銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第17章 GAMING GIRL

悔恨と、

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「……気づかれてはいないみたいだ。通り過ぎてった」
「他にも魔力の反応はなし」
「よかった……」
 小洒落たカーテン越しに外の様子をうかがう舞奈。
 外からは死角になる位置のテーブルの椅子に座っ魔力感知する明日香。
 安堵するピアース。

 窓の外の人気のない路地を、くわえ煙草の脂虫がゾンビのように歩いていく。

 スーパーの駐車場から辛くも逃げ延びた舞奈、明日香、ピアース。
 3人は無人の喫茶店に潜伏していた。

 入り口が開いていたのを見つけたからだ。
 幸いにも店内に脂虫はおらず、カーテンを利用すれば外から見えなくできる。
 加えて奴らが追ってこないことが確認できた今、少し落ち着く必要があると思った。
 それに腹も減った。
 今日は朝方に襲撃で目を覚まし、下水道で襲撃、出た先で襲撃、そしてスーパーの駐車場で襲撃されて今に至る。最後に何か食べたのは昨日の晩だ。

 食べるものは厨房を漁ったら容易に確保できた。
 なにせ喫茶店なのだ。
 お徳用の袋入りピーナッツはなかったが、茶請けに出す小袋があった。
 クッキー缶はなかったが、業務用冷蔵庫に食べられるパンケーキがあった。
 さきいかの袋ははなかった。

 舞奈は雑に開けた小袋の中身を口に流しこむ。
 袋を無造作に捨てつつ、柿ピーだか何だかわからない固いものをボリボリ噛み砕く。
 窓のへりに置かれたペットボトルで流しこむ。

「窓に物置くのやめなさいよ。見つかるでしょ?」
「奴らにそんな観察力はないよ」
 文句を言ってくる明日香に軽口を返す。

 舞奈は油断の仕組みを知っている。
 そうでなければ異能力も魔法もなしに、怪異や術者を相手取ることはできない。

 敵がどういう状態なら殺しやすいかは一樹が教えてくれた。
 自分がどういう状態だと死にやすいかも、嫌というほど思い知った。
 生きのびる手段は美佳から教わった。
 人は目に映るものすべてに等しく注意を払うことはできない。
 他のものに注意をそらされたり、思考が他の事柄に占領されていたり、負荷がかかっていたり、単に気づかないという理由で簡単に重要なものを見落とす。
 脳を含む身体構造が人に似た脂虫――喫煙者ども同じだ。

 窓の外を通り過ぎていった脂虫は、ヤニで意識レベルが最低限まで落ちている。
 だから立ち並ぶ家屋の窓のひとつがごそごそ動いているのに気づかない。

 かくいう舞奈自身も、食い物の味が気にならないのは危険な兆候だと理解している。
 それでも腹がくちくなれば気分は落ち着く。
 軽薄な笑みを浮かべ、軽口のひとつも吐けば気がまぎれる。

 今朝方、下水道から脱出する際にスプラ、トルソ、切丸を失った。
 つい先ほどはバーンが逝った。
 つまり車を奪取するという計画は実行不可能になった。
 運転できる面子がもういないからだ。

 つまり舞奈たちは、支部にたどり着く他の計画を考えなければならない。
 仲間の大半を失った舞奈たちだが、魔道具アーティファクトを修復できる明日香は健在だ。
 彼女が支部の転送用魔道具アーティファクトを修復し、【組合C∴S∴C∴】の術者に後を引き継ぐことができれば舞奈たちの任務は犠牲を払いながらも成功したことになる。

「ピアースさん、その腕……」
「ああ、ちょっとね」
「包帯を巻くので、上だけ脱いでください」
「ちょ……っ!?」
 明日香は無造作にピアースの服に手をかける。
 ピアースは一瞬、動揺し、それでも素直にシャツを脱ぐ。
 明日香は包帯を取り出して待ち構える。

 それなりに付き合いの長い彼女のことも舞奈は知っている。
 手を動かし、きちんとした作業を行うことで気を落ち着かせたいのだろう。
 明日香は割り切ることで、知性で感情を上書きすることで失う痛みに耐えてきた。
 だから、

「けどスプラさんやバーンさんに比べれば、こんなの……」
「別にあんたが痛いのを我慢したからって、あいつらが戻ってくることはないよ」
 言って口元に乾いた笑みを浮かべつつ、窓の外をじっと見やる。

 どんなに通りを睨んでも、敵に追われて赤いジャケットが駆けてきたりはしない。
 チャラ男が逃げてくることもない。
 もし、そんなことになっていたなら、一も二もなく脂虫どもをぶちのめすのに。
 今度こそ……守り通してみせるのに。
 けれど舞奈がどんなに願っても、彼らが戻ってくることはない。

 それでも舞奈は味のしないペットボトルをあおりながら、窓の外を睨み続ける。
 脂虫や屍虫への警戒を大義名分にして。

「痛っ」
「良かったですね生きてる証拠ですよ」
「そんなベタな……っ!」
 背後で聞こえる漫画みたいなやりとりに苦笑する。

 どうやら食料を調達するついでに救急箱を見つけていたらしい。
 明日香はピアースの腕の傷口を消毒し、慣れた手つきで包帯を巻く。
 スプラのときみたいに服の上から巻くんじゃないのは状況に余裕があるからか。
 あるいはスプラのときと違ってきちんと処置すれば、スプラのときと違ってその後に不幸に見舞われたりしないと願掛けのつもりなのかもしれない。
 魔術師ウィザードが験担ぎをと笑う気はしない。
 自身に手出しのできない事柄に対し、藁にもすがりたいと思うのは自然なことだ。

 舞奈は先ほどから通りを見ているが、ふらふらと脂虫が通るだけだ。
 もちろん舞奈なら相手が気づく前に跳び出してナイフででも片づけられる。
 だが今は手を出さない。

 奴らが脂虫を操る何者かの目として他の人間を警戒している可能性がある。
 そう考えればホームセンターでの襲撃の説明がつく。

 そんなことを考えながら、何かを振り切るように残弾を確認する。

 短機関銃マイクロガリル弾倉マガジンが残り僅かだ。
 予想外の戦闘が続いたとはいえ、調子に乗って撃ちすぎたらしい。
 あと1回、派手に戦闘すれば弾切れだ。

 代わりに余裕があるのは改造拳銃ジェリコ941改小口径弾9ミリパラベラム
 トルソから預かったCz75の弾倉が、まだポウチの半分ほど残っている。

 どちらにせよ今しなければならないのは思い悩むことではない。
 今後の予定を立てることだ。
 彼らの意思を――自分たちの任務を果たすために、舞奈たちは禍川支部の拠点にたどり着かなければならない。
 そして支部に【組合C∴S∴C∴】の術者を招き入れる。
 彼らに怪異どもの駆逐と結界の破壊、街の解放を託す。
 その後、舞奈は――

「――拠点へは、わたしの半装軌装甲車デマーグを使おうと思うのですが」
「ま、そりゃそうだろうな」
 涙目で服を着たピアースに向けた明日香の言葉に、舞奈は横から同意する。

 前提として、小学生2人もピアースも車の免許を持っていない。
 そもそも車を奪取しようとして失敗したばかりだ。

 さりとて歩いて支部まで移動するのは無理だ。

 なので明日香の魔術【機兵召喚フォアーラードゥング・ゾルダート】で召喚される移動用の式神の出番だ。
 半装軌装甲車デマーグは旧ドイツで多用された軍用車だ。
 ダサ車や鉄パイプを持った珍走団が襲ってきても、軽自動車よりは安全だ。
 そんな説明をピアースにして、

「そんなことができるなら、最初からそれで行けばよかったんじゃ……?」
「召喚していられる時間が短いんですよ。特にWウィルスの影響下では」
 苦々しい表情で明日香が補足する。

「なので式神が消える度に再召喚して乗り継ぐ予定です」
 言いつつ明日香はテーブルに真新しい地図を広げる。
 ホームセンターでくすねていたのだろう。
 気を利かせたピアースが、食い終わったパンケーキの皿を隅に積む。

 その間に、明日香は禍川支部の拠点のある場所にマーカーで印をつける。
 今いる場所にもつける。
 流石は明日香。情報把握はバッチリだ。

 だが、その様子を見やって舞奈は口元を歪める。
 最初の会議に使った地図はリーダーだったトルソが持っていた。

「距離的にここと、ここと、こんな感じで乗り換えようと思うんですが、地の利に明るいピアースさんから見て安全性的にはどうでしょうか?」
「ほとんど直線じゃないか」
 数カ所に続けて印をつける明日香を見ながら苦笑する。
 向かいで見ていたピアースも何となく事情を察して力なく笑う。

 かなりピーキーな計画だ。
 目的地に向かってほぼ直進、ギリギリまで距離を稼ぐ必要があるらしい。
 戦闘中も足を止めずにずっとだ。
 さもなければ移動の途中で式神が消え、一行は足もないまま放り出される。
 つまり仮にピアースがコースの問題を指摘しても、修正する余地はない。
 この計画に明日香が消極的だった理由だ。
 だが、今となっては他に方法はない。

「なんとか頑張って、あと1回どうにかできないのか?」
「持ち運べるルーンの数に限りがあるのよ。それでも大天使より効果時間は長いし、そもそもメジェドと違って出先で召喚できるだけマシでしょ?」
「わかってるよ」
 文句を言う舞奈を明日香が睨む。
 対して舞奈も口をとがらせてみせる。

 式神は戦闘魔術カンプフ・マギーの【物品と機械装置の操作と魔力付与】技術により召喚される。
 陰陽術や国家神道の【式神の召喚】によっても可能だ。
 これらは召喚に符を要する反面、符により性能を割り増すことができる。
 その為にケルト魔術や高等魔術の【エレメントの創造と召喚】によるエレメント、大天使と比べて効果時間や耐久力といった被召喚物そのものの性能は高い。
 逆に個々の性能を妥協すれば複数体の召喚も容易だ。
 対してウアブ魔術の【魔神の創造】により召喚される低位の魔神でもあるメジェド神は、相応の長期間この世界に存在できる代わりに召喚も数日がかりだ。

 それらの要素を差し引いても、回数制限が式神のデメリットであることは確かだ。
 少なくともエレメントや大天使は通常の術の延長として、術者の気力とそこからくる魔力のみで召喚可能。より低位の召喚物である天使やデーモンも同じだ。
 一番その事実が気にいらないのは明日香自身だ。
 あるいはホームセンター脱出の際に式神を使わなければ、残りの召喚回数に余裕ができたと思っているのかもしれない。
 そんな雰囲気を感じたのだろう……

「……俺さ、この任務のことナメてた」
「準備不足だったのは全員が同じですよ」
 悔恨のようなピアースの言葉に、明日香は静かに答える。
 明日香が他者の影響で冷静さを取り戻すのは珍しい。
 だがピアースは、そんな快挙に気づかぬように言葉を続ける。

「そうじゃないんだ。俺さ、任務のこと、この仕事のこと、ゲームと同じみたいに考えてた。甘く見てた」
 言って青年は首から下げたメダルを握りしめる。
 彼がゲームの友人と一緒に手に入れたと言っていた代物だ。
 ゲームのイベントで手に入れるとリアルで同じものが送られて来るのだったか。
 それをバーンは凄いものだと言っていた。

 彼の赤いジャケットは嫌いじゃなかった。
 勝気で、少し無鉄砲なところも。
 一樹を――ずっと昔に姿を消した、頼れる姉のような仲間を思い出すから。
 あるいは同じ【火霊武器ファイヤーサムライ】だった心優しい日比野陽介を。だから、

「みんなで協力して、頑張ればうまくやれると思ってた。死なないって――」
「――あんたは生きてるだろう」
 気弱な彼の言葉を遮り、舞奈は口元に笑みを浮かべてみせる。
 ふと彼のように笑ってみたくなったのだ。

 そういえば舞奈が誰かをはげますのも珍しい気がする。
 舞奈と明日香の身の回りで、人が死ぬなんてよくあることだ。
 なのに明日香も舞奈も、今は柄にもないことばかりしている気がする。
 目前にいる頼りない年上の青年に影響されて。

「案外あんた、本当に何かあるのかもしれないぞ」
 最初に皆と会ったときに、バーンが言っていた通りに。
 本当にそうだったら少しは気分がいいと思う。
 逝った仲間が残したものを、受け取れたのだと思うことができるから。
 そんな舞奈の表情を見やってピアースも笑い、

「その、支部へのルートのことだけどさ……」
 おずおずと地図を指差す。

「最後の移動の目的地、ここらへんにならないかな?」
「まあ拠点に直接乗りつけるより近くから様子を見た方が安全ではありますが……」
 ピアースの提案に明日香が首を傾げ、

「そうじゃなくて、この近くに俺ん家があるんだ」
 彼は照れ臭そうに言った。

「突入する前に皆で休んで行こうかなって……。その、ここからなら支部のビルまで自転車で行けるし、たしか物置に弟のと、俺が子供の頃に使ってた奴もあるし」
「いいんじゃないのか? 着くころには夕方になってるはずだ」
「そうですね。では、お邪魔します」
 そんな風に話をまとめる。

 まあ彼にしては珍しく的確な提案だと思った。
 ピーキーな強行軍で疲れた身体に鞭打ちながら、夜闇の中、怪異どもに包囲された禍川支部に突入するのは無謀だと思う。
 怪異は夜が近くなると動きが活発になる。昼なお暗い結界の中でも同じだ。

 まあ少しでも早く着いたほうが禍川支部の負担が少ないという考え方もある。
 だが支部を守護する【禍川総会】は元チーマーの勇士と聞く。
 地域一帯が怪異の結界に閉じこめられた数日前から今日の夕方まで持ちこたえていた彼らが、明日の朝にはそうでなくなると線引きする材料はない。

 そんなことを考える舞奈の視界の端で、ピアースは相変わらず照れたように笑う。
 女子を家に招くのが初めてなのかもしれない。
 対する明日香も満更でもない表情だ。
 だから舞奈も、そんな2人を見やって口元に笑みを浮かべながら、

「……じゃ、そろそろ出るか」
 言いつつ窓の外に脂虫がいないことを確認する。

 今後の計画は決まった(もとから選択肢もなかったが)。
 夕方前にピアース宅に着けばいいとはいえ、急ぐに越したことはない。
 いい感じに腹も膨れたし、仕事に戻る頃合いだと思った。

「施術は店の中でもできるのか?」
「ええ。影の中に召喚して必要なときに呼び出せるわ。いつも見てるでしょ?」
半装軌装甲車デマーグでそれやるのは見たことないぞ」
 軽口を叩き合いつつ、ピアースと一緒にテーブルをどけて施術のスペースを作る。

「手伝うわよ?」
「術の準備しててくれ。ガキの頃みたいに床や壁に叩きつけられると音で見つかる」
「しないわよ。なんでここで【力波クラフト・ヴェレ】を使うと思うのよ」
「ガキの頃って……」
 今も子供なんじゃあ。
 苦笑するピアースの力も借りて、店の一角に開けたスペースができる。

 明日香が戦闘カンプフクロークの内側から紙片を取り出し、開いた場所の中心に広げる。
 紙片には召喚対象の半装軌装甲車デマーグや訳のわからない部品やシンボルや仏の姿が曼荼羅のように並んで描かれている。
 その周囲にルーンが彫られたドッグタグを等間隔で並べる。
 そして他の施術と同じように真言を唱え、魔術語ガルドルで締める。
 途端、タグと紙片がひとりでに燃えあがる。
 それで終わりだ。
 卓越した動体視力を誇る舞奈の目には、曼荼羅の中心に一瞬だけ陽炎のように何かがあらわれ、術者の陰に跳びこむ様子が見えた。

「……これだけ?」
「ああ。表の少し開けた場所で、影の中から車を取り出す。見て驚くなよ?」
「なに自分の手札みたいに大きな顔してるのよ」
「ははは、期待してるよ」
 そんな会話をしつつ、玄関の透明なドア越しに外に脂虫がいないか目を配らせ……

『…………!』
「!?」
 胸元の通信機からノイズ交じりの音声。

『……こえる? 舞奈! 明日香! ピアース! いるんだろ?』
「その声、切丸か?」
「えっ切丸君!?」
 声に背後でピアースが思わず叫ぶ。
 驚きと笑みがないまぜになった表情の彼を手で制する。

「無事でよかった。トルソは無事か?」
『……彼なら……近くに居るよ』
「そうか」
 ノイズ交じりだが紛れもなく聞き慣れた少年の声に、舞奈も何食わぬ声色で返す。

 巨大屍虫の爆発でマンホールを埋められ、下水道に取り残された切丸とトルソ。
 彼らもどうにか生き延びていたらしい。

『……今、何処にいるの?』
「何かの店か家の中だが……詳しくはわからん。そっちは何処にいるんだ?」
『……君たちがいたスーパーマーケットの近くに、貸倉庫があるだろう?』
「あるわ。たぶんここ」
 切丸の言葉の直後に明日香が地図を取り出し、指差す。
 ピアースが少し不思議そうな顔をする。この店の場所も明日香は把握しているのだから、教えればいいのにと思っているのだろう。

『……そこで落ち合おう』
「了解だ。1時間もかからないから、大人しく待ってろ」
『……ああ、待ってるよ』
 そう言い残して通信は切れた。

「よかった! 切丸君とトルソさん! 生きてたんだ! あっ俺の部屋に5人も寝れるかな? いや父さんと母さんに訳を話して応接間で――」
「――いや、だから声がデカイ」
 はしゃぐピアースに苦笑する。
 彼の満面の笑顔に思わず口元をゆるめて……目を逸らす。

「いちおう聞いとくが、どうする?」
「え? どうするって、その貸倉庫に行くんだよね?」
「こいつが罠でもか?」
「…………えっ?」
 舞奈の言葉にピアースは驚く。
 ハトが豆鉄砲を喰らったような目まん丸のビックリ顔だ。
 対して明日香は冷静にうなずく。
 彼女も今の会話の言いようのない不自然さに気づいていた。

「で、でも、どうして?」
「あたしたちがスーパーに居たって、なんであいつが知ってる?」
「それはほら、ホームセンターから逃げる前に、スーパーで車を盗……調達するって話してたから……」
「ああ確かにそうだな。なら奴が丁度よくスーパーに近い貸倉庫なんかに居る訳は?」
「トルソさんが一緒なんじゃないかな? 何か考えがあるんだと思う」
 そのトルソの声は聞いてないがな。
 舞奈は口元を歪める。

 ピアースは筋金入りの善人だ。
 何度か引き合いに出した奈良坂と同じだ。
 以前にテックが言っていたゲームの用語を借りるなら、他人を疑ったり傷つけたりするスキルを全切りして、側の誰かと手をつなぐスキルに特化している。
 だから戦闘ではてんで役に立たない彼と、それでも話すのは楽しい。
 そんな彼を、異能力を持っているという理由で戦闘に駆り出すのは間違いだと思う。
 最近の奈良坂がそうであるように、彼も【機関】の任務は形だけの要人警護くらいに留め、ゲームしたり、うどんでも打ってればいいのだ。その方が皆が幸せになれる。

 だから彼は気づこうともしない。
 あるいは意識的に目をそらしている。
 切丸と一緒にいるはずのトルソが何も言わないのは不自然だ。
 トルソの性格上、通信や落ち合う算段は自分でやるはずだ。

 それにスーパーマーケットの近くのマンホールは埋まった。
 別の場所から出られたのなら、さらに進んだ先のマンホールからだろう。
 その上で舞奈たちと合流しようとするなら、より目的地に近いはずの出た先の近くで待ち合わせようとするのが道理だ。なにより――

「――なら、なんで、あたしたちが3人だって知ってる!? なんでバーンやスプラの名前を呼ばなかった!?」
「それは……」
 激情をこらえたせいで獣の唸り声のような声で問いかける。
 ピアースに非が無いことなんて百も承知だが、こればかりは我慢がならない。

 下水道に取り残された彼らが、バーンの最後を知る手段はないはずだ。
 スプラだって、あの状況で地下からどうなったか確認する手段はない。
 他の生存者が確認できたのなら、彼らの安否も一緒に確認してもいいはずだ。
 舞奈! 明日香! ピアース! バーン! スプラ! いるんだろ? と。

 むしろ舞奈の方が、彼の応答がまともだったら問いたかったくらいなのに。
 バーンとスプラは本当はそっちにいるんだろう? と。
 幸運にも何かが遮蔽になって死に損なった彼らと合流したんだろう? と。
 だから――

「――まあ、あたしは行くがな」
「えっ?」
 続く舞奈の言葉にピアースは虚を突かれた様子だ。

 これが本当に罠だとしても、舞奈の行き先は変わらない。
 切丸が、トルソが、どういう状況で舞奈たちを罠に誘いこもうとしているのかを確かめずにはいられない。
 何者かが彼らにそれを強制しているのなら、そいつをぶちのめすのも良いだろう。
 AランクやBランクが従わざるを得ない敵も、Sランクの舞奈なら瞬殺できる。

 あるいは舞奈の思惑は完全に的外れで、切丸とトルソは本当に首尾よく地上に這い出し、迷うか何かして貸倉庫で舞奈たちを待っているのかもしれない。
 トルソは怪我でもしていて、単に切丸はバーンやスプラと話し辛いのかもしれない。
 2人の仲間を失った一行だが、残る5人は揃ったまま任務を果たせるかもしれない。
 そんな可能性に、チップの1枚くらいは賭けてもいいと思う。だから、

「お、俺も行くよ!」
「なら明日香の言うことを聞いて、大人しくしてるんだぞ」
「ああ、わかってる!」
 追いすがるピアースと、続く明日香を連れて歩き出す。

 罠ならピアースを危険に晒すことなるが、そちらは心配していない。
 彼は性格が良いだけじゃなく素直だ。
 こちらの指示通りに動いてくれるのだから、要は守りやすい護衛対象だ。
 それに今の彼なら【重力武器ダークサムライ】で自分の身を守ることもできる。

 だから舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。
 無人のカウンターに、なけなしの小銭を1枚だけ乗せる。
 そして「残りはツケで」と言い残し、連れ立って店を出た。
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