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第9章 そこに『奴』がいた頃

約束

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「おまたせアル。杏仁アルよー」
「「ありがとうございまーす」」
 張がデザートの杏仁豆腐が並んだトレイを運ぶ。

 舞奈と明日香の後のテーブルには異能力者たち。
 同じカウンターには楓と紅葉。

「サチちゃんも担々麺おまたせアル」
「ありがとう。とっても美味しそうだわ」
「小夜子ちゃんの天津飯も、すぐに持ってくるアル」
「はい」
 そして先ほどサチと小夜子もやって来た。

「何だかんだ言って、この前、手伝ってくれた面子がほとんど集まったなあ」
 隣で料理が揃うのを待っているサチを見やり、舞奈は笑う。

「あとは奈良坂さんと、明日香んとこの傭兵くらいか」
「あら、奈良坂さんなら始末書を書いてらっしゃいましたよ。夕食にお誘いしたら、終わってから来るとおっしゃってました」
 隣の隣の隣の席から、紅葉と明日香の頭越しに楓が答えた。
 諜報部の連中とよくつるむ彼女だが、仕事人トラブルシューターの管轄は奈良坂と同じ執行部だ。

「始末書って……なんつうか、相変わらずだなあ」
 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

「そういえば、鷹乃さんはその後お元気ですか?」
「……あの後しばらく寝こんでましたが、今はどうにか」
「おい、寝こむって――」
「貴女が思うような理由じゃないわよ」
 明日香はやれやれと苦笑する。
 小夜子もチラリとこちらを見やる。

 鷹乃はマンティコアの先兵たるミノタウロス【雷霊武器サンダーサムライ】の犠牲となった。
 だが、それは彼女が敵地で活動するための式神だった。
 それでもリンクした式神が破壊されると、術者も精神的なダメージを被るらしい。
 舞奈はその後遺症を心配したのだ。

 だが実際の原因は、打ち上げ代わりに秘密裏に行われた脂虫の処刑ショーだ。
 趣味で脂虫を殺す楓や小夜子と違い、明日香はうんざりしてたし、普通のメンタリティーを持った鷹乃はたまったものではなかった。

 そんな事情など知らない舞奈は「ならいいが」といちおう納得する。
 そして、なんとなく隣のサチを見やり……

「……なにやってるんだ? 自撮りか?」
 サチは携帯の画面を食事に向けて何かやっていた。
 機械に疎い彼女がそういうことをするのは珍しい。

「あのね、ごはんの写真を撮ろうと思って」
「……逆だよ」
「そうだったのね、こうかしら?」
「いや、上下じゃなくてな……」
「――撮りたいものに後ろを向けて。携帯の目は後ろについてるの」
「そうなのね! さすが小夜子ちゃんだわ」
 仕方なくと言った様子で、小夜子はサチの隣にやってきた。
 トレイを持ってきた張ががあわてて天津飯を運びなおす。

 やはり小夜子はサチを放っておけない。
 ややぎこちなく、頬を赤らめてはいるものの、だから2人並んで座る。

「飯の写真なんか撮ってどうするんだ?」
「あのね、ソーがお仕事で来られないから、ご飯の写真を送ってあげようと思って」
 サチはにこやかに答える。

 ソーというのは彼女らと同じ諜報部の中川ソォナムのことであろう。
 直接の面識のない舞奈は、彼女が仏術士であることと、チベット王国からの留学生であることしか知らない。
 あとは件の作戦でオペレーターをしていたくらいか。
 彼女は快活で可愛らしい声の持ち主だ。それはいいとして、

「それは飯テロなんじゃないのか?」
 言って舞奈は苦笑する。

「それがね、だいじょうぶなんだよ」
 対してかけられた声は、意外にも背後のテーブルからだった。

「ソォナムちゃんは徳を極めた聖人だから」
「僕らが楽しそうにしてるのを見るだけで心の底から楽しめるんだよ」
 少年たちが得意満面な様子で説明する。

 いちおう彼らの所属はソォナムと同じ諜報部だ。
 仏術の本場からやってきた聖人のことを舞奈より良く知っているのだろう。

 だが、そうやって彼らが語ると、架空のアイドルかなにかの設定を熱く語っているだけのように思えて割とどうでもいい気がした。

「まあ、仏術は読経で仏のイメージから作り上げた魔力を身体に蓄えて力と成す流派だから、修練を極めればそういう状態になるのかもしれないわね……」
 こちらも面識はないのだろう、明日香がそんな分析をしてみせた。

「お、おう、そりゃすごい……」
 舞奈はわかったようなわからないような気分でうなずいた。

 実りある人生というもがあるとしたら、それはたぶん、不可解な出来事の連続だ。

――――――――――――――――――――

「俺が中等部にいたころデスクロスってのが流行ってたんだ」
「ああ、立ち入り禁止の新開発区――出巣黒須《ですくろす》市に住んでる修羅の一族って奴だろ。ヤンキーが勝手に名乗ってたりしてたよな……ああ、ここだ」
「あれって、実在したんだね……。おお」
 舞奈は陽介を連れ、自分のアパートにやって来た。

「すごい、家があった」
 陽介はちょっと感動した様子でぽつりと言った。

 無理もない。
 この街に入ってから廃屋と崩れたビルしか見ていないところで、いちおう施設として機能しているらしい建物が見つかったのだ。
 それが瓦礫にまみれて辛うじて建っている廃屋のようなボロ家だったとしても。
 そんなボロ屋の表札には、剥げかけた『コーポ LIMBO』の文字。

 瓦礫が転がる音に側を見やると、痩せた野良猫が物欲しげにこちらを見やっていた。

「よっ、今日も元気そうだな?」
 そう言って笑いかけると、ひと鳴きして去って行った。

 舞奈は猫を見送ることなく、階段の横に咲いた百合に目をやる。
 幾輪もの百合の花が咲いて、小さなお花畑みたいになっている。
 だがガーデニングとかではない。群生しているだけだ。

 陽介もいっしょに見やる。
 花が好きなのだろうか?
 まあ、気の良い彼は、舞奈より花の名前に詳しそうな感じがしなくもない。

 と、思ったその時、1輪の百合が光った。
 正確には、百合の花弁の先に紫電が灯った。

「光ってる!? あ、あれって!?」
「ああ、ここの百合は異能力を使うんだ。怪異避けになって便利なんだよ」
 陽介は腰を抜かさんばかりに驚いて、舞奈は事もなげに答える。

 怪異が跋扈する新開発区には怪異の虫が湧き、怪異の花が咲く。
 異能力を使う特殊な百合は、新開発区中でも人の家の近くにのみ生息する。

 そして群生するうちの幾輪かは【断罪発破ボンバーマン】だ。
 この異能力は脂虫を爆発させるだけでなく、毒犬や泥人間を怯ませる効果を持つ。
 それを近づく者に手当たり次第に行使するのだ。

 だから、この花たちの近くでは夜中でも怪異に襲撃される恐れはない。
 いわば天然の結界のようなものだ。
 旧市街地にも植えられればいいのだが、残念ながら新開発区の外では土が合わないのか育たない。

「あ、そうだ。ついでにこいつで異能力のことを教えてやるよ」
 ふと思いついて、花畑の縁にしゃがむ。
 陽介も大人しく隣にしゃがむ。

 小学生の舞奈の隣で彼がそうすると、中学生の身体が大きいことがわかる。
 今も昔も舞奈が管理人と並んで花を見ることはない。
 たまにアパートに寄っていく明日香は、花なんて見向きもしない。
 なので、誰かとこうして百合を眺めるのは、美佳とそうして以来だ。

 だから、あの時に美佳がそうしてくれたように、舞奈も花の異能を語る。

「この光ってるのが【雷霊武器サンダーサムライ】。武器を放電させる異能力だ」
「電気を出す異能力もあるんだ」
「でもって、こいつは武器の先に冷気を作りだす【氷霊武器アイスサムライ】だ」
「へぇ……」
 放電する百合を指さし、側の百合の前に形作られた氷の結晶を見やる。

 百合は異能力を維持しないから、あらわれた小さな氷は次の瞬間に消える。
 炎や放電と同じように、あるいは醒めた後の夢のように。
 そんなことを考えていると、

「あ、【火霊武器ファイヤーサムライ】はないの?」
「兄ちゃんの異能力か?」
 それもそうか、と舞奈は思う。だが、

「ちょっと待ってな……っと、ないな。そんなに珍しい異能力でもないはずなのに」
「そっか。それじゃこれは――イテッ」
 声に思わず振り向くと、陽介は自分の手を見ていた。
 指の先がちょっと切れて血が出ている。

「そいつは【装甲硬化ナイトガード】。身に着けた装備を無敵にする異能力なんだけど、薄いものを無敵にすると曲がったり壊れたりしなくなるから、鋭利な刃物みたいに使えるんだ」
 言いつつ陽介の手を取り、出血した指先を舐める。
 陽介は驚いたのか、あわあわ言って動揺する。
 そんな陽介に構わず、舞奈は絆創膏を取り出して指に巻く。

「絆創膏なんて持ち歩いてるんだ、用意良いんだね」
「何かと細かい怪我は多いからな。けど、明日香ほどじゃないぞ。あいつ、人間用の裁縫道具やナイフのセットまで持ち歩いてるんだ」
「えっ? 明日香ちゃん、そんなものを何に……?」
「じゃ、そろそろ部屋に行くか」
 そして崩れかけた階段で2階に上がる。
 陽介も後に従う。
 部屋の鍵を探してジャケットのポケットをまさぐる。

「ポケットに直接入れてるの? そのうち落とすよ」
「細かいなあ……。兄ちゃん、明日香みたいなこと言うんだな」
「おかしいのは俺のほう……?」
 そんなことを言い合いながら、ぼんやり表札を見やる。

「ひょっとして、ひとり暮らし!?」
 そんなことを尋ねてきたのは、表札に舞奈1人の名前しかないからだろう。

「……そうだよ。2人も3人も住むには、ちっとばかり狭い部屋だからな」
 内心を悟られぬよう、笑みを浮かべて言う。
 軽薄な声色を作ったつもりだが、巧くできたかどうかはわからない。

 3年前、ここには舞奈だけでなく、美佳と一樹がいた。
 そのことを、あえて言う必要はないと思った。

「お、あったあった。お待たせ」
 ガチャガチャと鍵を回してドアを開ける。

 そういえば、部屋に男子を連れこむのははじめてだ。
 まあ、だからといって、とりたてて何か思うところがあるわけでもないが。

「おじゃまします」
 陽介を連れて帰った部屋は、別に女の子らしくもなんともない。
 リビングの中央には古びたローテーブルと安物のソファが鎮座している。
 壁際には冷蔵庫やサイドテーブルが並んでいる。

 しいて女の子らしい要素をあげるならば、ソファーの片隅に転がっているぬいぐるみくらいか。

 それは幼い舞奈のために、美佳が作ってくれたものだ。
 金がないのに舞奈がぬいぐるみを欲しがったから、作ってくれたのだ。
 寝室にはもっとたくさんのぬいぐるみが置いてある。すべて美佳の手作りだ。
 やんちゃな舞奈のせいでほつれた縫い目も、美佳は丁寧に直してくれた。

 今はそんなにぬいぐるみで遊ばないので、あの時から何も手入れはしていない。

「そこらへんに適当に座っててよ」
 内心を覆い隠すように軽薄な笑みを浮かべ、適当な口調でそう言う。

「何か手伝おうか?」
「あたしの家の冷蔵庫の中身は、あたしがいちばんよく知ってるよ。……えーっと、お茶っ葉なんてあったっけ。っと、なんだこりゃ? 食い物か?」
 言いつつ冷蔵庫をあさる。

 陽介は不安そうにしながらも、大人しく座って待っている。

 そしてふと、テーブルの上の額縁を見やる気配がした。
 それは幼い舞奈と、美佳と一樹が映っている写真だ。
 この部屋には、舞奈が思っている以上に舞奈の過去が眠っている。
 3年前からとりたてて模様替えも大掃除もしていないので当然なのだが。

「ねえ舞奈、この写真の子たちって――」
「志門! しーぃもん!! 命が惜しければ今すぐこの町から出ていけ!!」
 問いを怒声がかき消した。

 叫び声に、金属製のドアを強打する狂ったような打撃音が混ざる。

「ひいっ!? ま、舞奈! あれ!!」
「聞こえてるよ」
 仕方なく冷蔵庫から顔を出して、玄関を見やる。
 細長い覗き窓の中から、血走った男の瞳がギロリと睨んでいた。

「すまん、茶がない」
「そんなのいいから、あの人!」
「心配するな。このアパートの管理人だよ」
「管理人って!?」
「管理人ってのは、アパートの管理をする人のことだ」
「そうじゃなくって! ……ひょっとして舞奈、何かしたの!?」
「何もしてないよ。家賃のツケだって3ヶ月しか貯めてないし」
「それが原因なんじゃ……!?」
 陽介のツッコみを聞かないふりをして、何食わぬ顔でドアをあける。

「開けたら危ないんじゃ!?」
 陽介は身をこわばらせる。
 ギイと開いたドアの前には、ハンチング帽を目深にかぶったヒゲ面の小男がいた。
 このアパートの管理人だ。

「おお! いたか志門!!」
「じーさん、昼間から元気にどうした?」
「すまん! 酸性雨の予兆を見逃しとった! 遅くても今晩には降りはじめる! それまでに隣町にでも退避しろ! 間男も忘れずに連れてくんだぞ!!」
「間……!? って、俺はそんなんじゃ……!!」
「長引きそうか? お泊りの準備なんかしてないんだが」
「四の五の言わずに、どっか見つけて転がりこめ!! 今度の雨は2、3日は続く! お前みたいな奴が部屋の中で大人しくしていられる期間じゃない! カズキといいお前といい、毒で大やけどした子供の面倒を誰が見ると思ってるんだ!!」
「はいはい、なんとかするよ」
 管理人の用事はちょっとしたお知らせだったようだ。
 当時から家賃を滞納気味だった舞奈としては、取り立てじゃなくてほっとした。
 だが少しばかり面倒な知らせなのは確かだ。

 一方、荒事が苦手な陽介は、それとわかるくらいほっとして胸をなでおろす。

「で、でも、よかったよ。家賃を払えないからって追い出されたわけじゃなくて」
「当たり前だ! 家賃の未払いを半年も貯めたままトンズラされてたまるもんか!!」
 そう言い残して、騒々しい来訪者は去って行った。

「さっきは3ヶ月って……」
「あたしだって女の子だぞ? サバだって読むさ。家賃のツケを半分に言ったり、年を半分に言ったりとかさ」
「それじゃ、未就学児になっちゃうよ。……ところで、酸性雨って?」
「じーさんの話を聞いてなかったのか? 明日までに街を出ないと、ここに缶詰だ」
「いや、だから、酸性雨って何なの? まさか空から酸が降ってくるの?」
 そういう概念が理解できないのだろう、陽介は軽口をたたいた。
 無理もない。舞奈もこの現象のことを新開発区の外で聞いたことがない。なので、

「そうだよ」
 平然と答えた。

「ここら辺は年に何度か、毒の雨が降るんだ。管理人は雨が来るのを予測して教えてくれるんだ。今回はちょっとヘマしたみたいだけどな」
 陽介はそれとわかるくらい驚愕した。

 そして、ふと思いだしたように問いかけた。

「ねえ、カズキって……誰?」
 その問いに、舞奈は一瞬だけ言葉を探すように躊躇する。そして、

「昔の……知り合いだよ」
 額縁を一瞥し、そして口元に乾いた笑みを浮かべた。

 そして2人はアパートを出た。
 結局、茶の代わりに出すものは見つからなかったし、それより急いで街をでないといけなくなったからだ。

「おまたせ」
 舞奈が準備をして出て行くと、陽介はアパートの前で待っていた。
 舞奈の荷物は着替えと非常時のための諸々が詰まったトートバッグと、授業で使う教科書とノートが入った学生鞄。そして、

「スマン、もう一仕事してからで構わないか?」
「いいけど、何するの?」
「こいつさ」
 そう言ってビニール製のレジャーシートを取り出し、階段の脇の百合を見やる。

「こいつら、毒の雨にうたれっぱなしじゃ可哀想だろ? まあ、雨が降っても平気で咲いてるんだけど、今回は長引くって言うし」
「俺も手伝うよ」
 陽介も支柱になりそうな石を探してくれた。だが、

「そんなもんかけたって、降りだしたら10分もたたずに溶けちまうぞ!」
 管理人室の窓からハンチング帽の男が顔を出した。

「母屋の裏に装甲板が積んである! 複合装甲《コンポジット・アーマー》の板っぺらだ! 野ざらしだったから耐腐食性の高い部分だけが残ってるはずから、雨よけにするならそいつを使え!」
 管理人は叫ぶ。

「母屋しかないだろ、この家」
 舞奈はボソリとつっこんでから、

「さんきゅ! じーさん!」
「何でこんなところに戦車の装甲板が……」
 舞奈と陽介はアパートの裏にまわり、積んであった板材を発見した。
 装甲板というにはあまりにも軽く、まるでバルサ材のようだった。
 度重なる毒の雨で腐食に弱い部分は溶けてしまったのだろう。

 ともあれ、2人は群生地のまわりにしっかりした石で柱を作ることにした。
 陽介はすぐにバテてしまったので、主に働くのは舞奈だ。

 巨石を持ち上げるたびに、腕まくりしたブラウスから覗く筋肉がしなる。
 石を運ぶ歩みに合わせて、大腿四頭筋が重機のピストンのように規則正しく動く。

 そうやって舞奈は働き、いつの間にか花畑の周囲には堅牢な石の塔が建っていた。
 その上に、装甲板の残骸を載せて屋根にした。
 さほど重くはないけど大きな板で屋根を作る作業だけは、陽介も手伝ってくれた。

「ふぅ、やっと終わった……」
「ありがとう、兄ちゃん。こいつらもきっと喜んでるよ」
「いや、あんまり役に立てなくてごめん」
 陽介は恐縮しつつ、トートバッグからはみ出ていたタオルを手渡す。

「さんきゅ」
 舞奈はキャラクターものの大判タオルを受け取る。
 頭からかぶって気持ちよく汗を拭く。

「それにしても、こんなことが何度もあると大変だよね」
 陽介もハンカチで額の汗を拭く。

「まあな。でも、良いことだってあるんだよ」
「良いこと?」
「ああ」
 舞奈はうなずいて、空を指さす。新開発区の奥の方向だ。

「毒の雨が止んだ後にさ、向うにでっかい虹ができるんだ。ビックリするぐらい大きくて、登れそうなくらいハッキリ見えるんだよ」
 舞奈は満面の笑みを浮かべる。

「旧市街地からでもいちおう見れるけど、新開発区《ここ》から見るとほんどうにすごいんだ。雨が止んだ後に見せてあげるよ」
「うん、楽しみにしてるよ」
 陽介も笑顔で答える。そして、

「そういえば、泊まる先は決まってるの?」
「いんや。急な話だからな……」
 問いに舞奈はしばし迷う。

「明日香の家は?」
「あいつの家にアポなしで転がりこんで、あまつさえ1拍も2拍もする勇気はないよ」
「彼女の家にいったい何が……?」
「さすがにホテルにツケでは泊まれないだろうし……」
「……舞奈、ツケって『いつか返す予定の』お金のことだって知ってるよね?」
「ああ、もちろんさ。まあ、しょうがない、【機関】の支部にでも忍びこむか。設備室に儀式で使う種無しパンとワインがあるはずだし、そいつを失敬して……」
 舞奈は腕組みしながら今後の予定を立てる。
 その内訳があまりにも無謀だと思ったのだろう、陽介がおずおずと言った。

「あ、あのさ、舞奈。よければ俺の家に泊まってかない?」
 その言葉に、舞奈は思わず陽介を見やる。
 確かにそれは盲点だった。

「でも、迷惑じゃないのか? 親御さんとか」
「父さんも母さんも出張でしばらく家にいないし……ま、いちおう妹に聞いてみるよ」
 そう言って携帯をかける。

『あ、お兄ちゃん? 日曜だからって、朝っぱらからどこに行ってたの?』
 どことなく聞き覚えのある声に聞こえたが、電話ごしだとよくわからない。
「う……。それより、今日から3日ほど家に友達が泊まるんだけど、いいかな……?」
『そんな急に? そりゃ、お兄ちゃんの友達ならいいけど……』
「そんな心配しなくても、良い子だし、女の子だから」
『お兄ちゃんの彼女!?』
 陽介は思わず吹きだした。
 舞奈は横で苦笑する。

「いや、そういうわけじゃ……」
『お兄ちゃんの彼女かー。そういうことなら仕方がないよね! わたしは邪魔しないから、ゆっくり泊まらせてあげて!』
「いや、だから……」
『あ、そうだ。わたし、シロネンのチョコレートケーキが食べたいなー。買って来てくれたら、小夜子さんに彼女のことナイショにしててあげるね』
「ううっ、足元見て高いケーキを……じゃなくて、そうじゃなくて!」
『それじゃ、よろしくね!』
 そう言って、無情にも電話は切れた。

 電話ごしの妹とやらの声に、やはり聞き覚えがあるような気がした。
 だが舞奈は特に気にしないことにした。
 それが誰なのかはすぐにわかるからだ。それより、

「……いいって」
 陽介は疲れた笑みを浮かべた。

「なんかスマン、恩に着るよ」
「どういたしまして」
「お礼と言っちゃ何だけど、なんか冷たいものでもおごるよ」
 舞奈はそう言って、慰めるように笑った。
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