僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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12歳の疾走。

ルマーニ王子の到来。

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 王都から戻って一月。ルステインの朝は相変わらず澄んでいて、アトリエの中では紡ぎ手のおばあさん達が若い子たちの指先を見て回っていた。

「ほら、撚りは指で歌わせるんだよ」

「う、歌うの?」

「そうさね。糸が気持ちよく回れば、布は勝手に軽くなる」

 笑い声と針のきらめき。その向こうではドワーヴンベースの「未来研究室」から異動してきたドワーフたちが、新設の飛行研究所の工房で船体の骨組みを前に議論している。ノーム材と真鍮の比率、接合の鳴りで限界を知らせる仕掛け、尾翼の応力抜き――。

「リョウ様にだけ申し上げますが、今回の竜骨は“鳴き”が二段でござる」

「二段?」

「限界手前と、ほんとの限界の二度鳴く。安全の鈴でやす」

 ヂョウギが自慢げに胸を張る。小人族の精鋭たちも次々とルステイン入りし、小人伯が踏車の設計図を机に広げては叫ぶ。

「三段可変! でも膝が笑う仕様は却下!」

「さすが殿下……」

 そんな喧噪の中、門番の声が高く通った。

「ルマーニ王子殿下、ご到着!」

 石畳を軽やかに踏む足音。役人を数名連れたルマーニ王子が、旅塵を払ってまっすぐ僕に手を差し出す。

「久しいな、リョウエスト。予定より半日早く来た。風が味方した」

「ようこそ。小人伯も今なら図面の山で泳いでるけど、引っ張り出す?」

「泳ぎながら来るさ!」

 案の定、小人伯は紙束を抱えたまま転がるように現れた。

「ルマーニ、待ってた!」

 まずは執務。場所を領主館の会議室に移し、マクシミシアン伯爵……マックスさんが温かな笑みで迎える。

「王子殿下、ルステインへようこそ。早速ですが、本題に入りましょう」

 王子は襟を正し、役人に合図をして地図を広げさせた。墨の匂い。ルステイン郊外、フォンブイヨン村の周辺に赤い印が点々と付いている。

「ここを王国で借り上げ、実験場と研究所、宿舎を整備する。加えて現地滞在用の私の別邸を簡素に一棟。道路は既存の農道を拡幅、輸送は獣人隊商と連携。治安は領軍と王国警備隊の合同」

 マックスさんが顎に手を当てる。

「風の道は?」

「エルフの道標が近い。上層の風が素直だ。万一の降ろし場として農地の空地も所有者と協議済み」

 僕は地図の余白にメモを走らせる。

「音と熱の苦情対策は?」

 役人が答える。

「バーナー試験は時間帯指定、遮音土手を築き、気象局からの通報で中止ラインを明確に」

「資材搬入はドワーフに」

「推進機の検査は小人族に」

「袋の検反は紡ぎ手・織工に」

 分担を並べていくと、小人伯が身を乗り出す。

「王都側の窓口、ボクが直結でやる! 図面は夜送る、朝フィードバック返す!」

「返すのは昼にしてくれ」

 と王子が苦笑する。

「寝ないのは国策に悪い」

 皆の笑いがほどけたところで、マックスさんが結ぶ。

「フォンブイヨン村の用地、領としても全面協力しよう。村長には私から話す。殿下、契約は宰相印で?」

「すでに承認済みだ。――動こう」

 段取りの滝が一通り落ち着いたところで、王子がふっと肩の力を抜いた。同い年の顔になる。

「折衝は終わり。観光だ」

「任せて」

 僕たちは一団でルステインの町へ出た。まずはドワーヴンベース。工場の槌音に王子の目が丸くなる。

「このリズムは……気持ちが整うな」

「でやしょう?」

 とヂョウギの部下が胸を張る。

「一打に一尺の約束があるんでさ」

 続いて工業地区。熱源装置の反転で冷やした倉庫を抜け、缶詰のライン、活版印刷の部屋……王子は手帳に小さな文字をびっしりと刻んだ。

「ここ、数字の匂いがする。人の手と数字が、喧嘩していない」

「喧嘩させないのが役目だからね」

 合間に食べ歩き。串焼き、香草餅、蜂蜜水。小人伯はすでに頬いっぱいだ。

「これ好き! あとそれも! ……全部!」

「殿下、やり過ぎ注意」

 と僕と王子が同時に言って、三人で吹き出した。

 川沿いの通りでは、獣人の子どもたちが小舟を引いて走っている。王子は靴を脱いで岸に座り、指先で水を弾いた。

「王都は大きいけれど、ここは速い。風が仕事を急がせる」

「風と針目で、ね」

 夕刻、丘の上の小さな祠に登る。町と工房と畑、遠くの林、その向こうにフォンブイヨン。王子が息を吸い込んで、ぽつりと言った。

「恐ろしくなくなった」

「なにが?」

「空が。地図の線と、人の手の段取りで、ちゃんと掴める気がしてきた」

 ふと視線が合う。同い年なのに、やっぱり王族の目だ。けれど次の瞬間には、また少年の笑顔に戻る。

「……ねえ、競走しよう。あそこまで」

「いいよ。小人伯、審判!」

「任された! 合図は蜂蜜水一気飲み」

「ずるい審判だ」

 笑いながら駆け下りて、転びそうになって、結局三人とも草まみれ。ギピアが呆れ顔で布を持って待っていた。

 夜、アトリエの広間で小さな宴。おばあさん達が若手の手を褒め、ドワーフは金具の鳴りで歌い、小人族は踏車の新曲を足で奏でる。王子は杯を傾け、目を細めた。

「ここで研究所をやるんだな」

「うん。フォンブイヨンに灯を足して、空の道を広げる」

「よし。明朝、村へ正式通達を持っていく。役人を残して設計に入らせる。私は……少しだけ、遊んでから帰る」

「賛成」

 と僕。小人伯が両手を挙げる。

「明日も串焼き!」

 その夜、王子はシンプルな客間で泥のように眠り、僕は机に向かって翌朝の段取りをまとめた。おばあさん達の教室の増枠、飛行研究所の仮設棟、フォンブイヨンでの最初の地鎮の手順、天候判断の掲示板。

 翌朝、王子は役人を連れて村へ。村長の皺の深い笑顔、土地を撫でる手、子どもたちの歓声。印が押され、握手が重なり、日が一つ昇ったみたいに明るくなる。

 戻る道すがら、王子が空を見上げる。

「リョウエスト。またすぐ来る。現場で覚えたい」

「待ってる。僕らは先に進めておく」

「頼んだ。それと、串焼きの店、忘れないように書いてくれ」

「そっちが本命でしょ」

 笑って手を振る。王子は馬上で小さく、でも少年らしく大きく手を振り返した。小人伯はその横で、踏車の新部品を抱えて跳ねている。

 一月前には遠かった王都が、今は風の延長線上にある。針目が街を縫い、竜骨が丘を渡り、踏車が笑いを運ぶ。フォンブイヨンには研究所の杭が打たれる。ここからまた、一段、空へ。

「さあ、仕事だ」

 僕が言うと、紡ぎ手の小さな合唱が返ってくる。

「指で、歌わせる――」

 ジルケルの糸が朝日にきらめき、ルステインの風が、今日の段取りを軽く押した。
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