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01~03 Side 海斗 04話
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結局のところ、翠葉はなかなか司と並んで歩くことができず、司が何を考えているのか悶々としながらその後ろをついて歩いていたらしい。そして、芝生広場の途中まできて司が痺れを切らした。
――「いい加減隣を歩け。……朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」。
とまぁ、なんとも司らしい言葉に言い分なわけだけど……。
その後、今朝言われたことを改めて言われたらしい。
俺も空太から聞いたけど、あれって本当に言葉の意味自体は全然悪くなくて、むしろ側にいるって言っているようなもの。
バイタルが携帯に転送されてこない今となっては、翠葉の体調なんて見て気づいて止めることくらいしか俺たちにはできないから。
朝、司に言われ、空太にもう一度聞き、さらには司にもう一度言われて――
三度聞いても翠葉の思考はそこにたどり着けなかったらしく、ただの「怖い」ものでしかなかったようだ。
その言葉が、というよりは、司が……。
それだけいっぱいいっぱいだったってことなんだろうけれど、これで怖がられた司は自業自得だと思う。だって、散々翠葉を怖がらせたのは司自身なんだから。
司はサドだと思っていたけど、もしかして翠葉限定で違ったりするのかな?
やってることを見ればサドにしか見えないけど、それで「怖がられる」という結果がついてくるならマゾ……?
「ツカサが何を考えているのか、今朝の今でなんで病院へ付き添ってくれることになっているのか、何もかもがわからなくて混乱してたら『安心しろ』って言われたの」
なんつー説得力の欠片もない……。この状況で「安心しろ」って言ったって無理でしょ。無意味でしょ。
そうは思うけど――まさか、翠葉さん……それで安心したとか言いませんよね……?
隣の空太と顔を見合わせ、「その次っ」と視線を送る。すると、
――「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない」。
疑うまでもなく司の言葉。すげー司らしい言い回し。
そして、その言葉にはまだ続きがあった。
――「ただ、俺にバカとかアホとか言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない。それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前に進まないと病院からは近づいてこないけど?」。
文面から「司」が滲み出すぎだろ……。おまえ、少し控えろよ……。
思わずこめかみを押さえてしまう。隣の空太は両手で頭を抱えていた。
気持ちはわかる。こんな会話からじゃ、到底「安心」にはたどり着けそうにない。
「ははは……悪いな。俺の従兄ってこういうやつなんだよね」
本当にフォローのしようがない人間で困ることしきり。
空太はなんともいえない目で見返してきた。
まぁ、司らしいといえば司らしい言葉が並んでいるわけだけど、俺の印象としては喋りすぎのかまいすぎ。
うん、口数が多いってだけっで「かまってる」と俺は思う。
翠葉の反応が欲しくて言っていたであろう言葉の数々は焚きつけているとしか思えない。きっとそんな心境だったのだろう。
そんなことを思いながら翠葉の話に耳を傾けていた。
「必要なら貸すけど、って手を差し出されたのだけど、私はその手も取れなくて……。そしたらツカサから手をつないでくれたの」
どうやらそれで一緒に歩いている状態になったらしい。
でも、「必要なら貸すけど」って? 手ぇ差し出すのってどうよ……。
おまえはいつから秋兄になったんだ。いや、秋兄だったら手をつなぐっていうか抱きしめるくらいのことはしている気がするようなしないような……。
いやいやいや、司でこれはかなり甘いほうなんじゃないか?
「私ね、絶対に忘れないんだ」
言いながらはにかむ翠葉がかわいいと思った。
「この手はいつもつながれているわけじゃないけど、ツカサは何があっても私をひとりにするつもりも置いていくつもりも離れるつもりもないって……そう言ってくれるんだよ」
つながれていたであろう右手を見ながら、翠葉は嬉しそうに話す。
その場の雰囲気すら柔らかくあたたかなものへと変えてしまうくらい穏やかな表情だった。
――ややややっっっ! っていうか、それっっっ!
翠葉さん、プロポーズされてるでしょっ!? さすがにそれをスルーしちゃだめだってばっ!
しかし、それにも「続き」という罠があった。
「あのツカサがね、こんなことで安心できるのなら、毎日メール送ろうか? 電話しようか? 一緒にお弁当を食べる? って提案してくれたの」
爆弾投下――
翠葉はクスクスと、「らしくないよね」と笑うけど、俺と空太はそれどころじゃない。
「兄ちゃんっ、俺、アイスティーが飲みたいっ!」
ガタン、と空太が立ち上がり、真っ赤な顔でエントランスにいる葵くんに声をかけた。
こちらを振り返った葵くんに、「葵くんっ、俺にもっ」と挙手。
不思議そうな顔をしてテーブルへやってきた葵くんは、
「ふたりとも顔真っ赤だけど?」
葵くん、ストップっっっ! 今はそれ以上突っ込まないでっっっ。
「……どうか、した?」
赤面の「せ」の字も見せない翠葉が首を傾げる。
葵くんが入れてくれたアイスティーをほぼ一気飲みした俺らは、
「「でっっっ!?」」
と、先を促し自爆する。
俺と空太の目は血走っていたんじゃないかと思う。
そこからの話はごく甘世界だった。
司の口にした言葉の数々は、司が言った、という前提をなくせば「ふーん……」と聞き流してしまうようなものだ。が、よくよく考えてみれば歯が浮きそうな台詞なのに妙な重みがあって、浮くに浮けない……。
「言葉」はあくまでも「司」なのに、その司が言うから内容が濃いっていうか……。
――「条件反射、パブロフの犬。翠は犬になればいい。もしくは、恐ろしく品質の悪い機械。俺が何度でも上書きしてやる。壊れるたびにリカバリーしてやる。保証期間は俺が死ぬまで半永久的に」。
前半はこっぴどいことを言っているように思えるけど、後半は――何あれ……。「一生側にいる」って、そう言ってるのと変わらないじゃん。
これって告白以上なんじゃないのっ!?
好きとか嫌いとか愛してるとかそういうの軽く超えててさ。
なのに、目の前の翠葉は会話のひとつひとつを大切そうに口にするものの、その気持ちに気づいている気配がまったくねぇ……。この超天然鈍感少女め……。
なんでかなっ!? そりゃ、ここまで言われたら安心だってするだろうよ。けどさ、その言葉に裏づけされる司の気持ちまで気づかないかなっ!? そこ、気づいておこうよっ! じゃないと司が不憫すぎる……。
「す、翠葉っ――」
「……どうしたの?」
首を傾げて訊かないでくれぇぇぇ……。
つい、その場で悶えたい衝動に駆られる。
「いやっ、そのっ……翠葉ちゃんってすごいなっていうか、いや、藤宮先輩がすごいっていうか
――」
空太もしどろもどろだが、俺だって変わらない。
佐野、俺たち道化師かも。
あんな歌で告白させなくても、司はガンガン翠葉に気持ちを伝えてるっぽい。
……あぁ、この際、翠葉が気づいているかいないかは別として。
自分からそういうことは言わないやつかなって思ってたけど、全然違った。
もっとも、「好き」とかそんな言葉は口にしてないけれど。
本当ならさ、この言葉だけで十分なんじゃないかな。ただ、相手が悪いってだけでさ……。
ガッツリ仕掛けたつもりになっていたけど、俺たちが司にさせようとしていることは、人が作ったラブソングを歌わせるってだけで、あんな司本人の言葉に敵うわけがない。
「……俺、勝てっかな?」
俺は少し暗くなった外へ視線を逸らした。
「……勝つって、何に?」
翠葉さん、俺は黙秘権を行使します……。
桃華、俺、すばらしく自信がないんだけど。
化けの皮をかぶったごく甘大魔王司にどんなトラップを仕掛ければいいんだか……。
もう、歌に関しては開き直ってるっぽい部分があるしさ、強いて言うなら翠葉に対するアプローチっていう意味では俺たちができる何か――たとえば、おせっかいのようなものはない気がする。
だとしたらほかの方法――
「いやっ、もういいっ! お腹いっぱい胸いっぱいっ、俺、帰るっっっ!」
空太がテーブルの教材を片付け始めた。
「そっ、空太っっっ! おまえはこんな翠葉と司の中に俺を放置していくのかっ!?」
「するする、高崎空太の融点超えたっ」
っつーか、俺だってとっくに融解始まってるわっ。
「私、何かおかしなこと言った?」
相変わらず翠葉はきょとんとしていて、俺の中の「本日のベスト罪人賞」ナンバーワンに輝いた。
「いや、もうなんていうか――そのままの翠葉ちゃんでいてくださいっ」
空太が席を立った直後に動作が止った。即ちフリーズ。
何かと思えば、エントランスから司がカフェラウンジへ入ってきたところだった。
「もう五時回ってる。翠はいい加減上がれ」
「うん。空太くんも帰るみたいだし、そうする」
あの話を聞いた直後にこのふたりを見るのはちょっと耐えらんない。っつか、なんであんな会話したあとなのにこんな普通に接することができるのか俺には謎っっっ。
空太っ、おまえ、ここに俺ひとり置いていくのマジでやめろよなっ!?
「……本当にどうしたの?」
翠葉はさっきからそれしか言わない。
というよりも、それしか言えないくらいに俺と空太が挙動不審な動きをしてるって話で……。
「自分、完敗っすっ! っていうか、失礼しますっ」
空太はそう言うなり、かばんを持ってカフェラウンジを飛び出した。
空太っ、ちょっと待てよっっっ!
俺、これから司にトラップ仕掛けなくちゃなんないのに、その前から「完敗」とか言うなよなっ!?
「何?」
司は怪訝そうな顔で翠葉に返事を求める。と、
「……私も意味がわからなくて」
次の瞬間にはふたりの視線が俺を捕らえた。
「ややややっっっ、俺も無理っ! つーか、司っ、頼むから夕飯までは休ませてくれっ」
ノートの表紙が折れたかも、と思いつつもかばんに適当に勉強道具を突っ込んでその場をあとにした。
エレベーターに乗り、ひとりの空間になってやっとまともに息が吸えた気がする。
俺が十階に着くと、エレベーターはすぐに階下に呼ばれて下りていった。
「……とっとと秋兄の家に入っちゃおう」
ここでまた司に拉致られるのは得策じゃない。
手洗いうがいを済ませ、制服を着替えてからリビングのラグの上にゴロンと横になる。
「あいつ、命綱とか何も用意しないで翠葉に向かってったのかな……」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
勝算とか自信とかそういうのではなく、
「体当たり……?」
翠葉に向けられた言葉はどれも優しいといえる言葉ではない。どちらかというならば嫌みっぽいものが多い。
でも、それを言われたことで翠葉が自分の気持ちを司に言えている感は否めない。
それはきっと、間違いではないだろう。
俺と空太が当てられてしまった言葉の数々は、翠葉のために発した言葉かもしれないけれど、「用意されていた言葉」ではない気がした。
司の中にある気持ち――
「想い……かな」
でも、司は自分の感情をあんなふうに人に話すタイプではなく……。
「あああああああ……」
唸りながらゴロゴロと転がり、ソファにぶつかって止る。
「……変わった、のかな?」
この夏、翠葉が少し変わったように、司も何か変わったのだろうか。
ずっと一緒に育ってきた兄弟みたいな関係なのに、その兄弟の「異変」という名の成長を見落とした気がする。
秋兄は何かアプローチ続けてるのかな?
なんか、あのままいったらふたりうまくまとまってしまいそうだ。
秋兄はそれを見ているだけなのだろうか――
――「いい加減隣を歩け。……朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」。
とまぁ、なんとも司らしい言葉に言い分なわけだけど……。
その後、今朝言われたことを改めて言われたらしい。
俺も空太から聞いたけど、あれって本当に言葉の意味自体は全然悪くなくて、むしろ側にいるって言っているようなもの。
バイタルが携帯に転送されてこない今となっては、翠葉の体調なんて見て気づいて止めることくらいしか俺たちにはできないから。
朝、司に言われ、空太にもう一度聞き、さらには司にもう一度言われて――
三度聞いても翠葉の思考はそこにたどり着けなかったらしく、ただの「怖い」ものでしかなかったようだ。
その言葉が、というよりは、司が……。
それだけいっぱいいっぱいだったってことなんだろうけれど、これで怖がられた司は自業自得だと思う。だって、散々翠葉を怖がらせたのは司自身なんだから。
司はサドだと思っていたけど、もしかして翠葉限定で違ったりするのかな?
やってることを見ればサドにしか見えないけど、それで「怖がられる」という結果がついてくるならマゾ……?
「ツカサが何を考えているのか、今朝の今でなんで病院へ付き添ってくれることになっているのか、何もかもがわからなくて混乱してたら『安心しろ』って言われたの」
なんつー説得力の欠片もない……。この状況で「安心しろ」って言ったって無理でしょ。無意味でしょ。
そうは思うけど――まさか、翠葉さん……それで安心したとか言いませんよね……?
隣の空太と顔を見合わせ、「その次っ」と視線を送る。すると、
――「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない」。
疑うまでもなく司の言葉。すげー司らしい言い回し。
そして、その言葉にはまだ続きがあった。
――「ただ、俺にバカとかアホとか言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない。それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前に進まないと病院からは近づいてこないけど?」。
文面から「司」が滲み出すぎだろ……。おまえ、少し控えろよ……。
思わずこめかみを押さえてしまう。隣の空太は両手で頭を抱えていた。
気持ちはわかる。こんな会話からじゃ、到底「安心」にはたどり着けそうにない。
「ははは……悪いな。俺の従兄ってこういうやつなんだよね」
本当にフォローのしようがない人間で困ることしきり。
空太はなんともいえない目で見返してきた。
まぁ、司らしいといえば司らしい言葉が並んでいるわけだけど、俺の印象としては喋りすぎのかまいすぎ。
うん、口数が多いってだけっで「かまってる」と俺は思う。
翠葉の反応が欲しくて言っていたであろう言葉の数々は焚きつけているとしか思えない。きっとそんな心境だったのだろう。
そんなことを思いながら翠葉の話に耳を傾けていた。
「必要なら貸すけど、って手を差し出されたのだけど、私はその手も取れなくて……。そしたらツカサから手をつないでくれたの」
どうやらそれで一緒に歩いている状態になったらしい。
でも、「必要なら貸すけど」って? 手ぇ差し出すのってどうよ……。
おまえはいつから秋兄になったんだ。いや、秋兄だったら手をつなぐっていうか抱きしめるくらいのことはしている気がするようなしないような……。
いやいやいや、司でこれはかなり甘いほうなんじゃないか?
「私ね、絶対に忘れないんだ」
言いながらはにかむ翠葉がかわいいと思った。
「この手はいつもつながれているわけじゃないけど、ツカサは何があっても私をひとりにするつもりも置いていくつもりも離れるつもりもないって……そう言ってくれるんだよ」
つながれていたであろう右手を見ながら、翠葉は嬉しそうに話す。
その場の雰囲気すら柔らかくあたたかなものへと変えてしまうくらい穏やかな表情だった。
――ややややっっっ! っていうか、それっっっ!
翠葉さん、プロポーズされてるでしょっ!? さすがにそれをスルーしちゃだめだってばっ!
しかし、それにも「続き」という罠があった。
「あのツカサがね、こんなことで安心できるのなら、毎日メール送ろうか? 電話しようか? 一緒にお弁当を食べる? って提案してくれたの」
爆弾投下――
翠葉はクスクスと、「らしくないよね」と笑うけど、俺と空太はそれどころじゃない。
「兄ちゃんっ、俺、アイスティーが飲みたいっ!」
ガタン、と空太が立ち上がり、真っ赤な顔でエントランスにいる葵くんに声をかけた。
こちらを振り返った葵くんに、「葵くんっ、俺にもっ」と挙手。
不思議そうな顔をしてテーブルへやってきた葵くんは、
「ふたりとも顔真っ赤だけど?」
葵くん、ストップっっっ! 今はそれ以上突っ込まないでっっっ。
「……どうか、した?」
赤面の「せ」の字も見せない翠葉が首を傾げる。
葵くんが入れてくれたアイスティーをほぼ一気飲みした俺らは、
「「でっっっ!?」」
と、先を促し自爆する。
俺と空太の目は血走っていたんじゃないかと思う。
そこからの話はごく甘世界だった。
司の口にした言葉の数々は、司が言った、という前提をなくせば「ふーん……」と聞き流してしまうようなものだ。が、よくよく考えてみれば歯が浮きそうな台詞なのに妙な重みがあって、浮くに浮けない……。
「言葉」はあくまでも「司」なのに、その司が言うから内容が濃いっていうか……。
――「条件反射、パブロフの犬。翠は犬になればいい。もしくは、恐ろしく品質の悪い機械。俺が何度でも上書きしてやる。壊れるたびにリカバリーしてやる。保証期間は俺が死ぬまで半永久的に」。
前半はこっぴどいことを言っているように思えるけど、後半は――何あれ……。「一生側にいる」って、そう言ってるのと変わらないじゃん。
これって告白以上なんじゃないのっ!?
好きとか嫌いとか愛してるとかそういうの軽く超えててさ。
なのに、目の前の翠葉は会話のひとつひとつを大切そうに口にするものの、その気持ちに気づいている気配がまったくねぇ……。この超天然鈍感少女め……。
なんでかなっ!? そりゃ、ここまで言われたら安心だってするだろうよ。けどさ、その言葉に裏づけされる司の気持ちまで気づかないかなっ!? そこ、気づいておこうよっ! じゃないと司が不憫すぎる……。
「す、翠葉っ――」
「……どうしたの?」
首を傾げて訊かないでくれぇぇぇ……。
つい、その場で悶えたい衝動に駆られる。
「いやっ、そのっ……翠葉ちゃんってすごいなっていうか、いや、藤宮先輩がすごいっていうか
――」
空太もしどろもどろだが、俺だって変わらない。
佐野、俺たち道化師かも。
あんな歌で告白させなくても、司はガンガン翠葉に気持ちを伝えてるっぽい。
……あぁ、この際、翠葉が気づいているかいないかは別として。
自分からそういうことは言わないやつかなって思ってたけど、全然違った。
もっとも、「好き」とかそんな言葉は口にしてないけれど。
本当ならさ、この言葉だけで十分なんじゃないかな。ただ、相手が悪いってだけでさ……。
ガッツリ仕掛けたつもりになっていたけど、俺たちが司にさせようとしていることは、人が作ったラブソングを歌わせるってだけで、あんな司本人の言葉に敵うわけがない。
「……俺、勝てっかな?」
俺は少し暗くなった外へ視線を逸らした。
「……勝つって、何に?」
翠葉さん、俺は黙秘権を行使します……。
桃華、俺、すばらしく自信がないんだけど。
化けの皮をかぶったごく甘大魔王司にどんなトラップを仕掛ければいいんだか……。
もう、歌に関しては開き直ってるっぽい部分があるしさ、強いて言うなら翠葉に対するアプローチっていう意味では俺たちができる何か――たとえば、おせっかいのようなものはない気がする。
だとしたらほかの方法――
「いやっ、もういいっ! お腹いっぱい胸いっぱいっ、俺、帰るっっっ!」
空太がテーブルの教材を片付け始めた。
「そっ、空太っっっ! おまえはこんな翠葉と司の中に俺を放置していくのかっ!?」
「するする、高崎空太の融点超えたっ」
っつーか、俺だってとっくに融解始まってるわっ。
「私、何かおかしなこと言った?」
相変わらず翠葉はきょとんとしていて、俺の中の「本日のベスト罪人賞」ナンバーワンに輝いた。
「いや、もうなんていうか――そのままの翠葉ちゃんでいてくださいっ」
空太が席を立った直後に動作が止った。即ちフリーズ。
何かと思えば、エントランスから司がカフェラウンジへ入ってきたところだった。
「もう五時回ってる。翠はいい加減上がれ」
「うん。空太くんも帰るみたいだし、そうする」
あの話を聞いた直後にこのふたりを見るのはちょっと耐えらんない。っつか、なんであんな会話したあとなのにこんな普通に接することができるのか俺には謎っっっ。
空太っ、おまえ、ここに俺ひとり置いていくのマジでやめろよなっ!?
「……本当にどうしたの?」
翠葉はさっきからそれしか言わない。
というよりも、それしか言えないくらいに俺と空太が挙動不審な動きをしてるって話で……。
「自分、完敗っすっ! っていうか、失礼しますっ」
空太はそう言うなり、かばんを持ってカフェラウンジを飛び出した。
空太っ、ちょっと待てよっっっ!
俺、これから司にトラップ仕掛けなくちゃなんないのに、その前から「完敗」とか言うなよなっ!?
「何?」
司は怪訝そうな顔で翠葉に返事を求める。と、
「……私も意味がわからなくて」
次の瞬間にはふたりの視線が俺を捕らえた。
「ややややっっっ、俺も無理っ! つーか、司っ、頼むから夕飯までは休ませてくれっ」
ノートの表紙が折れたかも、と思いつつもかばんに適当に勉強道具を突っ込んでその場をあとにした。
エレベーターに乗り、ひとりの空間になってやっとまともに息が吸えた気がする。
俺が十階に着くと、エレベーターはすぐに階下に呼ばれて下りていった。
「……とっとと秋兄の家に入っちゃおう」
ここでまた司に拉致られるのは得策じゃない。
手洗いうがいを済ませ、制服を着替えてからリビングのラグの上にゴロンと横になる。
「あいつ、命綱とか何も用意しないで翠葉に向かってったのかな……」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
勝算とか自信とかそういうのではなく、
「体当たり……?」
翠葉に向けられた言葉はどれも優しいといえる言葉ではない。どちらかというならば嫌みっぽいものが多い。
でも、それを言われたことで翠葉が自分の気持ちを司に言えている感は否めない。
それはきっと、間違いではないだろう。
俺と空太が当てられてしまった言葉の数々は、翠葉のために発した言葉かもしれないけれど、「用意されていた言葉」ではない気がした。
司の中にある気持ち――
「想い……かな」
でも、司は自分の感情をあんなふうに人に話すタイプではなく……。
「あああああああ……」
唸りながらゴロゴロと転がり、ソファにぶつかって止る。
「……変わった、のかな?」
この夏、翠葉が少し変わったように、司も何か変わったのだろうか。
ずっと一緒に育ってきた兄弟みたいな関係なのに、その兄弟の「異変」という名の成長を見落とした気がする。
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