【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
478 / 806
13歳の沈着。

13歳の停滞。

 王城の小ホールは、春の光を受けた白大理石が淡くきらめき、絨毯の赤だけが静かに場を引き締めていた。僕は跪拝し、王様と王妃様に礼を取る。

「今年も無事に王都入り、おめでとう。十三の年、背が伸びたな」
「身に余るお言葉です、陛下」

 形式的な挨拶が済むと、王様は肘掛けに指を二度、軽く叩いた。

「さて、例年の……上級貴族を集めた昼食会、あれは今年もやるのか?」
「予定はございます。ただ、まだ招待状は出しておらず……」
「ふむ」

 王様は一拍置き、視線を僕の肩越しに投げた。側近たちがわずかに退き、空気が軽く張る。

「しばらく中止したらどうか」
「……中止、でございますか」

 胸のどこかが沈む音がした。王様は言葉を選ぶように、しかし率直に続ける。

「色々な貴族が言っておる。『あの若い名誉伯爵は、これ以上の権勢を握るつもりか?』『貴族のリーダーになる気か?』とな。お前はあと二年で成人、否が応でも権力闘争に巻き込まれる。だから、いまは火に薪をくべるな」
「……大舞踏会の演出も、でございますか」
「同じ理由で控えるのがよい。やらないことで文句を言うのは、もはや私の弟くらいだ」

 王妃様がそっと口を開いた。声は柔らかいが、芯がある。

「悔しいでしょう? でも今は、貴族としての立場を地道に積み上げる時期です。十五で成人なさってから、堂々とやりたいことをなさってください」
「……僕は、今、微妙な立場にある、と」
 問いかけると、王様は静かに頷いた。

「微妙、というより『完成が近い未完成』だ。お前の商会、発明、異種族の信任、王都と地方の往来、印刷や食文化の影響力。どれも立派だ。だが、それらがまだ“制度”として固定されきっておらぬ。だから嫉視も、取り込みも、揺さぶりも、容易い」

 王様の言葉が、図面に赤鉛筆で引かれる訂正線のように胸に走る。僕は息を整えた。

「控えるべきは“見せる場”であって、“為すこと”そのものではない、という理解でよろしいでしょうか」
「そうだ。舞台照明を落として、現場の灯りを増やせ。お前の手は信頼されている。口と舞台を減らし、手と記録を増やせばよい」

 王妃様が続ける。

「昼食会の代わりに、王立学園や職人組合の子弟向けの“小講習”を『王家後援の名で』静かに続けるのはどうでしょう。お名前は表に大きく出さず、でも学びは残る。慈善も、同じです。遺族年金の穴を埋める仕組みや、孤児院の食糧調達を“制度化”する支援なら、誰も表立って反対はいたしません」
「制度化……」

 僕は頷いた。舞踏会の光より、台帳の数字。拍手より、倉庫の在庫印。僕の得手は、こちら側だ。

「陛下。では今年の昼食会は取りやめます。代わりに、三つの静かな施策を進めてもよろしいでしょうか」

「聞こう」

「一つ、印刷所と学園図書室を結ぶ“学術小冊子の定期配布”を王家後援で。著者名は各専門家を前面に、私は編集と資材供給に徹します」

「よい。書物は争いを煽らぬ」

「二つ、異種族の自治領における“標準度量衡”の擦り合わせ会合を、今年は各領で小規模に。議長は持ち回り、私は議事録と翻訳の裏方に回る」

「賢い。権力ではなく規格は、後で効く」

「三つ、王都内の寡婦・孤児向けに“定額食籠(ていがくじきろう)”を試験導入。王都の市場価格に合わせた利用券を発行し、換金は商会ではなくギルドの決済窓口へ。私は資材供給と監査の一部を担います」
「……うむ」

 王様は口の端をわずかに上げた。王妃様が目で“よく考えましたね”と告げる。

「では、正式の書式に落としなさい。昼食会中止の通達書は、角を立てぬ文で。『王都行事調整のため本年は見合わせ』でよい。大舞踏会は“王家演出縮小による簡略化”とし、音楽は宮内庁楽士だけ、特別演しゅ……いや、特別企画は無し」

「承知しました」

 横手で気配が揺れ、宰相が進み出る。卓上に薄い茶封筒が置かれた。

「噂の出所、主要三派。概略でございます、若……いえ、名誉伯」

 封筒の紙は温かった。つい最近まとめられたものだ。

「ありがとうございます。反駁はいたしません。かわりに、来年の会計報告は“王都版”も用意します。支出・寄付・雇用数・税納付、図で一枚。数字だけを静かに置きます」

「数字は、黙って雄弁だ」

 王様の言葉に、胸の曇りが少し晴れた。僕は一歩進み、深く頭を垂れる。

「陛下、王妃様。二年、準備に充てます。十五で成人した折には、堂々と“公開”の仕事をいたします」

「約束だ。二年後、お前が掲げる灯りに、人が集まるだろう」

 そこで、扉の外に立っていた衛兵が一瞬だけ視線を動かした。誰かが来たらしい。王様は短く合図をし、入室を許す。

「失礼いたします、陛下。第一王子殿下から伝言を」

「ウルリッヒか。何と?」

「『弟殿下が“舞踏会の花火がないのは寂しい”と嘆いておられるが、今年は“星の数え方”でも教わるべし、と。あの人は数が苦手だから』以上で」

 王様はふっと笑った。王妃様も肩を震わせる。

「兄は兄なりに、弟の機嫌を取ろうとしておる。まあよい。星は静かでいい。静寂の中でこそ、距離も、軌道も、見えてくる」

 謁見はそこで解かれた。退出の礼をとり、扉へ歩き出す。絨毯の柔らかさが靴裏に伝わる。扉が閉まる瞬間、王妃様の声が背に届いた。

「焦らないこと。地図はもう描けています。あとは道標を置くだけ」

「はい」

 廊下に出ると、春の風が高窓から差し込んで、埃の粒がきらきらと回っていた。僕は封筒を胸に抱え、深く息を吸う。音楽も拍手もない。代わりに、作業机の木の匂いと、紙とインクの手触りが、確かな現実として指先にある。

「まずは……通達だな」

 王城玄関に戻る道すがら、王様付きの書記官に声をかけた。

「昼食会の中止文。出だしは『春冷なおり、皆々様の御健勝を——』でお願いします。理由は“王都行事調整”。謝意と、来年以降の再開に含みを持たせる文を最後に」

「承りました。印章は?」

「王家の封蝋を先に賜る。私のは副で」

 書記官が頷き、速足で去っていく。入れ違いに、古参の侍従が小走りに近づいてきた。

「若……名誉伯。舞踏会の職人衆には、どうお伝えしましょう」

「“縮小”だ。楽士への謝礼は据え置き、祭具の職人には別口で“星図盤”の制作を頼む。王子殿下に差し上げる。学習用だ。見本は私が描く」

 侍従の目がにわかに明るくなった。

「そういう形なら、手も心も、皆動きます」

「うん。光は落としても、灯は消さない」

 言ってから、自分の声が少しだけ弾んでいるのに気づいた。二年は長い。けれど、二年あれば、基礎は固まる。規格、仕組み、会計の透明、学びの小径。舞台の袖で黙々と積んだ木枠は、表に出した時に、驚くほど強い。

 僕は歩を速めた。机の上には、空白の台帳と、使い慣れた定規が待っている。今日書く文字は少ない。だが、その少なさが、きっと遠くまで届く。二年後の舞台のために、今日の僕は照明を落とす。その暗さに目を慣らしながら、星の数え方を覚えるのだ。王都の高い空の下で。
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する! 農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。 逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。 これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。

最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~

gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。 なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。 一人称視点、独り言多め、能天気となっております。 なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。 ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A ご指摘あればどんどん仰ってください。 ※2017/8/29 連載再開しました!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ひだまりのFランク冒険者

みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。 そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。 そんな中 冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。 その名は、リルド。 彼は、特に何もない感じに毎日 「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。 この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~

九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます! 七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。 しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。 食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。 孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。 これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。