光のもとで1

葉野りるは

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第十四章 三叉路

33話

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 朝食を食べているとき、突如鳴り出した音にフォークを落としそうになった。
 制服のポケットに入れていた携帯が、オルゴールのかわいい音色で「いつか王子様が」を奏でだしたのだ。
 携帯を取り出した手には汗をかいていた。
 しかし、その音は携帯のディスプレイを目にする前に途切れる。
 電話じゃなくて、メール……?
「翠葉?」
 呼ばれて顔を上げると、右側のソファから蒼兄が不思議そうな顔で私を見ていた。
「あ、えと……メールだったみたい」
「こんな朝早くに司から?」
 着信音で誰から連絡が入ったのかをその場の人に知られてしまうのはある意味問題があるかもしれない……。
 私は着信音を変えようか悩みながら、
「うん、なんだろうね」
 緊張に震える指先でメールを表示させる。と、


件名 :今日の天気
本文 :曇りのち雨。
    最低気温五度。
    最高気温十三度。
    午後から雨が降るらしいから傘を忘れずに。


「蒼兄……今日はね、曇りのち雨で最低気温が五度、最高気温が十三度らしいよ? それから、傘を持っていったほうがいいみたい」
 届いたメールを読み上げるように話すと、絶妙なタイミングで唯兄が口を挟む。
「何それ……。もしかして司っちからのメール内容ってお天気情報っ!?」
「うん……それしか書いてない」
 ディスプレイを見せると、蒼兄も唯兄も言葉を失った。
「ね? これしか書いてないでしょう?」
 次の瞬間に、ふたりはお腹を抱えて笑いだす。
「えっ!? 笑う要素あったかなっ!?」
 訊いても教えてはもらえないらしい。
 何度見ても、メールにはお天気のことしか書かれていない。
 唯兄がひぃひぃ笑いながら、
「司っちらしいけど、それが天気予報ってどうなの、くくく……」
 蒼兄は完全にツボに入ってしまったらしく、五分ほどずっと笑っていた。
 私はひとり置いてけぼりをくらった気分。
 ちょっとつまらないと思いつつ、メールの内容に少しほっとした私はシナモンの香りがするフレンチトーストを食べることに専念した。

 家を出るときに渡されたお弁当はふたつ。
 小さなお弁当箱とサーモスタンブラー。
「今日はお酢控え目の散らし寿司。因みに、混ぜ込んである具材は市販のものだから手間は一切かかっていません。でも、リィは散らし寿司好きでしょ?」
「うん」
「錦糸卵、少し焦がしちゃって見映え悪いけど、食べられるならそっちを食べること。スープは飲まなかったら夕飯に飲めばいいよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ほい、あんちゃんにも弁当」
「えっ、俺にも!?」
「そう。どうせ作るならふたつも三つも変わんないってことに気づいた。だから、自分の分まで作っちゃったよ。お昼時、違う場所で家族が同じもの食べてるって思うとさ、少しはお弁当を食べる気分も変わりそうじゃない?」
 唯兄は私の顔を覗き込むように話した。

 車に乗ると蒼兄に尋ねられる。
「身体の痛みは?」
「昨日施術してもらったからかな? そんなにひどくはないよ」
「でも、痛いのか?」
「このくらいは仕方ないと思う。でも、我慢できないわけではないし、お薬で軽減されてるから大丈夫」
「帰り、つらいようなら唯に連絡するか俺に連絡入れるかしろよ? 夕方には母さんも帰ってきてるはずだから」
「うん。……今日はね、放課後に秋斗さんのところへ行くの」
「……記憶が戻ったことを話しに?」
 蒼兄の声が少し硬くなった。
「ん……。本当は、秋斗さんに一番に知らせなくちゃいけなかったよね」
「翠葉……」
「ちゃんと話して謝ってくる」
 蒼兄は車を発進させると腕時計に目をやった。
「放課後っていったら五時過ぎか……抜けられるかな? 俺も一緒に行こうか?」
「え?」
「……すごくつらそうな顔してる」
 私は慌てて手を振って見せた。
「だ、大丈夫っ。ひとりで大丈夫」
 こんな言葉では拭えないほどひどい顔をしているのだろうか。
 蒼兄は「心配」という文字を顔中に貼り付けている。
「あのね……あの日、ちゃんと謝れなかったから。遅くなっちゃったけど、今日はちゃんと謝りたいの。謝る必要はないって言われたけど、それでも私は謝りたいの」
「謝る必要はない」と言われた今、「謝る」という行為はすでに自己満足でしかない。それでも、謝らずにはいられない。
 謝ったら、秋斗さんはきっと謝る必要はないと言うだろう。それか、私の気持ちを汲んで「許す」と言ってくれる人。
 謝ったところで、許してくれると言われたところで、この罪悪感から解放されることはない。
 きっと、どうすることもできず、ずっと心の中に持ち続ける。
 人を傷つけたら、それはどんな形になってでも自分に返ってくる。
 今私がつらいのは、秋斗さんを傷つけたからほかならない。
 だから、つらいなんて言えない。人に助けなんて求められない。
 自分がしたことをなかったことにはできないのだから。
 学校に着いても蒼兄は心配そうな顔をしていた。
「蒼兄、おまじないしてあげようか?」
 私は思いつきでそんな言葉を口にした。
「おまじない……?」
 蒼兄は心底不思議そうな顔をする。
「うん、おまじない」
 私はつい笑ってしまう。
 だって、このおまじないは蒼兄の専売特許だったから。
 ずっとずっと、小さいころからずっと、いつだって私に安心を与えてくれた。
 私は蒼兄の頭に手を伸ばし、軽くポンポン、と優しく叩く。
「大丈夫だよ」
 蒼兄がクスリと笑みを漏らす。
「おまじない、か……」
「そう。小さいころからずっと――ずっとこれがおまじないだった。『大丈夫だよ』のおまじない」
 にこりと笑って見せると、蒼兄の手が近づいてくる。
 その手は期待を裏切らず、私の頭を軽くポンポンと叩いた。
「蒼兄、ありがとう……。おまじないもしてもらったから、もう本当に大丈夫」
 そう言って、駐車場で蒼兄と別れた。
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