光のもとで1

葉野りるは

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第八章 自己との対峙

31話

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「で、今日は何を考えてるの?」
「進展性に欠けるどうでもいいことです」
「内容は?」
「利便性と地球の温暖化について」
「……また堅っ苦しいこと考え始めたわね。それがどうして進展性に欠けるって?」
「だって、人は便利さを追求する生き物でしょう? 便利さを追求し普及させる反面、地球の温暖化を訴えたりする。ふたつは密接な関わりがあるけど……」
「たとえば?」
「自販機やコンビニ。今はどこでも飲み物が買えます。外にいても冷たい飲み物やあたたかい飲み物が買えるし、種類も選べる。でも、空き缶やペットボトル、その他プラといったゴミは増え続ける」
「ゆえにリサイクルというものが生まれたでしょう?」
「リサイクルというものが生まれたとして、すべての人が実行するわけではないからゼロにはなりません。それに、レトルト食品もお弁当も、便利なものは全部プラスチックやその他プラで覆われてる。家でお弁当を作るなら材料を包んでいた袋だけで済むし、お弁当箱も壊れるまでは同じものを使い続けるでしょう? 自販機を維持するには電気やバッテリー、その類が使われているはずだし、それらの発電はどうなりますか? 発電にかかる力はどうやって生まれますか?」
「なるほどね……」
「リサイクルというもののおかげで、それを活用した企業が生まれたかもしれない。会社ができれば雇用率も上がる。でも、人はそれでも便利なものを求めるし、コスト削減を図るから、次は便利な機械が開発されて、人の手を使わなくても作業ができるように効率化を図る。そしたら、結果的に人の勤め口は減るのでしょう? 会社は増えても人の雇用率はあまり望めない。だから、進展性のない話」
「……静さんあたりなら答えになりそうな言葉をさくっとくれるんでしょうけど、申し訳ないけど私にはなんとも言えないわ。自分の自由な時間を確保するためには弁当屋だって利用するし、コンビニも使う。ゴミは資源と分けて捨ててるけど、あんたが言うとおり、それをみんなが実践してるとは限らない。埒の明かない話よね」
 本当に……まるで私の身体のようだ。
 私は痛みがひどくなる前にどうでもいいことを考える癖がつき始めていた。神経をほかに逸らすために、痛みに集中しないために、どうでもいいことを掘り下げて考える。
 自分でも思う。なんとなく堅苦しい話の上っ面だけを掠めた考察で理屈っぽいだけだな、と。
 きっと、筋などどこも通っていないし、矛盾点だってあちらこちらにある。それに、起点となった場所にすら戻ってこれない話。
 湊先生は毎日のようにそんなどうでもいい話を聞きにくる。
 ……本当は、こんな話を聞きに来ているわけではなく、点滴の処置をするときになんとなくこんな話になるだけ。
 私の体内はずいぶんと水分が足りていない状態らしく、血液循環量にも問題が出始めているらしい。
 一言に水分といっても、水だけではいけない。いつもなら薄めたポカリスエットなどを飲んでいたけれど、今はそれすらも受け付けなくなっている。
 何も混じることのない水しか飲めないのだ。それも、氷が入っているもの限定。
 身体を冷やすとわかっていても、単なる水よりも氷水のほうが飲みやすかった。
 固形物はもはや何も口にしていない。お母さんが買ってくれていたゼリー飲料もまったく受け付けない。戻す以前に口が付けられない。
 洗濯物の柔軟剤の匂いが少しでもすると吐き気に見舞われる。
 栞さんがすぐに無香料のものへシフトしてくれたから、今は問題なく過ごすことができているだけ。
 ここ数日、栞さんは部屋へ入ってこない。
 この人だけはどうしても傷つけたくなくて、部屋に入ってこないでください、とお願いをしたのだ。
 芯の強い人だから強行突破されるかもしれない、と覚悟をしていたけれど、そんなことはなく、時々ドアの向こうらこちらをうかがっているのがわかる程度。
 いくら入らないでほしいと言っても躊躇せずに入ってくるのは蒼兄と唯兄。少し前にはお母さんとお父さんも帰ってきた。けれど、
「会いたくない。お母さんたちはここにいるべき人じゃない」
 そう言って、私はふたりを追い返してしまった。
 お母さんは感情的になり発狂していた。
「娘がこんなに具合が悪いときに仕事なんて手につくわけがないでしょうっ!?」
「それでも、私、まだ笑っていられるだけの余裕があるの」
 私が笑顔で答えると、お母さんは絶句した。お父さんは怒るでも激昂するでもなく、お母さんを宥めすかして部屋から出すと、しばらくしてからベッドサイドに戻ってきた。
「翠葉、どうしてそんなふうに笑うんだ?」
 どうして――
 もう、自分でもよくわからなくなってきていた。
「どんな翠葉でもかわいい娘だ。でも、いつでも翠葉らしくいてほしいなぁ……」
 私らしく――
 私らしくってどんなだったかな……。
「碧同様、父さんも翠葉に付いていたいのは山々だ。でも、やっぱり父さんは現場に戻らないといけない。……翠葉、病院に入らないか? 毎日のように点滴をしに来てくれる湊先生へかける迷惑を考えるならば、病院へ入るべきだと思う。もう、入り時じゃないかな?」
 お父さんはよくわかっている。私が人に迷惑をかけたくないと思っていることや、これ以上は家でどうこうできる域ではないことも。そして、私が病院を拒否している理由も――全部わかっていて「入り時」と言っている。
 ……もう、点滴など受けなくてもよかった。このまま死んでもいいのかもしれない。
 私がいなくなれば家族の負担も減るだろう。いなくなった直後は悲しみの淵に突き落とすことになるのかもしれない。でも、数年もしたら平穏な日々を暮らせるようになるのではないだろうか。
 きっと放置していたら私は飢餓状態になって死ぬことができるだろう。それも痛みから逃れるひとつの方法かもしれない。
 ……なんだかすごいことを淡々と考えている気がしてきた。
「お父さん……私、今、少しおかしいかもしれない……。自分がどうしたらいいのかわからないの。人にこれが正しい道と言われても受け入れられないの。だから、お母さんのことをお願い……。私、お父さんもお母さんも大好きよ……? その気持ちに嘘はないの。私……私ね、大好きな人だから側にいてほしくないと思うことがあるみたい。それをどうにかできる自信はないし、側にいられることが苦痛なの。お母さんの『側にいたい』って気持ちは嬉しいけれど、その気持ちを受け入れることはできても、行動は無理……。今はひとりでいたい」
「……翠葉は翠葉で色々と考えているようだけど、これだけは言っておく。つらいからって逃げるな。死に急ぐな。言われたとおりに母さんは現場へ連れて戻ろう。でも――湊先生にはお願いしておく。どんなに拒まれても、これ以上は危険だと思ったなら、どんな手を使ってでも病院へ運んでもらえるように。それはほかの誰の意思でもなく、父さんの意思だ。恨むなら父さんを恨んでいい。恨まれるだけで娘を失わずに済むのなら、どれだけ恨まれてもかまわない」
 そう言うと、お父さんは部屋を出ていった。
 お父さんとこんなやり取りをしたのは初めてのことだった。
 湊先生はそのことも知っていて、毎日のように足しげく通ってくるのだろう。それでもまだ、私の意思を尊重してか、無理やり病院へ連れて行くようなことはしなかった。
 ただ、うちに来てはどうでもいい話をして、点滴が終われば帰っていく。話の中には「入院」という言葉もあったけれど、無理強いされることはなく、懸命な説得に留まっていた。
 その説得も数日で終わり、今ではぎゃんぎゃんと私を説き伏せるようになってきた。
 もう聞いていて答えるのも面倒で、今では聞こえていないふりを通している。だって……会話するのも受け答えに頭を使うのも、疲れていてできそうにはない。
 痛みで身体を起こすのもつらいし、トイレに行くことすら命がけ。頻脈もつらいし、自分でもわかるほどの不整脈も出てきている。
 あぁ、本当に死ぬのかな……。死んだら楽かな。
 そんな考えがここ最近では頭をよぎっては消えることがない。
 私、いつまでこんな状態なんだろう。あと何日? 何週間? 何ヶ月? どこまで続くの……?
 どこまでこの身体はもつのかな。その期間、私は私を保っていられるのかな。もう、すでには自分ではないのかな……。
 私、生きたいのかな。死にたいのかな……。そうじゃないな……。ただ、嫌みのない生活を送りたいだけ……。
 それは病院に入ることともなんだか違うように思えた。
 根本治療ができないのなら、私はどこにいようとも救われることはないのだ――
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