僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

ストラ兄さん、結婚が決まる。

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 スクワンジャー公爵家の夜会は、王都でも屈指の格式の高い催しだ。正門の燭台が風に揺れ、白石の階段に影が薄く踊る。僕はストラ兄さんと並んで階段を上がった。兄の横顔はいつも通り穏やかで、しかし今夜はどこか、光の芯が強い。

「緊張してる?」と僕が囁くと、兄は小さく笑った。

「少しだけね。けど、覚悟は決まってる」

 大広間は金糸で縁取られた幕と、春の花の香り。楽士が低く序曲を引き、貴婦人たちの扇が羽音のように動く。僕はあくまで家族として控えめに、視線の高さを一段下げた。王様に言われた通り、今年は“見せる場”を減らすのだ。今夜は兄の夜会。僕は影でいい。

 開宴の挨拶のあと、スクワンジャー公爵が壇に上がった。灰青の瞳が広間を一度、静かに掃く。

「諸君。まずは我が家を訪れてくれたことに感謝を。本日は一つ、喜ばしい報せがある」

 空気がすっと引き締まる。僕は自然と背筋を伸ばしていた。

「王太子殿下の相談役にして、スサン商会王都統括責任者ストラスト・スサン。彼と、我が娘マリーダは、一年後、結婚式を挙げる」

 一瞬の静寂。次に、拍手の波。扇が花のように開き、祝福のさざめきが広がる。僕は胸の奥で「いよいよか」と呟いた。兄は前へ進み、壇に上がる。光が兄の肩を縁取る。

「スクワンジャー公爵閣下、マリーダ嬢、そして皆さま。必ず幸せに致します。言葉で飾るより、これからの働きでお見せします」

 短く、それでいて芯のある挨拶だった。拍手が再び大きくなる。マリーダさんは薄桃のドレスで、ぽわぽわと花の綿毛みたいに微笑んでいる。あの柔らかい雰囲気の奥に、王党派の矜持が見えるのを、僕はいつも不思議に思う。

 ところが、公爵は一歩引いて終わらせなかった。ふっと唇の端を上げる。

「……それから、諸君。驚くなかれ。この男は、ゼローキアの娘も射止めた」

 ざわ、と広間に小さな波が走った。貴族派の長、ゼローキア侯爵家。王党派としばしば対立する大樹。その“二女”、メリンさんの名が、囁きの中で浮かぶ。

「政敵の娘となぜだ、と問う者もおろう。だがな……どうにもこの男が良い男でしてな」

 笑いが起きた。公爵の声音は軽く、しかし言葉は重い。

「反対する理由が無かった。むしろ、今後、我が派閥と彼の派閥の調整役を担ってくれるそうだ。期待しよう」

「はい。頑張ります」

 兄の声は、軽やかで真っ直ぐだった。僕は気づく。これはただの婚約発表じゃない。派閥の“橋”を公に架ける宣言だ。王太子の相談役としての兄の非公式な発言力を、王党派の総本山が認め、笑いで受け止め、広間に染み込ませた。

 その後は、祝福の挨拶の列が尽きなかった。マリーダさんの前には花束と扇、兄の前には盃と書簡。僕は列の後方で、贈答の差配に慣れた家令と目配せをする。スクワンジャー派の重鎮が兄の肩に手を置き、「殿下の相談役、見事にこなしていると聞く」と笑う。別の貴婦人は「宮廷での意見、よく通るそうね」と扇の陰で囁く。噂話が、評価に変わっている。兄の仕事が、ちゃんと形になって見えているのだ。

 少しして、淡い青のドレスの女性が遠慮がちに近づいた。メリンさんだ。しっかりした眼差し、落ち着いた笑み。ゼローキア侯爵の二女にふさわしい静かな威厳がある。

「おめでとうございます、マリーダ。……そして、あなたも、ストラスト様」

「ありがとう、メリン」

 マリーダさんが両手を取って嬉しそうに揺らす。

「ねえ、ドレス、素敵」

「あなたのその色の方が似合っているわ」

 二人の間に、女の子同士の空気がふわりと生まれて、場の緊張が和らぐ。僕は内心、ほっとした。マリーダさんのぽわぽわと、メリンさんのしっかりものが、綺麗に噛み合っている。

 兄が僕を見つけ、目で合図を送る。僕は歩み寄って、簡単に礼をした。

「兄さん。おめでとう」

「ありがとう。……ほら、言った通りだろう? “段取り”は大事だ」

「段取りって、公爵閣下の“笑い”まで含めて?」

「もちろん。笑いは潤滑油だよ」

 兄の余裕に、僕はまた驚かされる。やっぱり天才で、やっぱり人たらしだ。

 列がひと息ついた頃、年配の紳士が近づいてきた。スクワンジャー派の老臣らしい。背後には若い書記官が控えている。

「ストラスト殿。宮廷内でも非公式ながら発言力があると聞く。王太子殿下のご信任が厚いとか」

「身に余ることです。殿下は実務を重んじられる方で、私はその補助をしているだけです」

「だけ、とは言うまい。周囲の反対は?」

「ほとんどありません。皆さん、王都が回ることを望んでおられる。数字を揃え、手順を整え、必要な時に必要な紙を差し出すだけです」

 老臣は満足げに頷いた。「うむ、手順で合意を取る。今の王都に最も必要な流儀だ」

 遠巻きに見ていた若手の貴族たちが、僕のところへも来た。「弟君だろう?」「いつも兄君の話を聞いているよ」「君の発明や印刷も、王都では評判だ」。僕は頭を下げつつ、言葉を控えめに選ぶ。今夜は主役ではない。兄の足元に光を集めるのが、今の僕の仕事だ。

 やがて、夜会の終わりが近づき、楽士が緩やかな終曲を奏で始める。兄は最後まで笑顔で祝辞に応え、マリーダさんはぽわぽわと花のように、メリンさんは落ち着いた稜線で支え続けた。三人の立ち姿が、妙にしっくり来る。表と裏、華と実務、王党派と貴族派……相反するようでいて、今夜は同じ絵の中に収まっている。

 帰り際、スクワンジャー公爵が僕を呼び止めた。

「リョウエスト君。よい夜だな」
「はい。お招き、ありがとうございました」
「君の兄は、『橋』になれる男だ。橋は、時に両岸から石が飛ぶ。だが、君の兄は笑って石を拾い、石垣に変えるだろう」
「兄なら、きっと」
「うむ。……そして君は、橋の下を流す水だ。清く早く、淀みなく。二年後、君もまた大事な“合流点”になる。覚悟をしておきなさい」

 胸の奥が熱くなった。言葉にできない何かが、背中をすっと押した気がする。僕は深く一礼して、会釈で兄に合図を送った。兄は遠くから、親指を小さく立ててみせる。笑ってしまう。子どもの頃の癖のままだ。

 馬車に乗り込むと、先に乗っていた兄が軽く肩を叩いた。

「どうだった?」
「見事。……ほんと、見事だったよ」
「ありがとう。これで、動きやすくなる」
「ゼローキア側は?」
「侯爵は表で発表しない。でも、メリンが“しっかり”支えてくれるさ。マリーダは“ぽわぽわ”で皆を柔らかくする。僕は、二人の間で空気を整える」

「やっぱり兄さん、人たらしだね」
「人たらし、ね。いい言葉じゃないけど、悪くない。相手の良いところを見つけるのが、たぶん僕の癖なんだ」

 馬車がゆっくりと動き出す。車輪が石畳を刻む音が、今夜は心地よかった。窓の外で、公爵家の門灯が遠ざかる。僕は静かに目を閉じる。

 王太子の相談役を見事にこなし、宮廷でも発言力を得て、派閥の橋まで架けた兄。反対がほとんど出ないのは、能力だけじゃなく、あの“人を好きになる”癖のせいだ。僕は嬉しくて、少し誇らしい。やっぱり、我が兄ながら、ストラ兄さんは天才で、人たらしだ。

「一年後、結婚式か」と兄がぽつりと言う。
「うん。僕も、ちゃんと準備しておく」
「頼りにしてるよ。……リョウ、君も君の道を」
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