勉強を見てくれるのは司先輩で、海斗くんはソファに転がって気持ち良さそうに眠っている。
栞さんは夕飯の片付けと明日の朝の仕込みをするためにキッチンへ篭り、蒼兄はレポートを片付けるため自分にあてがわれた部屋へと戻っていった。
「そういえば、今日湊先生は?」
「ヘルプで救命救急に入ってる」
「そうなんですね……」
「翠、そこ違う。苦手なら英語の最中に余計なことは考えるな」
ピシャリと言われてごもっともです、と思う。
一時間ちょっとすると、頭がくらくらしてきた。
夕飯を食べたといってもスープに入っていた温野菜とお豆腐だけだ。
消化に体力を要するものではないはずなのに……。
「翠、今日はここまで」
司先輩にノートを閉じられる。
「血圧下がってる」
言われて先輩の携帯を見せられた。
くらくら具合に納得のいく理由を添えられた気分だった。
「ラグに横になってろ」
言われて、トン、と肩を押されてそのままラグに転がった。
先輩は立ち上がると廊下へ向かって歩きだす。
きっと蒼兄を呼びに行ってくれたのだろう。
先輩の後ろ姿を見ながら思う。
格好いい人をどうして「格好いい」と言ったらいけないのだろう。わからないな……。
ゴロリ、と転がり身体の向きを変えると、ソファで横になっている海斗くんが見えた。
寝顔はとてもあどけない。いつも太陽みたいな笑顔の海斗くんだけど、寝てるときはなんだかかわいい。
顔のつくりが似ているからか、秋斗さんの寝顔もやっぱりこんな感じなのかな、と思う。
司先輩の寝顔は――目を閉じて想像してみるけれど、やっぱりどこにも隙なんてなさそうで、きれいにしか見えない気がする。
「翠葉、ベッドに行こう」
声をかけられて目を開けると、蒼兄に覗きこまれていた。
蒼兄に手を伸ばすと、いつものように抱き上げてくれる。
キッチンの前を通ると栞さんに、「あとで薬持っていくわね」と声をかけられた。
ベッドに横になるとドアまでついてきてくれた司先輩が目に入る。
途端、夕飯前にこの部屋であったやり取りを思い出す。
「翠葉?」
「あ……なんでもない」
「そうか?」
「うん」
今、上手に笑えただろうか。
せっかく訊かないでくれているのだから、私だっていつまでも気にしているわけにはいかない。
そういえば、秋斗さんと若槻さんは夕飯どうしたのかな……。
今は十階の秋斗さんの家にいるのだろうか。
……やっぱり、メールか電話をして謝らなくちゃだめ?
でも、どうしてか謝る気にはなれなかった。
それはきっと、私がきちんと納得していないからなのだと思う。
どうしてほかの人を格好いいと言ってはいけないのか。どうして秋斗さんが面白くないと思うのか。
自分だったら、と考えてもやっぱりわからなかった。
エレベーターホールで秋斗さんの腕から落ちそうになったこと――それはとてもいけないことをしたと思っている。
実際に、若槻さんが受け止めてくれなければコンクリートの上に落ちていた。
でも、あのときは蒼兄の顔を見たら安心してしまって、手を伸ばさずにはいられなかった。
それはどうしてだったのかな……。
やっぱり、ドキドキするのは苦手かも……。
自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
それが恋の醍醐味と言われても、疲れるし、急に恐怖のドキドキにすり替わって自分が自分の気持ちについていかれなくなる。
恋って、こういうものなのかな。
「妙にぼーっとしてると思ったら、熱があったんだな?」
携帯を見ながら蒼兄に言われ、携帯を覗き込んだ司先輩には、
「姉さんなら、このくらいの発熱に解熱剤は飲ませないと思う」
蒼兄の携帯を見せてもらうと、三十七度六分と表示されていた。
確かに、湊先生は三十八度を超えてからじゃないと消炎鎮痛剤は使わない。
痛みが起きたときに効きづらくなることを考慮して、普段は極力使わないようにしているのだ。
「栞さんにアイスノンもらってくる」
そう言って司先輩が出ていった。
……やっぱり、明日も学校には行けないのだろうか。やっと少し身体を起こしていられるようになったのに。
「……焦らなくていい。まだ固形物を口にできるようになったばかりだ。今週いっぱいは休もう。来週の月曜日を目標に定めよう」
諭すように、宥めるようにかけられる蒼兄の声に、コクリと小さく頷いた。
少なくともこのときまでは発熱と血圧以外に異常はなかった。
まさか、ひどい頭痛に見舞われるとは思いもしなかった――
痛い――頭が締め付けられるようにひどく痛む。
部屋の電気を点けたら目が破裂しそうに痛くて、とてもじゃないけど目を開けることができなかった。
急いで電気を消し暗闇にするも、頭痛は治まることなくひどくなる一方だ。
ベッドサイドにある時計に目をやると、十二時を少し回ったところだった。
栞さんはもう神崎家へ帰ってしまっている。蒼兄なら起きているだろうか。
蒼兄を呼ばなくちゃ……。
携帯のコールを鳴らすもなかなか出てはもらえない。そうしている間も、痛みに次々と涙が零れる。
どうしよう……。
痛くて涙が止まらない。頭というよりも目の奥がひどく痛む。
気づけば顔の輪郭や頬までもが痛かった。
顎から首の方へまできている気がする。
痛みはどこまで広がるのだろう。
恐怖に駆られ始めたそとのとき――外のポーチが開く音がした。
玄関のドアが開く音がしてすぐ、この部屋のドアが開けられた。
薄く目を開けると、そこには息を切らした司先輩が立っていた。
「翠、どこが痛い?」
「頭……」
「すぐに兄さんを呼ぶから」
と、その場で電話をかけてくれる。
「俺、今ゲストルームにいるんだけど、翠を診てほしい。頭が痛いって泣いてる」
それだけを言うとすぐに携帯を切った。
「大丈夫だから。兄さんがすぐに来る」
司先輩の手が顔に伸びてきて、目に手を翳してくれた。
瞼から透ける光すら刺激となっていたので、先輩の手はとてもありがたかった。
次に玄関で音がすると楓先生が入ってきて、その直後、慌てた様子で蒼兄が入ってきた。
「翠葉ごめん、俺うたた寝してた」
そんなの謝ることじゃないのに……。
「翠葉ちゃん、頭はどんなふうに痛い?」
楓先生に訊かれて、
「締め付けられるみたい。……すごく痛い。目、開けられない。光も痛い」
「わかった。少しうつ伏せになれるかな?」
言われて体勢を変える。
「ちょっと触診させてもらうからね」
首筋や背中、肩や頭をピンポイントで触れていく」
「力抜けるかな?」
そうは言われても、力を入れることや抜くことがどういうことなのかもわからないほどに頭が痛かった。
「司、姉さんの家に輸液と筋弛緩剤のアンプルある?」
「輸液と点滴セット一式はある。筋弛緩剤は見てみないとわからない」
「じゃ、そっちは俺が行くから司は翠葉ちゃんの首元のマッサージ頼める? それからアイスノンは取って」
「了解」
「蒼樹くんはホットタオル作って翠葉ちゃんの目に乗せてあげて」
人の動く気配がすると、すぐに司先輩の声が降ってきた。
「翠、首元――マッサージするから触れる」
もうキスマークを見られるのが嫌だとか、そんなことを言える状況ではなかった。
少しでも早く楽になりたくて、司先輩に言われるままうつ伏せになる。
すると、少しずつほぐすように丁寧に揉まれた。
「どうしたらこんな硬くなるんだか……」
呆れた声が聞こえてくる。
そんなの、私だって知らない。
「っ――痛いっっっ」
「少し我慢しろ」
マッサージは心地よさと痛みを伴うものだった。
ほどなくして楓先生と蒼兄が蒸しタオルを持って戻ってきた。
「翠葉ちゃん、点滴を入れるのにどうしても電気を点けなくちゃいけない。蒸しタオルを目の上に置くから少しの間電気点けさせてね」
「はい……」
「司、どんな具合?」
「あり得ないほど硬い」
「やっぱりねぇ……。今から点滴で筋肉を弛緩させる薬を入れるから、五分から十分くらいで楽になると思う。もう少しの我慢だからね」
点滴が始まると、すぐに電気は消してくれた。
顔の上に置かれた蒸しタオルがとても気持ちよく感じた。
ひどい頭痛の中、気持ちいいと感じることもできるんだ……。
「司、頭のマッサージしてあげて」
楓先生の声に、「どうして?」という疑問が浮かぶ。
「翠葉ちゃん、司は俺と姉さんのマッサージをやらされているからポイントは心得ているし、割と腕はいいと思うよ」
「……必然と上達するくらいには注文が多かった、の間違いじゃなくて?」
言いながら、頭に少しずつ指圧が加えられる。
こめかみのあたりから徐々に徐々に頭全体へと加えられる力は、本当に絶妙な力加減でとても気持ちが良かった。
「気持ち、いい……」
「それは何より……」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹なマッサージに、司先輩らしさを感じる。
見ただけではわからない。触れてみないとわからないところが司先輩そのものだ。
しばらくすると頭痛が和らいできた。
「痛み……引いてきたみたいです」
「そう。良かった……でもね、長くはもたないんだ」
楓先生はどこか申し訳なさそうに口にした。
「翠葉ちゃんも知っている言葉で言うなら、これは対症療法に過ぎない。一時的に痛みが和らいでもまた痛くなる可能性はある。そしたら、普段翠葉ちゃんが使っている筋弛緩剤を飲めば今くらいには楽になる」
「……痛みが起きなくなるのには何か方法はないんですか?」
「そうだな……今の所見からなら肩や頭のコリをほぐせば頭痛の回数は抑えられるかもしれない。ほら、入院中にストレッチ教えてあげたでしょう? ああいうの、今できてるかな?」
「いえ……」
「そうだよね。身体起こすのも難しいって聞いてたし……。ああいうストレッチを定期的にして肩回りや首回りをほぐしてあげるのが一番かな。あとは今司がやったようなマッサージを受けてコリをほぐす方法もある。ほかには予防的に薬を服用する方法もあるけれど、今の投薬量に増やすのはちょっと気が引けるかな……。頭痛が頻繁に起こるわけじゃないなら少し様子を見よう?」
「はい……」
ストレッチはやると気持ちがいいから好き。でも、これからしばらくの間はできそうにもない。だとしたら、整体などに通う必要があるのだろうか。
考えていると、
「俺でよければ部活から帰ってきたあとにやるけど?」
意外なところから申し出があった。
「司先輩……。でも、勉強や読書の時間――」
「一時間くらい問題ない」
「でも……」
どうしたらいいのかわからなくて蒼兄を見ると、
「甘えたら?」
もう一度司先輩を見ると、
「翠が決めていい」
「さっきも言ったけど、司の腕は保証するよ?」
自慢げに楓先生が話す。
もう一度司先輩を見ると、先輩は口を閉じて私を見下ろしていた。
「本当に……いいんですか?」
「問題ない」
「……お言葉に甘えます。お願いします」
「了解」
「それからっ……具合悪いの、気づいてくれてありがとう」
「それ、俺からも感謝」
蒼兄も司先輩に頭を下げた。
「いや……ただ何時か確認するのに携帯見たら血圧の数値が高かったから」
でも、それで走ってきてくれたことに変わりはなくて、とてもありがたいことだと思った。
「さ、もういい時間だ。蒼樹くんと司は休んで?」
「翠の点滴は?」
「俺、明日夜勤だから点滴が終わるまでついてるよ」
えっ――
頭が痛くてそこまで考えられなかった。そうだ、点滴の針を刺したともなれば抜く作業があるわけで、刺したらそれで終わりじゃなかった。
「翠葉ちゃん、余計なこと考えてない?」
楓先生がベッドに腰掛け私を見下ろす。
あぁ、この位置関係は入院していたころと一緒だ……。
お昼前に顔を出してくれるとき、たいていはベッドに腰掛けて「ご飯食べよう」と声をかけてくれた。
「翠葉ちゃんも休もう?」
「……はい」
「よし、いい子だ」
頭に大きくて優しい手が乗せられる。
この手は頼っていい。お医者様の手だ――
勉強を見てくれるのは司先輩で、海斗くんはソファに転がって気持ち良さそうに眠っている。
栞さんは夕飯の片付けと明日の朝の仕込みをするためにキッチンへ篭り、蒼兄はレポートを片付けるため自分にあてがわれた部屋へと戻っていった。
「そういえば、今日湊先生は?」
「ヘルプで救命救急に入ってる」
「そうなんですね……」
「翠、そこ違う。苦手なら英語の最中に余計なことは考えるな」
ピシャリと言われてごもっともです、と思う。
一時間ちょっとすると、頭がくらくらしてきた。
夕飯を食べたといってもスープに入っていた温野菜とお豆腐だけだ。
消化に体力を要するものではないはずなのに……。
「翠、今日はここまで」
司先輩にノートを閉じられる。
「血圧下がってる」
言われて先輩の携帯を見せられた。
くらくら具合に納得のいく理由を添えられた気分だった。
「ラグに横になってろ」
言われて、トン、と肩を押されてそのままラグに転がった。
先輩は立ち上がると廊下へ向かって歩きだす。
きっと蒼兄を呼びに行ってくれたのだろう。
先輩の後ろ姿を見ながら思う。
格好いい人をどうして「格好いい」と言ったらいけないのだろう。わからないな……。
ゴロリ、と転がり身体の向きを変えると、ソファで横になっている海斗くんが見えた。
寝顔はとてもあどけない。いつも太陽みたいな笑顔の海斗くんだけど、寝てるときはなんだかかわいい。
顔のつくりが似ているからか、秋斗さんの寝顔もやっぱりこんな感じなのかな、と思う。
司先輩の寝顔は――目を閉じて想像してみるけれど、やっぱりどこにも隙なんてなさそうで、きれいにしか見えない気がする。
「翠葉、ベッドに行こう」
声をかけられて目を開けると、蒼兄に覗きこまれていた。
蒼兄に手を伸ばすと、いつものように抱き上げてくれる。
キッチンの前を通ると栞さんに、「あとで薬持っていくわね」と声をかけられた。
ベッドに横になるとドアまでついてきてくれた司先輩が目に入る。
途端、夕飯前にこの部屋であったやり取りを思い出す。
「翠葉?」
「あ……なんでもない」
「そうか?」
「うん」
今、上手に笑えただろうか。
せっかく訊かないでくれているのだから、私だっていつまでも気にしているわけにはいかない。
そういえば、秋斗さんと若槻さんは夕飯どうしたのかな……。
今は十階の秋斗さんの家にいるのだろうか。
……やっぱり、メールか電話をして謝らなくちゃだめ?
でも、どうしてか謝る気にはなれなかった。
それはきっと、私がきちんと納得していないからなのだと思う。
どうしてほかの人を格好いいと言ってはいけないのか。どうして秋斗さんが面白くないと思うのか。
自分だったら、と考えてもやっぱりわからなかった。
エレベーターホールで秋斗さんの腕から落ちそうになったこと――それはとてもいけないことをしたと思っている。
実際に、若槻さんが受け止めてくれなければコンクリートの上に落ちていた。
でも、あのときは蒼兄の顔を見たら安心してしまって、手を伸ばさずにはいられなかった。
それはどうしてだったのかな……。
やっぱり、ドキドキするのは苦手かも……。
自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
それが恋の醍醐味と言われても、疲れるし、急に恐怖のドキドキにすり替わって自分が自分の気持ちについていかれなくなる。
恋って、こういうものなのかな。
「妙にぼーっとしてると思ったら、熱があったんだな?」
携帯を見ながら蒼兄に言われ、携帯を覗き込んだ司先輩には、
「姉さんなら、このくらいの発熱に解熱剤は飲ませないと思う」
蒼兄の携帯を見せてもらうと、三十七度六分と表示されていた。
確かに、湊先生は三十八度を超えてからじゃないと消炎鎮痛剤は使わない。
痛みが起きたときに効きづらくなることを考慮して、普段は極力使わないようにしているのだ。
「栞さんにアイスノンもらってくる」
そう言って司先輩が出ていった。
……やっぱり、明日も学校には行けないのだろうか。やっと少し身体を起こしていられるようになったのに。
「……焦らなくていい。まだ固形物を口にできるようになったばかりだ。今週いっぱいは休もう。来週の月曜日を目標に定めよう」
諭すように、宥めるようにかけられる蒼兄の声に、コクリと小さく頷いた。
少なくともこのときまでは発熱と血圧以外に異常はなかった。
まさか、ひどい頭痛に見舞われるとは思いもしなかった――
痛い――頭が締め付けられるようにひどく痛む。
部屋の電気を点けたら目が破裂しそうに痛くて、とてもじゃないけど目を開けることができなかった。
急いで電気を消し暗闇にするも、頭痛は治まることなくひどくなる一方だ。
ベッドサイドにある時計に目をやると、十二時を少し回ったところだった。
栞さんはもう神崎家へ帰ってしまっている。蒼兄なら起きているだろうか。
蒼兄を呼ばなくちゃ……。
携帯のコールを鳴らすもなかなか出てはもらえない。そうしている間も、痛みに次々と涙が零れる。
どうしよう……。
痛くて涙が止まらない。頭というよりも目の奥がひどく痛む。
気づけば顔の輪郭や頬までもが痛かった。
顎から首の方へまできている気がする。
痛みはどこまで広がるのだろう。
恐怖に駆られ始めたそとのとき――外のポーチが開く音がした。
玄関のドアが開く音がしてすぐ、この部屋のドアが開けられた。
薄く目を開けると、そこには息を切らした司先輩が立っていた。
「翠、どこが痛い?」
「頭……」
「すぐに兄さんを呼ぶから」
と、その場で電話をかけてくれる。
「俺、今ゲストルームにいるんだけど、翠を診てほしい。頭が痛いって泣いてる」
それだけを言うとすぐに携帯を切った。
「大丈夫だから。兄さんがすぐに来る」
司先輩の手が顔に伸びてきて、目に手を翳してくれた。
瞼から透ける光すら刺激となっていたので、先輩の手はとてもありがたかった。
次に玄関で音がすると楓先生が入ってきて、その直後、慌てた様子で蒼兄が入ってきた。
「翠葉ごめん、俺うたた寝してた」
そんなの謝ることじゃないのに……。
「翠葉ちゃん、頭はどんなふうに痛い?」
楓先生に訊かれて、
「締め付けられるみたい。……すごく痛い。目、開けられない。光も痛い」
「わかった。少しうつ伏せになれるかな?」
言われて体勢を変える。
「ちょっと触診させてもらうからね」
首筋や背中、肩や頭をピンポイントで触れていく」
「力抜けるかな?」
そうは言われても、力を入れることや抜くことがどういうことなのかもわからないほどに頭が痛かった。
「司、姉さんの家に輸液と筋弛緩剤のアンプルある?」
「輸液と点滴セット一式はある。筋弛緩剤は見てみないとわからない」
「じゃ、そっちは俺が行くから司は翠葉ちゃんの首元のマッサージ頼める? それからアイスノンは取って」
「了解」
「蒼樹くんはホットタオル作って翠葉ちゃんの目に乗せてあげて」
人の動く気配がすると、すぐに司先輩の声が降ってきた。
「翠、首元――マッサージするから触れる」
もうキスマークを見られるのが嫌だとか、そんなことを言える状況ではなかった。
少しでも早く楽になりたくて、司先輩に言われるままうつ伏せになる。
すると、少しずつほぐすように丁寧に揉まれた。
「どうしたらこんな硬くなるんだか……」
呆れた声が聞こえてくる。
そんなの、私だって知らない。
「っ――痛いっっっ」
「少し我慢しろ」
マッサージは心地よさと痛みを伴うものだった。
ほどなくして楓先生と蒼兄が蒸しタオルを持って戻ってきた。
「翠葉ちゃん、点滴を入れるのにどうしても電気を点けなくちゃいけない。蒸しタオルを目の上に置くから少しの間電気点けさせてね」
「はい……」
「司、どんな具合?」
「あり得ないほど硬い」
「やっぱりねぇ……。今から点滴で筋肉を弛緩させる薬を入れるから、五分から十分くらいで楽になると思う。もう少しの我慢だからね」
点滴が始まると、すぐに電気は消してくれた。
顔の上に置かれた蒸しタオルがとても気持ちよく感じた。
ひどい頭痛の中、気持ちいいと感じることもできるんだ……。
「司、頭のマッサージしてあげて」
楓先生の声に、「どうして?」という疑問が浮かぶ。
「翠葉ちゃん、司は俺と姉さんのマッサージをやらされているからポイントは心得ているし、割と腕はいいと思うよ」
「……必然と上達するくらいには注文が多かった、の間違いじゃなくて?」
言いながら、頭に少しずつ指圧が加えられる。
こめかみのあたりから徐々に徐々に頭全体へと加えられる力は、本当に絶妙な力加減でとても気持ちが良かった。
「気持ち、いい……」
「それは何より……」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹なマッサージに、司先輩らしさを感じる。
見ただけではわからない。触れてみないとわからないところが司先輩そのものだ。
しばらくすると頭痛が和らいできた。
「痛み……引いてきたみたいです」
「そう。良かった……でもね、長くはもたないんだ」
楓先生はどこか申し訳なさそうに口にした。
「翠葉ちゃんも知っている言葉で言うなら、これは対症療法に過ぎない。一時的に痛みが和らいでもまた痛くなる可能性はある。そしたら、普段翠葉ちゃんが使っている筋弛緩剤を飲めば今くらいには楽になる」
「……痛みが起きなくなるのには何か方法はないんですか?」
「そうだな……今の所見からなら肩や頭のコリをほぐせば頭痛の回数は抑えられるかもしれない。ほら、入院中にストレッチ教えてあげたでしょう? ああいうの、今できてるかな?」
「いえ……」
「そうだよね。身体起こすのも難しいって聞いてたし……。ああいうストレッチを定期的にして肩回りや首回りをほぐしてあげるのが一番かな。あとは今司がやったようなマッサージを受けてコリをほぐす方法もある。ほかには予防的に薬を服用する方法もあるけれど、今の投薬量に増やすのはちょっと気が引けるかな……。頭痛が頻繁に起こるわけじゃないなら少し様子を見よう?」
「はい……」
ストレッチはやると気持ちがいいから好き。でも、これからしばらくの間はできそうにもない。だとしたら、整体などに通う必要があるのだろうか。
考えていると、
「俺でよければ部活から帰ってきたあとにやるけど?」
意外なところから申し出があった。
「司先輩……。でも、勉強や読書の時間――」
「一時間くらい問題ない」
「でも……」
どうしたらいいのかわからなくて蒼兄を見ると、
「甘えたら?」
もう一度司先輩を見ると、
「翠が決めていい」
「さっきも言ったけど、司の腕は保証するよ?」
自慢げに楓先生が話す。
もう一度司先輩を見ると、先輩は口を閉じて私を見下ろしていた。
「本当に……いいんですか?」
「問題ない」
「……お言葉に甘えます。お願いします」
「了解」
「それからっ……具合悪いの、気づいてくれてありがとう」
「それ、俺からも感謝」
蒼兄も司先輩に頭を下げた。
「いや……ただ何時か確認するのに携帯見たら血圧の数値が高かったから」
でも、それで走ってきてくれたことに変わりはなくて、とてもありがたいことだと思った。
「さ、もういい時間だ。蒼樹くんと司は休んで?」
「翠の点滴は?」
「俺、明日夜勤だから点滴が終わるまでついてるよ」
えっ――
頭が痛くてそこまで考えられなかった。そうだ、点滴の針を刺したともなれば抜く作業があるわけで、刺したらそれで終わりじゃなかった。
「翠葉ちゃん、余計なこと考えてない?」
楓先生がベッドに腰掛け私を見下ろす。
あぁ、この位置関係は入院していたころと一緒だ……。
お昼前に顔を出してくれるとき、たいていはベッドに腰掛けて「ご飯食べよう」と声をかけてくれた。
「翠葉ちゃんも休もう?」
「……はい」
「よし、いい子だ」
頭に大きくて優しい手が乗せられる。
この手は頼っていい。お医者様の手だ――
5
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる