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13歳の沈着。
13歳の停滞。
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王城の小ホールは、春の光を受けた白大理石が淡くきらめき、絨毯の赤だけが静かに場を引き締めていた。僕は跪拝し、王様と王妃様に礼を取る。
「今年も無事に王都入り、おめでとう。十三の年、背が伸びたな」
「身に余るお言葉です、陛下」
形式的な挨拶が済むと、王様は肘掛けに指を二度、軽く叩いた。
「さて、例年の……上級貴族を集めた昼食会、あれは今年もやるのか?」
「予定はございます。ただ、まだ招待状は出しておらず……」
「ふむ」
王様は一拍置き、視線を僕の肩越しに投げた。側近たちがわずかに退き、空気が軽く張る。
「しばらく中止したらどうか」
「……中止、でございますか」
胸のどこかが沈む音がした。王様は言葉を選ぶように、しかし率直に続ける。
「色々な貴族が言っておる。『あの若い名誉伯爵は、これ以上の権勢を握るつもりか?』『貴族のリーダーになる気か?』とな。お前はあと二年で成人、否が応でも権力闘争に巻き込まれる。だから、いまは火に薪をくべるな」
「……大舞踏会の演出も、でございますか」
「同じ理由で控えるのがよい。やらないことで文句を言うのは、もはや私の弟くらいだ」
王妃様がそっと口を開いた。声は柔らかいが、芯がある。
「悔しいでしょう? でも今は、貴族としての立場を地道に積み上げる時期です。十五で成人なさってから、堂々とやりたいことをなさってください」
「……僕は、今、微妙な立場にある、と」
問いかけると、王様は静かに頷いた。
「微妙、というより『完成が近い未完成』だ。お前の商会、発明、異種族の信任、王都と地方の往来、印刷や食文化の影響力。どれも立派だ。だが、それらがまだ“制度”として固定されきっておらぬ。だから嫉視も、取り込みも、揺さぶりも、容易い」
王様の言葉が、図面に赤鉛筆で引かれる訂正線のように胸に走る。僕は息を整えた。
「控えるべきは“見せる場”であって、“為すこと”そのものではない、という理解でよろしいでしょうか」
「そうだ。舞台照明を落として、現場の灯りを増やせ。お前の手は信頼されている。口と舞台を減らし、手と記録を増やせばよい」
王妃様が続ける。
「昼食会の代わりに、王立学園や職人組合の子弟向けの“小講習”を『王家後援の名で』静かに続けるのはどうでしょう。お名前は表に大きく出さず、でも学びは残る。慈善も、同じです。遺族年金の穴を埋める仕組みや、孤児院の食糧調達を“制度化”する支援なら、誰も表立って反対はいたしません」
「制度化……」
僕は頷いた。舞踏会の光より、台帳の数字。拍手より、倉庫の在庫印。僕の得手は、こちら側だ。
「陛下。では今年の昼食会は取りやめます。代わりに、三つの静かな施策を進めてもよろしいでしょうか」
「聞こう」
「一つ、印刷所と学園図書室を結ぶ“学術小冊子の定期配布”を王家後援で。著者名は各専門家を前面に、私は編集と資材供給に徹します」
「よい。書物は争いを煽らぬ」
「二つ、異種族の自治領における“標準度量衡”の擦り合わせ会合を、今年は各領で小規模に。議長は持ち回り、私は議事録と翻訳の裏方に回る」
「賢い。権力ではなく規格は、後で効く」
「三つ、王都内の寡婦・孤児向けに“定額食籠(ていがくじきろう)”を試験導入。王都の市場価格に合わせた利用券を発行し、換金は商会ではなくギルドの決済窓口へ。私は資材供給と監査の一部を担います」
「……うむ」
王様は口の端をわずかに上げた。王妃様が目で“よく考えましたね”と告げる。
「では、正式の書式に落としなさい。昼食会中止の通達書は、角を立てぬ文で。『王都行事調整のため本年は見合わせ』でよい。大舞踏会は“王家演出縮小による簡略化”とし、音楽は宮内庁楽士だけ、特別演しゅ……いや、特別企画は無し」
「承知しました」
横手で気配が揺れ、宰相が進み出る。卓上に薄い茶封筒が置かれた。
「噂の出所、主要三派。概略でございます、若……いえ、名誉伯」
封筒の紙は温かった。つい最近まとめられたものだ。
「ありがとうございます。反駁はいたしません。かわりに、来年の会計報告は“王都版”も用意します。支出・寄付・雇用数・税納付、図で一枚。数字だけを静かに置きます」
「数字は、黙って雄弁だ」
王様の言葉に、胸の曇りが少し晴れた。僕は一歩進み、深く頭を垂れる。
「陛下、王妃様。二年、準備に充てます。十五で成人した折には、堂々と“公開”の仕事をいたします」
「約束だ。二年後、お前が掲げる灯りに、人が集まるだろう」
そこで、扉の外に立っていた衛兵が一瞬だけ視線を動かした。誰かが来たらしい。王様は短く合図をし、入室を許す。
「失礼いたします、陛下。第一王子殿下から伝言を」
「ウルリッヒか。何と?」
「『弟殿下が“舞踏会の花火がないのは寂しい”と嘆いておられるが、今年は“星の数え方”でも教わるべし、と。あの人は数が苦手だから』以上で」
王様はふっと笑った。王妃様も肩を震わせる。
「兄は兄なりに、弟の機嫌を取ろうとしておる。まあよい。星は静かでいい。静寂の中でこそ、距離も、軌道も、見えてくる」
謁見はそこで解かれた。退出の礼をとり、扉へ歩き出す。絨毯の柔らかさが靴裏に伝わる。扉が閉まる瞬間、王妃様の声が背に届いた。
「焦らないこと。地図はもう描けています。あとは道標を置くだけ」
「はい」
廊下に出ると、春の風が高窓から差し込んで、埃の粒がきらきらと回っていた。僕は封筒を胸に抱え、深く息を吸う。音楽も拍手もない。代わりに、作業机の木の匂いと、紙とインクの手触りが、確かな現実として指先にある。
「まずは……通達だな」
王城玄関に戻る道すがら、王様付きの書記官に声をかけた。
「昼食会の中止文。出だしは『春冷なおり、皆々様の御健勝を——』でお願いします。理由は“王都行事調整”。謝意と、来年以降の再開に含みを持たせる文を最後に」
「承りました。印章は?」
「王家の封蝋を先に賜る。私のは副で」
書記官が頷き、速足で去っていく。入れ違いに、古参の侍従が小走りに近づいてきた。
「若……名誉伯。舞踏会の職人衆には、どうお伝えしましょう」
「“縮小”だ。楽士への謝礼は据え置き、祭具の職人には別口で“星図盤”の制作を頼む。王子殿下に差し上げる。学習用だ。見本は私が描く」
侍従の目がにわかに明るくなった。
「そういう形なら、手も心も、皆動きます」
「うん。光は落としても、灯は消さない」
言ってから、自分の声が少しだけ弾んでいるのに気づいた。二年は長い。けれど、二年あれば、基礎は固まる。規格、仕組み、会計の透明、学びの小径。舞台の袖で黙々と積んだ木枠は、表に出した時に、驚くほど強い。
僕は歩を速めた。机の上には、空白の台帳と、使い慣れた定規が待っている。今日書く文字は少ない。だが、その少なさが、きっと遠くまで届く。二年後の舞台のために、今日の僕は照明を落とす。その暗さに目を慣らしながら、星の数え方を覚えるのだ。王都の高い空の下で。
「今年も無事に王都入り、おめでとう。十三の年、背が伸びたな」
「身に余るお言葉です、陛下」
形式的な挨拶が済むと、王様は肘掛けに指を二度、軽く叩いた。
「さて、例年の……上級貴族を集めた昼食会、あれは今年もやるのか?」
「予定はございます。ただ、まだ招待状は出しておらず……」
「ふむ」
王様は一拍置き、視線を僕の肩越しに投げた。側近たちがわずかに退き、空気が軽く張る。
「しばらく中止したらどうか」
「……中止、でございますか」
胸のどこかが沈む音がした。王様は言葉を選ぶように、しかし率直に続ける。
「色々な貴族が言っておる。『あの若い名誉伯爵は、これ以上の権勢を握るつもりか?』『貴族のリーダーになる気か?』とな。お前はあと二年で成人、否が応でも権力闘争に巻き込まれる。だから、いまは火に薪をくべるな」
「……大舞踏会の演出も、でございますか」
「同じ理由で控えるのがよい。やらないことで文句を言うのは、もはや私の弟くらいだ」
王妃様がそっと口を開いた。声は柔らかいが、芯がある。
「悔しいでしょう? でも今は、貴族としての立場を地道に積み上げる時期です。十五で成人なさってから、堂々とやりたいことをなさってください」
「……僕は、今、微妙な立場にある、と」
問いかけると、王様は静かに頷いた。
「微妙、というより『完成が近い未完成』だ。お前の商会、発明、異種族の信任、王都と地方の往来、印刷や食文化の影響力。どれも立派だ。だが、それらがまだ“制度”として固定されきっておらぬ。だから嫉視も、取り込みも、揺さぶりも、容易い」
王様の言葉が、図面に赤鉛筆で引かれる訂正線のように胸に走る。僕は息を整えた。
「控えるべきは“見せる場”であって、“為すこと”そのものではない、という理解でよろしいでしょうか」
「そうだ。舞台照明を落として、現場の灯りを増やせ。お前の手は信頼されている。口と舞台を減らし、手と記録を増やせばよい」
王妃様が続ける。
「昼食会の代わりに、王立学園や職人組合の子弟向けの“小講習”を『王家後援の名で』静かに続けるのはどうでしょう。お名前は表に大きく出さず、でも学びは残る。慈善も、同じです。遺族年金の穴を埋める仕組みや、孤児院の食糧調達を“制度化”する支援なら、誰も表立って反対はいたしません」
「制度化……」
僕は頷いた。舞踏会の光より、台帳の数字。拍手より、倉庫の在庫印。僕の得手は、こちら側だ。
「陛下。では今年の昼食会は取りやめます。代わりに、三つの静かな施策を進めてもよろしいでしょうか」
「聞こう」
「一つ、印刷所と学園図書室を結ぶ“学術小冊子の定期配布”を王家後援で。著者名は各専門家を前面に、私は編集と資材供給に徹します」
「よい。書物は争いを煽らぬ」
「二つ、異種族の自治領における“標準度量衡”の擦り合わせ会合を、今年は各領で小規模に。議長は持ち回り、私は議事録と翻訳の裏方に回る」
「賢い。権力ではなく規格は、後で効く」
「三つ、王都内の寡婦・孤児向けに“定額食籠(ていがくじきろう)”を試験導入。王都の市場価格に合わせた利用券を発行し、換金は商会ではなくギルドの決済窓口へ。私は資材供給と監査の一部を担います」
「……うむ」
王様は口の端をわずかに上げた。王妃様が目で“よく考えましたね”と告げる。
「では、正式の書式に落としなさい。昼食会中止の通達書は、角を立てぬ文で。『王都行事調整のため本年は見合わせ』でよい。大舞踏会は“王家演出縮小による簡略化”とし、音楽は宮内庁楽士だけ、特別演しゅ……いや、特別企画は無し」
「承知しました」
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「噂の出所、主要三派。概略でございます、若……いえ、名誉伯」
封筒の紙は温かった。つい最近まとめられたものだ。
「ありがとうございます。反駁はいたしません。かわりに、来年の会計報告は“王都版”も用意します。支出・寄付・雇用数・税納付、図で一枚。数字だけを静かに置きます」
「数字は、黙って雄弁だ」
王様の言葉に、胸の曇りが少し晴れた。僕は一歩進み、深く頭を垂れる。
「陛下、王妃様。二年、準備に充てます。十五で成人した折には、堂々と“公開”の仕事をいたします」
「約束だ。二年後、お前が掲げる灯りに、人が集まるだろう」
そこで、扉の外に立っていた衛兵が一瞬だけ視線を動かした。誰かが来たらしい。王様は短く合図をし、入室を許す。
「失礼いたします、陛下。第一王子殿下から伝言を」
「ウルリッヒか。何と?」
「『弟殿下が“舞踏会の花火がないのは寂しい”と嘆いておられるが、今年は“星の数え方”でも教わるべし、と。あの人は数が苦手だから』以上で」
王様はふっと笑った。王妃様も肩を震わせる。
「兄は兄なりに、弟の機嫌を取ろうとしておる。まあよい。星は静かでいい。静寂の中でこそ、距離も、軌道も、見えてくる」
謁見はそこで解かれた。退出の礼をとり、扉へ歩き出す。絨毯の柔らかさが靴裏に伝わる。扉が閉まる瞬間、王妃様の声が背に届いた。
「焦らないこと。地図はもう描けています。あとは道標を置くだけ」
「はい」
廊下に出ると、春の風が高窓から差し込んで、埃の粒がきらきらと回っていた。僕は封筒を胸に抱え、深く息を吸う。音楽も拍手もない。代わりに、作業机の木の匂いと、紙とインクの手触りが、確かな現実として指先にある。
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侍従の目がにわかに明るくなった。
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「うん。光は落としても、灯は消さない」
言ってから、自分の声が少しだけ弾んでいるのに気づいた。二年は長い。けれど、二年あれば、基礎は固まる。規格、仕組み、会計の透明、学びの小径。舞台の袖で黙々と積んだ木枠は、表に出した時に、驚くほど強い。
僕は歩を速めた。机の上には、空白の台帳と、使い慣れた定規が待っている。今日書く文字は少ない。だが、その少なさが、きっと遠くまで届く。二年後の舞台のために、今日の僕は照明を落とす。その暗さに目を慣らしながら、星の数え方を覚えるのだ。王都の高い空の下で。
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