僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

ローランの仕事始め。

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 その週の初め、ローランは身の回りの荷を少しだけ抱えて、僕のタウンハウスに居を移した。部屋は書見台と長机、それから来客用の小さな卓が一つ。彼は到着するとすぐ、家人に挨拶だけ済ませて袖を整え、僕に向き直った。

「まずは流れを変えましょう。ストーク、ここ半年ぶんの私信と請書を全部、今日中にお借りできますか」

「承知しました」

 夕方、ストークが収納から縄で束ねた手紙の山を台車で積み込む。僕は思わず目を丸くした。

「こんなにあったのか……」

「はい。これまでは私が“今すぐ/あとで/会う/会わない”で振り分けていましたが」

「今日は私が別の基準で並べ直します」

 ローランは笑って、机上に新しい仕切り札を置いた。

「会って恩を置く/文で温度を保つ/贈りで線をつなぐ/静かに見ておく。今後二年は“恩を売る時期”にもできます。敵を作らず、借りを広げる時期です」

 彼は封蝋を割り、走り読みをしては手際よく札を差し替えた。たまに便箋の角に鉛筆で小さな印。夜になるころには山が四つの箱へ収まっていた。

「それから、融資を試してみませんか」

「融資?」

「ええ。これまでは避けてこられた。でも“まじめで建設的”なものに限れば、恩が長く残ります。利で縛るのでなく、立ち上がりを支えるための金です」

「……怖さはあるけど、やってみよう。約束は堅い筋だけに」

「もちろんです。今日のうちに候補を絞って、短くまとめてお渡しします」

 夜半、ローランは早くも三件の紙を持ってきた。

「一、南方の伯爵家。サトウキビ畑の拡張(灌漑・苗・労の訓練)。二、港町の倉庫——安全灯の入れ替えと防火壁。三、山間の学校——教員住まいの増築。どれも“やれば伸びる/止めれば衰える”案件です」

「一と二はすぐ、三は時期相談で」

「承知しました。まず南方伯に打診の手紙を出します。会う定型はこれでお願いします」

 彼が渡してきた定型文は、短くて礼が行き届いていた。僕は何度か口でならし、うなずく。

 やり取りは早かった。南からの返書は二巡を待たず届き、伯爵本人が上京のうえ面談希望とある。

「場はタウンハウスの小客間で」

 ローランが段取りを読む。

「ストークは内の控え。私は計画書の確認を受け持ちます。リョウエスト様は、伯爵と顔を合わせる役を。“お手伝いできるよう検討します”の一文は、最初にお願いします」

「わかった」

 面談の日。南風の匂いのするコートをまとった南方伯爵と、ドワーフの執事、それに会計役が来訪した。

「遠路をありがとうございます」

 僕が定型どおりに挨拶すると、伯爵はにこやかに「いや、こちらこそ」と頭を下げる。

「実は……ラム酒の新しい蒸留所を立てたら、サトウキビの需要が思った以上でしてな。畑が足りなくなった。増やしたい。ただ、開墾と水、それに苗の手当てと働き手の訓練が要る」

「お手伝いできるよう検討させてください」

 その合図で、ローランが一歩出た。

「計画書をご持参いただけましたか」

「もちろん」

 分厚い紙束が机に置かれ、やり取りが始まる。ローランはまず数字の並びを整えさせ、水利の図と土壌の記録を別紙で出させ、苗の更新率の欄に赤で印を置いた。

「一年で何割更新します?」

「最初は三割」

「五割に上げる余地は」

「苗床を増やせば」

「では苗床費用はこちら持ち、収穫三巡目から返済——可能ですか」

「可能だ」

 次いで灌漑。

「水は川の分水で賄う、と。枯れの年は?」

「ため池が二」

「もう一つ、小さめを足しましょう。池の費用は半々、水番の賃は伯爵家で」

「うむ」

 会計役が横から口を挟む。

「利はどう積みます?」

「利で縛るつもりはありません」

 ローランは首を振った。

「返済表を明確に、遅延の扱いを先に書く。利は薄く、恩は厚く。ただし、手を抜いたら止めます。その条も先に置く」

「筋がいい」

 ドワーフの執事が短く笑った。

「働き手の訓練はうちがやる。火入れまで持っていく」

 僕は伯爵と世間話をした。南方の雨の具合、道の整い方、今年の祭り。やはり話は昼食会へ向かう。

「今年は開催がなくて、まことに残念でしたぞ」

「申し訳ありません。二年ほどは準備の時期にしておりまして」

「いや、うわさは聞いておる。大舞踏会も控えられたとか。十五歳になったら、盛大にやってくれ」

「そのつもりです」

 僕らが笑う間にも、ローランと相手の会話は歯切れよく進む。担保に土地を取らないこと、代わりに出来高と進捗で見ること、中止線はどこか。書くべき怖い言葉も先に口に出し、紙に落としていく。

「では、第一期はサトウキビ畑を二十町分。苗床は二面。ため池は一基増設。資金の流れは四回に分け、三回目の放出は訓練報告の提出を条件に。ここまで、よろしいですか」

「よろしい」

 伯爵が頷く。

「返済は三巡目から。遅延罰は物納を優先。病や天災の年は猶予。書きます」

 ローランは要点を短くまとめ、その場で覚書の草稿を書き上げた。会計役が目を通し、執事がうなずく。伯爵が太い指で最後の行を押さえた。

「うむ。よい線だ」

 合意が固まると、僕は伯爵の方に向き直り、握手を求めた。

「では、ご一緒させてください」

「この借りは必ず返す」

 掌の温度がきっぱりとした。伯爵は立ち上がり、礼をして帰っていった。廊下が静かになる。僕は思わず息をついた。

「……いまの、僕には一人じゃ無理だった」

 ローランは「仕事ですから」と肩をすくめたが、その目は少しだけやわらかかった。

「大人のやり取りは、段取りと言い切りの位置だけです。名は出してよい。利は薄く、恩を厚く。ただし、止める条も先に。今日は良い相手でした」

 その後も彼は、同じ調子で仕事を進めていった。朝は面会の順を組み直し、昼は文での返礼と短い挨拶状を整え、夕方は調べと下見。僕が講義や借りた眼との面談に出ている間も、ストークと連携して私信の温度を保ってくれる。

「この二通はすぐ会う。これは贈りで温度を。これは静かに見ておく。そして、この三件は融資の相談に育てられます」

 夜には、タウンハウスの窓に遅い灯。ローランの机の上では、印章の箱と封蝋が静かに並び、紙が積まれていく。彼は僕の右に立ち、名で受け、言葉で進め、紙で残す。その姿があるだけで、僕は以前より遠くを見られるようになった。
 翌月、南からの報告の便りが早くも届いた。ため池の場所に白い石が打たれ、苗床の材木が積まれはじめたという。僕はその紙をローランに渡す。

「始まったね」

「はい。止めない限り、進みます」

 そう言って彼は襟を正した。タウンハウスの廊下に、軽い足音が二つ、三つ。今日も客が来る。僕は深呼吸して、扉へ向かった。大人の話は、もう怖くなかった。ローランが前で受けてくれる。その安心が、背中にきちんと残っていたからだ。
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