中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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おまけ

【短編】誕生の記3

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 破水から丸二日が経とうとしていた。
 陣痛はまだ訪れない。
 雪が定期的に施す卵膜剥離の痛みに耐える以外、エマはただベッドで夫と共に過ごすしかなかった。

 午後の日差しが傾き、寝室には穏やかな時の流れが漂っていた。
 だがその裏で、焦りと不安が伯爵夫妻の胸を静かに締め付けていた。

「今のところ赤ちゃんは落ち着いてるけど、そろそろ苦しくなって来る頃だから。明日まで陣痛が来なければ……帝王切開にしよう」

 雪の声音は落ち着いていた。
 エマは小さく頷き、息を吐く。

「わかったわ……お願いね」

「変わったことがあればすぐに知らせて」

 そう言い残して雪は部屋を出ていった。去り際、机に積まれた書類の山をちらりと見る。こんな時でも仕事を欠かさない両親に、雪は苦笑した。

 残された二人は書類に手を伸ばした。
 何かに没頭していなければ、不安に押し潰されてしまいそうだった。
 とりわけエマは、長引く緊張と入浴も叶わぬ不自由さで心身ともに疲弊していた。

「ねぇ、清一さん……赤ちゃんは、本当に大丈夫かしら」

 ぽつりと落ちる不安の声。

「きっと大丈夫です」

「雪ちゃんの時は、すぐに陣痛が来たのよ」

「……エマのお腹の中は、きっと居心地がいいんでしょう」

 丁寧に返答してくれる夫に、エマは微笑みながらも首を振る。
 エマの情緒が不安定になっていることを、セイルは解っていた。
 彼自身も胸の底で恐怖を抱えていたが、なるべく口にすることはせず、ただ支えようと努めていた。

「……私、怖くなっているの。一度経験しているのに、可笑しいわね」

「誰もが恐れることです。命懸けなのですから」

 セイルは静かにエマの手を握った。
 彼の手がかすかに震えていることに、エマは気づく。

「実際に産む貴女とは比べられませんが……僕も、怖いです」

 眉を下げ苦笑する夫。正直に告げる彼の言葉に、エマの心は少し和らいだ。

 雪を産んだとき、清一は居なかった。
 けれど今は、確かに隣にいてくれる。
 出産において父親の役割は少ないのかもしれない。
 それでも彼は今、恐れも不安も、気持ちを共有してくれる。それがエマには嬉しかった。

「きっと……清一さんに似た子が産まれるわ」

「僕は、百合子さんに似て欲しいです」

「ふふ……元気なら、何でもいいわね」

 二人の視線が重なり、柔らかな笑みが広がった、そのとき──

「……ん?」

 下腹部に、ぎゅっと捻るような痛み。

「今の……痛いかもしれない」

 小さく漏らしたエマの声に、セイルの顔が一変する。
 鋭い緊張が走り、彼は椅子を蹴るように立ち上がった。

「雪を呼びます」

「あ、待って。紙に時間を書いて」

 エマに促され、慌てて紙に現時刻を走り書くと、セイルは血相を変えて駆け出していった。

「すぐに戻ります!」

 寝室に残されたエマは、お腹を優しくさすった。
 まだ耐えられる痛み──けれど、確かに陣痛だ。
 ついに始まった。

 恐れと期待が入り混じる胸の奥で、エマは静かに覚悟を固めた。
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