【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
480 / 806
13歳の沈着。

ストラ兄さん、結婚が決まる。

 スクワンジャー公爵家の夜会は、王都でも屈指の格式の高い催しだ。正門の燭台が風に揺れ、白石の階段に影が薄く踊る。僕はストラ兄さんと並んで階段を上がった。兄の横顔はいつも通り穏やかで、しかし今夜はどこか、光の芯が強い。

「緊張してる?」と僕が囁くと、兄は小さく笑った。

「少しだけね。けど、覚悟は決まってる」

 大広間は金糸で縁取られた幕と、春の花の香り。楽士が低く序曲を引き、貴婦人たちの扇が羽音のように動く。僕はあくまで家族として控えめに、視線の高さを一段下げた。王様に言われた通り、今年は“見せる場”を減らすのだ。今夜は兄の夜会。僕は影でいい。

 開宴の挨拶のあと、スクワンジャー公爵が壇に上がった。灰青の瞳が広間を一度、静かに掃く。

「諸君。まずは我が家を訪れてくれたことに感謝を。本日は一つ、喜ばしい報せがある」

 空気がすっと引き締まる。僕は自然と背筋を伸ばしていた。

「王太子殿下の相談役にして、スサン商会王都統括責任者ストラスト・スサン。彼と、我が娘マリーダは、一年後、結婚式を挙げる」

 一瞬の静寂。次に、拍手の波。扇が花のように開き、祝福のさざめきが広がる。僕は胸の奥で「いよいよか」と呟いた。兄は前へ進み、壇に上がる。光が兄の肩を縁取る。

「スクワンジャー公爵閣下、マリーダ嬢、そして皆さま。必ず幸せに致します。言葉で飾るより、これからの働きでお見せします」

 短く、それでいて芯のある挨拶だった。拍手が再び大きくなる。マリーダさんは薄桃のドレスで、ぽわぽわと花の綿毛みたいに微笑んでいる。あの柔らかい雰囲気の奥に、王党派の矜持が見えるのを、僕はいつも不思議に思う。

 ところが、公爵は一歩引いて終わらせなかった。ふっと唇の端を上げる。

「……それから、諸君。驚くなかれ。この男は、ゼローキアの娘も射止めた」

 ざわ、と広間に小さな波が走った。貴族派の長、ゼローキア侯爵家。王党派としばしば対立する大樹。その“二女”、メリンさんの名が、囁きの中で浮かぶ。

「政敵の娘となぜだ、と問う者もおろう。だがな……どうにもこの男が良い男でしてな」

 笑いが起きた。公爵の声音は軽く、しかし言葉は重い。

「反対する理由が無かった。むしろ、今後、我が派閥と彼の派閥の調整役を担ってくれるそうだ。期待しよう」

「はい。頑張ります」

 兄の声は、軽やかで真っ直ぐだった。僕は気づく。これはただの婚約発表じゃない。派閥の“橋”を公に架ける宣言だ。王太子の相談役としての兄の非公式な発言力を、王党派の総本山が認め、笑いで受け止め、広間に染み込ませた。

 その後は、祝福の挨拶の列が尽きなかった。マリーダさんの前には花束と扇、兄の前には盃と書簡。僕は列の後方で、贈答の差配に慣れた家令と目配せをする。スクワンジャー派の重鎮が兄の肩に手を置き、「殿下の相談役、見事にこなしていると聞く」と笑う。別の貴婦人は「宮廷での意見、よく通るそうね」と扇の陰で囁く。噂話が、評価に変わっている。兄の仕事が、ちゃんと形になって見えているのだ。

 少しして、淡い青のドレスの女性が遠慮がちに近づいた。メリンさんだ。しっかりした眼差し、落ち着いた笑み。ゼローキア侯爵の二女にふさわしい静かな威厳がある。

「おめでとうございます、マリーダ。……そして、あなたも、ストラスト様」

「ありがとう、メリン」

 マリーダさんが両手を取って嬉しそうに揺らす。

「ねえ、ドレス、素敵」

「あなたのその色の方が似合っているわ」

 二人の間に、女の子同士の空気がふわりと生まれて、場の緊張が和らぐ。僕は内心、ほっとした。マリーダさんのぽわぽわと、メリンさんのしっかりものが、綺麗に噛み合っている。

 兄が僕を見つけ、目で合図を送る。僕は歩み寄って、簡単に礼をした。

「兄さん。おめでとう」

「ありがとう。……ほら、言った通りだろう? “段取り”は大事だ」

「段取りって、公爵閣下の“笑い”まで含めて?」

「もちろん。笑いは潤滑油だよ」

 兄の余裕に、僕はまた驚かされる。やっぱり天才で、やっぱり人たらしだ。

 列がひと息ついた頃、年配の紳士が近づいてきた。スクワンジャー派の老臣らしい。背後には若い書記官が控えている。

「ストラスト殿。宮廷内でも非公式ながら発言力があると聞く。王太子殿下のご信任が厚いとか」

「身に余ることです。殿下は実務を重んじられる方で、私はその補助をしているだけです」

「だけ、とは言うまい。周囲の反対は?」

「ほとんどありません。皆さん、王都が回ることを望んでおられる。数字を揃え、手順を整え、必要な時に必要な紙を差し出すだけです」

 老臣は満足げに頷いた。「うむ、手順で合意を取る。今の王都に最も必要な流儀だ」

 遠巻きに見ていた若手の貴族たちが、僕のところへも来た。「弟君だろう?」「いつも兄君の話を聞いているよ」「君の発明や印刷も、王都では評判だ」。僕は頭を下げつつ、言葉を控えめに選ぶ。今夜は主役ではない。兄の足元に光を集めるのが、今の僕の仕事だ。

 やがて、夜会の終わりが近づき、楽士が緩やかな終曲を奏で始める。兄は最後まで笑顔で祝辞に応え、マリーダさんはぽわぽわと花のように、メリンさんは落ち着いた稜線で支え続けた。三人の立ち姿が、妙にしっくり来る。表と裏、華と実務、王党派と貴族派……相反するようでいて、今夜は同じ絵の中に収まっている。

 帰り際、スクワンジャー公爵が僕を呼び止めた。

「リョウエスト君。よい夜だな」
「はい。お招き、ありがとうございました」
「君の兄は、『橋』になれる男だ。橋は、時に両岸から石が飛ぶ。だが、君の兄は笑って石を拾い、石垣に変えるだろう」
「兄なら、きっと」
「うむ。……そして君は、橋の下を流す水だ。清く早く、淀みなく。二年後、君もまた大事な“合流点”になる。覚悟をしておきなさい」

 胸の奥が熱くなった。言葉にできない何かが、背中をすっと押した気がする。僕は深く一礼して、会釈で兄に合図を送った。兄は遠くから、親指を小さく立ててみせる。笑ってしまう。子どもの頃の癖のままだ。

 馬車に乗り込むと、先に乗っていた兄が軽く肩を叩いた。

「どうだった?」
「見事。……ほんと、見事だったよ」
「ありがとう。これで、動きやすくなる」
「ゼローキア側は?」
「侯爵は表で発表しない。でも、メリンが“しっかり”支えてくれるさ。マリーダは“ぽわぽわ”で皆を柔らかくする。僕は、二人の間で空気を整える」

「やっぱり兄さん、人たらしだね」
「人たらし、ね。いい言葉じゃないけど、悪くない。相手の良いところを見つけるのが、たぶん僕の癖なんだ」

 馬車がゆっくりと動き出す。車輪が石畳を刻む音が、今夜は心地よかった。窓の外で、公爵家の門灯が遠ざかる。僕は静かに目を閉じる。

 王太子の相談役を見事にこなし、宮廷でも発言力を得て、派閥の橋まで架けた兄。反対がほとんど出ないのは、能力だけじゃなく、あの“人を好きになる”癖のせいだ。僕は嬉しくて、少し誇らしい。やっぱり、我が兄ながら、ストラ兄さんは天才で、人たらしだ。

「一年後、結婚式か」と兄がぽつりと言う。
「うん。僕も、ちゃんと準備しておく」
「頼りにしてるよ。……リョウ、君も君の道を」
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ
ファンタジー
過労死したプラントエンジニアの俺が転生したのは、剣と魔法の世界のド貧乏な貴族の三男、リオ。石鹸すらない不衛生な環境、飢える家族と領民……。こんな絶望的な状況、やってられるか! 前世の知識を総動員し、俺は快適な生活とスローライフを目指して領地改革を開始する! 農業革命で食料問題を解決し、衛生革命で疫病を撲滅。石鹸、ガラス、醤油もどきで次々と生活レベルを向上させると、寂れた領地はみるみる豊かになっていった。 逃げてきた伯爵令嬢や森のエルフ、ワケありの元騎士など、頼れる仲間も集まり、順風満帆かと思いきや……その成功が、強欲な隣領や王都の貴族たちの目に留まってしまう。 これは、ただ快適に暮らしたかっただけの男が、やがて“近代化の父”と呼ばれるようになるまでの物語。

最強魔法は生活魔法!? ~異世界ではモンスター退治も生活のうち~

gagaga
ファンタジー
神の気まぐれにより異世界へと転移した主人公田辺竜太(大学生)が生活魔法を駆使して冒険したり町の人と触れ合ったりする物語です。 なお、神が気まぐれすぎて一番最初に降り立つ地は、無人島です。 一人称視点、独り言多め、能天気となっております。 なお、作者が気ままに書くので誤字脱字は多いかもしれませんが、大目に見て頂けるとありがたいです。 ただ、敢えてそうしている部分もあり、ややこしくてすいません。(^^;A ご指摘あればどんどん仰ってください。 ※2017/8/29 連載再開しました!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ひだまりのFランク冒険者

みなと劉
ファンタジー
ここは異世界。 そこの冒険者ギルドでは毎日仕事がてんこ盛り。 そんな中 冒険者ギルドには万年Fランクの冒険者が一人いる。 その名は、リルド。 彼は、特に何もない感じに毎日 「薬草採取」「石集め」Fランク向け「討伐」場合によっては「ポーション生成」をする。 この話はこの万年Fランク冒険者リルドの物語である。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~

九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます! 七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。 しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。 食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。 孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。 これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。