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01~03 Side 海斗 03話
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「俺らだって翠葉のこと心配してるし、学校がもっと楽しいところだって知ってもらいたいと思ってる。できるだけダメージがないように、楽しいことを少しずつ知ってもらって、徐々にでもわかってもらったらそれでいいって――そうやって地道にがんばってる俺らはっ!?」
「っ――……」
翠葉は色々あって怖いのかもしれない。でも、俺たちにだって怖いものはある。
何かやり方を間違えて、翠葉のことを傷つけたらどうしようか、とかそういうことも考えるからじっくり時間をかけて、無理なく前に進もうと思っているのに。
司はそんな俺たちのことは考えなしで、自分の動きたいように動いて、翠葉のことを散々泣かせて怖がらせたくせに、最後には信頼も信用も手に入れて――ずるいじゃん。
あいつは自分ひとりだけでもいいから翠葉のテリトリーに入りたかっただけだ。
それ……すっげぇずりぃよ。
「翠葉ちゃんっ、ストップっっっ! たぶん、絶対またどっか違う方向行っちゃうっ」
空太の声にはっとして翠葉を見ると、目に涙を溜めていた。
やばい……俺だって変わらないじゃん。自分の気持ちを押し付けているのと変わらない。
「海斗もちょっと態度改めてよ……。そうじゃなくても、翠葉ちゃん、今日はかなりいっぱいいっぱいなんだからさ」
「わかってるよ……。悪い、翠葉」
本当にごめん……。
「わっ、悪くないよっ!? 海斗くんはちっとも悪くなくて、私が……私が――」
翠葉の目が一瞬空ろになり、胸を右手で押さえた。
俺の中には、さっきとは違う「やばい」が沸き起こる。
こんな目は前にも見たことがある。意識が飛ぶ――!?
「翠葉ちゃん、痛い……? 大丈夫?」
空太が顔を覗き込んで尋ねると、
「あ、ううん。痛くないよ、大丈夫」
完全に意識は飛ばなかったけど、今の翠葉は間違いなく何か違うものを感じていた。
今の話の内容って、翠葉にとってはすごいストレスになるのかな……。
そんなことを考えつつ、会話が途切れることが怖くて、音がなくなったらまた翠葉の意識がどこかに行っちゃう気がして、酷かな……と思いつつ、「今」を見てもらうことにした。
「あのさ、翠葉の抱えてる『怖いもの』を教えてよ。俺たちは漠然としかわからないから……。言うのも怖いのかもしれないけど、そこはちょっとがんばってよ。そしたら、俺たちは司とは違う方法でフォローするから」
翠葉の喉がゴクリ、と動く。
すっごいムカつくけど……同じくらい司のことはすごいと思う。
泣かせたことは許せない。でも、そのくらいの衝撃をこの翠葉に与えてしまえることがすごいと思う。
翠葉にとってストレスが体調のネックになり得ることは知ってる。司はきっと俺以上に詳しく知ってる。
俺はこんなふうに訊くだけでも嫌なドキドキが止らないっていうのに、司はそれ以上のことをしたんだ。
あいつ、翠葉に言うのが怖くなったりしないのかな……。
言ったあと、翠葉が傷つくとかそういうのとは別に、自分が嫌われる可能性とか恐れられる可能性とか、そういうの、まったく考えなかったんだろうか……。
結果、この短時間とも思える時間できっちり収拾作業まで終わらせて――
最初からそのつもりだったのだろうか。
勝算はどのくらい? 自信はどのくらいあったんだろう。
そんなことを考えていると、翠葉は少しずつ話しだした。
「ツカサは『幻影』って言ってた。確かにそのとおりで、人が違う、場所が違うってわかっているのに『学校』っていうだけで中学とシンクロしちゃうことがあるの。……海斗くんや桃華さん、飛鳥ちゃんに佐野くん、空太くんも、みんなそんな人じゃないってわかっているのに、自分が怖がっていることを知られたら、『なんだ、結局信じてもらえてないだ』って離れていっちゃったりするのかなって、そういうこと考えると止らなくて……」
「翠葉さん……それ、激しく俺たちを侮りすぎでしょう?」
つい、口元が引きつる。
「うん、本当にそう思う。でもね、どうしようもできなくて、すごく苦しいの――」
翠葉は少し笑ったけど、最後「すごく苦しいの」と口にしたときは眉根がきゅ、と寄った。
あぁ……本当に苦しいんだ、と思うくらい。
「……翠葉ちゃん、絶対に大丈夫だから」
俺の隣に座る空太がテーブルに身を乗り出す。
「言葉で伝えてもだめかもだけど、でもっ、絶対に大丈夫だからっ。俺、翠葉ちゃんが不安そうな顔をしていたら、うざがられようと毎回そう言うって決めたんだ」
それ、俺も賛成。っていうか、最初からうちのクラスはそういうスタンスなんだ。
「藤宮先輩にだけいいとこ持っていかれたくないしっ」
それにも同感。
「な? 海斗っ」
空太が俺を向くのと同時に、バシ、と背中を叩かれた。思わず咽そうなくらいの力で。
「痛ぇし……。司のやつ、マジムカつくわ……」
「――あのねっ!?」
もおおおおおっっっ!
「翠葉が庇えば庇うほどにムカつくんだよっ」
思わずその場で地団駄踏んでしまった。
何、俺。幼稚園児?
「翠葉ちゃん、大丈夫。海斗はさ、お手柄を全部藤宮先輩に持っていかれるのが嫌なだけ。ま、それは俺もなんだけどね」
そのとおりだよっ、悪いかっ!?
「……まだ目ぇ充血してるし……。そんなに泣かされても『安心をくれる人』なんて言ってもらえるのが不思議でしょうがない」
司のやつ、いったいどんな手使ったんだよ。
さして広くもないテーブルに突っ伏したまま翠葉を見上げる。
「朝の話は聞いたし、昼に空太から掻っ攫われたときの話も聞いた。そのあとの話聞かせてくれたら機嫌直す」
機嫌直すってなんだかなぁ……俺、本当にガキだ。
「あぁ、それはぜひ俺もお聞かせ願いたい。あんなに怯えていた翠葉ちゃんをどうやって懐柔したのかが謎すぎる」
空太もテーブルに顎を乗せた。
普段は見下ろす位置にある頭が、今は見上げる位置にある。
下から見た翠葉ってこんなだったんだ……。
上から見たら、やたらめったら小さく見えるけど、下から見ても大して変わらないや。
顔ちっちゃ……髪の毛サラサラ、睫長っ……。
カップを包む手を小さいとは思わなかったけど、白く細い指が手全体を華奢に見せた。
俺はさ、司や秋兄みたいな意味で翠葉を好きなわけじゃないけど、それでもやっぱり「好き」なんだよね。「大切」なんだ。だから、自分にできないことをほかの人間にやられると腹が立つ。
今の俺の気持ちの問題ってそんなもの。
でかい図体のくせにちっさい男で嫌になる。
じっと翠葉を見ていたら、口元が緩んで表情が崩れた。
声は立てずにふわりと笑う。とても翠葉らしい笑い方だった。
「笑った……」
思わず人差し指で指してしまう。隣の空太も同じように反応する。
だってさ、今日初めて翠葉の笑った顔を見たんだ。
やっぱさ、翠葉は笑っててよ。なんかそのほうが俺の精神衛生上、都合がいいみたいなんだよね。
そんな理由じゃだめかな?
「病院へ行くまで、ツカサと何を話したか……だよね?」
「そう。桃華の話だと、昇降口を出てすぐは一緒に歩いてるって感じじゃなかったらしいじゃん?」
隣に並んで歩いてはいなかった。
空太から聞いた話でも、翠葉は怯えていて、司を怖がっていたはずなのに。
翠葉はびっくりしたように目を見開いてから苦笑した。
「そっか……そうだよね。うちのクラスからは桜並木まで見渡せるものね」
実際に見ていたのは俺じゃなくて桃華なんだけど……。
それはこの際どうでもいいや。
「ツカサも怖かったのだけど、クラスの下駄箱も怖かったんだよ。……誰かいたらどうしよう、って……。ほかのクラスの人や知らない人はたくさん下駄箱にいたけれど、その人たちのことはなんとも思わなくて、ただ、大好きなクラスメイトやツカサが怖かった」
なんで……。
「あのね、好きと怖いは正比例なの」
は……?
「それはつまり、好きな人ほど怖い対象になっちゃうってこと?」
空太が身体を起こして真正面の翠葉と向き合う。
「そうなの……。私、意外と図太いみたいで、なんとも思っていない人に嫌われてもあまり打撃は受けないみたい。でも、好きな人たちが相手だとだめ……。すごく怖い」
「でもそれって……」
翠葉の言葉に対して空太だけが言葉を返す。
「うん、わかってるよ。私が自分勝手に変な想像して怖がってるだけ。……ちゃんとわかってるの」
……んと、これは俺少し浮上してもいい? っていうか、浮上できるっぽい。
「……翠葉はうちのクラス大好き?」
「え? それはもちろん……大好きすぎてどうしようかと思うくらいには好きなつもりなんだけどな」
「……それで、どうして怖い?」
「知らない人に嫌われるよりも、知ってる人で、しかも大好きな人たちに嫌われるのは怖くない?」
どうしてそういう思考回路になるんだか……。
身体は起こしたものの、まだ俺の肩はしょんぼりと落ち気味だ。
今の俺を楓くんや司が見ようものなら、「姿勢が悪い」と一喝されるに違いない。
「その『怖い』はどこから来るんだっけ……?」
さっき聞いたはずなのに、どうにも俺には理解ができていないみたいだ。
中学の同級生とは一緒に思われていない。それはわかったんだけどな。
「大好きだから一緒にいたくて、楽しいから一緒に行動したくて……でも、私の身体はそこまで動くことを許してはくれなくて――」
それもわかってるよ。
「そこにね、嫌な記憶がよみがえっちゃうの」
そう言うだけで。目尻に少し涙を滲ませた。
薄く笑みを浮かべるから、余計に悲しそうに見える。
「一緒に行動できなくなったら、またひとりになっちゃうのかな、とか……。せっかく楽しかったのに、それが全部なくなっちゃうのかな、とか……。でも、心の中で中学と今のクラスは違うってわかってるから、今度は違う気持ちが生まれるの」
違う気持ち……?
「私が途中でリタイアしても、このクラスの人たちは絶対にそれで目の前からいなくならない――わかっているのにね、ひとりになったらどうしようって思う自分がいる。またクラスで浮いてしまったらどうしようって思う自分がいる。そんな自分を見つけるとね、大好きな人を全然信じてないんじゃないかって考えちゃうとね、それを知られたときにはどう思われるんだろう、ってすごく怖くなる」
……そういうことだったんだ。
表面的な問題だけじゃなくて……中学の同級生とは違うとわかっているうえでの恐怖心。
杞憂に過ぎないけど、翠葉にとっては大きな壁なんだろうな。
翠葉が本当に怖がっているものがなんなのか、やっとわかった気がする。翠葉の言っている意味がやっと理解できた気がした。
桃華……俺たち、どうやらすばらしく翠葉に好かれてるっぽいぞ?
今の翠葉は単なるいじめが怖いわけじゃない。俺たちに嫌われるのが怖いんだ。「大好きな人たち」に嫌われるのが怖いんだ。
ならさ、やっぱりその場その場でわかってもらうしかない。
それがうちのクラスのやり方だから――
「っ――……」
翠葉は色々あって怖いのかもしれない。でも、俺たちにだって怖いものはある。
何かやり方を間違えて、翠葉のことを傷つけたらどうしようか、とかそういうことも考えるからじっくり時間をかけて、無理なく前に進もうと思っているのに。
司はそんな俺たちのことは考えなしで、自分の動きたいように動いて、翠葉のことを散々泣かせて怖がらせたくせに、最後には信頼も信用も手に入れて――ずるいじゃん。
あいつは自分ひとりだけでもいいから翠葉のテリトリーに入りたかっただけだ。
それ……すっげぇずりぃよ。
「翠葉ちゃんっ、ストップっっっ! たぶん、絶対またどっか違う方向行っちゃうっ」
空太の声にはっとして翠葉を見ると、目に涙を溜めていた。
やばい……俺だって変わらないじゃん。自分の気持ちを押し付けているのと変わらない。
「海斗もちょっと態度改めてよ……。そうじゃなくても、翠葉ちゃん、今日はかなりいっぱいいっぱいなんだからさ」
「わかってるよ……。悪い、翠葉」
本当にごめん……。
「わっ、悪くないよっ!? 海斗くんはちっとも悪くなくて、私が……私が――」
翠葉の目が一瞬空ろになり、胸を右手で押さえた。
俺の中には、さっきとは違う「やばい」が沸き起こる。
こんな目は前にも見たことがある。意識が飛ぶ――!?
「翠葉ちゃん、痛い……? 大丈夫?」
空太が顔を覗き込んで尋ねると、
「あ、ううん。痛くないよ、大丈夫」
完全に意識は飛ばなかったけど、今の翠葉は間違いなく何か違うものを感じていた。
今の話の内容って、翠葉にとってはすごいストレスになるのかな……。
そんなことを考えつつ、会話が途切れることが怖くて、音がなくなったらまた翠葉の意識がどこかに行っちゃう気がして、酷かな……と思いつつ、「今」を見てもらうことにした。
「あのさ、翠葉の抱えてる『怖いもの』を教えてよ。俺たちは漠然としかわからないから……。言うのも怖いのかもしれないけど、そこはちょっとがんばってよ。そしたら、俺たちは司とは違う方法でフォローするから」
翠葉の喉がゴクリ、と動く。
すっごいムカつくけど……同じくらい司のことはすごいと思う。
泣かせたことは許せない。でも、そのくらいの衝撃をこの翠葉に与えてしまえることがすごいと思う。
翠葉にとってストレスが体調のネックになり得ることは知ってる。司はきっと俺以上に詳しく知ってる。
俺はこんなふうに訊くだけでも嫌なドキドキが止らないっていうのに、司はそれ以上のことをしたんだ。
あいつ、翠葉に言うのが怖くなったりしないのかな……。
言ったあと、翠葉が傷つくとかそういうのとは別に、自分が嫌われる可能性とか恐れられる可能性とか、そういうの、まったく考えなかったんだろうか……。
結果、この短時間とも思える時間できっちり収拾作業まで終わらせて――
最初からそのつもりだったのだろうか。
勝算はどのくらい? 自信はどのくらいあったんだろう。
そんなことを考えていると、翠葉は少しずつ話しだした。
「ツカサは『幻影』って言ってた。確かにそのとおりで、人が違う、場所が違うってわかっているのに『学校』っていうだけで中学とシンクロしちゃうことがあるの。……海斗くんや桃華さん、飛鳥ちゃんに佐野くん、空太くんも、みんなそんな人じゃないってわかっているのに、自分が怖がっていることを知られたら、『なんだ、結局信じてもらえてないだ』って離れていっちゃったりするのかなって、そういうこと考えると止らなくて……」
「翠葉さん……それ、激しく俺たちを侮りすぎでしょう?」
つい、口元が引きつる。
「うん、本当にそう思う。でもね、どうしようもできなくて、すごく苦しいの――」
翠葉は少し笑ったけど、最後「すごく苦しいの」と口にしたときは眉根がきゅ、と寄った。
あぁ……本当に苦しいんだ、と思うくらい。
「……翠葉ちゃん、絶対に大丈夫だから」
俺の隣に座る空太がテーブルに身を乗り出す。
「言葉で伝えてもだめかもだけど、でもっ、絶対に大丈夫だからっ。俺、翠葉ちゃんが不安そうな顔をしていたら、うざがられようと毎回そう言うって決めたんだ」
それ、俺も賛成。っていうか、最初からうちのクラスはそういうスタンスなんだ。
「藤宮先輩にだけいいとこ持っていかれたくないしっ」
それにも同感。
「な? 海斗っ」
空太が俺を向くのと同時に、バシ、と背中を叩かれた。思わず咽そうなくらいの力で。
「痛ぇし……。司のやつ、マジムカつくわ……」
「――あのねっ!?」
もおおおおおっっっ!
「翠葉が庇えば庇うほどにムカつくんだよっ」
思わずその場で地団駄踏んでしまった。
何、俺。幼稚園児?
「翠葉ちゃん、大丈夫。海斗はさ、お手柄を全部藤宮先輩に持っていかれるのが嫌なだけ。ま、それは俺もなんだけどね」
そのとおりだよっ、悪いかっ!?
「……まだ目ぇ充血してるし……。そんなに泣かされても『安心をくれる人』なんて言ってもらえるのが不思議でしょうがない」
司のやつ、いったいどんな手使ったんだよ。
さして広くもないテーブルに突っ伏したまま翠葉を見上げる。
「朝の話は聞いたし、昼に空太から掻っ攫われたときの話も聞いた。そのあとの話聞かせてくれたら機嫌直す」
機嫌直すってなんだかなぁ……俺、本当にガキだ。
「あぁ、それはぜひ俺もお聞かせ願いたい。あんなに怯えていた翠葉ちゃんをどうやって懐柔したのかが謎すぎる」
空太もテーブルに顎を乗せた。
普段は見下ろす位置にある頭が、今は見上げる位置にある。
下から見た翠葉ってこんなだったんだ……。
上から見たら、やたらめったら小さく見えるけど、下から見ても大して変わらないや。
顔ちっちゃ……髪の毛サラサラ、睫長っ……。
カップを包む手を小さいとは思わなかったけど、白く細い指が手全体を華奢に見せた。
俺はさ、司や秋兄みたいな意味で翠葉を好きなわけじゃないけど、それでもやっぱり「好き」なんだよね。「大切」なんだ。だから、自分にできないことをほかの人間にやられると腹が立つ。
今の俺の気持ちの問題ってそんなもの。
でかい図体のくせにちっさい男で嫌になる。
じっと翠葉を見ていたら、口元が緩んで表情が崩れた。
声は立てずにふわりと笑う。とても翠葉らしい笑い方だった。
「笑った……」
思わず人差し指で指してしまう。隣の空太も同じように反応する。
だってさ、今日初めて翠葉の笑った顔を見たんだ。
やっぱさ、翠葉は笑っててよ。なんかそのほうが俺の精神衛生上、都合がいいみたいなんだよね。
そんな理由じゃだめかな?
「病院へ行くまで、ツカサと何を話したか……だよね?」
「そう。桃華の話だと、昇降口を出てすぐは一緒に歩いてるって感じじゃなかったらしいじゃん?」
隣に並んで歩いてはいなかった。
空太から聞いた話でも、翠葉は怯えていて、司を怖がっていたはずなのに。
翠葉はびっくりしたように目を見開いてから苦笑した。
「そっか……そうだよね。うちのクラスからは桜並木まで見渡せるものね」
実際に見ていたのは俺じゃなくて桃華なんだけど……。
それはこの際どうでもいいや。
「ツカサも怖かったのだけど、クラスの下駄箱も怖かったんだよ。……誰かいたらどうしよう、って……。ほかのクラスの人や知らない人はたくさん下駄箱にいたけれど、その人たちのことはなんとも思わなくて、ただ、大好きなクラスメイトやツカサが怖かった」
なんで……。
「あのね、好きと怖いは正比例なの」
は……?
「それはつまり、好きな人ほど怖い対象になっちゃうってこと?」
空太が身体を起こして真正面の翠葉と向き合う。
「そうなの……。私、意外と図太いみたいで、なんとも思っていない人に嫌われてもあまり打撃は受けないみたい。でも、好きな人たちが相手だとだめ……。すごく怖い」
「でもそれって……」
翠葉の言葉に対して空太だけが言葉を返す。
「うん、わかってるよ。私が自分勝手に変な想像して怖がってるだけ。……ちゃんとわかってるの」
……んと、これは俺少し浮上してもいい? っていうか、浮上できるっぽい。
「……翠葉はうちのクラス大好き?」
「え? それはもちろん……大好きすぎてどうしようかと思うくらいには好きなつもりなんだけどな」
「……それで、どうして怖い?」
「知らない人に嫌われるよりも、知ってる人で、しかも大好きな人たちに嫌われるのは怖くない?」
どうしてそういう思考回路になるんだか……。
身体は起こしたものの、まだ俺の肩はしょんぼりと落ち気味だ。
今の俺を楓くんや司が見ようものなら、「姿勢が悪い」と一喝されるに違いない。
「その『怖い』はどこから来るんだっけ……?」
さっき聞いたはずなのに、どうにも俺には理解ができていないみたいだ。
中学の同級生とは一緒に思われていない。それはわかったんだけどな。
「大好きだから一緒にいたくて、楽しいから一緒に行動したくて……でも、私の身体はそこまで動くことを許してはくれなくて――」
それもわかってるよ。
「そこにね、嫌な記憶がよみがえっちゃうの」
そう言うだけで。目尻に少し涙を滲ませた。
薄く笑みを浮かべるから、余計に悲しそうに見える。
「一緒に行動できなくなったら、またひとりになっちゃうのかな、とか……。せっかく楽しかったのに、それが全部なくなっちゃうのかな、とか……。でも、心の中で中学と今のクラスは違うってわかってるから、今度は違う気持ちが生まれるの」
違う気持ち……?
「私が途中でリタイアしても、このクラスの人たちは絶対にそれで目の前からいなくならない――わかっているのにね、ひとりになったらどうしようって思う自分がいる。またクラスで浮いてしまったらどうしようって思う自分がいる。そんな自分を見つけるとね、大好きな人を全然信じてないんじゃないかって考えちゃうとね、それを知られたときにはどう思われるんだろう、ってすごく怖くなる」
……そういうことだったんだ。
表面的な問題だけじゃなくて……中学の同級生とは違うとわかっているうえでの恐怖心。
杞憂に過ぎないけど、翠葉にとっては大きな壁なんだろうな。
翠葉が本当に怖がっているものがなんなのか、やっとわかった気がする。翠葉の言っている意味がやっと理解できた気がした。
桃華……俺たち、どうやらすばらしく翠葉に好かれてるっぽいぞ?
今の翠葉は単なるいじめが怖いわけじゃない。俺たちに嫌われるのが怖いんだ。「大好きな人たち」に嫌われるのが怖いんだ。
ならさ、やっぱりその場その場でわかってもらうしかない。
それがうちのクラスのやり方だから――
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