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30~45 Side 司 03話
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外はすでに暗く、冬を感じさせる風が吹いていた。
ザザザ、と風が木を揺らしては落葉樹が葉を散らす。
月は闇に覆われており、あたりを照らすのは等間隔に設置されている街灯のみ。
道着の袖から冷たい外気が入ってくるのを感じつつ、学校への道を急いだ。
急いていたのは行動のみならず頭の中もだった。
雅さんに関しては色々と思うところがあるが、今は雅さんのことを考える時ではない。
今考えるべきは越谷まりあのことだろう。
そうは思っても、よほど衝撃的だったのか、頭を切り替えるのには少し時間を要した。
たとえば、藤山から弓道場までの道のりでほかのことを考えられない程度には――
道場にはケンだけが残っていた。
「悪い、あとはやっておくから」
「は? おまえ何言ってんの?」
「そのままの意味だけど……」
「俺がなんのために待ってたと思ってんだよ」
そんなこと知るか……。
「今日の練習の成果を見てもらうために決まってんだろ?」
何がどう決まっているのかと訊きたかったが、待たせていたことに変わりはなく、ケンの時間を無駄にしたと思えばそのくらいのことはすべきかとも思えた。
目の前で射法八節が行われる。
遠的競技は射手から的まで六十メートル。
二手、つまりは全部で四射見たあとアドバイスをいくつかしてから道場を出た。
「おまえもやるかと思ったのに」
「気分が乗らなかった」
「らしくねぇの」
気分が乗らないというのとは少し違った。
自分の心中が射に表れるのがわかっていたからこそ、弓を持つことができなかった。
「何があったのか知らないけど、力になれることがあれば言えよ?」
ふと思う。
ケンの学内における情報網は侮れない。
たとえ同じクラスになったことがなくとも、同じ学年の人間なら全員知っているだろう。
「……越谷まりあ」
ケンは驚いた顔で俺を見た。
「えっ!?」
「同じ学年に在籍してる越谷まりあってどんな人間?」
「……司に女子のこと訊かれんの初めて」
そうは言うものの、理由は訊いてこない。
「司のその頭はどうなってんのかな? 越谷って幼稚舎から藤宮組だけど?」
「覚える必要があれば覚える」
「うん。まぁ、そういう考えの持ち主だよね。知ってた」
ケンは俺という人間との距離の取り方や会話の仕方を心得ていた。
「越谷まりあ――文系で今はC組。前回のテストは八十位前後にいたんじゃなかったかな。百位未満だったのは確か」
抜けたところもあるが、ケンは並外れた記憶力を持っている。
そして、人を観察する能力に長けていた。
「なんつーのかな。あまり社交的な人間じゃない。ツンツンしてんの」
「ツンツン……?」
俺が訊き返すと笑われた。
「おまえがツンツン言うと笑えるな」
「……続き」
「はいはい。社交的な人間じゃないっていうのはさ、自分以下と見なした人間とは喋らないってこと」
「自分以下っていうのは何に対して?」
「基本は家柄、かな。一般家庭の人間とはほぼ口を利かない。うちの学校ってさ、だいたいの生徒がお坊ちゃんお嬢様でしょ? だから、生徒間で『お嬢』なんて呼ばれる人間はいないわけ。その中で越谷は『お嬢』って言われてる」
「……いい意味として使われている呼び名じゃないってこと?」
「ピンポーン」
返事が単調すぎてケンらしくないと感じた。
その理由を催促する前にケンは話しだす。
「越谷んちって代々続いてる老舗茶屋ってだけでとくに大きな会社じゃない。事、うちの学校の中じゃ霞んじゃうくらい。だからさ、越谷の取ってる行動は滑稽にしか見えないんだ。中等部くらいからかなぁ……? 弁当とかひとりで食うようになったの、球技大会のチーム決めもうまくいかないっぽい。仲間はずれにしてるわけじゃないのに、そんな状況になっちゃうらしいよ。越谷が口を利かないだけで」
「ふーん……」
「ふーん、って……。ま、司は地でそれをいってるからなんとも思わないか」
それに対し、肯定もしなければ否定もしない。
俺にとって重要なのは家柄や成績ではなく、自分が興味を持つか持たないか。
俺の基準が「興味」なら、越谷にとっての基準が「家の格」だった。それだけのこと。
「自分で学校生活台無しにしてる感じが見てて腹立つんだよね。さらに、周りは意地悪してるわけじゃないのに、なんだか後ろめたくなるくらいの孤立っぷり」
あぁ、と思った。
ケンのテンションが低かった理由はこれだ。
これも海斗と同様、自分の懐に入れた人間が蔑ろにされるのは許せないタイプだった。
もっとも、海斗よりは数段温厚だが……。
「部活は華道部と和筝部に所属。華道部に所属したのは簾条に近づくため。和筝部に所属したのは佐古川に近づくため。茶道部の顧問が藤宮に縁ある先生なのに所属していない理由は自分ちの茶を使っていないから」
なるほど。徹底していていっそ清々しいくらいだ。
「部室に戻れば写真もあるよ」
「なんで……」
「新年度に撮るクラス写真は全クラス分買うことにしてる」
それに何か意味があるというのだろうか。
「あ、今、意味があるのか、って思っただろ?」
返事の代わりに視線を返すと、
「そーれーは……」
ケンは俺の前に走り出てクルリとターンをしてみせた。
「単なるケンケンコレクション! 考えてもみろよ。自分のクラスの写真しか買わなかったら、一緒のクラスになった人間以外の写真って部活写真と個人で撮ったもの。あとは卒アルだけになちゃうんだぜ? 毎年全クラス分買ってたらそれだけは未然に防げる!」
それにどんな価値があるのか俺には理解できない。
でも、ケンにとっては何かしら意味があるらしい。
部室で道着を着替え終わると、ケンがひとつのファイルを投げてよこした。
「やっぱC組」
A組から順にファイリングされている写真を見ていく。
「黒髪で前髪パッツンの子。制服に合わせてボルドーのリボンをカチューシャ代わりにしてる」
その説明ですぐに人物特定ができた。
「人と話さないからかな? 一見して大人っぽく見えなくもない。一時、お姫さんと後ろ姿が似てるって言われてた時期もある。でもさ、身体の線の細さが全然違うよね。身長も若干お姫さんのほうが低いし。あと、髪の毛の色も違うしたぶん髪質も違う」
いったいどれだけ人間観察しているのか、と思わなくもない。
視線をケンから写真に戻し、越谷まりあを再度確認した。
確かに、後ろ姿なら似ていると言われるかもしれないが、あくまでも髪の長さが同じくらい、という程度。
あとはケンの言うとおりだった。
「お姫さん、入学当初は表情が硬かったから雰囲気が似てるって思われたのかな? でも、今となっては雰囲気の『ふ』の字も似てないよ」
ファイルを返すと、
「俺に言えることなら言えよ? いつでも駆けつけっからさ」
「……そうだな。そのときは頼む」
するりと出てきた言葉だった。
自分でも意外に思ったが、それ以上にケンが驚いていた。
「ケン、まだかかるのか?」
俺は帰宅できる状態になっていたが、ケンはまだ道着を片付けている最中。
「待っててもらってなんだけど、俺急ぐから部室の鍵頼んだ」
「くっそー! おまえって本当にそういうやつだよなっ!?」
後ろからケンの大声が聞こえてくる。
「でもっ、そんなやつってわかってて付き合ってるから安心しろっ!」
俺は肩越しに答える。
「あぁ、わかってる。ケンは俺の幼馴染で友人ってやつなんだろ?」
ケンは俺を指差し、魚のように口をパクパクとさせた。
俺は笑ってその場をあとにする。
部室棟の階段に足を踏み出したとき、ケンの雄叫びが聞こえてきて足を踏み外すところだった。
「幼馴染や友人がそんなに嬉しいものか……?」
俺は首を捻りながら残りの階段を下りた。
ザザザ、と風が木を揺らしては落葉樹が葉を散らす。
月は闇に覆われており、あたりを照らすのは等間隔に設置されている街灯のみ。
道着の袖から冷たい外気が入ってくるのを感じつつ、学校への道を急いだ。
急いていたのは行動のみならず頭の中もだった。
雅さんに関しては色々と思うところがあるが、今は雅さんのことを考える時ではない。
今考えるべきは越谷まりあのことだろう。
そうは思っても、よほど衝撃的だったのか、頭を切り替えるのには少し時間を要した。
たとえば、藤山から弓道場までの道のりでほかのことを考えられない程度には――
道場にはケンだけが残っていた。
「悪い、あとはやっておくから」
「は? おまえ何言ってんの?」
「そのままの意味だけど……」
「俺がなんのために待ってたと思ってんだよ」
そんなこと知るか……。
「今日の練習の成果を見てもらうために決まってんだろ?」
何がどう決まっているのかと訊きたかったが、待たせていたことに変わりはなく、ケンの時間を無駄にしたと思えばそのくらいのことはすべきかとも思えた。
目の前で射法八節が行われる。
遠的競技は射手から的まで六十メートル。
二手、つまりは全部で四射見たあとアドバイスをいくつかしてから道場を出た。
「おまえもやるかと思ったのに」
「気分が乗らなかった」
「らしくねぇの」
気分が乗らないというのとは少し違った。
自分の心中が射に表れるのがわかっていたからこそ、弓を持つことができなかった。
「何があったのか知らないけど、力になれることがあれば言えよ?」
ふと思う。
ケンの学内における情報網は侮れない。
たとえ同じクラスになったことがなくとも、同じ学年の人間なら全員知っているだろう。
「……越谷まりあ」
ケンは驚いた顔で俺を見た。
「えっ!?」
「同じ学年に在籍してる越谷まりあってどんな人間?」
「……司に女子のこと訊かれんの初めて」
そうは言うものの、理由は訊いてこない。
「司のその頭はどうなってんのかな? 越谷って幼稚舎から藤宮組だけど?」
「覚える必要があれば覚える」
「うん。まぁ、そういう考えの持ち主だよね。知ってた」
ケンは俺という人間との距離の取り方や会話の仕方を心得ていた。
「越谷まりあ――文系で今はC組。前回のテストは八十位前後にいたんじゃなかったかな。百位未満だったのは確か」
抜けたところもあるが、ケンは並外れた記憶力を持っている。
そして、人を観察する能力に長けていた。
「なんつーのかな。あまり社交的な人間じゃない。ツンツンしてんの」
「ツンツン……?」
俺が訊き返すと笑われた。
「おまえがツンツン言うと笑えるな」
「……続き」
「はいはい。社交的な人間じゃないっていうのはさ、自分以下と見なした人間とは喋らないってこと」
「自分以下っていうのは何に対して?」
「基本は家柄、かな。一般家庭の人間とはほぼ口を利かない。うちの学校ってさ、だいたいの生徒がお坊ちゃんお嬢様でしょ? だから、生徒間で『お嬢』なんて呼ばれる人間はいないわけ。その中で越谷は『お嬢』って言われてる」
「……いい意味として使われている呼び名じゃないってこと?」
「ピンポーン」
返事が単調すぎてケンらしくないと感じた。
その理由を催促する前にケンは話しだす。
「越谷んちって代々続いてる老舗茶屋ってだけでとくに大きな会社じゃない。事、うちの学校の中じゃ霞んじゃうくらい。だからさ、越谷の取ってる行動は滑稽にしか見えないんだ。中等部くらいからかなぁ……? 弁当とかひとりで食うようになったの、球技大会のチーム決めもうまくいかないっぽい。仲間はずれにしてるわけじゃないのに、そんな状況になっちゃうらしいよ。越谷が口を利かないだけで」
「ふーん……」
「ふーん、って……。ま、司は地でそれをいってるからなんとも思わないか」
それに対し、肯定もしなければ否定もしない。
俺にとって重要なのは家柄や成績ではなく、自分が興味を持つか持たないか。
俺の基準が「興味」なら、越谷にとっての基準が「家の格」だった。それだけのこと。
「自分で学校生活台無しにしてる感じが見てて腹立つんだよね。さらに、周りは意地悪してるわけじゃないのに、なんだか後ろめたくなるくらいの孤立っぷり」
あぁ、と思った。
ケンのテンションが低かった理由はこれだ。
これも海斗と同様、自分の懐に入れた人間が蔑ろにされるのは許せないタイプだった。
もっとも、海斗よりは数段温厚だが……。
「部活は華道部と和筝部に所属。華道部に所属したのは簾条に近づくため。和筝部に所属したのは佐古川に近づくため。茶道部の顧問が藤宮に縁ある先生なのに所属していない理由は自分ちの茶を使っていないから」
なるほど。徹底していていっそ清々しいくらいだ。
「部室に戻れば写真もあるよ」
「なんで……」
「新年度に撮るクラス写真は全クラス分買うことにしてる」
それに何か意味があるというのだろうか。
「あ、今、意味があるのか、って思っただろ?」
返事の代わりに視線を返すと、
「そーれーは……」
ケンは俺の前に走り出てクルリとターンをしてみせた。
「単なるケンケンコレクション! 考えてもみろよ。自分のクラスの写真しか買わなかったら、一緒のクラスになった人間以外の写真って部活写真と個人で撮ったもの。あとは卒アルだけになちゃうんだぜ? 毎年全クラス分買ってたらそれだけは未然に防げる!」
それにどんな価値があるのか俺には理解できない。
でも、ケンにとっては何かしら意味があるらしい。
部室で道着を着替え終わると、ケンがひとつのファイルを投げてよこした。
「やっぱC組」
A組から順にファイリングされている写真を見ていく。
「黒髪で前髪パッツンの子。制服に合わせてボルドーのリボンをカチューシャ代わりにしてる」
その説明ですぐに人物特定ができた。
「人と話さないからかな? 一見して大人っぽく見えなくもない。一時、お姫さんと後ろ姿が似てるって言われてた時期もある。でもさ、身体の線の細さが全然違うよね。身長も若干お姫さんのほうが低いし。あと、髪の毛の色も違うしたぶん髪質も違う」
いったいどれだけ人間観察しているのか、と思わなくもない。
視線をケンから写真に戻し、越谷まりあを再度確認した。
確かに、後ろ姿なら似ていると言われるかもしれないが、あくまでも髪の長さが同じくらい、という程度。
あとはケンの言うとおりだった。
「お姫さん、入学当初は表情が硬かったから雰囲気が似てるって思われたのかな? でも、今となっては雰囲気の『ふ』の字も似てないよ」
ファイルを返すと、
「俺に言えることなら言えよ? いつでも駆けつけっからさ」
「……そうだな。そのときは頼む」
するりと出てきた言葉だった。
自分でも意外に思ったが、それ以上にケンが驚いていた。
「ケン、まだかかるのか?」
俺は帰宅できる状態になっていたが、ケンはまだ道着を片付けている最中。
「待っててもらってなんだけど、俺急ぐから部室の鍵頼んだ」
「くっそー! おまえって本当にそういうやつだよなっ!?」
後ろからケンの大声が聞こえてくる。
「でもっ、そんなやつってわかってて付き合ってるから安心しろっ!」
俺は肩越しに答える。
「あぁ、わかってる。ケンは俺の幼馴染で友人ってやつなんだろ?」
ケンは俺を指差し、魚のように口をパクパクとさせた。
俺は笑ってその場をあとにする。
部室棟の階段に足を踏み出したとき、ケンの雄叫びが聞こえてきて足を踏み外すところだった。
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