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第十四章 三叉路
14話
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地下の撮影スタジオはとても広いらしい。そして、そこには撮影スタッフが十人ほどいるという。
「お嬢様がリメラルドであることを知る人間はごく少数です。オーナーに始まり、先ほどの澤野部長、それから澤村、須藤、若槻、あとはこれから行くスタジオにいる撮影班です。その中にお嬢様と同じ待遇のカメラマンもいます」
私は自分のことよりも、「同じ待遇のカメラマン」という言葉に反応する。
「あのっ、スタジオに久遠さんがいらっしゃるんですかっ!?」
「……お嬢様は久遠のファンでしたか?」
「大ファンですっ! 以前、ブライトネスパレスへ行ったとき、木田さんに久遠さんのお話をうかがってはいたのですが……未だに信じられなくて」
「今からお会いできますよ」
園田さんがにこりと笑うと、「じゃ、開けるよー!」と唯兄が重そうなドアを開いた。
「姫、入りまーすっ!」
その言葉にぎょっとする。
「ゆ、唯兄っ!?」
「ここの人たち、長い名前で呼んだりしないの。たいていは二文字呼び。リィなら姫かリィだろうね」
「え……?」
「お嬢様、とりあえずは中へ……」
スタジオ内の空気は廊下とは少し違った。
雰囲気も異なれば温度も違う。手の甲や頬がひんやりと感じるくらいの室温。
室内は暗く、ところどころにスタンド式のスポットライトが置いてある。そして、ところ狭しと照明や撮影機材が置かれていた。
スタジオ内を観察していると、前方からゆっくりと小柄な人が歩いてきた。
真っ直ぐこちらへ向かってやってくるけれど、顔はキャップ帽のツバで見ることができない。
「彼が久遠です」
園田さんの言葉に緊張が走る。
男性ということはわかっているのに、女性ではないかと思うほどに小柄な人だった。
黒尽くめの格好だとより華奢に見える。
このスタジオにいる人は全員真っ黒な格好をしていた。黒尽くめに黒いキャップ帽はここのスタッフのデフォルトなのだろうか。
そんなことを考えていると、久遠さんがキャップ帽を取った。
露になった顔に驚く。
憧れの人がこんなに身近にいる人だとは思いもしなかった。
「久先輩っ!?」
「あはは……ごめんね? こんな対面で」
久先輩は苦笑を浮かべ、私は混乱しすぎた頭をどうすることもできずにただただ頭を横に振っていた。
「翠葉ちゃんもトップシークレットだけど、俺も同じなんだ。お仲間だね」
「……嬉しいです。久遠さんが久先輩で、なんだかとても嬉しいです」
久先輩の写真はほかの写真に混じっていても「これ」と判別できる自信がある。
そのくらいには好きな写真だった。
「久先輩の写真、学校では人物画ばかりでしたけど、やっぱりすごく好きだったので……。私はまだカメラの『カ』の字もわかっていないようなど素人で、どうしてこんなところにいてこんなことになっているのかもわからないんですけど……」
もう苦笑いしか出てこない。
だって、久先輩は私がカメラをまだ使いこなせてないことをよく知っている人だったから。
「学校でもここでも、これからもたくさんカメラのことを教えてください」
私は経緯やその他もろもろの感情と共に頭を下げる。
すると、いつもと変わらない久先輩のノリで話し始めた。
「俺ね、ここでは『クゥ』って呼ばれてるんだ。表で実名はやばいから」
あ……二文字呼び?
「私は姫とかリィって呼ばれるみたいです。名前のほうが反応しやすくていいんですけど……」
「姫なら反応できるんじゃないの? 学校でも散々呼ばれてるし」
その言葉に反論できないあたり、ちょっと微妙な気分。
「リィって呼び名、若槻さんが決めた名前じゃない?」
「はい。でも、どうして……?」
「だって、俺の名付け親も若槻さんだもん。あの人、絶対に芸名の一文字目に母音つければいいと思ってるよね」
「そう言われてみれば……」
「俺は翠葉ちゃんって呼んでもほかの名称でもいいわけだよね」
「はい。でも、できれば名前がいいかな……」
久先輩との挨拶が済むと、その後ろからのそっと体格のいい人が現れた。
身長はさほど高くない。たぶん、一七五センチくらい。
動物にたとえるなら森の熊さん……。
「初めまして。ここの責任者、佐々木繁春です。みんなシゲさんとか総長と呼ぶのでそんな感じでよろしく」
大きくてむっちりとした丸っこい手を差し出され、おずおずと自分の手を差し出すと、ぎゅ、と掴まれた。
「んじゃ、まずはカメラ預けてもらっていいかな?」
「え?」
「カメラマンのカメラメンテナンスするのもうちのスタッフの仕事のうち!」
そう言われ、持ってきたカメラ一式を渡した。
シゲさんがそれらを受け取ると、大きな声で「あーや!」と人を呼びつける。
「はいはいはーい!」
走って来た人は小柄な女性。
「これは紅林綾女。通称あーや。ほら、名刺出せや」
「どうぞよろしくー! ってことで、この子たちちょっと預からせていただきますねー? メンテ万全にしておくんで!」
あーやさんはシゲさんからカメラ一式を受け取って奥のテーブルへと戻っていった。
いただいた名刺にはIDカードと同じように顔写真が入ったもので、名前の脇には手書きでニックネームが書かれている。
シゲさんはスタッフひとりずつ呼びつけては同じように紹介し、十人全員の紹介を終えると「はい、集合!」と号令をかけた。
スタジオで各々の仕事をしていたスタッフがずら、と横一列に並ぶ。
みんな動きやすそうなカジュアルな服装だけど、誰もが「黒」を身に纏っていた。
上ではホテルの制服を着てない人もみんなスーツだったけど、ここだけは何か違うみたい。
「彼女が御園生翠葉さん。リメラルドのカメラマンだ。さぁ、そこでなんだが皆の衆よ、なんて呼びたい?」
耳を疑うような問いかけだった。
そこに唯兄の声が割り込む。
「因みに俺はリィって呼んでます。あとは姫とか」
「唯兄っ!?」
小声で抗議すると、ところどころに笑いが起きた。
「じゃ、私は姫でー!」
「俺もー」
「もう、姫でいいじゃないっすか」
思い思いの声があがる。
「リィ、ここの人たちみんなこんなノリだから緊張するだけ無駄無駄」
唯兄がそう言うと、やっぱりところどころから声があがる。
「若、ひっでーよ」
「唯だって社会人らしくねーじゃん」
「ひどいなぁ……。俺は表と裏を使い分けてるだーけーでーすっ! 表に出されるときはきちんと紳士してるし」
たぶん、「表」というのはホテルの接客業務ということなのだろう。
「そういや、最近顔見なかったけど? またオーナーに酷使されてんの?」
「あー……それもあるけど、今囲いマンションにいるからさ」
「マジでっ!? 羨ましいっていうかご愁傷様っていうか……」
私には意味のわからない言葉が飛び交う。
「唯兄、囲いマンションって何……?」
「あぁ、ウィステリアヴィレッジのこと。あそこ、基本オーナーに気にいられた人間しか住めない仕様だからね。だから、囲いマンションって別名があったりする」
しばらくは和やかな雰囲気で雑談をして過ごした。
「よし、姫の緊張も解れたところで撮影に入りますか!」
シゲさんの言葉になんの撮影をするんだろうと思っていると、久先輩から声をかけられた。
「翠葉ちゃん、あの白いところに立って」
「え?」
「社員証の写真を撮るように依頼されてる」
「はーい、姫こっちこっちー!」
私はあーやさんに手を引かれ、床から壁にかけて白い布の張られたスペースへと移動させられた。
「じゃ、適当に笑ってね」
そうは言うけれど笑えない。
このあと、私の証明写真を撮るためだけに一時間の時間を要した。
けれど、現場は雰囲気が悪くなることはなく、時間が経つにつれて笑いが増えていった。
最終的にどうやって撮ったかというならば、スタッフ数人と雑談をして、私が笑うタイミングでシャッターを切る、という方法だった。
出来上がった私の写真は、カメラ目線とは言えないけれど、自然に笑った表情で写ったものだった。
「お嬢様がリメラルドであることを知る人間はごく少数です。オーナーに始まり、先ほどの澤野部長、それから澤村、須藤、若槻、あとはこれから行くスタジオにいる撮影班です。その中にお嬢様と同じ待遇のカメラマンもいます」
私は自分のことよりも、「同じ待遇のカメラマン」という言葉に反応する。
「あのっ、スタジオに久遠さんがいらっしゃるんですかっ!?」
「……お嬢様は久遠のファンでしたか?」
「大ファンですっ! 以前、ブライトネスパレスへ行ったとき、木田さんに久遠さんのお話をうかがってはいたのですが……未だに信じられなくて」
「今からお会いできますよ」
園田さんがにこりと笑うと、「じゃ、開けるよー!」と唯兄が重そうなドアを開いた。
「姫、入りまーすっ!」
その言葉にぎょっとする。
「ゆ、唯兄っ!?」
「ここの人たち、長い名前で呼んだりしないの。たいていは二文字呼び。リィなら姫かリィだろうね」
「え……?」
「お嬢様、とりあえずは中へ……」
スタジオ内の空気は廊下とは少し違った。
雰囲気も異なれば温度も違う。手の甲や頬がひんやりと感じるくらいの室温。
室内は暗く、ところどころにスタンド式のスポットライトが置いてある。そして、ところ狭しと照明や撮影機材が置かれていた。
スタジオ内を観察していると、前方からゆっくりと小柄な人が歩いてきた。
真っ直ぐこちらへ向かってやってくるけれど、顔はキャップ帽のツバで見ることができない。
「彼が久遠です」
園田さんの言葉に緊張が走る。
男性ということはわかっているのに、女性ではないかと思うほどに小柄な人だった。
黒尽くめの格好だとより華奢に見える。
このスタジオにいる人は全員真っ黒な格好をしていた。黒尽くめに黒いキャップ帽はここのスタッフのデフォルトなのだろうか。
そんなことを考えていると、久遠さんがキャップ帽を取った。
露になった顔に驚く。
憧れの人がこんなに身近にいる人だとは思いもしなかった。
「久先輩っ!?」
「あはは……ごめんね? こんな対面で」
久先輩は苦笑を浮かべ、私は混乱しすぎた頭をどうすることもできずにただただ頭を横に振っていた。
「翠葉ちゃんもトップシークレットだけど、俺も同じなんだ。お仲間だね」
「……嬉しいです。久遠さんが久先輩で、なんだかとても嬉しいです」
久先輩の写真はほかの写真に混じっていても「これ」と判別できる自信がある。
そのくらいには好きな写真だった。
「久先輩の写真、学校では人物画ばかりでしたけど、やっぱりすごく好きだったので……。私はまだカメラの『カ』の字もわかっていないようなど素人で、どうしてこんなところにいてこんなことになっているのかもわからないんですけど……」
もう苦笑いしか出てこない。
だって、久先輩は私がカメラをまだ使いこなせてないことをよく知っている人だったから。
「学校でもここでも、これからもたくさんカメラのことを教えてください」
私は経緯やその他もろもろの感情と共に頭を下げる。
すると、いつもと変わらない久先輩のノリで話し始めた。
「俺ね、ここでは『クゥ』って呼ばれてるんだ。表で実名はやばいから」
あ……二文字呼び?
「私は姫とかリィって呼ばれるみたいです。名前のほうが反応しやすくていいんですけど……」
「姫なら反応できるんじゃないの? 学校でも散々呼ばれてるし」
その言葉に反論できないあたり、ちょっと微妙な気分。
「リィって呼び名、若槻さんが決めた名前じゃない?」
「はい。でも、どうして……?」
「だって、俺の名付け親も若槻さんだもん。あの人、絶対に芸名の一文字目に母音つければいいと思ってるよね」
「そう言われてみれば……」
「俺は翠葉ちゃんって呼んでもほかの名称でもいいわけだよね」
「はい。でも、できれば名前がいいかな……」
久先輩との挨拶が済むと、その後ろからのそっと体格のいい人が現れた。
身長はさほど高くない。たぶん、一七五センチくらい。
動物にたとえるなら森の熊さん……。
「初めまして。ここの責任者、佐々木繁春です。みんなシゲさんとか総長と呼ぶのでそんな感じでよろしく」
大きくてむっちりとした丸っこい手を差し出され、おずおずと自分の手を差し出すと、ぎゅ、と掴まれた。
「んじゃ、まずはカメラ預けてもらっていいかな?」
「え?」
「カメラマンのカメラメンテナンスするのもうちのスタッフの仕事のうち!」
そう言われ、持ってきたカメラ一式を渡した。
シゲさんがそれらを受け取ると、大きな声で「あーや!」と人を呼びつける。
「はいはいはーい!」
走って来た人は小柄な女性。
「これは紅林綾女。通称あーや。ほら、名刺出せや」
「どうぞよろしくー! ってことで、この子たちちょっと預からせていただきますねー? メンテ万全にしておくんで!」
あーやさんはシゲさんからカメラ一式を受け取って奥のテーブルへと戻っていった。
いただいた名刺にはIDカードと同じように顔写真が入ったもので、名前の脇には手書きでニックネームが書かれている。
シゲさんはスタッフひとりずつ呼びつけては同じように紹介し、十人全員の紹介を終えると「はい、集合!」と号令をかけた。
スタジオで各々の仕事をしていたスタッフがずら、と横一列に並ぶ。
みんな動きやすそうなカジュアルな服装だけど、誰もが「黒」を身に纏っていた。
上ではホテルの制服を着てない人もみんなスーツだったけど、ここだけは何か違うみたい。
「彼女が御園生翠葉さん。リメラルドのカメラマンだ。さぁ、そこでなんだが皆の衆よ、なんて呼びたい?」
耳を疑うような問いかけだった。
そこに唯兄の声が割り込む。
「因みに俺はリィって呼んでます。あとは姫とか」
「唯兄っ!?」
小声で抗議すると、ところどころに笑いが起きた。
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「俺もー」
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「リィ、ここの人たちみんなこんなノリだから緊張するだけ無駄無駄」
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「若、ひっでーよ」
「唯だって社会人らしくねーじゃん」
「ひどいなぁ……。俺は表と裏を使い分けてるだーけーでーすっ! 表に出されるときはきちんと紳士してるし」
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「そういや、最近顔見なかったけど? またオーナーに酷使されてんの?」
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「マジでっ!? 羨ましいっていうかご愁傷様っていうか……」
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「唯兄、囲いマンションって何……?」
「あぁ、ウィステリアヴィレッジのこと。あそこ、基本オーナーに気にいられた人間しか住めない仕様だからね。だから、囲いマンションって別名があったりする」
しばらくは和やかな雰囲気で雑談をして過ごした。
「よし、姫の緊張も解れたところで撮影に入りますか!」
シゲさんの言葉になんの撮影をするんだろうと思っていると、久先輩から声をかけられた。
「翠葉ちゃん、あの白いところに立って」
「え?」
「社員証の写真を撮るように依頼されてる」
「はーい、姫こっちこっちー!」
私はあーやさんに手を引かれ、床から壁にかけて白い布の張られたスペースへと移動させられた。
「じゃ、適当に笑ってね」
そうは言うけれど笑えない。
このあと、私の証明写真を撮るためだけに一時間の時間を要した。
けれど、現場は雰囲気が悪くなることはなく、時間が経つにつれて笑いが増えていった。
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