龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~星占いの少女編~

星占いの少女編 第九話

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 どさりと乱暴に床に下ろされた振動で、セイラの意識は緩やかに浮上した。
 周囲で騒ぐ男達の声で自分の状況を再確認し、セイラは彼らに気づかれないように薄く目をあけて周囲を伺う。

 薄暗い、場所だった。
 窓が少なく、光が入りにくい場所なのかもしれない。
 恐らく、倉庫か何かに使われている場所なのだろう。吸い込んだ空気は、ほこりとカビの臭いがした。

 まだ意識が戻らない風を装って、寝返りを打つ。
 そこにはリインがぐったりと横たわっていた。
 一瞬ドキリとしたが、注意深く様子を伺えば、その胸元が緩やかに上下しているのが分かって、ほっと息をつく。

 男達は取りあえず酒を飲み始めたようだ。
 女を楽しむのはその後、ということなのだろう。
 少しは時間の猶予がありそうだと、さっきよりちょっぴり大胆に周囲を伺ってみる。

 男達は少し離れた場所の床に直接座り込み、酒をあおっている。
 出入り口はその向こう。
 どうあっても、男達の目に付かずに逃げることは難しそうだった。


 (気持ちよく酒を飲ませて、酔いつぶしてしまうことが出来れば……)


 そうすれば逃げる機会も生まれるかもしれない。
 自分はともかく、リインだけはなんとしてでも逃がしてあげたかった。
 力ずくで逃げるのは難しい。
 頭を使って何とかこの場をしのがなくてはいけない。
 もし、逃げ出せないにしても、何とかリインに手を出させることだけは防ぎたい。
 その為に、自分がどんな目にあうとしても。


 (一応、お姉さんだしね)


 セイラは手を伸ばしてそっとリインの頬を撫で、それから自然に目が覚めた風を装って身を起こした。
 セイラが起きたことに男達が気づき、その中の一人が近付いてくるのを、おびえた様子を装って出迎える。


 「目が覚めたならちょうどいい。せっかく綺麗どころがいるんだ。酌をしてくれや」


 男に手を引かれ、嫌がるそぶりを見せつつも従った。
 そして男達の輪に入り、酒をついで回る。
 酒の量は十分にあった。
 これならば酔いつぶすことも出来るかもしれない。
 そんな希望を持ちながら、セイラはせっせと酒をついで回った。

 男達は美しい女が酒をついで回ってくれることに浮かれ、勢いよく器の中身を干していく。
 そして、執拗にセイラの体に触れようとした。
 だが、仕事柄、酔客の相手は慣れている。
 セイラは巧みに男達の手を巧みにかわしたが、全てをかわしきれるわけもなく、とうとう一人の男の腕の中に捕らえられてしまった。

 男の手がせわしなくセイラの体を這い回り、首元に酒臭い息がかかる。
 嫌悪感に鳥肌が立ち、何とか男の手を逃れようとするが、びくともしなかった。


 「おい、女の独り占めはずりぃぞ!」

 「そうだ!俺達にもまわせよ」

 「ちっ、分かったよ」


 周囲の男達から文句を言われ、セイラを捕らえていた男は不満そうにしつつも彼女を解放する。
 だが、自由になったのもつかの間。
 すぐさまほかの男の手が伸びて、セイラの体を引き寄せた。


 「うはぁ。いい匂いだなぁ。たまんねぇ。なあ、そろそろはじめねぇか?」


 セイラの首元に顔を埋めた男の言葉に、周囲の男達がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。


 「お、お酒。もう少し一緒に飲みましょうよ。ね?」


 慌ててそう声をかける。
 始まってしまえばもう止めることは出来ない。男とはそう言うものだ。
 一人でも二人でも多く酔いつぶしておかないと、リインを守れるかも、危うくなるだろう。


 「いや、酒はもう十分飲んだ」


 セイラを捕まえている男は、彼女の首筋に舌を這わせ、その胸を鷲掴みにしやわやわと揉みながら言った。


 「俺はこの女にする。てめぇらはどうする?」

 「俺もその女だ」

 「俺はもう一人の女がいいな。少し貧弱だが、華奢な感じがそそる」

 「おれぁ、どっちも味見してぇなぁ」


 それぞれが口々に、勝手なことを言い始める。
 そのまま争いに発展してくれればと思ったが、男達の間には明確な力関係があるらしい。
 どうやらセイラを後ろから羽交い締めにしている男が一番上らしく、彼はそのままセイラを抱え上げて移動を始めた。


 「なぁ、もう一人の女は俺からでいいか?」

 「そいつぁ、てめぇらで話し合って決めろ。こっちが終わったら俺にも味見をさせろや。歌姫さまがどんな声で鳴くのか、興味があるしな」

 「やめて!妹に手を出さないで!!」


 男達のやりとりに割り込むように叫び、セイラは男の腕から逃れようと必死に暴れた。
 そこで逃れたところでなにが出来るわけでもないだろう。
 だが、ただ諦めるのだけは、我慢できなかった。


 「おいおい。さすがは舞姫さまだが、いきがよすぎるのも困りもんだな。よーし、じゃあ、こうしよう。あんたが俺達の言うことをちゃーんときくなら、あんたの妹には手を出さないでおいてやる」

 「……ほんとうに?」

 「ああ、ほんとうさ。おれぁ、約束は守る男なんだぜ?どうする?大人しくするか?」


 優しくすら聞こえる男の言葉に、セイラは唇をかみしめ、だが最後には頷いていた。
 どんなに小さな希望であったとしても、もうそこにしか可能性が見いだせないことに気づいてしまったから。
 セイラがどんなに暴れたところで、この男の腕をふりほどくことすら出来ない。
 セイラとて、男が心の底からそんな提案をしているとは思っていない。
 ただ、少しでも長くあがき続けるつもりだった。どんなことをしてでも。
 たとえそれが、全て無駄なことだったとしても。


 「どうすれば、いいの?」

 「そうだなぁ。まずは俺達の前で、その邪魔な服を全部脱いでもらおうか」


 にやにや笑いながら男が言う。


 「……わかったわ。言うとおりにするから、下におろして」


 セイラはこみ上げる怒りを押し殺し、承諾の意を男に告げる。
 男は、逃げんじゃねぇぞ?と念押ししてから、セイラを床におろした。
 男の手が体から離れた瞬間、逃げようか、とそんな考えが一瞬脳裏をよぎった。
 だが、


 (ただ逃げようとしても逃げきれるはずがない。今はあいつらの言うとおりにしながら逃げる機会をうかがうしかないのよ)


 すぐにその考えを否定し、セイラは目の前に立つ男達を挑戦的に睨みつけた。
 そして、覚悟を決めて自分の服に手をかけ、男達が不審に思わない程度にゆっくりと服を脱ぎ始めた。
 少しでも長く、時間をかけるように。

 一枚、また一枚と服を足下に落としていく。
 男達は、セイラの身を包む布地が一枚減るごとに歓声をあげた。
 ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて。
 だが、とうとうセイラの身を包むものは下着だけとなり、


 「いい眺めだなぁ。さっさとその小さい布っきれも脱いじまえよ」


 にやにやしている男を、きつい眼差しで睨みつけた。
 それを見た男は、


 「そのきつい目がたまらねぇなぁ。俺はよ、気の強い女をねじ伏せるのが大好物なんだ。女ってのはな、結局強い男に支配されるのが好きな生き物なんだよ。お前ももうすぐ、俺なしじゃあいられなくなるさ」


 もう我慢の限界だとばかりにセイラとの距離を詰めると、その胸元を覆う下着を引きちぎるようにはぎ取った。
 そして大声を上げる。


 「よーし、もう好きにしていいぞ。あっちの女のお初を誰にするかはてめぇらで勝手に決めろ。おれぁ、この女に相手をしてもらうからよ」

 「言うことを聞いたら妹には手を出さないって言ったでしょ!この、人でなし!!」


 振り下ろされたセイラの平手を軽々と防いでつかみ取り、そのまま彼女の体を無理矢理床へと押し倒す。
 怒りに満ちたその表情を見下ろしながら、男は心底楽しそうに笑った。
 そして、


 「すまねぇなぁ。さっきのあれ、お前の妹に手を出さねぇってやつ?ありゃ、冗談だ。なんだ?冗談を真に受けちまったのか?」


 そう言いながら、セイラの胸を力任せに揉みしだく。
 嫌悪感しか感じられないその愛撫にセイラは顔をしかめ、燃える瞳で男を睨みあげた。


 「約束を守らないなら、私もあんたに従ういわれはないわね」


 言うが早いか、セイラは素早く膝で男の股間を狙う。
 それはもちろん防がれてしまったが、それでも男の手はゆるんだ。
 セイラはその隙を逃さずに、男の腕の中から抜け出すと、妹の方へ向かおうとする。

 リインはまだ意識を回復していないようだった。
 気を失ってから大分たつのに、どうしたのだろうと心配になる。
 だが、今はその心配をしている時間はなかった。
 リインの周りにも男が群がり、その内の一人がリインへのしかかろうとしている。


 「妹に、手を出すなっ!!」


 セイラは吠え、妹に駆け寄ろうとするが、それは叶うことなく、強い力で頭を地面に押さえつけられた。


 「くっそ。本当にいきが良すぎるぜ。そろそろ諦めろや」


 背中にのし掛かってくる男の重みに、セイラは必死に抵抗した。
 暴れて、暴れて、だが、どうにもならないと悟った瞬間、涙がこぼれた。
 涙にかすむ視界の向こうで、リインの服に手をかける男が厭らしい笑いを浮かべるのが見える。


 (どうにも、ならない。私には、どうにも、できない)


 そんな諦めが、じわじわと体を浸食する。
 動かなくなった獲物を前に、セイラの上の男がほくそ笑む。
 そして、大人しくなったセイラの体にゆっくりと手を這わせはじめたその時、轟音とともに、倉庫の扉が派手に吹き飛んだ。
 男達は扉のなくなった倉庫の出入り口へと顔を向け、みな一様にぽかんと口を開いた。

 そこにあったのは小さな人影。
 若いという表現でもまだ足りない、幼いとすらいえる頼りない体つきのその人物は、複数の屈強な男達の姿を視界に納めてなお、怯えることなくまっすぐに彼らを睨みつけた。
 激しい怒りに燃え上がる、その美しい色違いの瞳で。
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