銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第21章 狂える土

日常8

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 よく晴れた金曜日の朝。
 真夜中に大きな花火がいくつも上がった某所とは打って変わって静かで平和な須黒の街の、通学路にも指定されている大通りを……

「……ったく、奴らが何かやらかすとロクな事にならねぇなあ」
 学生鞄を背負った舞奈は欠伸を噛み殺しつつ、人気が少ないのを良い事に、こぞとばかりにぶーたれる。

 埼玉の一角で様々な出来事が起きた夜から続く金曜の朝。
 結局、舞奈は普段通りに登校した。
 支部で電話を借りてアパートの管理人に無事を報告した後、シャワーと部屋も借りて可能な限りの仮眠をとって、長物を預かってもらって学校へ向かう。

 周囲をまばらに歩く小中学生、高校生を見やりながら欠伸をする。
 遅刻がちらつく時間なので走っている生徒もいるが、舞奈にそんな気力はない。
 そもそも昨日の襲撃が一日遅れていたら事が終わった翌日は普通に休みだった。
 だが、そんな事を怪異なんかに言っても仕方がないので、奴らが報いを受けた悪行の中にこっそり混ぜておく事にする。

 と、まあ、そのように夜半とは打って変わって何事もなく学校に到着。

「舞奈様。おはようございます。お預かりしますので後はおまかせを」
「すまん、よろしく頼むよ」
「おっ舞奈様ちーっす。余裕っすね! 重役出勤っすか?」
「……今日は学校来ただけでも上々だと思うんだがな」
 昨日と同じように校門前でクレアに得物を預けつつ遅刻ギリギリを気遣われ、いつもと変わらぬベティの軽口を睨みつけてから初等部の校舎に向かって歩き、上履きに履き替えて廊下を歩き……

「……ちーっす」
「あっマイちゃん。おはよう」
「マイおはよー!」
「志門さん、おはようなのです」
 教室のドアを開けた途端に皆に顔を向けられる。
 園香にチャビー、委員長もいる。

 チャビーの席に『きゃお』誌を広げて皆で盛り上がっていたらしい。
 まあ遅刻ギリギリの時間に登校した自覚はあるので、皆がそろっているのは当然と言えば当然だ。

「あら、間に合うように来たのね」
「別にいいだろう」
 やはりと言うべきか明日香もいる。
 眠そうな素振りも見せず平然としているあたりが流石ではある。

 以前に会議で徹夜した時みたいに態度にはおくびにも出していないのは、今回の徹夜の原因が自分たちの独断専行による県庁襲撃だからだろう。
 そんな理由で理性を保てるなら前回もそうすればよかったのにと少し思う。
 以前は眠くて周囲へのあたりが強くなって、担任や男子が戦慄していたのだ。

 それはともかく、教室の後ろで麗華様が、今朝のウサギ当番で如何に自分がウサギに好かれて(遊ばれて)いたかを得意げに語る様子を横目で見やりながら……

「……テックちゃん、まだ来てないんだけど。何かあったのかな?」
「休みなんじゃないのか? 徹夜明けで寝てるだけだから心配はいらないよ」
「そっか。なら良いんだけど」
 心配そうに無人の席を一瞥する園香に、ふわわと欠伸をしながら答える。

 昨夜の騒動ではテックもドローンで陰ながらサポートしてくれた。
 当然ながら舞奈たちと同じくらいには徹夜した事になる。
 まあ自分の部屋からオペレートしているらしいので仕事終了後に即就寝もできたのだろうが、彼女には明日香みたいに学校を休まない事へのプライド等はない。
 加えて学力は明日香と同程度。つまり高等部レベル。
 なので心置きなく昼間は寝ることにしたらしい。
 まあ、許されるならそうするべきだと舞奈も思う。
 戦闘の最中は気が張っていたが、事が終わって集中力が途切れると辛い。
 やはり睡眠は大事だ。
 そのように心の中でベッドを手繰り寄せつつ大欠伸をして……

「……そういえば朝のニュース、見た?」
「何の話だ?」
「埼玉の方で大きなテロがあったんだって。怖いね」
(早速ニュースになってるのか。っていうかテロって事になってるのか)
 続く園香の言葉に思わずこぼしかけた言葉を飲みこむ。

「報道によれば、また外国人同士の抗争らしいわ。物騒な世の中になったものね」
「お、おう。そうだな……」
 何食わぬ口調で話に乗ってきた明日香に苦笑する。

 仮眠をとっただけでは飽き足らず、ニュースのチェックもしていたらしい。
 とんでもない面の皮の厚さだと思った。
 テロリストとやらの正体に舞奈や明日香自身も含まれる事実を鑑みても。

 狂える土の襲撃も、舞奈らの県庁襲撃も、ヴィランの襲来で有耶無耶になった。
 そのヴィランの襲撃も政府の意向で誤魔化されたらしい。
 何故ならヴィランやヒーローなんて代物は表向きには映画の中だけの存在だ。
 そんな奴らが現実に暴れまくった事実に対して立場のある真っ当な人間が公表できる見解は「あれは映画の撮影だ」「あれは愉快犯のテロだ」の二択だ。

 そうやって真実は表の社会から何重にも隠ぺいされていく。
 今回が初めてという訳でもない。
 まあ今回に関しては、自警団の連中がかぶるはずだった濡れ衣も一緒に有耶無耶になったので素直に喜んであげたい。
 当初、狂える土による保健所襲撃は自警団の暴走として報道されるはずだった。
 人糞舎にはニュースの原稿まで準備してあった……らしい。
 その予定がヴィランの襲撃によって文字通りに灰燼に帰して、界隈の怪異を牛耳っていた殴野元酷も排除された。
 あとは【機関】なり【組合C∴S∴C∴】なりの息がかかった人間が善処したのだろう。

「……外国の人が大勢亡くなって、県知事も亡くなったんだって」
「らしいな」
 沈痛な面持ちで園香が言葉を続ける。
 対して舞奈も何食わぬ調子で相槌を返す。
 外国人が亡くなった主な原因が舞奈が手引きしたヴィランで、県知事にも核をぶちかましたり首をはねたりしたなんておくびにも出したりしない。

 教室の後ろで気持ちよく会見中の麗華様にネズミの物真似をしたみゃー子が脈絡もなく襲いかかり、いつも通りの阿鼻叫喚の騒ぎになる。
 園香やチャビーがビックリする。
 ネズミのバケモノには色々と思う事のある舞奈と明日香は嫌そうに睨む。

 当然ながら一般人の園香は不正移民どもの正体も、県知事の本性も知らない。
 故にニュースで見た事件は非道なテロだ。
 犠牲になった人たちも痛ましい事件の被害者だ。気の毒だと思うのも当然だ。
 チャビーを相手にそんな話はできないので舞奈にしたのだろう。

 その気持ちを否定するつもりはない。
 舞奈だって同じだ。
 その対象が違うだけだ。
 もし真実をすべて覆い隠さず話せたなら、園香はザンや禍我愚痴支部の執行部の少年たち、あるいは県庁の職員たちを悼んでくれただろう。
 そう思うと少しは慰めになる気がした。

 教室の後ろの微笑ましい阿鼻叫喚を見やるうちに、桜がみゃー子を真似てネズミの物真似を始めた。そうすると目立てると思ったらしい。
 舞奈はやれやれと苦笑する。
 珍しく隣の明日香も同じ考えのようだ。
 麗華様のリアクションも馬鹿正直に倍になって、騒ぎの規模も倍になった。
 いつ隣のクラスから苦情が来ても不思議じゃない。

「桜の奴、とうとうみゃー子の尻馬に乗るくらい落ちぶれたか……」
「あはは……」
 ネズミのバケモノも2匹になって、舞奈はますます渋面になる。
 隣で園香が苦笑する。

 下水道クリーン作戦の最中にあらわれた2匹の魔獣には不意をつかれた。
 だが、それでも舞奈たちはザンを、執行部の異能力者たちを誰ひとり欠かす事なく生きのびさせる事ができた。
 丁度、あの時までは何もかもがギリギリで上手くいっていたのだ。
 その後の身の振り方の何が違っていたら彼らを最後まで守る事ができただろうかと考え始めて、慌てて思考を中断する。
 そんな舞奈を、園香が少し気づかわしげな表情で見やっている。
 やれやれ。
 眠いと理性が働きにくくなっていけない。

 流石に見かねた委員長が2匹のネズミを止めに入ろうとしているところに、ドアがガラリと開いて担任教師がやってきた。
 ホームルーム前の愉快な麗華様ワンマンショーもお開きだ。
 楽しい祭りには必ず終りの時が来る。
 ノリは良いが根は真面目なギャラリー達は蜘蛛の子を散らすように席に着く。
 麗華様もデニスとジャネットに引きずられて席へ向かう。

……そのように朝のホームルームは普段通りに始まった。

 午前の授業はいつもながら退屈しないながらも驚くほどスムーズに進んだ。
 給食のカレーもいっぱい食べた。
 腹がくちくなった午後の授業もどうにか乗り切る事ができた。

 そして放課後。
 皆と一緒に何事もなく下校した舞奈と明日香は……

「……カレー美味かったな。食堂のばーちゃんに頼んだら同じもの食えるかな?」
「まだ食べる気? 太るわよ。ドルチェさんみたいに」
「あいつぐらい動けるなら、願ったりかなったりじゃないか」
「そう上手くいけばいいけど。あの人、足腰とか相当に鍛えてるし、元から相当の才能があるわよ」
「太るのも才能がいるのか……」
「ないと内臓がお釈迦になるんじゃなかったかしら? 試すなら止めないけど」
「それは嫌だな……」
 舞奈と明日香は須黒支部にやってきた。

 頭の悪い会話をしているのは、仮眠をとったとはいえ流石に眠いからだ。
 愉快なクラスメイトのおかげで退屈こそしないものの、寝ていないのだから眠気がなくなる訳はない。
 正直なところ直帰して寝たかった。
 だが流石に昨晩(というか今朝)の件についてスルーという訳にもいかない。
 今日を逃すと報告が来週になってしまう。
 それが組織人としての責務でもあるが……何と言うか、今回の一連の事件が終わったと、報告という形で締めくくりたいと思った。
 そうしないとザンの事を必要以上に引きずってしまう気がした。
 大事なものを失ってばかりの、舞奈の嫌な経験則だ。

「あら~、舞奈ちゃんに明日香ちゃん~。なんかお久しぶりねぇ~」
「あたしもお姉さんに会えなくて寂しかったぜ。今晩一緒にカレー食べない?」
「お久しぶりです」
「カレー? いいけど~?」
「困ってるじゃないの。本当にすいません。ほら、行くわよ」
 化粧と色気でいろいろ誤魔化した受付嬢に、舞奈も眠気や他の感情を何食わぬ笑顔で隠したまま挨拶しつつ、実家のように歩き慣れた階段を上がる。

 そういえば以前に踊り場で喧嘩を売ってきた【雷徒人愚】なんて奴らがいた。
 そいつらも今はいないなと考えかけて、慌てて足を速めて会議室へ。
 相も変わらず立てつけの悪い鉄製のドアを開いた途端、

「おお、舞奈君に明日香君」
「やっと来ただか」
「いや寄り道せずに来たつもりなんだがな」
「こんにちは」
 ニュットとフィクサーが出迎える。
 さてはこの糸目、高等部の授業をサボって寝てたなと苦笑する視界の端に――

「――志門舞奈。安倍明日香。久しいな」
「そういえば依頼の時以来か」
 仮面をかぶった黒衣の魔術師ウィザードがいた。
 ベリアルだ。

「まあ座りたまえ」
「邪魔するぜ」
 フィクサーにうながされ、久しぶりだが何処か尻に慣れたパイプ椅子に座る。

 会議机にニュットが茶菓子の盛られた皿と、湯呑みときゅうすを並べる。
 今日は仕事の依頼じゃないので豪華な食事とかはない。
 そういえば今回の件が片づいたら協力者チームの皆と食事でもという約束も有耶無耶になってしまった。

……そっちが実現したなら、カレーくらい男子にいくらでもくれてやったのに。

 禍我愚痴支部の会議室でもザンやドルチェ、冴子ややんすやフランやトーマスとそうしていたなと考えかけて無理やりに窓の外を睨みつける。
 誰かさんみたいに居眠りしないよう気をつける必要があるかもしれない。

「それにしても、今朝はお疲れ様だったのだよ」
「あんたもな」
 きゅうすで茶を淹れながら労うニュットに、何食わぬ表情を取り繕って返す。

 彼女も他支部の術者を指揮して禍我愚痴支部の奪還に動いたと聞いた。
 要は舞奈たちと同じくらい徹夜していた。
 それがその日の午後にはすっかり普段の通りなのだから、やはり睡眠は大事だと少し思う。

「先日はその……ご苦労だった」
「ま、四国の悶着に比べればマシだよ」
 次いで深刻な面持ちで口を開いたベリアルに、意識して軽薄な声色で答える。

 彼女も昨夜の、あるいは今朝方の件については知っているのだろう。
 もちろんザンの事も。
 だが、それを彼女に詫びてもらいたい訳じゃない。
 あの喪失に対して責を負うべき存在には舞奈自身の手で鉄槌を下したつもりだ。
 それ以上の何かを向けられるのは……何と言うか傷口が広がりそうで不本意だ。

 そんな内心を長い付き合いで見抜かれていたか――

「――そうそう。禍我愚痴支部の次の調整役が内定したのだ」
「立て直しが早いな」
 ニュットが話題を切り替える。
 舞奈はビックリして少し目が覚める。

 禍我愚痴支部の調整役だったトーマスは内通者だった。
 舞奈たちが県庁を強襲なんてできたのも、調整役がいなくなって指揮系統が宙ぶらりんになったからという理由も少しある。
 だからか空白期間も、もう少しあると思っていた。
 だが舞奈の他にも徹夜して仕事を片づけた人間がいたらしい。

「誰ですか? フランさん?」
「なんとビックリ――」
「いいから勿体つけずに話せよ」
「――グレイシャルちんなのだよ」
「冴子さんがか? そりゃビックリだ」
 頼んでもいない軽口を睨みつけながらも、糸目の言葉に驚いてみせる。
 隣の明日香も同じ表情だ。

 まあ、こちらにもビックリしたのは本当だ。
 支部の調整役に術者が任命されるなんて意外だと思った。
 術者には術者にしかできない仕事が多々あるし、何より【機関】の上層部は術も異能力も使えない、能力的には普通の人々だからだ。

 だが続く話によると、トーマスの背任を上層部は重く見たらしい。
 なにせ人型怪異の浸透を警戒して設置された支部に、当の怪異の手下が調整役として入りこんで好き放題に暗躍していたのだ。
 しかも、その事実に今まで誰も気づかなかった。
 なので新たな調整役に術者――中でも魔術師ウィザードが望まれた。

 何故なら魔術師ウィザードはプラスの感情を魔力に生成して施術する。
 背任などして自分にやましい事があると施術能力に露骨な影響が出る。
 加えて【組合C∴S∴C∴】との関係を持つことも多いので、怪異の影響なんか受ければすぐさま看破され何らかの対処が下されるはずだ。
 だから『信頼できる』という意味では右に出る者はいない。

「グレイシャルちん自身も、タイミングよく禍我愚痴支部への転属願いを提出していたらしくてな」
「へぇ……」
 今日の今日でこれである。
 まさか書類の上では栄転になると知っていた訳ではないのだろうが。
 内心で苦笑しつつも無言で先をうながす舞奈に、

「何度か話した限りでは実直で信頼のおける魔術師ウィザードに思えたのでな。あちしからも推薦しておいたのだよ」
「一度や二度会ったからって、知ったような事を言いやがって」
「むむ。何か不都合があったかね?」
 糸目は気持ちよく事情を話す。
 なので少し睨みながら口をへの字に曲げるとビックリした。
 だが舞奈は何食わぬ表情のまま――

「――適任者だと思うぜ」
「??」
 言いつつニヤリと笑ってみせる。
 困ったような糸目は礼儀正しく無視。

 そんなに人を見る目に自信があるなら、もっと何度も折衝していたはずのトーマスの本性にも気づいてくれれば良かったのにと少し思う。
 だが舞奈が気づかなかった背任を、ニュットに気づけと要求するのは無理筋だ。
 なので困惑する糸目を睨みつけるくらいしか鬱憤を晴らす手段がない。

 それにニュットが気づいていないであろう冴子の目的に心当たりがある。
 それは『ママ』だ。

 彼女に想いを寄せていた、彼女も憎からず思っていたザンは逝った。
 内通者だったトーマスの術から冴子をかばったのだ。
 そのトーマスもまた同じ戦闘で冴子に討たれた。
 事件の黒幕だった殴野元酷も排除したし、この件で冴子の心残りはないと普通なら思うだろう。

 だがトーマスと共にザンの最後に居合わせた『ママ』は健在だ。
 復活した『ママ』も県庁舎で排除したが、それでもまだ終わりではない。
 何処かに隠されている三尸を破壊しない限り奴らは何度でも蘇る。
 正確に言えば、同じ顔と人格を持った怪異が再びあらわれる。
 その一般の執行人エージェントには秘められた事実を冴子も知っている。
 故に、三尸を探して破壊するには禍我愚痴支部にいたほうが都合がいい。
 そう考えたのだろう。
 明日香に似て生真面目な彼女は、掃除を始めたら部屋の四隅まできっちり綺麗にしないと気が済まないタイプらしい。

 彼女らしい、と今の舞奈には素直に思える。
 ザンがリーダーとしてかくあれと思ったような調整役に、彼女はなるだろう。
 今朝方も、生き残った執行部の少年たちを相手にその片鱗を見せた。
 そうしながら、個人的な理由だと割り切って自身の望みをも叶えるだろう。
 冴子はそういう女性だ。
 だからザンは彼女に惹かれた。
 それに考えてみればフランはリーダーの補佐としては適任すぎるほど適任なのだが、リーダーそのものを務めるには性格がやわらかすぎると舞奈は思う。

 だが、そんなプライベートまがいの事を逐一話す必要もないと思ったので――

「――そういやあ、やんすはあんたたちの差金なのか?」
「……? ああ。ハカセの事か」
「ああ」
 立ったままのベリアルを一瞥しながら尋ねる。
 いきなり仇名で話題を振って少し困惑され、隣の明日香に肩をすくめられるが礼儀正しく無視。
 ベリアルも特に拘泥するでなしに、

「『シナゴーグ』という言葉を聞いた事はあるかね?」
「敵の口から何度かな」
 話を進める。
 相槌を返す舞奈に、明日香も無言で同意する。
 その名前はカバラ魔術を見た『ママ』が何度か口にしていた。

「我らカバラ魔術師のコミュニティの総称だ。元々は集会場の呼称なのだが、他国で用いる場合は必ずしも場所を指す訳ではない」
「日本でいう寺とか神社庁みたいなものか」
「そう思ってもらって結構だ」
 そう前置いて仮面の魔術師ウィザードは語り始める。
 だが内容は舞奈の予想の範囲内だった。

 曰く、シナゴーグは回術士スーフィーたちと歴史的に対立している。
 そいつらは諍いの遠因でもある狂える土が極東で暗躍している事実を重く見た。
 そこで、ちょうど執行人エージェントでもあったやんすに白羽の矢が当たった。
 当初は調査と監視が目的だったらしい。
 なお、やんすは今回に限って異能力者のふりをしていた訳でなく普段からああなのだそうな。まったく。

 つまり場当たり的に対応する他なかったのは舞奈たちと同じだ。
 別にシナゴーグとやらも占術を駆使して綿密な計画を立てていた訳じゃない。
 だからザンの件だって、誰も予測できなかった。

 彼の犠牲を知っていたら放ってはおかなかっただろうと見なす理由もある。
 カバラ魔術師は魔術師ウィザードだ。
 怠慢は創造できる魔力を弱め、自分たちを弱体化させる。
 まあ、やんすが戦力差をおもんばかって魔法の短刀を貸したのはそれだけが理由な訳ではないと思うが。

 要するに誰にも、どうすることもできなかったのだ。

 そう自分を納得させる。
 かく言う舞奈だって、彼らのピンチに間に合わなかった。
 そんな舞奈の内心を見抜いたわけでもないだろうが、ニュットは――

「――そう言えば」
「まだあるのか?」
「預金通帳は大事に扱わないと駄目なのだよ」
「おおい、それを何処で拾ったよ?」
 舞奈の通帳を差し出した。
 これには舞奈も悪い意味でビックリ。
 ベリアルが(えぇ……)みたいな挙動でこっちを見たのが地味に癪に障る。

 それは県庁舎への襲撃を誤魔化すためのダミーとしてヴィラン達にひと暴れしてもらうために、好きに使ってくれとキャロルにくれてやったはずの代物だ。

「……これ、あたしが詐欺したみたいになるんじゃないのか?」
 どういう経緯でこいつが手元に戻ってきたのか気になる以上に、自分の落ち度じゃないのに恨まれていたら嫌だなと思って露骨に顔をしかめてみせる。
 だがニュットは涼しい顔で、

「その心配はないのだよ。キャロルちんへは、舞奈ちんと明日香ちんの今回の仕事の報酬を渡しておいたのだよ」
 そんな事を言ってのけた。

 それはそれで、なに勝手に人の報酬を使ってやがるとツッコむべきではある。
 だが、まあ結果的にキャロルに大金が渡ったのならヨシと雑に安堵する。
 明日香が当然みたいな表情でうなずいているのも悪い気分じゃない。通帳をくれてやったのは舞奈だけなのに。
 そして何より、今は眠くて物事を深く考えたくない。
 だから……

「それで構わんのだね?」
「……ああ。それでいい」
 糸目の念押しに、何食わぬ表情のまま答えた。
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