龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~星占いの少女編~

星占いの少女編 第十話

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 その光景を見た瞬間、目の前が真っ赤に染まった気がした。

 大柄な男の下に組み敷かれ、押さえつけられたセイラの頬は腫れ、その瞳には涙が光っている。
 その奥に見えるリインは、ぐったりしたまま無骨な男の手によって衣服を今まさに引き裂かれようとしているところだった。

 間に合ったのか、間に合わなかったのか、それすらも冷静に判断する事が出来ない。
 ただ、雷砂の大切なものが、今まさに踏みにじられようとしている、そのことだけは分かった。
 それを、許すわけにはいかなかった。


 「お前みたいなガキがここになんの用だ?とっとと出て……」

 「うるさい。黙れ」


 近付いてきた男の言葉を最後まで聞かずに殴り飛ばす。
 男は2mほど吹っ飛んで壁に背中を打ち付け、泡を吹いて意識を失った。
 それを見た男達が、突然の幼い闖入者を唖然と見つめる。
 小さな子供が、倍も大きな体を持つ男を簡単に吹き飛ばす、そんな光景は彼らにとって信じがたいことだった。


 「お、おい、てめぇら。なにぼやっとしてんだ。さっさとそのガキを片づけろ!!」

 「で、でもよぉ」

 「いいからいけ!!大人数で一気にかかればいいだろうが!!!」


 セイラの上に乗っかったままの男が叫ぶ。
 それに背を押されるように、バラバラと男達が雷砂を排除しようと襲いかかってきた。


 「い、痛い目をみたくないなら大人しくでてけ!!」

 「そうだ!もう容赦はしねぇぞ!!」


 口々に叫びながら、襲いかかってくるでくの坊達を、雷砂はゆっくりと前に進みながら、時に殴り飛ばし、時に放り投げて、次から次へと地に沈めていった。
 残るは二人。
 先に飛びかかってきたのはリインに張り付いていた男だった。

 手加減、出来ないかもしれないー雷砂はそんな不安を抱えながら、殴りかかってきた男の拳を受け流した。

 焼け付くような怒りで胸が痛い。
 握った拳の中で爪が皮膚を突き破り、赤い血がこぼれ落ち、床に赤い染みを作る。

 二人を直接傷つけたこの男達を、殺してしまうかもしれないー雷砂は拳を強く、強く握る。

 流れる血が雷砂の拳をまだらに染め、考え事をして動きの鈍った雷砂の頬を、男の拳が捕らえた。
 鬼の首をとったかのような喜色を満面に浮かべた男は、だが、次の瞬間、激しい苦痛に悲鳴を上げていた。

 己の頬にめり込んだ拳を、雷砂の手が掴んでいた。
 めきめきと、骨がきしみ、砕けるほどの力で。
 一瞬で拳の骨を粉砕された男は、所々骨が飛び出し、血を流す己の手を胸に抱きしめるようにしてうずくまる。
 そんな彼の、もう一方の手を無理矢理掴みあげ、雷砂は相手の恐怖に染まった瞳をのぞき込んだ。


 「こっちの手でも、リインをさわったんだろう?」


 その問いを受けた瞬間、男の瞳がおびえを浮かべたのを見て取った雷砂は、彼の返答を待つまでもなく答えを受け取っていた。


 「なら、こっちの手にも罰が必要だな?」


 そう言いながら、男の手を握る手にぐっと力を込めた。
 鈍い音が響き、男が再び苦悶の声を上げる。
 強いアンモニアの臭いが漂い、雷砂は床に倒れ込んだ男を冷たい眼差しで見下ろした。
 そして、


 「お前は少し寝てていい」


 そう言うと、失禁しながら悲鳴を上げる男の頭を軽く蹴飛ばして、その意識を刈り取った。


 「て、てめぇは化け物かよ!?」


 そんな男の声に顔を上げると、セイラの体を盾にするように拘束する、男の姿が見えた。
 セイラは服を身につけていなかった。
 雷砂しか見ることの出来ないはずの彼女の体が人目にさらされ、見知らぬ男がその肌に触れていることに、気が狂ってしまいそうな程の怒りを覚える。
 自分の中に、こんな醜い感情があったことを、雷砂は今、初めて知った。


 「そうだよ。化け物だ。だから、あんまり怒らせない方がいい」


 言いながら、ゆっくりと近付く。


 「く、くるんじゃねぇ!!この女を殺すぞ!?」


 男が悲鳴のような声を上げて、雷砂を威嚇する。
 刃物はもっていないようだが、その大きな腕がセイラの首にかかっていた。
 男が本気で力を込めれば、簡単にセイラの首は折れてしまうだろう。

 だが、雷砂はあわてずに言葉を紡ぐ。
 恐ろしいほど冷静に、冷ややかに。


 「怒らせるなと、言ったはずだけど?」


 雷砂は小首を傾げて男を見つめる。
 なんでこんな簡単なことが分からないんだろうと言うように。
 そして、自分の服の胸元からボタンを一つ引きちぎると、何気ない動作でそれを弾き飛ばした。
 次の瞬間、男は自分の頭の横を、ものすごい勢いで何かが通り過ぎるのを感じた。
 次いで感じる痛み。


 「ほら。言うことを聞かないから、耳が半分になっちゃった」


 だから言ったのに、と無邪気にも聞こえる声で雷砂が話しかける。


 「は?みみ?」


 男はセイラの首に回した腕はそのままに、反対の手で己の耳を触ろうとした。
 だが、指先に触れた耳は、思っていたよりもずっと小さくなっていた。
 温かでぬるりとした液体が、触れた指を赤く汚した。

 ずきずきと訴える痛みと、指で触れた耳の形が事実を物語る。
 目の前にいるのは、思っていた以上の化け物だ、ということを。

 雷砂は、まだかなり離れた場所にいるというのに、正確に男の耳の上半分を吹き飛ばしていた。
 男が反応する間もないほどの素早さで。

 これでは人質を取っていても意味がない。
 なぜなら、目の前の化け物は、人質がいてもなお、彼を無力化する力を有しているのだから。

 それに……男はゴクリと唾を飲み込みながら、雷砂の服の胸元を見た。
 その胸元のボタンは一つだけ欠損している。
 さっき、男の耳を吹き飛ばす為に使ったからだ。
 しかし、男は目だけで残りのボタンの数を数えた。
 そこにあるボタンは後二つ。
 少なくとも後二回は、さっきと同じような攻撃が出来ると言うことだ。

 おびえを含んだ男の目が雷砂を見つめる。雷砂はそれを受け、優しげにも見える微笑みを浮かべた。
 一片たりとも笑っていない、冷たい瞳のままで。


 「もう、わかったでしょ?ほら、ボタンはまだ二つもある。今すぐ彼女を離さないなら、次は頭を吹き飛ばす。出来ないとは、思わないよね?」


 雷砂の言葉に、男は震え上がった。
 言うことを聞かなければ殺されてしまう。問答無用で。
 その事が、理解できたから。

 男はあわててセイラから腕をほどき、彼女の体を雷砂の方へ向かって突き飛ばした。
 そうすれば、あの化け物は女を受け止めるに違いない、そう信じて。
 そして、彼が思ったとおり、雷砂は自分の方へと突き飛ばされ大きくよろけたセイラに駆け寄り抱き留める。

 その瞬間、雷砂の意識は男から逸れ、大きな隙が生まれた。
 その隙を男は逃がさなかった。
 自分が出せる限りのスピードでわき目もふらずに走り出す。雷砂によって扉を壊された、唯一の出入り口に向かって。

 だが、その目的が叶うことはなかった。

 相次いで、左右の足に激痛が走り、男は足をもつれさせて床へ勢いよく倒れ込んだ。
 なんで?と思い、何とか前に進もうともがくが、足は思うように動かず、痛みを訴えるばかり。
 焦る彼の耳に、背後から近付く小さな足音が聞こえた。その音は少しずつ大きくなり、そして、


 「思ったより素早いんだなぁ。それに頭も回る。……でも、逃がさないよ?」


 頭上からそんな幼い声が聞こた。
 次いで、ものすごい力で無理矢理上を向かされる。
 そして、胸の上に何かが乗ってきたのを感じて、男は恐る恐る目を開けた。

 胸の上にまたがり、己を見下ろす幼い美貌を見上げ、男はがちがちと歯を鳴らす。
 今まで感じたこともない程の恐怖を感じながら。
 そして、ふと、その化け物の胸元を見て、思わず目を見開いた。
 さっきまで、そこに残っていたはずのボタンが無くなっていた。
 その事に気づき、男は悟る。
 己の足にめり込んで足を止めさせたのはきっと、目の前の存在の胸元から消えたそのボタンだろうと言うことを。


 「セイラの頬を殴ったのはお前か?」


 男の胸ぐらを掴み、雷砂は問いかける。
 男は反射的に首を振った。違うと。自分ではないと。
 真実とは違うその答えに、だが雷砂は騙されなかった。
 さっきと同様、雷砂は質問を聞いた瞬間に男の目に浮かんだおびえを見逃さなかった。

 雷砂は無言のまま目を細め、拳を繰り出す。
 セイラが殴られたのと同じ方の頬へ向かって。手加減を、意識する間もなく。
 雷砂の小さな拳は、男の頬に鋭く重く突き刺さり、その頬骨を砕いて歯もへし折った。


 「ぶふぉあぁ!?」


 男は血とともに砕けた歯を口から吹きだし、すがるような眼差しを雷砂に向ける。
 殺してくれるなと。助けてくれ、と。
 雷砂は、そんな願いを聞くつもりなどない。
 だが、手加減を忘れた一撃で、男を殺さずにすんだことに、どこかほっとしてもいた。
 きっと、無意識のうちに、力を抜いていたのだろう。彼を、殺してしまわないように。
 だが、これだけで目の前の男を許すつもりは無かった。


 「良かったな?死ななくてすんで。だけどまだ許すつもりはないよ。まだ、不必要なものが残ってるからね」


 言いながら、雷砂は男の腕に手を伸ばす。


 「女の人に乱暴するしか能のない手なんか、必要ないよな?」


 雷砂の問いかけに、男は必死に首を振る。
 だが、雷砂は容赦することなく、その腕に拳を叩きつけ、叩き潰した。
 右、そして左と、両方ともに。
 男が口から血を吹き出しながら絶叫する。
 その耳障りな声に雷砂は顔をしかめて立ち上がる。
 そして、


 「うるさい。黙れ」


 短い言葉とともに、男の頭を蹴った。意識を刈り取る程度の力に加減をして。
 そうしてやっと、広くて薄暗い空間に静寂が落ちる。
 雷砂は、周囲を見回して、床に落ちたままのセイラの服を見つけて拾い上げると彼女の元へと向かう。
 セイラはリインの側にいて、彼女の様子を伺っていた。


 「リインは?」

 「大丈夫。多分、気絶させられたまま、眠ってるだけ、だと思う」

 「そう……」


 セイラの言葉にほっと息をつき、雷砂はセイラの体に回収してきた服を掛けてやった。
 そして、そのまま彼女の側から一歩身を引く。
 そんな雷砂の様子を、セイラは怪訝そうに見上げた。


 「雷砂?」

 「……ロウを、呼ぶよ。そうすれば、すぐに怪我を治してくれる」


 まっすぐに自分を見上げるセイラから目をそらし、雷砂は言葉を絞り出した。
 その表情は、今にも泣き出してしまいそうに見えた。


 「雷砂、大丈夫?」


 思わず手を伸ばしたセイラの指先から逃げるように、雷砂はもう一歩、体を後ろに逃がす。


 「オレに、さわっちゃダメだよ」

 「どうして?」


 雷砂の言葉に、セイラが問いを重ねる。
 雷砂は、泣きそうな瞳でセイラを見つめた。


 「オレは、汚れてる。だから、触っちゃだめなんだ」

 「……どうして、そんな風に思うの?」

 「だって……」


 セイラの問いかけに、雷砂は血にまみれた己の手を見せた。


 「オレは、殺そうとしたんだ。殺したいと思った。オレのセイラを、リインを、酷い目に遭わせたあいつ等は、死んで当然だって、そう思ったんだよ?」


 だが、セイラは怯むことなく、血塗れの小さな両手を己の手で包み込むように握った。
 そして、その手の平にそっと唇を押しつける。手の平に残った傷の一つ一つを、優しく労るように。


 「可哀想に。痛かったでしょう?でも、こんな風に、自分を傷つけちゃダメ」

 「セイラ!」

 「ねえ、雷砂。あなたは汚れてなんかいないわよ。誰よりも綺麗で気高いまま。以前とまったく変わらない、私の雷砂だわ」

 「そんなことないよ。だって……」

 「あなたは確かに殺したいと思ったのかもしれない。でも、あなたは殺さなかった。そうでしょう?」

 「……うん」

 「殺せたのに、殺さなかったのよ。そんなあなたが汚れてるなんて、誰にも言わせないわ。それが、雷砂、あなたであったとしても」


 そのまま腕を伸ばし、雷砂の体を抱きしめ引き寄せる。
 腕の中におさまった雷砂の体がびくりと震え、緊張したままなのが分かった。
 だが、その緊張も少しずつほどけ、雷砂の体から力が抜けてきた頃、すぐ隣から小さなうめき声が聞こえた。
 あわててそちらを見てみれば、リインがうっすらと目を開けてこちらを見上げている。
 セイラも雷砂も横たわったままのリインの傍らに膝を付き、彼女の様子を見守った。


 「私、どうしたの?」


 リインは少し混乱したようにそう問いかけた。
 そんな妹に、セイラが優しく笑いかける。
 そして、


 「大丈夫。もう終わったわ。雷砂が、終わらせてくれた。安心して?もうすぐ迎えが来るから、宿に戻るまで眠ってていいわよ?」


 穏やかに話しかけながら、妹の銀色の髪を優しく撫でる。
 男達に乱暴に扱われ、乱れた髪を整えるように。
 リインは頷き、その瞳を雷砂の方に向けた。


 「雷砂?」

 「なぁに?リイン」

 「雷砂がきてくれるって、分かってた。ありがとう、雷砂」


 そんな言葉を伝えてにっこりと微笑み、それから電池が切れたように再びことんと眠りについてしまった。
 雷砂は眠るリインの頬を優しく撫でる。
 その瞳に思い詰めたような光を宿したままで。
 
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