光のもとで1

葉野りるは

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第七章 つながり

03話

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 食後は海斗くんから受け取ったルーズリーフと教科書を見合わせながら勉強をした。
 勉強を見てくれるのは司先輩で、海斗くんはソファに転がって気持ち良さそうに眠っている。
 栞さんは夕飯の片付けと明日の朝の仕込みをするためにキッチンへ篭り、蒼兄はレポートを片付けるため自分にあてがわれた部屋へと戻っていった。
「そういえば、今日湊先生は?」
「ヘルプで救命救急に入ってる」
「そうなんですね……」
「翠、そこ違う。苦手なら英語の最中に余計なことは考えるな」
 ピシャリと言われてごもっともです、と思う。
 一時間ちょっとすると、頭がくらくらしてきた。
 夕飯を食べたといってもスープに入っていた温野菜とお豆腐だけだ。
 消化に体力を要するものではないはずなのに……。
「翠、今日はここまで」
 司先輩にノートを閉じられる。
「血圧下がってる」
 言われて先輩の携帯を見せられた。
 くらくら具合に納得のいく理由を添えられた気分だった。
「ラグに横になってろ」
 言われて、トン、と肩を押されてそのままラグに転がった。
 先輩は立ち上がると廊下へ向かって歩きだす。
 きっと蒼兄を呼びに行ってくれたのだろう。
 先輩の後ろ姿を見ながら思う。
 格好いい人をどうして「格好いい」と言ったらいけないのだろう。わからないな……。
 ゴロリ、と転がり身体の向きを変えると、ソファで横になっている海斗くんが見えた。
 寝顔はとてもあどけない。いつも太陽みたいな笑顔の海斗くんだけど、寝てるときはなんだかかわいい。
 顔のつくりが似ているからか、秋斗さんの寝顔もやっぱりこんな感じなのかな、と思う。
 司先輩の寝顔は――目を閉じて想像してみるけれど、やっぱりどこにも隙なんてなさそうで、きれいにしか見えない気がする。
「翠葉、ベッドに行こう」
 声をかけられて目を開けると、蒼兄に覗きこまれていた。
 蒼兄に手を伸ばすと、いつものように抱き上げてくれる。
 キッチンの前を通ると栞さんに、「あとで薬持っていくわね」と声をかけられた。

 ベッドに横になるとドアまでついてきてくれた司先輩が目に入る。
 途端、夕飯前にこの部屋であったやり取りを思い出す。
「翠葉?」
「あ……なんでもない」
「そうか?」
「うん」
 今、上手に笑えただろうか。
 せっかく訊かないでくれているのだから、私だっていつまでも気にしているわけにはいかない。
 そういえば、秋斗さんと若槻さんは夕飯どうしたのかな……。
 今は十階の秋斗さんの家にいるのだろうか。
 ……やっぱり、メールか電話をして謝らなくちゃだめ?
 でも、どうしてか謝る気にはなれなかった。
 それはきっと、私がきちんと納得していないからなのだと思う。
 どうしてほかの人を格好いいと言ってはいけないのか。どうして秋斗さんが面白くないと思うのか。
 自分だったら、と考えてもやっぱりわからなかった。
 エレベーターホールで秋斗さんの腕から落ちそうになったこと――それはとてもいけないことをしたと思っている。
 実際に、若槻さんが受け止めてくれなければコンクリートの上に落ちていた。
 でも、あのときは蒼兄の顔を見たら安心してしまって、手を伸ばさずにはいられなかった。
 それはどうしてだったのかな……。
 やっぱり、ドキドキするのは苦手かも……。
 自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
 それが恋の醍醐味と言われても、疲れるし、急に恐怖のドキドキにすり替わって自分が自分の気持ちについていかれなくなる。
 恋って、こういうものなのかな。
「妙にぼーっとしてると思ったら、熱があったんだな?」
 携帯を見ながら蒼兄に言われ、携帯を覗き込んだ司先輩には、
「姉さんなら、このくらいの発熱に解熱剤は飲ませないと思う」
 蒼兄の携帯を見せてもらうと、三十七度六分と表示されていた。
 確かに、湊先生は三十八度を超えてからじゃないと消炎鎮痛剤は使わない。
 痛みが起きたときに効きづらくなることを考慮して、普段は極力使わないようにしているのだ。
「栞さんにアイスノンもらってくる」
 そう言って司先輩が出ていった。
 ……やっぱり、明日も学校には行けないのだろうか。やっと少し身体を起こしていられるようになったのに。
「……焦らなくていい。まだ固形物を口にできるようになったばかりだ。今週いっぱいは休もう。来週の月曜日を目標に定めよう」
 諭すように、宥めるようにかけられる蒼兄の声に、コクリと小さく頷いた。
 少なくともこのときまでは発熱と血圧以外に異常はなかった。
 まさか、ひどい頭痛に見舞われるとは思いもしなかった――


 痛い――頭が締め付けられるようにひどく痛む。
 部屋の電気を点けたら目が破裂しそうに痛くて、とてもじゃないけど目を開けることができなかった。
 急いで電気を消し暗闇にするも、頭痛は治まることなくひどくなる一方だ。
 ベッドサイドにある時計に目をやると、十二時を少し回ったところだった。
 栞さんはもう神崎家へ帰ってしまっている。蒼兄なら起きているだろうか。
 蒼兄を呼ばなくちゃ……。
 携帯のコールを鳴らすもなかなか出てはもらえない。そうしている間も、痛みに次々と涙が零れる。
 どうしよう……。
 痛くて涙が止まらない。頭というよりも目の奥がひどく痛む。
 気づけば顔の輪郭や頬までもが痛かった。
 顎から首の方へまできている気がする。
 痛みはどこまで広がるのだろう。
 恐怖に駆られ始めたそとのとき――外のポーチが開く音がした。
 玄関のドアが開く音がしてすぐ、この部屋のドアが開けられた。
 薄く目を開けると、そこには息を切らした司先輩が立っていた。
「翠、どこが痛い?」
「頭……」
「すぐに兄さんを呼ぶから」
 と、その場で電話をかけてくれる。
「俺、今ゲストルームにいるんだけど、翠を診てほしい。頭が痛いって泣いてる」
 それだけを言うとすぐに携帯を切った。
「大丈夫だから。兄さんがすぐに来る」
 司先輩の手が顔に伸びてきて、目に手を翳してくれた。
 瞼から透ける光すら刺激となっていたので、先輩の手はとてもありがたかった。
 次に玄関で音がすると楓先生が入ってきて、その直後、慌てた様子で蒼兄が入ってきた。
「翠葉ごめん、俺うたた寝してた」
 そんなの謝ることじゃないのに……。
「翠葉ちゃん、頭はどんなふうに痛い?」
 楓先生に訊かれて、
「締め付けられるみたい。……すごく痛い。目、開けられない。光も痛い」
「わかった。少しうつ伏せになれるかな?」
 言われて体勢を変える。
「ちょっと触診させてもらうからね」
 首筋や背中、肩や頭をピンポイントで触れていく」
「力抜けるかな?」
 そうは言われても、力を入れることや抜くことがどういうことなのかもわからないほどに頭が痛かった。
「司、姉さんの家に輸液と筋弛緩剤のアンプルある?」
「輸液と点滴セット一式はある。筋弛緩剤は見てみないとわからない」
「じゃ、そっちは俺が行くから司は翠葉ちゃんの首元のマッサージ頼める? それからアイスノンは取って」
「了解」
「蒼樹くんはホットタオル作って翠葉ちゃんの目に乗せてあげて」
 人の動く気配がすると、すぐに司先輩の声が降ってきた。
「翠、首元――マッサージするから触れる」
 もうキスマークを見られるのが嫌だとか、そんなことを言える状況ではなかった。
 少しでも早く楽になりたくて、司先輩に言われるままうつ伏せになる。
 すると、少しずつほぐすように丁寧に揉まれた。
「どうしたらこんな硬くなるんだか……」
 呆れた声が聞こえてくる。
 そんなの、私だって知らない。
「っ――痛いっっっ」
「少し我慢しろ」
 マッサージは心地よさと痛みを伴うものだった。
 ほどなくして楓先生と蒼兄が蒸しタオルを持って戻ってきた。
「翠葉ちゃん、点滴を入れるのにどうしても電気を点けなくちゃいけない。蒸しタオルを目の上に置くから少しの間電気点けさせてね」
「はい……」
「司、どんな具合?」
「あり得ないほど硬い」
「やっぱりねぇ……。今から点滴で筋肉を弛緩させる薬を入れるから、五分から十分くらいで楽になると思う。もう少しの我慢だからね」
 点滴が始まると、すぐに電気は消してくれた。
 顔の上に置かれた蒸しタオルがとても気持ちよく感じた。
 ひどい頭痛の中、気持ちいいと感じることもできるんだ……。
「司、頭のマッサージしてあげて」
 楓先生の声に、「どうして?」という疑問が浮かぶ。
「翠葉ちゃん、司は俺と姉さんのマッサージをやらされているからポイントは心得ているし、割と腕はいいと思うよ」
「……必然と上達するくらいには注文が多かった、の間違いじゃなくて?」
 言いながら、頭に少しずつ指圧が加えられる。
 こめかみのあたりから徐々に徐々に頭全体へと加えられる力は、本当に絶妙な力加減でとても気持ちが良かった。
「気持ち、いい……」
「それは何より……」
 ぶっきらぼうな口調とは裏腹なマッサージに、司先輩らしさを感じる。
 見ただけではわからない。触れてみないとわからないところが司先輩そのものだ。
 しばらくすると頭痛が和らいできた。
「痛み……引いてきたみたいです」
「そう。良かった……でもね、長くはもたないんだ」
 楓先生はどこか申し訳なさそうに口にした。
「翠葉ちゃんも知っている言葉で言うなら、これは対症療法に過ぎない。一時的に痛みが和らいでもまた痛くなる可能性はある。そしたら、普段翠葉ちゃんが使っている筋弛緩剤を飲めば今くらいには楽になる」
「……痛みが起きなくなるのには何か方法はないんですか?」
「そうだな……今の所見からなら肩や頭のコリをほぐせば頭痛の回数は抑えられるかもしれない。ほら、入院中にストレッチ教えてあげたでしょう? ああいうの、今できてるかな?」
「いえ……」
「そうだよね。身体起こすのも難しいって聞いてたし……。ああいうストレッチを定期的にして肩回りや首回りをほぐしてあげるのが一番かな。あとは今司がやったようなマッサージを受けてコリをほぐす方法もある。ほかには予防的に薬を服用する方法もあるけれど、今の投薬量に増やすのはちょっと気が引けるかな……。頭痛が頻繁に起こるわけじゃないなら少し様子を見よう?」
「はい……」
 ストレッチはやると気持ちがいいから好き。でも、これからしばらくの間はできそうにもない。だとしたら、整体などに通う必要があるのだろうか。
 考えていると、
「俺でよければ部活から帰ってきたあとにやるけど?」
 意外なところから申し出があった。
「司先輩……。でも、勉強や読書の時間――」
「一時間くらい問題ない」
「でも……」
 どうしたらいいのかわからなくて蒼兄を見ると、
「甘えたら?」
 もう一度司先輩を見ると、
「翠が決めていい」
「さっきも言ったけど、司の腕は保証するよ?」
 自慢げに楓先生が話す。
 もう一度司先輩を見ると、先輩は口を閉じて私を見下ろしていた。
「本当に……いいんですか?」
「問題ない」
「……お言葉に甘えます。お願いします」
「了解」
「それからっ……具合悪いの、気づいてくれてありがとう」
「それ、俺からも感謝」
 蒼兄も司先輩に頭を下げた。
「いや……ただ何時か確認するのに携帯見たら血圧の数値が高かったから」
 でも、それで走ってきてくれたことに変わりはなくて、とてもありがたいことだと思った。
「さ、もういい時間だ。蒼樹くんと司は休んで?」
「翠の点滴は?」
「俺、明日夜勤だから点滴が終わるまでついてるよ」
 えっ――
 頭が痛くてそこまで考えられなかった。そうだ、点滴の針を刺したともなれば抜く作業があるわけで、刺したらそれで終わりじゃなかった。
「翠葉ちゃん、余計なこと考えてない?」
 楓先生がベッドに腰掛け私を見下ろす。
 あぁ、この位置関係は入院していたころと一緒だ……。
 お昼前に顔を出してくれるとき、たいていはベッドに腰掛けて「ご飯食べよう」と声をかけてくれた。
「翠葉ちゃんも休もう?」
「……はい」
「よし、いい子だ」
 頭に大きくて優しい手が乗せられる。
 この手は頼っていい。お医者様の手だ――
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