光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
724 / 1,060
第十三章 紅葉祭

22話(挿絵あり)

しおりを挟む
 行きはひとりだった通路を今はふたりで歩いている。
 歩いている、といっても、ツカサのペースで歩いていることから、私は少しだけ小走り。
 暗がりの中だからか、いつもよりツカサの背中が大きく見えた。
 暗い場所だと白いシャツがほわっと浮き上がって見え、逆に黒いパンツの部分は闇と同化して見えにくい。
 天井についている埋め込み式のスポットライトは等間隔に設置されているものの、この通路自体があまり使われていないこともあり、それらは三つにひとつしか点いていない。
 点灯しているライトの下を通るときにだけ、ツカサの漆黒の髪が照らされ、一瞬しか見られない光の輪を見ることができた。
「ツカサ、手……」
 掴まれていた手が離された。
 でも、離してほしかったわけじゃない。
「手、つないでもいい?」
「……手首を掴んでいたのとそう変わらないと思うけど?」
 肩越しに不思議そうな顔で言われたけれど、そこは断じて否定したい。
「掴まれているのとつなぐのは違うよ? 手をつなぐのは一方的じゃないでしょう……?」
 そう言うと、ほんの少し間があってから、「ほら」と左手を差し出された。
「手、ずいぶん冷えてるけど――何を話した?」
「……それは内緒」
「…………」
「だって、茜先輩と私の秘密だもの」
 そんなふうに言えるのは、この暗さとぬくもりのおかげ。
「そんな言い方をされたら俺が知りたがるとは思わないのか?」
 この声や話し方が好きだと思う。
 振り幅がなくて、いつも一定のクオリティ。
 ツカサの声を聞くと無条件で安心できる。
 なんだろう……。こういうのを条件反射っていうのかな。
「思わないよ。だって、ツカサは人のことを根掘り葉掘り訊こうとはしないでしょう?」
「……どうかな。俺、人の弱みを握るのは案外好きなほうだと思うけど」
 今、どんな表情をしているのかな。
 無表情だろうか。それとも、氷の女王スマイルだろうか。
 でも、今日の格好で微笑まれたらたまらない……。
 今日は何度だってツカサを見て赤面する自信があるのだから。
 困ったな……。せめて、いつもと同じ制服姿ならまだ免疫があるものを――

 奈落に出ると、決して明るいとは言えないそこがとても明るく感じた。
 目が慣れなくて少し細めてしまう。
 それは、朝起きて瞼の向こうに光を感じるのに少し似た感覚。
「あと二分で茜先輩が戻ってくる。それまで座ってろ」
 ツカサが昇降機に小道具の椅子を置くと、私はそこに座らされた。
「それから飲み物」
「あ、はい」
 手に持っていたペットボトルの蓋を開け、ほんのりと甘酸っぱい液体で喉を潤す。
 思っていたよりも喉が渇いていたようで、一気に半分くらい飲めてしまった。
「翠葉、どこ行ってたのっ!? あれっ? ケープはっ!?」
 よく通る声が降ってきてびっくりした。
 嵐子先輩の手が肩に乗ると、ずいぶんと身体が冷えていることに気づく。
「翠は答えなくていい。そのまま飲んでろ」
 軽く頷くと、嵐子先輩にはツカサが代わりに答えてくれた。
 私はツカサに行き先を伝えていたけれど、ほかの人にそれは伝わっていなかったらしく、次に歌う私と茜先輩がいないことに奈落は大騒ぎだったようだ。
「どうして?」なんて訊く必要はない。
 それがツカサの優しさだとわかるから……。
「少し落ち着け。ケープは茜先輩が羽織ってる。先輩はあと一分もせずに戻ってくる」
 そう言い終わるころ、カツカツカツカツ、と硬質な音が通路から聞こえてきた。
 辺りの人が一斉にそちらを振り返る。と、そこにはいつもと変わらない茜先輩が息を弾ませ立っていた。
「お待たせっ! 翠葉ちゃん、ケープありがとう! 嵐はこれお願い」
 茜先輩はバニティポーチを嵐子先輩に預けると、
「さ、ステージに上がろう!」
 私は頷き室内ブーツを脱ぐと、差し出された茜先輩の手を取った。
 完全復活――そう思えるくらい、声には張りが戻っている。
 でも、ステージも奈落も、茜先輩にとってはあまり変わらないのかもしれない。
 きっと、今もその心はつらいまま――

 昇降機に乗ると、実行委員の手で私たちの胸元には高性能ピンマイクがつけられた。
「昇降機、上がりますっ!」
 実行委員の声が響くと、足元から振動が伝ってくる。
 これから歌う歌詞の内容を考えると、私は少し複雑な気分だった。
 この曲をこんなふうに思ったことはないのに。
 歌詞は不思議だ。
 そのときに置かれている状況や心境が変わるだけで、受けるイメージがこんなにも変わる。
「最初はね、これも翠葉ちゃんに歌おうと思っていたの。だって、そんな内容だと思ったから。でも、今は私にもピッタリな歌詞に思えてちょっと困ってる。……正直、逃げだしたいわ」
 そう言うと、茜先輩は私と手をつないだ。
 手をつなぐ、手を合わせる、立ち位置を変えて背中合わせに立つ。
 そんな振り付けがこの歌にはある。
「茜先輩……永遠はいらないですか? それから、約束も」
 顔を見て訊く勇気はなくて、振動する床に視線を落としたまま訊いた。
「永遠なんてないと思ってた。約束は何かの介入で反故になってしまうものだと思ってた。どっちもあってないようなもの。形がないから不確かでしょう?」
 茜先輩の声が静かに答える。
 それならば――
「私は茜先輩と約束をしない人になります。永遠は――私も見たことがないし、存在自体がよくわからないので……茜先輩と一緒に歩いてみようかな。永遠は、自分の目で見て確かめます」
 目をしっかり合わせると昇降機が上がりきり、会場の明るさに目が眩んだ。
「翠葉ちゃんはどこまでも翠葉ちゃんね。……大丈夫、ステージでは私がついているから。ステージ上では頼ってね。その代わり――やっぱり私はこの歌を翠葉ちゃんのために歌うわ。そうすることで、私を強くいさせて」
 きゅ、と手を握られ、私は「はい」と答えた。

 RYTEMの「ツナイデテ」。
 ピアノの前奏にストリングスが乗り、茜先輩からの歌い出し。私はそれに応えるように歌う。
 手から伝わるのは茜先輩の自信――
 歌詞に負けない強さに引っ張られる。
 Bメロに入ると手をつないだまま徐々に向かい合わせになり、二フレーズ目に入る前には完全に合わせ鏡のように立つ。
 つないでいた手をそのまま合わせて――


          (翠葉×茜 イラスト:涼倉かのこ様)

 私の目には茜先輩しか映らなかった。
 一緒に歌っているのに目を引いて止まない。その強い眼差しに、声に、全神経を攫われる。
 ずっとつながれていた手はサビが始まると同時に離れ、今は茜先輩の気持ちを表現するためだけに動き出す。
 歌のお姫様が私のために歌ってくれている。
 空気を伝ってくる振動が、音が、それを教えてくれる。
 本当に、なんて人だろう……。
 あんな痛い気持ちを抱えているのに、抱えたままなのに、この歌詞を私のために歌えるなんて……。
 感情移入せずにはいられないような歌詞なのに、今、私に向けられている眼差しは慈愛――
 それなら、私もこの曲は茜先輩のことを思って歌おう。茜先輩のためだけに……。
 茜先輩の声と自分の声が重なると鳥肌が立つ。
 練習のときやリハーサルのときとは比べ物にならない。
 茜先輩と歌う歌は、どんどん高みへと引っ張り上げられるから、怖いなんて思う余裕がない。そんな暇がない。
 次へ次へ――まるで手を引かれるように声がするりと出てくる。
 けれど、一番最後のサビの繰り返し部部に差し掛かったとき、ほんの少し音程がぶれた。
 やっぱり、この歌詞を今歌うのはつらいのだろう。
 私は自分のパートを歌い始めるのと同時に茜先輩の手を取った。
 手と同じようにふたつの声が重なると、曲は何事もなかったように終焉を迎える。
 拍手喝采の中、 茜先輩に促されるまま四方向にお辞儀をした。
 昇降機が下がり始め、観覧席から完全に見えなくなると、
「ごめんね、最後ぐらついちゃった……」
 茜先輩は悔しそうに呟いた。
「私は茜先輩がいなかったら、始終ぐらついていたと思います。一緒に歌ってくれてありがとうございます。それから、私のために歌ってくれたの、とても嬉しかったです。ありがとうございます」
 たとえ一フレーズが久先輩への想いだったとしても、それも含めて、嬉しいと思えたんです。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...