【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

懐刀は二ついる。

 エフェルト公爵家の夜会は、王都の喧騒から半歩だけ引いた静けさを纏っていた。庭の梢に燭台の光が揺れ、玄関前で楽士が弦を弾く。中立派の旗頭と呼ばれるに相応しく、華やかすぎず、しかし隅々まで行き届いている。

「よく来てくれたね、我が友、若き名誉伯爵」

 灰色の瞳に笑みを宿し、エフェルト公爵は僕の手を取った。

「お招き、痛み入ります。……まずは一つ、謝らねばなりません。今年の昼食会は……」

「やらないのだろう?」

 公爵は軽く目を細めた。

「風向きは私にも読める。仕方がない、ではなく、賢明だ。君の年で『見せる場』を減らす決断ができるのは、強さの一種だよ」

「救われます。二年は、基礎を固めます」

「よろしい。今宵はただ、君の料理を楽しみにしている」

 毎年、公爵の頼みで一品だけ“僕の皿”を出す。今年のそれは挑戦だった。合図を送ると、銀の蓋が一斉に上がる。

 皿の中央、細く刻まれた赤い宝石がほのかに艶めいている。香(こう)はごまの甘い香り、熟成調味の深み、果実の清涼。周囲には梨の千切りが白糸のように巻かれ、上には卵黄が月のように載って……。

「……生?」

 最初の囁きが走り、次いで一斉に息が止まる気配がした。
 僕は一歩出て、落ち着いて頭を下げる。

「本日の“スペシャル”は、生の肉を用いた『ユッケ』でございます。内腿の赤身を朝一番で捌き、表面を丁寧に落として中の無傷の部位だけを使っています。刃物は湯で清め、まな板は別、扱う手も別。切ったそばから冷やし、空気に晒しません。合わせるのは、ごま油と熟成醤(ひしお)、果実酢、ごく少量の蜂蜜、そこに炒った胡麻と刻んだ葱。梨の千切りは口直し、松の実は香りの橋渡し。卵黄を崩して、全体をよく和えてお召し上がりください。そして、どうか覚えてください。これは必ず新鮮な肉を使ってください。そこを外せば、この料理は成立しません」

 静寂のあと、最初のフォークが皿に触れる音がした。ためらい、口へ——一拍。眼差しが広がる。別の席で小さく声が漏れた。

「……甘い。いや甘いだけじゃない、香りが……」

「舌の上でほどける」

「梨と合うなんて」

 囁きが波紋になって広がり、やがて感嘆が一つ、二つ、三つ。公爵は卵黄を半分だけ崩し、慎重に混ぜ、ひと口。肩がほんのわずかに落ちた。

「面白い。火の代わりに時間と順序で“熟れ”を引き出すのだな。うむ、これは……静かに贅沢だ」

「恐れ入ります。繰り返しますが、鮮度の担保が何よりも肝要です。朝〆、信頼できる屠畜、刃物の管理、冷却。そこだけは妥協なさらぬよう」

「心得た。うちの料理長にも君の“掟”を写し取らせよう」

 皿が下がり、やがて舞や談笑がひと段落する。公爵は「少し歩こう」と言って、裏庭に通じる回廊に僕を誘った。夜気が頭を冷やす。

「さて、食後の苦味を少々」

 公爵は冗談めかして切り出し、すぐに表情を引き締めた。

「十五でどうする。領主を名乗るか、このまま名誉貴族でいるか。どちらにせよ、今のままでは教育が足りない」

「足りない、ですか」

「礼法や学問の話だけではない。『政(まつりごと)を回す稽古』だ。人事、法、税、軍、信仰、そして“顔”。君は現場が強い。市場の数字も見ている。だが、席次が一段上がると、動かすのは“内側の仕組み”より“外側の関係”が増える」

 公爵は立ち止まり、低い声で続けた。

「家宰になる者はいるかね?」

「ストークです。家令としては誰より信頼できます」

「うむ。ストーク君は家令向きだ。家政全般、内側の統治なら非の打ち所がないだろう。しかし……」

「しかし?」

「君が外に出ている間、あるいは忙しくしている間、対外の外交と政治を“君の顔”で取り仕切れる人間が絶対に必要になってくる。来客に座ってもらい、半刻の茶で腹を決めさせる。王都の官僚と文一枚で物を動かす。敵と握手して友に変える。そういう役だ。家宰(かざい)でも良い、執政(しっせい)でも良い、呼び名は問わん。要るのは『君の代わりに矢面に立てる大人』だ」

 言葉が胸に刺さる。僕は深く息を吸った。

「適任者のあては、正直……今はありません」

「それでよい。軽々しく“あてがある”と言う方が怖い。だが、人材は探すと決めた瞬間に見つけ方が変わる。求む人物像を紙に書け。条件は三つに絞れ。たとえば……『法に明るい』『王都の文官人脈』『私(わたくし)事にまみれていない』。年は君より上、四十前後が扱いやすい。前歴は王城書記官、あるいは地方代官の経験者。家は小さくていい。大貴族は君と“二つ主”になる」

「……なるほど」

「それから、教育は“誰かに任せる”つもりで作ると良い。君自身の勉強も、君の後ろに座る誰かの教科書になる。王都法学院の教授にカリキュラムを頼め。君の祖父上は歴史家だったね?」

「はい。ラジュラエンです」

「ならば、制度史と国制史の講義を私が頼もう。彼は誠実だ。座学の枠は私が用意する。現場の研修は、私の代官所を見て回るといい。扉は開けよう」

 ありがたさに、言葉の前に頭が下がった。

「身に余ります、公爵」

「礼は不要。中立派の私が欲しいのは、君のように“制度で動く若者”だ。派閥ではなく、手順で合意を作る者。君が十五でいずれを選ぶにせよ、それは王都にとって歓迎すべきことになる。だから私は、今のうちに君へ忠告しておく」

 公爵は小さく笑った。

「とりあえず、その人材を探しておく事だ。今夜のユッケのように、刃物と順序と温度が肝心だよ。上辺の“飾り切り”ではない。刃の入れどころを間違えると、途端に危うい。だが、正しく選び、正しく混ぜれば、火を使わずとも人の心は温まる」

「忘れません。探します。条件を三つに絞り、祖父にカリキュラムを、座学と現場の両輪を……」

「よろしい」

 回廊の向こうから、夜会の終わりを告げる弦の和音が響いた。客たちがそれぞれの帰路に散りはじめる。公爵は僕の肩に軽く手を置いた。

「君は若い。若さは時に罪深いほどの光を放つ。だが、その光を布で包む知恵をもう持ち始めている。二年後、包みを解く時、眩しさで誰も目を閉じないよう、今は“目慣らし”をしておくといい」

「はい」

 玄関に戻る途中、料理長が慌て足で近づいてきた。

「本日の一皿、拝見して震えました。切り方、調味の順番、冷やし方……もし、可能ならば作法を文に」

「もちろん。ただし必ず新鮮な肉を使ってください。それを守れない時は、出さない勇気を」

「肝に銘じます」

 馬車に乗り込む直前、公爵が最後に声をかけた。

「若き名誉伯爵。君の“人選の三条件”が決まったら、文をよこしなさい。私の人脈の底を一度さらってみよう」

「御恩、忘れません」

 王都の石畳に車輪がゆっくりと乗る。窓の外で、公爵家の門灯が小さく遠ざかった。胸の中に、二つの火が灯っている。一つは卵黄のように柔らかい希望、もう一つは刃物のように冷たい決意。

 僕は膝の上に小さな手帳を開いた。見出しを書き、三つの条件を記す。

 一、法に明るいこと。
 二、王都の文官人脈を持つこと。
 三、私事にまみれていないこと。

 次の頁に、祖父に頼む講義の章立てを書きつける。制度史、国制史、財政、封建契約、慣習法。さらに、公爵が開くという代官所見学の予定も。

 十五の岐路に立つまで、あと二年。夜会の喧噪が遠のくほど、紙の上の道筋ははっきりする。刃を整え、順序を整え、温度を守る。料理も政治も、要はそこにある。僕は手帳を閉じ、静かに息を吐いた。今夜の一皿のように、火を使わずとも、きちんと温めていけばいい。二年分、じっくりと。
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