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第21章 狂える土
何時か彼らもあいつみたいに
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夜半を過ぎた埼玉の一角。
街灯の代わりに剣呑な炎に照らされた市街地の上空。
映画のような満天の星空を背景に――
「――サイ・ブラスト!」
「イーヴル・ブラスト!」
流星の如く【浮遊能力】を駆使した2人のマッチョが激突する。
ひとりは極彩色のタイツに身を包んだヒーロー。
もうひとりはヒーローより縦にも横にも一回り大きい紫色のヴィラン。
ヒーローの拳には【念力撃】による不可視の超能力が輝く。
対するヴィランの両手には【炎熱撃】【氷結撃】。
相反する力と力のぶつかり合いだ。
光の色に輝くエネルギーと、爆炎と冷気を合体させたエレメントの暴虐が、地上からでも聞こえる凄まじい轟音を放ちながら夜空を照らす。
まるで超新星の誕生だ。
やがて目もくらむ光の爆発から、ヒーローとヴィランが飛び出す。
強力な超能力で防護されたマッチョな身体には怪我ひとつない。
だが互いに必殺の一撃をぶつけ合ったどちらも満身創痍。
「――こんな辺境の小国をチーム総出で守ろうとするなんて、ヒーローってのは案外ヒマなのか?」
クイーン・ネメシスは目前のヒーローを睨みつける。
筋肉ではち切れそうな四肢を覆う紫色の全身タイツもマスクもボロボロ。
だがマスクから覗く眼光の鋭さに一切の衰えはない。
並の人間なら一瞥しただけで失神しそうなプレッシャー。
だが、それをミスター・イアソンは真正面から受け止めながら、
「負け惜しみか? クイーン・ネメシス!」
「そう思いたければ思うがいいさ」
「我々ディフェンダーズはおまえたちヴィランの悪行を阻むためなら地の果てまでも駆けつける!」
一歩も引かずに宣言する。
実直なヒーローの眼差しにも、目前のヴィラン以上の不屈の闘志が宿っている。
故にクイーン・ネメシスは口元に不敵な笑みを浮かべ……
「……いいだろう。今日のところは勝ちを譲ってやる」
苦々しげに、だが高らかに宣言する。
そして次の瞬間――
「――次の勝負は本国でだ!」
前触れもなく光と化して消えた。
「むっ!? 逃げたな! クイーン・ネメシス!」
残されたミスター・イアソンは身構えながら周囲を警戒する。
だが紫色のヴィランが再びあらわれる気配はない。
この地の支配を宣言した恐ろしいヴィランは【転移能力】で撤退したのだ。
そんな両者のやりとりは、何故か地上のあらゆる人々の耳に届いた。
何者かによって行使されたケルト魔術【魔術の幻聴】によって地上に遍く放送されていたのだ。
そんな状況の不自然さに街の誰もが疑問を抱かない。
疑う余裕もない。
唐突なヴィランの襲撃、ヒーローたちとの戦闘に度肝を抜かれていたからだ。
だが今、ヒーローがヴィランのリーダーを打ち破ったと皆が知った、
故に他の場所で暴れていたヴィランたちも撤退していく。
まるで示し合わせてでもいたように。
シャドウ・ザ・シャークのサメ魔術を辛くも避けた死神デスリーパーとファントムは、そのまま一瞬の隙をついて影と化して。
ドクター・プリヤと相対していたクラフターは配下のゾンビを爆発させて。
スマッシュポーキーとタイタニアを超スピードで翻弄していたファイヤーボールはイエティが吐いた吹雪にまぎれて。
「――何処だ!? ファイヤーボール! あたしがスマッシュしてやる!」
周囲の霜が晴れた途端にスマッシュポーキーが周囲を探る。
だが先ほどまで目前を駆け回っていた火球は何処にもいない。
氷の巨人の姿もない。
「逃げられたようだな」
「あいつら! 毎回毎回、逃げ足の速い奴らだ!」
屈強な戦士の言葉に地団太を踏む。
そんな様子を見やって、だが市民はひとまず安堵する。
……そのようにしてヒーローとヴィランの戦いは幕を閉じた。
始まった時と同じくらい唐突で、呆気なかった。
逃げ惑い、両者の戦闘を見守っていた市民たちは胸を撫で下ろした。
街中で暴れまくったヴィランによる被害が実は驚くほど少なかった――違法移民は軒並みゾンビにされて叩きのめされたのに、人間の市民は誰も怪我ひとつしていなかった事実に首をかしげるのは少しばかり後の事になる。
斯様に真夜中のパーティーが首尾よく終わった一方で――
「――やれやれ。帰りの呆気なさにはビックリだ」
「当然よ。邪魔していた元凶を今しがた始末……いなくなったんだから」
「そういう事。……代金はチケットでお願いします」
「へい! 毎度あり!」
「……おっドルチェさんたちも着いたみたいだな」
舞奈たちは2台のタクシーを使って埼玉支部に戻ってきていた。
気の良い運転手のおっちゃんはタクシーチケットを受け取って走り去る。
行く時と違って舞奈でなくても拍子抜けするほどの呆気なさだった。
ちゃんとした人間の運転手は妙な企みをする事もなく舞奈たちを最短距離で目的の場所まで運んでくれたのだ。
むしろ小学生がこんな時間に出歩いている事を訝しがられた。
まあ、それが普通なのだが。
そのようにして目立った怪我こそしていないものの体液まみれススまみれになりながら、それでも何食わぬ顔でエントランスに入ってきた一行だが……
「……ずいぶんさっぱりしてないか?」
「何か大きな動きでもあったでやんすかね?」
「あっ皆さん。お帰りなさい。首尾はどうでしたか?」
「上々だったけど……誰か話したの?」
中の様子に訝しむ。
受付嬢が何食わぬ表情で挨拶してきて冴子も訝しむ。
舞奈たちが出かけた数刻前は、禍我愚痴支部から退避した執行人や一般職員がひしめき合って野戦病院みたいな有様だったエントランス。
だが日付も変わった今はずいぶん人が減っている。
怪我人は病院に運びこまれたとして、残りは帰ったのだろうか?
あと一行は独断で県庁舎を襲撃したと思っていたが。
そのように皆で首をかしげた途端――
「――やあ舞奈ちゃん、皆さんもお帰りなさい」
「舞奈さんたちも戻られたようですね」
「紅葉さんに楓さんか」
桂木姉妹がやってきた。
彼女らは禍我愚痴支部の危機を聞きつけて応援に駆けつけてくれた。
生命の操作を得手とするウアブ魔術師の彼女らが来てくれたのに、舞奈はザンを救う事はできなかった。
それが悔しくないと言えば嘘になる。
だが治療と回復が必要な執行人たちは他にもたくさんいた。
「ところで皆様方、こんな夜更けにどちらへ?」
「いや、ちょっと夜の散歩をな……」
問われて思わず誤魔化して……
「……けど県庁舎で面白いものを見つけたぜ。殴野元酷の死体だ」
「あっちょっと」
「いいだろう? 今さら減るものじゃなし」
ニヤリと笑ってほのめかしてみる。
生真面目な明日香が難色を示すが礼儀正しく無視。
まあ舞奈たちは誰かの指示を受けたり許可を得て殴野元酷を討った訳じゃない。
だが何と言うか……相手は普段から脂虫を殺す事しか考えていない楓だ。
口を滑らせても問題ないだろうと思った。
事を成してタクシーでくつろぎながら帰投して、いろいろな事にカタがついた気分になっていたからという理由も少しある。疲れてもいたし。
だが何より今は、奴の無様な死に様を誰かに話したかった。
奴の背中には、勇敢で善良だったザンの短刀が刺さっている。
その事実を、脂虫が死ねば他の事はどうでもいい楓と一緒に笑って祝えたら楽しいだろうと少し思った。
そんな舞奈の内心に別に気づいた訳でもないのだろうが、
「それは素晴らしい。明日のニュースが楽しみですね」
楓もすぐさま気づいたらしく、おしゃれ眼鏡の下でニコニコ微笑んでみせる。
隣の紅葉もほがらかに同意する。
それでも普段の楓なら、舞奈たちだけ脂虫を殺しまくったという部分を羨むところだろうにと訝しみ……
「……ところで、『も』って何だ?」
「ふふっ、実はこちらも……」
ふと気づいて尋ねてみたら、楓もニヤリと笑って語り始めた。
話によると、どうやら他支部からの増援を加えた有志による禍我愚痴支部奪還作戦が行われたらしい。
受付嬢も舞奈たちがそっちから帰ってきたと思ったのだろう。
県庁舎へ向かう道すがら、ちらりと見かけた支部ビルの外に警官がいたので、てっきり狂える土どもは早々に引き上げたのだと思っていた。
だが一部が建物内に立てこもって警察の検分を邪魔していたらしい。
そこをニュットがコネと口先三寸で本件に関する一切の権利を移譲させ、攻撃部隊を組織して奪還作戦に踏み切ったのだそうな。
奴らの襲撃に続いてヴィランが街中で暴れ始めた都合もあるのだろう。
舞奈はキャロルを通じてヴィランのパーティーを計画し、そのどさくさに県庁舎に殴りこんだ。
同じパーティーをニュットも利用したらしい。
そういった目端の利きようと要領の良さは糸目の明確な長所だ。
血の気の多い須黒の術者を切りこみ隊長にした電撃戦は何の障害もなく成功。
禍我愚痴支部ビルも警察にまかせるより早く職員の元に戻ってきた。
楓もヴィランや舞奈たちに負けない戦果を挙げて満足そうだ。
真夜中のパーティーにまぎれて事を成したのは舞奈たちだけじゃなかった。
そう考えて苦笑した途端――
「――でも残ってたのは雑魚ばっかりだったわよ」
「おおデスメーカー殿。サチ殿も」
「お久しぶりです、皆さん」
小夜子とサチがやってきた。
今の話を聞いていたらしい。
というか、わざわざ須黒から来てくれたらしい。
小夜子もサチも、以前に何度か協力者チームと会っている。
なので一行の人数が減っているのにも気づいた様子だ。
あるいはニュットか楓たちから事情を聞いたのかもしれない。
だが意図してザンがいない事実に触れないように、
「それでも回術士が2匹いたわ。小夜子ちゃんと皆で問題なく倒したけど」
「ええ。まあ執行部の人たちに被害が出なくてよかったわ」
景気のいい話を語ってみせる。
サチも倣う。
そういう配慮を無意識にできるようになるくらい、舞奈たち、小夜子たちの仕事は意図せぬ別れの連続だ。
だから舞奈たちも務めて何食わぬ表情のまま、
「そりゃまあ、この面子が集まってればなあ」
「大事なくて何よりでゴザった」
「……にしてもあの野郎、自分を守るために戦力を集中してやがったな」
小夜子たちからの情報から殴野元酷の器の小ささを再確認して苦笑してみせる。
「という事は、そちらには相当量が?」
「ええ。回術士が4匹、道士1匹を含む4匹の……Koboldの選抜騎士と言ってわかりますか?」
「要はイレブンナイツですね。それはそれでお楽しみの様子で」
次なる問いに明日香がしたり顔で答え、
「Koboldの騎士が県庁にかい?」
「ええ。共通の支持母体があるのでしょう」
「そっちはあまり楽しい話じゃないね」
「それは仕方ないですよ。とりあえず目についた分は殲滅したはずなので、今回はそれで良しとするしか」
「まあね」
続く紅葉の言葉に見解を示す。
紅葉はやれやれと苦笑する。
舞奈たちは一連の事件の元凶を始末した。
だが凶行に関わった怪異を1匹残らず根こそぎにできた訳じゃない。
前回のKoboldの件だってそうだ。
そんな事はそもそも不可能だからだ。
故に排除を免れた怪異どもは、他の場所で他の勢力の先兵となって人に仇成す。
そんな事実をも再確認して思わず肩をすくめた途端――
「――あんたたち、戻ってきたのか」
背後から声。
振り返ると執行部の少年たちがいた。
ひと仕事を終えた後なのは明白だ。
楓や小夜子たちと一緒に禍我愚痴支部奪還作戦に参加していたのだろう。
今度は怪我こそしていないが、学ランは飛沫で汚れ、皆が疲れ果てている。
そして……少しばかり気が立っているようだ。
「あんたたち……何処に行ってたんだ?」
少年たちのひとりが険のこもった視線を向ける。
そんな様子を皮切りに、
「あんたたちがいたのに、何で!?」
「どうして隊長たちを守ってくれなかったんだよ!」
「ザンの奴だって! 元々はあんたたちの仲間だったんだろう!?」
「それは……」
執行部の生き残りたちは一行に詰め寄る。
対してフランが思わず口ごもる。
楓たち、小夜子たちは咎めるように少年たちを一瞥する。
だが舞奈は4人を制止する。
今の舞奈には、彼らの気持ちが理解できる。
奪還した禍我愚痴支部で、彼らはリーダーと仲間の慣れ果てを見たのだろう。
あの戦闘で、執行部の過半数がトーマスと『ママ』の犠牲になった。
表玄関と裏の通用口の2チームに別れ、片方が全滅したからだ。
その結果を、舞奈は駆けつけて脱出する僅かな間に見ただけだった。
だが冴子の言によると、【熱の拳】による不意打ちで焼き払われたらしい。
下水道の壁を焼き切るほどのレーザー光線だ。
それによる被害が如何ほどに酷い有様なのかは、辛うじて瀕死のザンを連れ出して最後を看取った舞奈には理解できる。
しかも犠牲者は舞奈たちには及びもつかない期間を共にした友人たちの過半数。
そして彼らをまとめ、彼らの目標でもあっただろうリーダーだ。
舞奈の感情は一連の事件の首謀者を始末してようやく収まりがついた。
彼らはどうだろう?
加えてトーマスが内通者だった事実も聞いているはずだ。
奴だって昨日までは彼らを束ねる上司だった。
多すぎる、大きすぎるものを失って、彼らは動揺している。
対して舞奈たちが何をしていたかなんて、当然ながら知る由もない。
だから知っている範囲の情報から憶測するしかない。
断片的な情報から導き出された結論を元に誰かを責めずにはいられない。
舞奈が最初に出会ったザンと同じ状況だ。
あの懐かしいパーティー会場で、彼は友人だった切丸が帰らぬ人となった原因を生き残った舞奈たちに求めた。
それに、そもそも最初から彼らは協力者チームを良く思っていなかった。
彼らが異能力者で、舞奈たちがそうじゃないからだ。
協力者チームの大半は術者、エースは異能力を持たない子供だ。
裏の世界の戦いでの主力は自分たちだと思っていた矢先に、他所から招かれた得体の知れない奴らが大きい顔をしていたら面白くはないだろう。
そんな彼らと協力者チームの橋渡しになっていたのがザンだった。
彼が執行部の少年たちと同じ異能力者で、その上で数々の作戦の中で舞奈や仲間たちの実力を理解していたからだ。
だが彼はもういない。
今まで彼がしていた仕事は、これからは他の誰かがしなくちゃいけない。
つまり舞奈が何とかするしかない。
あの時と同じように。
だから――
「――あいつらが死んだ落ち度があたしたちにあるとして、だったらあんた達はどうするつもりなんだ?」
少年たちのうち先頭にいたひとりに不敵な笑みを向ける。
挑発するように。
たしか隊が2つにわかれる際のサブリーダーをしていたのだったか。
故にリーダーを失った少年たちの中で、他より少しだけ一目置かれている。
リーダーと馬が合ったのかもしれない。
率先して前に出たがる気質なのかもしれない。
目端が利いたり、単に腕が立つのかもしれない。
この手の輩のトップが決まる理由なんて、そんなものだ。
だから彼自身が望むか望まざるかに関わらず、彼が次のリーダーになる。
故に彼を力で従えさせれば他の少年たちを黙らせる事ができる。
かつて四国の一角で、切丸とスプラとの諍いを舞奈は彼と勝負して実力を思い知らせる事で収めた。
ザンとの最初の出会いだってそうだった。
ただ最強なだけの舞奈は、他に他者に感銘を与える手段を知らないからだ。
実力の差を見せつける以外には。
何となしに怪異どもと同じ事をしているみたいで癪ではある。
だが従えた後に筋を通すのだから人間様は奴らとは違う。
「えっ舞奈さん……?」
「やんす……」
そんな舞奈にフランは、やんすは、他の一行は驚く。
庁舎でゲップが出るほど戦いまくって殺しまくってきたばかりなのに。
舞奈を人となりを知っている楓たち4人は無言。
明日香はやれやれと肩をすくめる。
そんな様子を横目で見やりながら身構えた矢先――
「――ザンを……それに隊長さんや皆を守れなかったのは、わたしの力量が足りなかったからよ。それは事実だと認めるし、償いは必ずするわ」
かけられた声に思わず見やる。
沈痛な面持ちで口を開いたのは冴子だった。
側のフランが驚いたような、気遣うような視線を冴子に向ける。
執行部の過半数が失われたあの戦闘で、唯一生き残ったのは彼女だ。
不意打ちを免れたザンと2人で裏切り者だったトーマスを倒し、舞奈たちが駆けつけるまで生きのびた。
だから、ある意味で舞奈も皆も彼女を物事の矢面に立たせようとはしなかった。
県庁舎に殴りこむ際も、ただ仲間のひとりとして轡を並べて戦った。
だがザンの短刀を殴野元酷の背に刺しても彼女の中の何かは終わらなかった。
彼女の心に開いた喪失感という穴は、奴のちっぽけな命じゃ埋まらないらしい。
だから今、冴子は残された少年たちの前に歩み出た。
彼女は悔しげに口元を歪めながら、それでも真正面から彼らを見つめ――
「――けどザンは最後にわたしを守ってくれた。隊長さんは支部を、部下の貴方たちを守ろうと必死に戦った。他の皆だって同じ気持ちで戦ってくれていたはずよ」
独白のように言葉を続ける。
あるいは自分を納得させられる理由を探しているように。
そんな姿を、少年たちは茫然と見つめる。
振り上げた拳が行き場をなくして下ろされる。
根は素朴で気の良い奴らだからだ。
まあ冴子が舞奈みたいな生意気なエロガキじゃなくて、言葉尻ひとつからも彼らの知らない年月を窺わせる大人の女性だからかもしれない。
舞奈より年上だが所詮は二十歳にも満たない彼らにとって妙齢の女性は未知だ。
あるいは色気づいたザンから彼女の事を良さげに聞いていたのかもしれない。
ザンの想い人だと認識しているのかもしれない。
ヤンキーどもが誰かを認める理由なんて、そんなものだと舞奈は思う。
故に冴子は次の橋渡し役になる。
その事実を彼女自身も気づいているのだろう。
だから声を上げた。
それは多分、奪われ、壊されたものより何倍も大きな何かを再び築くため。
スプラの代わりではなく。
ザンの代わりでもなく。
彼女から大事なものを奪った何者かが後悔するほど大きな何かを。
それが彼女なりの前への進み方なのだろう。
そんな冴子の言葉を、表情を前に少年たちは押し黙り……
「……彼らの気持ちを無駄にしないで。お願い」
「その……姉さんが言うんでしたら……」
「あ、ああ。そうだな」
「姉さん……」
驚くくらい呆気なく矛を収めた。
口を突いた呼称にビックリしたエロガキは礼儀正しく無視される。
彼らは下水道クリーン作戦の一件で冴子の実力を知っている。
それもあって冴子の言葉は響いたのかもしれないと、少し思った。
だから――
「――その……俺たちにも……いろいろ教えてください!」
「おいテメェ! 姉さんに向かってナニ失礼ぶっこいてやがる!?」
「いろいろってナニを教わるつもりだよ?」
「そんなんじゃないっすよ!? ただ魔法? の事とか、もっと怪異の事とか」
「ええっ皆さんいきなり下ネタですか……」
ひとりの言葉を皮切りに、冴子を囲んだ少年たちによる喧噪が始まる。
ようやく静かになったと思ったエントランスが再び賑やかになる。
潔癖なきらいのあるフランが露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
だが皆が笑っていた。
「その……なんだ。さっきはゴメン」
舞奈のところにもサブリーダーがやってきて、
「今度、稽古をつけてくれよ。あんた、強いんだろう?」
「いいぜ! けど、あんたに着いてこれるか? ザンだって苦労したんだぞ」
「んだとこのガキ! 調子ぶっこきやがって!」
「ハハッ! その意気だ!」
「俺も手合わせをお願いするっす!」
何人かの少年たちが集まる。
あとドルチェの前にも。
他の面々のところにも。
舞奈は思う。
彼らのうち何人かは、こうやって自分たちの知らなかった世界を受け入れ、過去の自分の限界を超えて大物になっていくのだろう。
ザンがそうだったように。
だが、それを見守るのは舞奈の役目じゃない。
何故なら埼玉の一角で成すべき仕事を、舞奈は終わらせてきたばかりだ。
だから埼玉支部の訓練室を借りて彼らに実力の差を思い知らせて少し良い気分になった後に、転送装置を借りて県の支部に戻ってきた。
「梢さんもレインさんも、待っててくれたんだな」
「まー転送装置の起動にはどうしても双方に術者が必要だからね」
日付も変わっているというのに、出迎えてくれたのは梢とレインだった。
欠伸を噛み殺しながら梢が答える。
「ま、夜更かしして守った平和を学校で堪能させてもらうよ」
「授業サボるつもりですか?」
「アハハ……」
「ま、それも良いかもな……」」
2人と少し馬鹿話をして、苦笑しながら外に出る。
明日からは禍我愚痴支部での業務はない。
一連の事件の首謀者だった殴野元酷が排除され、支部の調整役だったトーマスもいなくなり、先方に他県からの協力者を受け入れる必要も余裕もないからだ。
当然ながら舞奈たちも毎日のように県の支部に通う必要はなくなる。
梢やレインとは会おうと思えば学校で会えるが、ついでに話すために高等部の校舎へ通うような用事はない。
だから何かを誤魔化すように、
「もう朝じゃねぇか……」
空を見上げて愚痴ってみせる。
昨日の夕方から今朝にかけて、多すぎる出来事が起きた。
埼玉支部に転移したら皆がいなくて。
禍我愚痴支部に行こうとしたらタクシーに妨害されて。
着いたと思ったら襲撃されていて。
トーマスの裏切りを知って、ザンを看取って。
誰もかれもが何かを失い、焼け出された中でキャロルを見つけてヴィランのパーティーを画策して。
街の混乱にまぎれて県庁に乗りこみ、一連の事件の元凶を排除して。
諜報部の皆と再び和解して。
……学校が終わった後に、うっかりを装って禍我愚痴支部に行ってみようか?
ふと、そんな思惑が脳裏をよぎる。
徹夜して眠かったからという理由も少しある……と思いたい。
けど何かの間違いで、先方で一昨日と同じ仕事が待っていたら楽しいと思う。
テックがしているゲームのバグか何かのように。
ドルチェや冴子ややんすやフランと一緒に、ザンやトーマスが何食わぬ顔で出迎えてくれたらと思う。
だが、それがあまりに子供じみた妄想だと自覚する程度の理性も辛うじてある。
面白いと思ってやってみても、後でいたたまれない気持ちになるだろうと理解できる程度には、まだ頭は起きている。だから――
(――またな)
保健所に偽装された県の支部の建物を一瞥する。
そうしてから明日香と2人、一日ぶりに懐かしい須黒へ帰る道を歩き始める。
「……そういやおまえ。今日、学校どうするよ?」
「行くわよ? 家に戻って教科書を揃えて登校する時間はあるもの」
「よくそんな気力があるな」
「【機関】の業務は表向きには存在しないんだから、サボる理由にはならないわ」
「……真面目な明日香様らしいぜ」
何となく隣の明日香に問いかけてみる。
もう取り繕う相手も差し迫った仕事もないので、本当にどうでもいい雑談だ。
だが明日香は真面目腐った表情で、
「文句を言われる筋合いはないでしょ? じゃあ貴女はどうする気よ?」
舞奈を睨んでくる。
いつもの通りに。
だから舞奈も普段と同じように、
「支部で仮眠とってから行くよ。遅れるかもしらんが」
「真面目じゃないの」
「そうじゃなくて、今日の給食カレーだったろ? 【機関】の仕事は、男子どもに御馳走くれてやる理由にはならねぇんだよ」
「貴女らしいわね」
「んだよ文句があるのか?」
素でどうでもいい軽口を叩き合いながら、前だけを見て歩く。
今は後ろを振り向く事なく。
街灯の代わりに剣呑な炎に照らされた市街地の上空。
映画のような満天の星空を背景に――
「――サイ・ブラスト!」
「イーヴル・ブラスト!」
流星の如く【浮遊能力】を駆使した2人のマッチョが激突する。
ひとりは極彩色のタイツに身を包んだヒーロー。
もうひとりはヒーローより縦にも横にも一回り大きい紫色のヴィラン。
ヒーローの拳には【念力撃】による不可視の超能力が輝く。
対するヴィランの両手には【炎熱撃】【氷結撃】。
相反する力と力のぶつかり合いだ。
光の色に輝くエネルギーと、爆炎と冷気を合体させたエレメントの暴虐が、地上からでも聞こえる凄まじい轟音を放ちながら夜空を照らす。
まるで超新星の誕生だ。
やがて目もくらむ光の爆発から、ヒーローとヴィランが飛び出す。
強力な超能力で防護されたマッチョな身体には怪我ひとつない。
だが互いに必殺の一撃をぶつけ合ったどちらも満身創痍。
「――こんな辺境の小国をチーム総出で守ろうとするなんて、ヒーローってのは案外ヒマなのか?」
クイーン・ネメシスは目前のヒーローを睨みつける。
筋肉ではち切れそうな四肢を覆う紫色の全身タイツもマスクもボロボロ。
だがマスクから覗く眼光の鋭さに一切の衰えはない。
並の人間なら一瞥しただけで失神しそうなプレッシャー。
だが、それをミスター・イアソンは真正面から受け止めながら、
「負け惜しみか? クイーン・ネメシス!」
「そう思いたければ思うがいいさ」
「我々ディフェンダーズはおまえたちヴィランの悪行を阻むためなら地の果てまでも駆けつける!」
一歩も引かずに宣言する。
実直なヒーローの眼差しにも、目前のヴィラン以上の不屈の闘志が宿っている。
故にクイーン・ネメシスは口元に不敵な笑みを浮かべ……
「……いいだろう。今日のところは勝ちを譲ってやる」
苦々しげに、だが高らかに宣言する。
そして次の瞬間――
「――次の勝負は本国でだ!」
前触れもなく光と化して消えた。
「むっ!? 逃げたな! クイーン・ネメシス!」
残されたミスター・イアソンは身構えながら周囲を警戒する。
だが紫色のヴィランが再びあらわれる気配はない。
この地の支配を宣言した恐ろしいヴィランは【転移能力】で撤退したのだ。
そんな両者のやりとりは、何故か地上のあらゆる人々の耳に届いた。
何者かによって行使されたケルト魔術【魔術の幻聴】によって地上に遍く放送されていたのだ。
そんな状況の不自然さに街の誰もが疑問を抱かない。
疑う余裕もない。
唐突なヴィランの襲撃、ヒーローたちとの戦闘に度肝を抜かれていたからだ。
だが今、ヒーローがヴィランのリーダーを打ち破ったと皆が知った、
故に他の場所で暴れていたヴィランたちも撤退していく。
まるで示し合わせてでもいたように。
シャドウ・ザ・シャークのサメ魔術を辛くも避けた死神デスリーパーとファントムは、そのまま一瞬の隙をついて影と化して。
ドクター・プリヤと相対していたクラフターは配下のゾンビを爆発させて。
スマッシュポーキーとタイタニアを超スピードで翻弄していたファイヤーボールはイエティが吐いた吹雪にまぎれて。
「――何処だ!? ファイヤーボール! あたしがスマッシュしてやる!」
周囲の霜が晴れた途端にスマッシュポーキーが周囲を探る。
だが先ほどまで目前を駆け回っていた火球は何処にもいない。
氷の巨人の姿もない。
「逃げられたようだな」
「あいつら! 毎回毎回、逃げ足の速い奴らだ!」
屈強な戦士の言葉に地団太を踏む。
そんな様子を見やって、だが市民はひとまず安堵する。
……そのようにしてヒーローとヴィランの戦いは幕を閉じた。
始まった時と同じくらい唐突で、呆気なかった。
逃げ惑い、両者の戦闘を見守っていた市民たちは胸を撫で下ろした。
街中で暴れまくったヴィランによる被害が実は驚くほど少なかった――違法移民は軒並みゾンビにされて叩きのめされたのに、人間の市民は誰も怪我ひとつしていなかった事実に首をかしげるのは少しばかり後の事になる。
斯様に真夜中のパーティーが首尾よく終わった一方で――
「――やれやれ。帰りの呆気なさにはビックリだ」
「当然よ。邪魔していた元凶を今しがた始末……いなくなったんだから」
「そういう事。……代金はチケットでお願いします」
「へい! 毎度あり!」
「……おっドルチェさんたちも着いたみたいだな」
舞奈たちは2台のタクシーを使って埼玉支部に戻ってきていた。
気の良い運転手のおっちゃんはタクシーチケットを受け取って走り去る。
行く時と違って舞奈でなくても拍子抜けするほどの呆気なさだった。
ちゃんとした人間の運転手は妙な企みをする事もなく舞奈たちを最短距離で目的の場所まで運んでくれたのだ。
むしろ小学生がこんな時間に出歩いている事を訝しがられた。
まあ、それが普通なのだが。
そのようにして目立った怪我こそしていないものの体液まみれススまみれになりながら、それでも何食わぬ顔でエントランスに入ってきた一行だが……
「……ずいぶんさっぱりしてないか?」
「何か大きな動きでもあったでやんすかね?」
「あっ皆さん。お帰りなさい。首尾はどうでしたか?」
「上々だったけど……誰か話したの?」
中の様子に訝しむ。
受付嬢が何食わぬ表情で挨拶してきて冴子も訝しむ。
舞奈たちが出かけた数刻前は、禍我愚痴支部から退避した執行人や一般職員がひしめき合って野戦病院みたいな有様だったエントランス。
だが日付も変わった今はずいぶん人が減っている。
怪我人は病院に運びこまれたとして、残りは帰ったのだろうか?
あと一行は独断で県庁舎を襲撃したと思っていたが。
そのように皆で首をかしげた途端――
「――やあ舞奈ちゃん、皆さんもお帰りなさい」
「舞奈さんたちも戻られたようですね」
「紅葉さんに楓さんか」
桂木姉妹がやってきた。
彼女らは禍我愚痴支部の危機を聞きつけて応援に駆けつけてくれた。
生命の操作を得手とするウアブ魔術師の彼女らが来てくれたのに、舞奈はザンを救う事はできなかった。
それが悔しくないと言えば嘘になる。
だが治療と回復が必要な執行人たちは他にもたくさんいた。
「ところで皆様方、こんな夜更けにどちらへ?」
「いや、ちょっと夜の散歩をな……」
問われて思わず誤魔化して……
「……けど県庁舎で面白いものを見つけたぜ。殴野元酷の死体だ」
「あっちょっと」
「いいだろう? 今さら減るものじゃなし」
ニヤリと笑ってほのめかしてみる。
生真面目な明日香が難色を示すが礼儀正しく無視。
まあ舞奈たちは誰かの指示を受けたり許可を得て殴野元酷を討った訳じゃない。
だが何と言うか……相手は普段から脂虫を殺す事しか考えていない楓だ。
口を滑らせても問題ないだろうと思った。
事を成してタクシーでくつろぎながら帰投して、いろいろな事にカタがついた気分になっていたからという理由も少しある。疲れてもいたし。
だが何より今は、奴の無様な死に様を誰かに話したかった。
奴の背中には、勇敢で善良だったザンの短刀が刺さっている。
その事実を、脂虫が死ねば他の事はどうでもいい楓と一緒に笑って祝えたら楽しいだろうと少し思った。
そんな舞奈の内心に別に気づいた訳でもないのだろうが、
「それは素晴らしい。明日のニュースが楽しみですね」
楓もすぐさま気づいたらしく、おしゃれ眼鏡の下でニコニコ微笑んでみせる。
隣の紅葉もほがらかに同意する。
それでも普段の楓なら、舞奈たちだけ脂虫を殺しまくったという部分を羨むところだろうにと訝しみ……
「……ところで、『も』って何だ?」
「ふふっ、実はこちらも……」
ふと気づいて尋ねてみたら、楓もニヤリと笑って語り始めた。
話によると、どうやら他支部からの増援を加えた有志による禍我愚痴支部奪還作戦が行われたらしい。
受付嬢も舞奈たちがそっちから帰ってきたと思ったのだろう。
県庁舎へ向かう道すがら、ちらりと見かけた支部ビルの外に警官がいたので、てっきり狂える土どもは早々に引き上げたのだと思っていた。
だが一部が建物内に立てこもって警察の検分を邪魔していたらしい。
そこをニュットがコネと口先三寸で本件に関する一切の権利を移譲させ、攻撃部隊を組織して奪還作戦に踏み切ったのだそうな。
奴らの襲撃に続いてヴィランが街中で暴れ始めた都合もあるのだろう。
舞奈はキャロルを通じてヴィランのパーティーを計画し、そのどさくさに県庁舎に殴りこんだ。
同じパーティーをニュットも利用したらしい。
そういった目端の利きようと要領の良さは糸目の明確な長所だ。
血の気の多い須黒の術者を切りこみ隊長にした電撃戦は何の障害もなく成功。
禍我愚痴支部ビルも警察にまかせるより早く職員の元に戻ってきた。
楓もヴィランや舞奈たちに負けない戦果を挙げて満足そうだ。
真夜中のパーティーにまぎれて事を成したのは舞奈たちだけじゃなかった。
そう考えて苦笑した途端――
「――でも残ってたのは雑魚ばっかりだったわよ」
「おおデスメーカー殿。サチ殿も」
「お久しぶりです、皆さん」
小夜子とサチがやってきた。
今の話を聞いていたらしい。
というか、わざわざ須黒から来てくれたらしい。
小夜子もサチも、以前に何度か協力者チームと会っている。
なので一行の人数が減っているのにも気づいた様子だ。
あるいはニュットか楓たちから事情を聞いたのかもしれない。
だが意図してザンがいない事実に触れないように、
「それでも回術士が2匹いたわ。小夜子ちゃんと皆で問題なく倒したけど」
「ええ。まあ執行部の人たちに被害が出なくてよかったわ」
景気のいい話を語ってみせる。
サチも倣う。
そういう配慮を無意識にできるようになるくらい、舞奈たち、小夜子たちの仕事は意図せぬ別れの連続だ。
だから舞奈たちも務めて何食わぬ表情のまま、
「そりゃまあ、この面子が集まってればなあ」
「大事なくて何よりでゴザった」
「……にしてもあの野郎、自分を守るために戦力を集中してやがったな」
小夜子たちからの情報から殴野元酷の器の小ささを再確認して苦笑してみせる。
「という事は、そちらには相当量が?」
「ええ。回術士が4匹、道士1匹を含む4匹の……Koboldの選抜騎士と言ってわかりますか?」
「要はイレブンナイツですね。それはそれでお楽しみの様子で」
次なる問いに明日香がしたり顔で答え、
「Koboldの騎士が県庁にかい?」
「ええ。共通の支持母体があるのでしょう」
「そっちはあまり楽しい話じゃないね」
「それは仕方ないですよ。とりあえず目についた分は殲滅したはずなので、今回はそれで良しとするしか」
「まあね」
続く紅葉の言葉に見解を示す。
紅葉はやれやれと苦笑する。
舞奈たちは一連の事件の元凶を始末した。
だが凶行に関わった怪異を1匹残らず根こそぎにできた訳じゃない。
前回のKoboldの件だってそうだ。
そんな事はそもそも不可能だからだ。
故に排除を免れた怪異どもは、他の場所で他の勢力の先兵となって人に仇成す。
そんな事実をも再確認して思わず肩をすくめた途端――
「――あんたたち、戻ってきたのか」
背後から声。
振り返ると執行部の少年たちがいた。
ひと仕事を終えた後なのは明白だ。
楓や小夜子たちと一緒に禍我愚痴支部奪還作戦に参加していたのだろう。
今度は怪我こそしていないが、学ランは飛沫で汚れ、皆が疲れ果てている。
そして……少しばかり気が立っているようだ。
「あんたたち……何処に行ってたんだ?」
少年たちのひとりが険のこもった視線を向ける。
そんな様子を皮切りに、
「あんたたちがいたのに、何で!?」
「どうして隊長たちを守ってくれなかったんだよ!」
「ザンの奴だって! 元々はあんたたちの仲間だったんだろう!?」
「それは……」
執行部の生き残りたちは一行に詰め寄る。
対してフランが思わず口ごもる。
楓たち、小夜子たちは咎めるように少年たちを一瞥する。
だが舞奈は4人を制止する。
今の舞奈には、彼らの気持ちが理解できる。
奪還した禍我愚痴支部で、彼らはリーダーと仲間の慣れ果てを見たのだろう。
あの戦闘で、執行部の過半数がトーマスと『ママ』の犠牲になった。
表玄関と裏の通用口の2チームに別れ、片方が全滅したからだ。
その結果を、舞奈は駆けつけて脱出する僅かな間に見ただけだった。
だが冴子の言によると、【熱の拳】による不意打ちで焼き払われたらしい。
下水道の壁を焼き切るほどのレーザー光線だ。
それによる被害が如何ほどに酷い有様なのかは、辛うじて瀕死のザンを連れ出して最後を看取った舞奈には理解できる。
しかも犠牲者は舞奈たちには及びもつかない期間を共にした友人たちの過半数。
そして彼らをまとめ、彼らの目標でもあっただろうリーダーだ。
舞奈の感情は一連の事件の首謀者を始末してようやく収まりがついた。
彼らはどうだろう?
加えてトーマスが内通者だった事実も聞いているはずだ。
奴だって昨日までは彼らを束ねる上司だった。
多すぎる、大きすぎるものを失って、彼らは動揺している。
対して舞奈たちが何をしていたかなんて、当然ながら知る由もない。
だから知っている範囲の情報から憶測するしかない。
断片的な情報から導き出された結論を元に誰かを責めずにはいられない。
舞奈が最初に出会ったザンと同じ状況だ。
あの懐かしいパーティー会場で、彼は友人だった切丸が帰らぬ人となった原因を生き残った舞奈たちに求めた。
それに、そもそも最初から彼らは協力者チームを良く思っていなかった。
彼らが異能力者で、舞奈たちがそうじゃないからだ。
協力者チームの大半は術者、エースは異能力を持たない子供だ。
裏の世界の戦いでの主力は自分たちだと思っていた矢先に、他所から招かれた得体の知れない奴らが大きい顔をしていたら面白くはないだろう。
そんな彼らと協力者チームの橋渡しになっていたのがザンだった。
彼が執行部の少年たちと同じ異能力者で、その上で数々の作戦の中で舞奈や仲間たちの実力を理解していたからだ。
だが彼はもういない。
今まで彼がしていた仕事は、これからは他の誰かがしなくちゃいけない。
つまり舞奈が何とかするしかない。
あの時と同じように。
だから――
「――あいつらが死んだ落ち度があたしたちにあるとして、だったらあんた達はどうするつもりなんだ?」
少年たちのうち先頭にいたひとりに不敵な笑みを向ける。
挑発するように。
たしか隊が2つにわかれる際のサブリーダーをしていたのだったか。
故にリーダーを失った少年たちの中で、他より少しだけ一目置かれている。
リーダーと馬が合ったのかもしれない。
率先して前に出たがる気質なのかもしれない。
目端が利いたり、単に腕が立つのかもしれない。
この手の輩のトップが決まる理由なんて、そんなものだ。
だから彼自身が望むか望まざるかに関わらず、彼が次のリーダーになる。
故に彼を力で従えさせれば他の少年たちを黙らせる事ができる。
かつて四国の一角で、切丸とスプラとの諍いを舞奈は彼と勝負して実力を思い知らせる事で収めた。
ザンとの最初の出会いだってそうだった。
ただ最強なだけの舞奈は、他に他者に感銘を与える手段を知らないからだ。
実力の差を見せつける以外には。
何となしに怪異どもと同じ事をしているみたいで癪ではある。
だが従えた後に筋を通すのだから人間様は奴らとは違う。
「えっ舞奈さん……?」
「やんす……」
そんな舞奈にフランは、やんすは、他の一行は驚く。
庁舎でゲップが出るほど戦いまくって殺しまくってきたばかりなのに。
舞奈を人となりを知っている楓たち4人は無言。
明日香はやれやれと肩をすくめる。
そんな様子を横目で見やりながら身構えた矢先――
「――ザンを……それに隊長さんや皆を守れなかったのは、わたしの力量が足りなかったからよ。それは事実だと認めるし、償いは必ずするわ」
かけられた声に思わず見やる。
沈痛な面持ちで口を開いたのは冴子だった。
側のフランが驚いたような、気遣うような視線を冴子に向ける。
執行部の過半数が失われたあの戦闘で、唯一生き残ったのは彼女だ。
不意打ちを免れたザンと2人で裏切り者だったトーマスを倒し、舞奈たちが駆けつけるまで生きのびた。
だから、ある意味で舞奈も皆も彼女を物事の矢面に立たせようとはしなかった。
県庁舎に殴りこむ際も、ただ仲間のひとりとして轡を並べて戦った。
だがザンの短刀を殴野元酷の背に刺しても彼女の中の何かは終わらなかった。
彼女の心に開いた喪失感という穴は、奴のちっぽけな命じゃ埋まらないらしい。
だから今、冴子は残された少年たちの前に歩み出た。
彼女は悔しげに口元を歪めながら、それでも真正面から彼らを見つめ――
「――けどザンは最後にわたしを守ってくれた。隊長さんは支部を、部下の貴方たちを守ろうと必死に戦った。他の皆だって同じ気持ちで戦ってくれていたはずよ」
独白のように言葉を続ける。
あるいは自分を納得させられる理由を探しているように。
そんな姿を、少年たちは茫然と見つめる。
振り上げた拳が行き場をなくして下ろされる。
根は素朴で気の良い奴らだからだ。
まあ冴子が舞奈みたいな生意気なエロガキじゃなくて、言葉尻ひとつからも彼らの知らない年月を窺わせる大人の女性だからかもしれない。
舞奈より年上だが所詮は二十歳にも満たない彼らにとって妙齢の女性は未知だ。
あるいは色気づいたザンから彼女の事を良さげに聞いていたのかもしれない。
ザンの想い人だと認識しているのかもしれない。
ヤンキーどもが誰かを認める理由なんて、そんなものだと舞奈は思う。
故に冴子は次の橋渡し役になる。
その事実を彼女自身も気づいているのだろう。
だから声を上げた。
それは多分、奪われ、壊されたものより何倍も大きな何かを再び築くため。
スプラの代わりではなく。
ザンの代わりでもなく。
彼女から大事なものを奪った何者かが後悔するほど大きな何かを。
それが彼女なりの前への進み方なのだろう。
そんな冴子の言葉を、表情を前に少年たちは押し黙り……
「……彼らの気持ちを無駄にしないで。お願い」
「その……姉さんが言うんでしたら……」
「あ、ああ。そうだな」
「姉さん……」
驚くくらい呆気なく矛を収めた。
口を突いた呼称にビックリしたエロガキは礼儀正しく無視される。
彼らは下水道クリーン作戦の一件で冴子の実力を知っている。
それもあって冴子の言葉は響いたのかもしれないと、少し思った。
だから――
「――その……俺たちにも……いろいろ教えてください!」
「おいテメェ! 姉さんに向かってナニ失礼ぶっこいてやがる!?」
「いろいろってナニを教わるつもりだよ?」
「そんなんじゃないっすよ!? ただ魔法? の事とか、もっと怪異の事とか」
「ええっ皆さんいきなり下ネタですか……」
ひとりの言葉を皮切りに、冴子を囲んだ少年たちによる喧噪が始まる。
ようやく静かになったと思ったエントランスが再び賑やかになる。
潔癖なきらいのあるフランが露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
だが皆が笑っていた。
「その……なんだ。さっきはゴメン」
舞奈のところにもサブリーダーがやってきて、
「今度、稽古をつけてくれよ。あんた、強いんだろう?」
「いいぜ! けど、あんたに着いてこれるか? ザンだって苦労したんだぞ」
「んだとこのガキ! 調子ぶっこきやがって!」
「ハハッ! その意気だ!」
「俺も手合わせをお願いするっす!」
何人かの少年たちが集まる。
あとドルチェの前にも。
他の面々のところにも。
舞奈は思う。
彼らのうち何人かは、こうやって自分たちの知らなかった世界を受け入れ、過去の自分の限界を超えて大物になっていくのだろう。
ザンがそうだったように。
だが、それを見守るのは舞奈の役目じゃない。
何故なら埼玉の一角で成すべき仕事を、舞奈は終わらせてきたばかりだ。
だから埼玉支部の訓練室を借りて彼らに実力の差を思い知らせて少し良い気分になった後に、転送装置を借りて県の支部に戻ってきた。
「梢さんもレインさんも、待っててくれたんだな」
「まー転送装置の起動にはどうしても双方に術者が必要だからね」
日付も変わっているというのに、出迎えてくれたのは梢とレインだった。
欠伸を噛み殺しながら梢が答える。
「ま、夜更かしして守った平和を学校で堪能させてもらうよ」
「授業サボるつもりですか?」
「アハハ……」
「ま、それも良いかもな……」」
2人と少し馬鹿話をして、苦笑しながら外に出る。
明日からは禍我愚痴支部での業務はない。
一連の事件の首謀者だった殴野元酷が排除され、支部の調整役だったトーマスもいなくなり、先方に他県からの協力者を受け入れる必要も余裕もないからだ。
当然ながら舞奈たちも毎日のように県の支部に通う必要はなくなる。
梢やレインとは会おうと思えば学校で会えるが、ついでに話すために高等部の校舎へ通うような用事はない。
だから何かを誤魔化すように、
「もう朝じゃねぇか……」
空を見上げて愚痴ってみせる。
昨日の夕方から今朝にかけて、多すぎる出来事が起きた。
埼玉支部に転移したら皆がいなくて。
禍我愚痴支部に行こうとしたらタクシーに妨害されて。
着いたと思ったら襲撃されていて。
トーマスの裏切りを知って、ザンを看取って。
誰もかれもが何かを失い、焼け出された中でキャロルを見つけてヴィランのパーティーを画策して。
街の混乱にまぎれて県庁に乗りこみ、一連の事件の元凶を排除して。
諜報部の皆と再び和解して。
……学校が終わった後に、うっかりを装って禍我愚痴支部に行ってみようか?
ふと、そんな思惑が脳裏をよぎる。
徹夜して眠かったからという理由も少しある……と思いたい。
けど何かの間違いで、先方で一昨日と同じ仕事が待っていたら楽しいと思う。
テックがしているゲームのバグか何かのように。
ドルチェや冴子ややんすやフランと一緒に、ザンやトーマスが何食わぬ顔で出迎えてくれたらと思う。
だが、それがあまりに子供じみた妄想だと自覚する程度の理性も辛うじてある。
面白いと思ってやってみても、後でいたたまれない気持ちになるだろうと理解できる程度には、まだ頭は起きている。だから――
(――またな)
保健所に偽装された県の支部の建物を一瞥する。
そうしてから明日香と2人、一日ぶりに懐かしい須黒へ帰る道を歩き始める。
「……そういやおまえ。今日、学校どうするよ?」
「行くわよ? 家に戻って教科書を揃えて登校する時間はあるもの」
「よくそんな気力があるな」
「【機関】の業務は表向きには存在しないんだから、サボる理由にはならないわ」
「……真面目な明日香様らしいぜ」
何となく隣の明日香に問いかけてみる。
もう取り繕う相手も差し迫った仕事もないので、本当にどうでもいい雑談だ。
だが明日香は真面目腐った表情で、
「文句を言われる筋合いはないでしょ? じゃあ貴女はどうする気よ?」
舞奈を睨んでくる。
いつもの通りに。
だから舞奈も普段と同じように、
「支部で仮眠とってから行くよ。遅れるかもしらんが」
「真面目じゃないの」
「そうじゃなくて、今日の給食カレーだったろ? 【機関】の仕事は、男子どもに御馳走くれてやる理由にはならねぇんだよ」
「貴女らしいわね」
「んだよ文句があるのか?」
素でどうでもいい軽口を叩き合いながら、前だけを見て歩く。
今は後ろを振り向く事なく。
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作者ツイッター: twitter/minori_sui
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