光のもとで1

葉野りるは

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14 Side 久 02話

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 今年の二月、オフィシャルサイトの投稿欄を見て目を瞠った。
 霜柱の写真を投稿したのは「Suiha」――


久遠様

霜はガラスの貝柱みたいですね。
寒い日が続きますが、
久遠さんも風邪をひかないように気をつけてください。
私はこれから高校入試なので、
家族が必死になって風邪対策をしています。


 そんなコメントがついていた。
 霜を「ガラスの貝柱」とたとえることに感心したけど、本当はコメントの内容なんかどうでも良かったんだ。
「生きてた……」
 そのことだけに俺は安堵した。
「なんだ……今年高校受験ってことは二個下?」
 でも、それだと俺が出版したとき、彼女は十代前半だったはず……。
 もしかしたら入力間違いだったのかもしれない。
「……受かるといいね」
 俺は以前もらったメールアドレスに返信したい気持ちを抑え、パソコンをシャットダウンした。

 そして、八ヶ月前の四月――
 学校の中庭で女の子がカメラを構えてしゃがみこんでいた。
 見るからに新入生。でも、中等部では見かけたことのない顔だったから、すぐに外部生だと思った。
 毎年写真部の入部希望者は少ない。
 俺は部員ゲットのために駆け寄った。
 彼女はスズランを撮るのに夢中で後ろに俺が立っていることにまるで気づかない。
 液晶を見る分にアングルは悪くない。でも、カメラの使い方をまだ熟知していないのが丸わかり。
「それね、シャッタースピード優先にしてあげるとうまく撮れるよ」
 声をかけたのが事の始まり。
「きゃっ」
 彼女は肩を揺らすほどに驚いた。
 首にストラップをかけていなかったらカメラごと落としていたかもしれない。
「あ、ごめん。驚かせちゃったよね」
 こちらを振り返った女の子の髪がふわり、と弧を描いた。
 首を傾げて俺をじっと見る。
 かっわいい子だなぁ……。
 茜とは違うタイプのかわいさに感心ししつつ、
「今さ、背が低いとか思ったでしょ」
 たいていの人間がそう思うらしいから適当に言っただけ。
 すると、
「……すみません」
 彼女はすんなりと認めた。
「ははっ! 君、素直だなぁ」
 顔も言葉もそのまんま。
 その表情や佇まいに思わず笑みが漏れた。
「俺、三年A組の加納久。写真部の部長なんだ。因みに、鬼ごっこ同好会発足者!」
 彼女は不思議そうな顔をして、頭を通常の位置に戻すと同じように自己紹介をしてくれた。
「一年B組の御園生翠葉です」
「ん? あれ? どっかで聞いた名前だなぁ……。どこだったっけ……」
 御園生って――確か秋斗先生のとこに出入りしているイケメン院生と同じ苗字。
 でも、それ以外にもどこかで聞いたことがあるような……。
「あっ! 思い出した。玲が言ってた子で、生徒会が打診かけた女の子だ! 君、茶道部の見学行ったでしょ!」
「……はい」
「加納玲子、玲は俺の双子の妹。で、現生徒会長が俺っ」
 俺はにこりとかわいく作り笑いを向ける。
「俺、かわいいでしょ? だから、写真部に入ろうね? で、生徒会でも仲良くしようね」
 彼女の手を勝手に取ってブンブン振った。
「ねっ?」
 念を押すと、彼女はポカンとしたまま「はい」と言った。
「うっし、言質取ったからね? じゃ、来週部室で待ってるから!」
 茜はかわいい子に目がない。だから、きっと君は外堀を埋められて生徒会に入ることになる。
 俺はいつものように花壇を跳び越し、数メートル行ったところで木陰に入って彼女を振り返る。
 彼女はこちらに背を向け歩き始めたところだった。
「あの子……スイハって言った」
「Suiha」も今年高校生になる。
 珍しい名前だとは思うけど、まさかね……。
 同一人物ってことはないよね……?
 あれはハンドルネームだと思っていたけれど、実際にそういう名前の人がいるのだと知った。

 あれから、彼女はまんまと外堀を埋められて生徒会に入ることになったわけだけど、その間に気になることはそれなりにあった。
 身体が弱いということと、留年しているということ。
 桃が嫌がるのを無理言って教えてもらった。
 彼女が留年することになったいきさつを。
 生徒会でできる限りのフォローをしたいから、なんてもっともらしいことを言って聞き出した自分に罪悪感がないわけじゃない。
 でも、もしかしたらって思うと訊かずにはいられなかったんだ。
 結果、聞きだした情報は彼女がサイトに投稿してこなかった期間と見事に一致していて頭を抱える羽目になった。

「使えないな。これは私が求めるものじゃない」
「すみません……」
 俺は建設中のパレスに飾る写真の依頼を受け、普段の仕事の合間に何枚もの写真を撮っていた。
 しかし、オーナーの満足いくものは一向に撮れず……。
「残念だが、今回は久遠の写真ではなくほかの人間が撮ったものを使うことになりそうだ。今手元に何枚かあるが見ていくか?」
 見たくないけど見ないわけにもいかない。
 俺はオーナーにオーダーされた写真を撮ることができなかった。
 オーナーは、
「親友の娘さんの写真でね」
 と、含みある笑いをする。
 写真を見せられ、
「これ――」
 ちょっと待て……。この「感じ」はどこかで見た記憶がある。
 それはどこでのこと……?
「〇四二五が撮った写真だ」
「Suihaっ!?」
「あぁ、なんだ。もう彼女にたどり着いていたのか」
 ちょっと待てちょっと待てちょっと待て――
「オーナー……あの、その子って――もしかしてもしかしなくてもうちの学校に入学してきたりしてませんよね?」
「……まだたどり着いていなかったのか?」
「……あの、もしかして、〇四二五の『Suiha』って、御園生翠葉ちゃんのことですかっ!?」
「珍しい名だからすぐに気づくと思ったんだがな」
 目の前で笑うこの人は悪魔だと思う。
「彼女は久遠のファンだよ」
 んなこと知ってますわ……。
「でも、まだ時期じゃない。もう少し伏せておこう。どうせなら劇的な出逢いを用意したいからね」
「ひとつだけ……」
「なんだ?」
「嵌めました? 俺、嵌められましたっ!?」
「いや、偶然だ。彼女が一年遅れて高校生になったことも藤宮を受験したことも。私が彼女の写真を起用したのもすべてが偶然だ」
 嘘くせぇ……。
 それが俺の率直な感想。
 でも、よくよく考えてみればそうだよね……。
 人が体調を崩して留年するなんて予測できることじゃないし、一年のブランクがあって外部生として藤宮を受験するなんて誰が思う?
 かなりのチャレンジャーだよ。
 それに、彼女はまだカメラを始めたばかりで大したスキルはない。
 けど、この写真は俺に撮れるものじゃない――
 スキル云々ではなく感性の問題。
 彼女が撮った写真を見て、オーナーが欲しがっていた写真が具現化された気がした。
 作りこまれていない世界。そのままの――ありのままの世界。
 それでいて、普段目にしない景色。
 たとえば、普通に生活できる人ならこんなに低い視点でものを見るようなことはないだろう。
 けど、横になっていることが多い人なら……?
 そしたら、こんな景色は日常的。
 差し出された写真のどれもが地上近くから撮られた写真だった。
「彼女もうちの専属になった。通称Re:Meraldリメラルド。じきに対面のセッティングをする。それまで久遠であることは伏せておくように」

 そう言われて早五ヶ月。
「はぁ……俺、彼女に合わせる顔がないんですけど」
「そう言うなよ。彼女だって知らない人間ばかりのところで仕事するよりも知った顔があったほうがほっとするってもんだ」
「いや、そうは思いますけど……」
「姫、入りまーすっ!」
 その掛け声と共にはいってきたのは彼女――藤宮学園高等部生徒会会計所属、御園生翠葉。「Suiha」だ。
「彼が久遠です」
 園田さんに紹介され、俺は目深にかぶった帽子を取る。
「久先輩っ!?」
「あはは……ごめんね? こんな対面で」
 俺は苦笑い以外の表情はできずにいた。
 彼女はフルフル、と首を振ってはこれ以上開けられないだろうと思うくらいに目を見開く。
「翠葉ちゃんもトップシークレットだけど、俺も同じなんだ。お仲間だね」
 そう言って笑うと、彼女は胸の前で両手を組み、
「……嬉しいです。久遠さんが久先輩で、なんだかとても嬉しいです」
 これはさ、司じゃなくても惚れそうだよ。
 ずっと見てきたけど、いつだってこの真っ直ぐな感情表現には好感しか抱かない。
「久先輩の写真、学校では人物画ばかりでしたけど、やっぱりすごく好きだったので……」
 彼女は嬉しそうに話す。
 そうなんだよね。翠葉ちゃんは写真を見ただけで俺が撮ったものとそうでないものを区別することができる。そういう子だ。
「私はまだカメラの『カ』の字もわかっていないようなど素人で、どうしてこんなところにいてこんなことになっているのかもわからないんですけど……」
 今度は彼女が苦笑い。
「学校でもここでも、これからもたくさんカメラのことを教えてください」
 彼女はぺこりとお辞儀した。
 かわいいよね、本当にさ。
 玲は妹だけどしょせんは双子だから妹っていう感じはあまりしない。
 従妹の桃も基本しっかり者だから、やっぱり妹って感じじゃない。
 でも、翠葉ちゃんは妹って感じだなぁ……。
 それにね、翠葉ちゃんがここにいる理由はしっかりとあるよ。
 俺には撮れない写真を君は撮る。
 それがここにいる理由だよ。
「俺ね、ここでは『クゥ』って呼ばれてるんだ。表で実名はやばいから」
 それはお互い様のはず。
「私は姫とかリィって呼ばれるみたいです。名前のほうが反応しやすくていいんですけど……」
「姫なら反応できるんじゃないの? 学校でも散々呼ばれてるし」
 彼女は複雑そうな顔をした。
 だから、俺はちょっとだけ話の方向転換を試みる。
「リィって呼び名、若槻さんが決めた名前じゃない?」
「はい。でも、どうして……?」
「だって、俺の名付け親も若槻さんだもん。あの人、絶対に芸名の一文字目に母音つければいいと思ってるよね」
「そう言われてみれば……」
「俺は翠葉ちゃんって呼んでもほかの名称でもいいわけだよね」
「はい。でも、できれば名前がいいかな……」
 そうだね。君の名前はとてもきれいだから。
 君にぴったりな名前だと思うから。
 だから、俺もやっぱり翠葉ちゃんって呼びたいかな。
 きっと翠葉ちゃんとは長い付き合いになるだろう。
「Suiha」と「翠葉ちゃん」がイコールになってからずっと感じていた予感。
 たぶんそれは当たると思う。そして、茜が探していた女の子も翠葉ちゃんだった。
 俺たちはきっと出逢う運命にあったんだろうね――
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