銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第9章 そこに『奴』がいた頃

再会

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 立てつけの悪いドアが、またしても開いた。
 今日は珍しく本当に千客万来だ。

「おお、サチ殿、小夜子殿!」
「残業お疲れさまでーす」
 テーブルの少年たちが思い思いに新たな客を迎える。

「……もう終わりかけじゃない。こんなことだろうと思った」
「でも、ぎりぎりで間に合って良かったわ」
 ネガティブな小夜子と朗らかなサチが、並んでそんなことを言う。

「小夜子さん、こんばんは。この前はどうもです」
「楓さんたちも来てたのね」
 いつの間に仲良くなったのか、小夜子は楓の隣に座る。

 対してサチは、舞奈の隣に腰かける。

「小夜子さんと何かあったのか?」
 舞奈は思わず問いかける。
 サチはこくりとうなずいて、

「実はね、小夜子ちゃんのパソコンを手伝おうって思ってお尻触ったの」
「いや、その置換じゃないって教わってなかったか?」
「それから小夜子ちゃんってば急に態度が余所余所しくなっちゃって、お話しててももじもじしたり、顔が近いって言って逃げちゃったりするの」
「……のろけか? そりゃご馳走さま」
 言って舞奈は苦笑する。

 小夜子は楓と何やら楽しそうに話している。
 そんな小夜子をサチはじっと見つめている。
 ふと小夜子がこちらを見た途端、目が合って、互いに頬を赤らめて目をそらす。

 つき合い始めて1年近くになって戦闘では息の合った連携を見せる2人が、今さらそんな挙動を見せるとは思わなかった。
 テーブルの少年たちが囃し立てようとする様を、舞奈は睨みつけて制する。
 そして再びサチを、そして小夜子を見やる。

「小夜子さん、あんな風に笑えるようになったんだな。サチさんのおかげだ」
 ひとりごちるように、言う。

「そうなのかな? だったら嬉しいな」
 サチも笑う。
 そして少し辛そうな顔をする。
 けど小夜子の横顔を盗み見て、安心したように微笑む。

 諜報部に異動してきた当初の彼女を思い出したのだろう。

 サチが1年かけて取り戻した小夜子の笑顔、小夜子が1年前に失ったものは、それほどまでに大きかった。

 それを舞奈は、良く知っている。

――――――――――――――――――――

 件の依頼を片づけた後しばらくは、平穏な日々が続いた。
 理科の授業でクラスを沸かせたりしたりもしたが、珍しく厄介事はなかった。
 なので、新開発区を封鎖する守衛との世間話も、天気の話題がメインになっていた。

 そんなある日の下校途中。
 いつも通りに検問を抜けて廃墟の通りを歩いていると、

「……?」
 漂ってきたヤニの悪臭に顔をしかめる。

 人のいないはずの廃墟の街で、なんでまた煙草の臭いなんかしやがる?
 そう思い、ふと、この糞尿のような煙草の悪臭を振りまく怪異の存在を思い出す。

「やれやれ、新開発区は退屈しない良い街だ」
 苦笑しながら、慣れた調子で拳銃ジェリコ941を抜く。

 慎重に気配を探りながら、悪臭の元に向かって音もなく歩く。

 そして見つけた。
 廃ビルに挟まれた大通りから少し離れた、とある路地。

 そこを背広姿の脂虫が1匹、歩いていた。
 脂虫とは、ヤニで歪んだ顔をしたくわえ煙草の怪異だ。
 街中で度々見かける薄汚い彼らは、臭くて不快だが危険ではない。

 だが新開発区に脂虫がいるなんて妙だ。
 魔力から生まれる泥人間と異なり、脂虫は街に沸く。
 人ではないが人に似た彼らは、街中で人様に迷惑をかけながら徘徊するものだ。
 廃墟の街を徘徊するには何らかの理由があるはずだ。

 そんなことを考える舞奈の目の前で、脂虫に歩み寄るひとりの少年。
 学ラン姿の彼は、場違いな怪異を警戒するでもなく近づいていく。

「あの――」
 聞き覚えのある緊張感のない声。

 ――遮るように銃声。
 男の頭が弾ける。

「そいつは屍虫だぞ!?」
 硝煙たちぼる拳銃ジェリコ941を構えたまま舞奈は叫ぶ。

 その目前で、少年はゆっくりと振り向いた。
 やっぱり陽介だった。

 一方、頭を撃ち抜かれた男はドサリと倒れる。

 その指先からのびる、鋭いカギ爪。
 それは彼がもはや脂虫ではなく、屍虫へと進行していた証だ。
 脂虫が何らかの要因によって変化したそれは、無差別に人を襲う危険な怪異だ。

 危機一髪だった。
 もし撃つのが遅れていたら、彼は……。

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

「【掃除屋】だ。今しがた屍虫を殺った。清掃班を回してくれ。……いや、明日香がいないんだよ。目印だと? …………廃墟。いや他にないんだから仕方ないだろう?」
 携帯を取り出し、【機関】支部に連絡する。
 明日香がいないと死骸を処理できないし、臭くて汚い屍虫(脂虫)の死骸なんか通学路の近くに放置しておきたくないからだ。

 そんな舞奈の側で、陽介は人の良い笑みを浮かべている。
 男のくせになぜか他人を安心させるその笑みが、下手をしたら目の前で失われていたかと思うと背筋が冷えた。
 だから陽介を睨みつけ、

「よかったら聞かせてくれよ、兄ちゃん。今度はどういう理由で死にかけてたんだ?」
 そう言って口をへの字に曲げた。

 そして、

「【機関】の戦闘タクティカル学ランか。兄ちゃん、執行人エージェントになったんだな」
 廃墟の街を歩きながら、舞奈は側の陽介を見やってぽつりと言った。
 陽介は誇らしげにうなずく。
 だが舞奈は、

「あんまりその服に頼るなよ。対刃/対弾効果があるらしいが、防げるのはナイフ程度だ。馬鹿力は防ぎようがないし、得物に異能力がかかってもアウトだ」
 面白くもなさそうに言った。

「だから戦う時は2人以上で挑むんだ。防御や身体強化の異能力者に前衛をまかせて背中から殴れ。真正面からやり合ったら命がいくつあっても足りないからな」
「手厳しいんだね」
「スマンが本当のことだ。異能力にに目覚めたからって、戦闘のイロハが自動的に身につくわけじゃないからな」
 舞奈の言葉に、陽介は少し凹む。

 まあ、舞奈も年上相手に言いすぎたかもしれないとは思う。
 だが事実なのだから仕方がない。
 ここで中途半端に持ち上げると、そのツケは本人が実戦で支払うことになる。

「わかりました、先生」
 だが陽介は以外に素直に答える。

「それじゃ、もうひとつ聞きたいんだけど」
「なんだよ?」
「さっきのが屍虫だってどうしてわかったの? 俺には人間と見分けがつかなかった」
 その問いに、舞奈は口元に笑みを浮かべる。

 正直なところ、少し彼を見直した。
 巻きこまれた部外者ではなく正式に執行人エージェントとなった今、知らなければならないことはたくさんあると思ったのだろう。

 どうせフィクサーからは、執行人エージェントとしての最低限のルールしか聞いていないはずだ。
 だから彼は、この世界で戦い続けるためのルールを知らなければならない。
 そのことに彼は自分で気づいていた。だから、

「この前の仕事で最初にやっつけたのは、泥人間って種類の怪異だ。淀んだ魔力が人の形をとった奴で、弱いけどいろいろな種類の異能力を使う」
 舞奈は語る。
 陽介はうなずく。前回の作戦の時にも話したが、覚えていてくれたようだ。

 そして、話はこれからが本番だ。

「で、屍虫ってのは人間がなるんだ」
「人間って……人間!? そんな、どうやって!?」
「難しいことじゃないさ。ヤニを吸うのさ」
 その言葉に、陽介は驚愕する。

「受け売りだけどな」
 だが舞奈はと平然とした表情で、以前に張から聞いた説明をそのまま語る。

「あいつらは、大昔の魔法使いが生贄とか使ってた頃の名残なんだ」
「生贄……?」
「生贄ってのは、ある種の魔法を使うために捧げる人間や動物のことだ」
「いや、生贄がどんなものかは知ってるよ」
 苦笑する陽介に、舞奈は「そっか」と答える。

「戦争とかやってる頃は捕虜を使ってたらしいが、平和なときにはそうもいかない。でるかでないかもわからない犯罪者を使うのも心ともない」
 舞奈は何食わぬ顔で話を続ける。
 陽介はやや緊張した面持ちで拝聴する。

「だから、ある種の薬物を使って生贄に相応しい犯罪者予備軍を探すことにした」
 言いながら顔をしかめる。

「そいつは他の何とも間違えようもないくらい臭くて、中毒性がある。しかも常習することで生き物の身体を変化させて生贄に向いた怪異――脂虫に作り替える」
「それって、煙草のこと……?」
「ああ、そうさ。だいたい、吸ってる本人は気持ちいいけど周りに糞みたいな臭いの毒ガスをまき散らす嗜好品なんてものを、まともな人間がスパスパ吸うわけないからな」
 その答えに陽介は驚く。

 だが事実なのは仕方がない。
 だから人だと思って近づいたら襲われた、なんてことだってありえる。
 というか、先程そうなったばかりだ。

「つまり、煙草ってのは、ぶち殺しても倫理的に問題ないゲスを怪異に変えて、ついでに普通の人間と区別するための目印なんだ」
 あんまりと言えばあんまりな言い方だとは舞奈も思う。
 だが彼も中学生だ。街で見かける喫煙者の言動を思い出せば納得できるはずだ。

「で、ある種の異能力者や魔道士メイジは今でも脂虫を使う。たとえば【断罪発破ボンバーマン】は、脂虫を爆発させて結界に穴を開ける異能力だ」
「そんな異能力があるんだ」
「ああ。でもって怪異の魔道士メイジは、脂虫を発狂させて屍虫に変える魔法を使う。ヤニが浸透した身体に悪い魔法が作用することによって、身体能力が上昇するかわりに獣みたいに人を襲うようになるんだ。そして元には戻らない」
 先ほどと同じ説明に、陽介は再び絶句する。

 感情的に受け入れがたいのかもしれない。
 だが事実は事実だ。
 むしろ今のうちに話しておいて良かったとさえ思える。

「つまり、くわえ煙草でそこら辺を歩いてるヤニカスどもは脂虫だ。身勝手で臭い以外は人間と同じだ。だが、ある種の魔法をかけると屍虫になる。ここまではいいな?」
「あ、ああ……」
 陽介はおののきながらも、うなずいてみせる。
 舞奈は構わず先を続ける。

「で、大屍虫ってのは、そのスゴイ版だ。身体が完全に魔法に置き換わってるから屍虫よりずっと強くて、普通の攻撃は効かない。人間が変身した式神みたいなものかな」
 舞奈の言葉に、陽介はうなずく。

「奴らに有効打を与えられる攻撃は魔法くらいしかない。それ以外の中途半端な傷はあっという間に治っちまう。ま、ライフル弾や手榴弾をぶちこめば治る間もなく粉砕できるんだけど、まさか街中でライフル持ち歩くわけにもいかないしな」
 そう言って、やれやれと肩をすくめる。そして、

「それはともかく」
 話をもとに戻す。

「この前の3匹は、泥人間の魔道士メイジがこの術で作ったんだと思う」
「じゃ、その泥人間をやっつけたから、もう屍虫は出ないってこと?」
 陽介は答え、だが首をかしげる。

「でも、さっき……」
「ああ、まだ他にも屍虫を作りまくってる奴がいるらしい。ほら、ここんところ物騒なニュースが多いだろ? 【機関】が手を回したのさ」
「うん、今朝も傷害事件のことやってたね」
「怪異の仕業だなんて言えないから、詳細不明の傷害事件ってことになるんだ。あと、不審者に注意しましょうとか言って臭そうな絵がでたが、あれも見た奴が脂虫を避けたくなるようにって描いたんだってさ。【機関】のせめてもの善意だな」
 舞奈の説明に、陽介は面白くなさそうにうなずく。
 面白くない事実だからだ。
 舞奈だって面白くない。だから、

「どうせなら注意とか言ってないで根絶やせばいいのにな」
「そうだね」
 軽口に、陽介は静かにうなずく。

 今までただ不快だと思っていた隣人が、人に仇成す怪異だと知った。
 その事実を、彼は恐れているのだろうか?
 あるいは善良な彼は、怪異になり果てた犯罪者予備軍を憐れんでいるのだろうか?
 そう舞奈が思った矢先、
 
「でも、舞奈ちゃんも詳しいんだね。その……ちょっと明日香ちゃんみたいだった」
 陽介は冗談めかして言った。

「大事なことだから話してやってるんだがな」
「いや、茶化したりしてゴメンよ」
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。
 だが、この調子なら思ったより心配ないのかもしれない。

 けど、これだけは言っておかなければならないと、ひとりごちるように語る。

「兄ちゃんは中3だから、あたしより4つ年上なのか。それだけの時間を平和に暮らしてきたんだから、今まで人間だった奴と戦えとか言われても困るよな」
「そりゃ、まあ……」
 曖昧に答える陽介を、だが舞奈は真正面から見つめる。

「でもな、今の兄ちゃんは違うんだ。あんたは日常を捨てて、戦うことを選んだ」
 その言葉に、陽介はうなずく。

「だから、味方と、敵と、どっかで線引きをして、自分の中で守りたい奴と消すべき奴をはっきり区別しとかないと、いつか死ぬ。自分か、あるいは守りたかった誰かが」
「わかってるよ。わかってる、つもりだよ……」
 自身なさげに陽介は答える。
 けれど心のどこかで理解はしているのだろうと思った。
 彼は同じ年ごろの少年より、ずっと思慮深い。そんな気がする。

 そんな彼はふと、

「ところで舞奈ちゃん、僕たちはどこに向かってるんだい? また仕事?」
 そんなことを訪ねた。
 もっともな疑問だ。

「いんや。この前の仕事でまとまった金が入ったから、今日はお休みだ」
 そう答え、舞奈は顔をしかめる。
 張を経由してまとまった金をよこしたのは、あの脂虫の依頼人だ。

 だが陽介は首をかしげる。舞奈の言葉と表情が一致しないからだろう。
 だから舞奈は誤魔化すように、口元に笑みを浮かべる。

「あたしのアパートに行くのさ。せっかく近くまで来たんだ。茶ぐらいおごるよ」
「でも、新開発区の奥のほうに入って行ってないか?」
「安心しな、奥って言うほど進まないよ。人が住める範囲に限りがあるからな」
「まさか……」
「ああ、言ってなかったっけ? あたしのアパート、新開発区にあるんだ」
 その言葉に目を丸くする陽介を見やり、舞奈は笑った。
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