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13歳の沈着。
二人とも妊娠か。
ルステインに戻って数日。商会まわりの判子と、アトリエの雑事を片付けていると、執事のストークがドアをノックした。
「ラクラ薬師から面談の申し込みです。『急ぎではないが、今日のうちに』とのこと」
「ラクラ師匠なら一も二もなく。すぐお通しして」
ほどなく、ラクラ薬師が現れた。五十路の背筋は今日もしゃんとしていて、その横には見慣れない若い女性。焼けた頬、探索者の癖が抜けきらない立ち姿。
「リョウ、よく働いてる顔だねぇ」
「師匠こそ相変わらず元気そうで」
「まぁね。で、本題。引退を少し考えててさ。店を続けるには弟子を取らなきゃってんで、この子を見込んだのさ。カシャー。元探索者、“薬草ハンター”。鼻がきいて、手も早い」
女性はぺこりと頭を下げた。
「初めまして。カシャーと申します。薬草の見分けと乾かしには自信があります。調剤は、これから叩き込まれる予定です」
ラクラ薬師が僕を肘でつつく。
「アンタほどじゃないけどねぇ、って言っとかないと拗ねるだろ?」
「拗ねませんって」
「で、弟子を取るってことは、アンタは兄弟子だ。カシャーに何かあったら頼むよ」
「わかった。責任もって面倒見る」
カシャーの肩がほんの少し緩んだ。
茶を置いて、ラクラ薬師が次の札を切る。
「ついでに相談。店の住居部分、弟子用に改装したいのさ。夜中に煎じても音が響かないようにね。大工を紹介しておくれ」
「任せて。サッチ!」
呼ぶと、台所からサッチが顔を出す。
「スサン商会へ走ってカダスを呼んできて。『ラクラ薬師の店の改装』と伝えて」
「はい!」
風みたいに駆けていくサッチ。僕はカシャーに店の間取りを簡単に描いてもらい、ラクラ薬師と動線の確認をしているうちに、足音が二つ戻ってきた。
カダスは短い髭を撫でながら入ってきた。商会の警備の現場統括、腕のいい戦士にしてルステインのドワーフの顔役だ。
「おうリョウ……じゃなかった、リョウエスト様。ラクラ殿、改装と聞いて」
「いい目してるじゃないか、カダス。静かな床と、薬棚の据え直し、それと煙の逃げ道が欲しいんだよ」
「了解。ヴェリーを……」
と言いかけて、カダスは言葉を切り、歯切れ悪く帽子をいじった。
「どうかした?」
「実はな……ヴェリーが妊娠しててよ」
「えっ、ヴェリーが!?」
僕は椅子から半分立ち上がった。
「おめでたい!」
「相棒のところもだ」
カダスが苦笑いする。
「ペランスの嫁さん、ほら、お前の相棒の王国特別料理人のフィグさんよ。二人とも高齢でな。安定するまでは現場から外す。だから今回は別のドワーフ親方を連れてくる」
胸の奥がじんと熱くなった。
「……そうか。祝わないと」
「落ち着いてからで頼む。本人たちもそれを望んでる」
「わかった。じゃあ、ラクラ師匠……産前産後のこと、お願いできますか」
ラクラ薬師はあっけらかんと笑い、指で自分の鼻を弾いた。
「任された。妊婦の薬は森より歩いた女だよ。腹の子の月に合わせて、食べ物と寝る時間、口出しさせてもらうよ」
カダスは目を丸くして、深々と頭を下げた。
「ありがてぇ……ヴェリーたちにも“ラクラの目がついてる”と伝えられる。あの二人、表じゃ照れてるが、内心は震えてる。助かる」
話を戻す。
「改装は二部屋。一つは仮眠と学び、もう一つは乾燥と研ぎ。床は厚、壁は二重、窓は高い位置。煙は立ち上げてから水平。夜の作業で音を落とすには、梁の上に薄い板を浮かせる。親方の候補はグレンとベフ。明日の朝に現場見だ」
カダスが段取りを述べる間、カシャーは真剣な顔でメモを取る。
「弟子用の寝台は低く。転げ落ちの心配ないやつで」
とラクラ薬師が差し込む。
「了解。あと、湯の間は暖かいまま保てるように。夜勤明けに冷えないよう、火の箱を一つ」
「いいね。費用は私が持つよ。弟子を取るのは投資だ」
「じゃあ見積もりを二種、静かめ仕様と頑丈仕様で。来巡には叩きたい」
「早いねぇ、リョウの弟子は助かるわ」
とラクラ薬師が笑う。
「弟子じゃなくて兄弟子だってば」
「似たようなもんだろ」
打合せがまとまり、茶がぬるくなった頃。ラクラ薬師がカシャーの背を押した。
「カシャー、挨拶」
「はい。リョウエスト様。これからご迷惑おかけしますが、薬の道に恥じないよう励みます。探索者の頃みたいに無茶はしません。ラクラ師からも厳しく言われました」
「無茶は僕の前だけにして。倒れたら師匠が泣くから」
カシャーは照れて笑い、ラクラ薬師が「ほら見な」と肩で笑う。部屋が少し明るくなった。
帰り際、カダスがふと思い出したように言った。
「そうだ、親方替えの件、ヴェリーに代わって謝っとく。あいつ、仕事となると我(が)が強いが、腹に子ができてからは手を抜く賢さを覚えた」
「それは強さだよ。守るために引くのは、勇気だ」
「……言うようになったな、リョウエスト様」
「年を取ったからね」
「十二の口が言うことかね」とラクラ薬師が呆れたふりをして、皆で笑った。
三人を玄関まで見送る。暮れかけの光がアトリエの庭に伸び、若い木々の影が長い。
「師匠、フィグさんとヴェリーたちのこと、ほんとに頼みます」
「任された。心配なら顔を出しな。あんたが来ると、あの子らは背筋が伸びるから」
カダスも深く頭を下げる。
「ラクラ殿、産婆やら手配が要るなら俺に言え。金も人も回す。二人とも無事に、な」
「言われなくてもやるよ」
肩で風を切るように、ラクラ薬師とカシャーは帰っていった。カダスは「明朝に親方連れて再訪」とだけ告げ、商会へ走る。
静けさが戻る。僕は門を閉めて、宵の空を見上げた。胸の中で、ひとつ祈る言葉が形になっていく。
「リーリシア。どうか、お二人とお腹の子をお守りください」
声には出さない。けれど、確かに届くように。
家の中からキーカの「夕餉の支度できましたー」という声。僕は返事をして、ひとつ深呼吸した。
「ラクラ薬師から面談の申し込みです。『急ぎではないが、今日のうちに』とのこと」
「ラクラ師匠なら一も二もなく。すぐお通しして」
ほどなく、ラクラ薬師が現れた。五十路の背筋は今日もしゃんとしていて、その横には見慣れない若い女性。焼けた頬、探索者の癖が抜けきらない立ち姿。
「リョウ、よく働いてる顔だねぇ」
「師匠こそ相変わらず元気そうで」
「まぁね。で、本題。引退を少し考えててさ。店を続けるには弟子を取らなきゃってんで、この子を見込んだのさ。カシャー。元探索者、“薬草ハンター”。鼻がきいて、手も早い」
女性はぺこりと頭を下げた。
「初めまして。カシャーと申します。薬草の見分けと乾かしには自信があります。調剤は、これから叩き込まれる予定です」
ラクラ薬師が僕を肘でつつく。
「アンタほどじゃないけどねぇ、って言っとかないと拗ねるだろ?」
「拗ねませんって」
「で、弟子を取るってことは、アンタは兄弟子だ。カシャーに何かあったら頼むよ」
「わかった。責任もって面倒見る」
カシャーの肩がほんの少し緩んだ。
茶を置いて、ラクラ薬師が次の札を切る。
「ついでに相談。店の住居部分、弟子用に改装したいのさ。夜中に煎じても音が響かないようにね。大工を紹介しておくれ」
「任せて。サッチ!」
呼ぶと、台所からサッチが顔を出す。
「スサン商会へ走ってカダスを呼んできて。『ラクラ薬師の店の改装』と伝えて」
「はい!」
風みたいに駆けていくサッチ。僕はカシャーに店の間取りを簡単に描いてもらい、ラクラ薬師と動線の確認をしているうちに、足音が二つ戻ってきた。
カダスは短い髭を撫でながら入ってきた。商会の警備の現場統括、腕のいい戦士にしてルステインのドワーフの顔役だ。
「おうリョウ……じゃなかった、リョウエスト様。ラクラ殿、改装と聞いて」
「いい目してるじゃないか、カダス。静かな床と、薬棚の据え直し、それと煙の逃げ道が欲しいんだよ」
「了解。ヴェリーを……」
と言いかけて、カダスは言葉を切り、歯切れ悪く帽子をいじった。
「どうかした?」
「実はな……ヴェリーが妊娠しててよ」
「えっ、ヴェリーが!?」
僕は椅子から半分立ち上がった。
「おめでたい!」
「相棒のところもだ」
カダスが苦笑いする。
「ペランスの嫁さん、ほら、お前の相棒の王国特別料理人のフィグさんよ。二人とも高齢でな。安定するまでは現場から外す。だから今回は別のドワーフ親方を連れてくる」
胸の奥がじんと熱くなった。
「……そうか。祝わないと」
「落ち着いてからで頼む。本人たちもそれを望んでる」
「わかった。じゃあ、ラクラ師匠……産前産後のこと、お願いできますか」
ラクラ薬師はあっけらかんと笑い、指で自分の鼻を弾いた。
「任された。妊婦の薬は森より歩いた女だよ。腹の子の月に合わせて、食べ物と寝る時間、口出しさせてもらうよ」
カダスは目を丸くして、深々と頭を下げた。
「ありがてぇ……ヴェリーたちにも“ラクラの目がついてる”と伝えられる。あの二人、表じゃ照れてるが、内心は震えてる。助かる」
話を戻す。
「改装は二部屋。一つは仮眠と学び、もう一つは乾燥と研ぎ。床は厚、壁は二重、窓は高い位置。煙は立ち上げてから水平。夜の作業で音を落とすには、梁の上に薄い板を浮かせる。親方の候補はグレンとベフ。明日の朝に現場見だ」
カダスが段取りを述べる間、カシャーは真剣な顔でメモを取る。
「弟子用の寝台は低く。転げ落ちの心配ないやつで」
とラクラ薬師が差し込む。
「了解。あと、湯の間は暖かいまま保てるように。夜勤明けに冷えないよう、火の箱を一つ」
「いいね。費用は私が持つよ。弟子を取るのは投資だ」
「じゃあ見積もりを二種、静かめ仕様と頑丈仕様で。来巡には叩きたい」
「早いねぇ、リョウの弟子は助かるわ」
とラクラ薬師が笑う。
「弟子じゃなくて兄弟子だってば」
「似たようなもんだろ」
打合せがまとまり、茶がぬるくなった頃。ラクラ薬師がカシャーの背を押した。
「カシャー、挨拶」
「はい。リョウエスト様。これからご迷惑おかけしますが、薬の道に恥じないよう励みます。探索者の頃みたいに無茶はしません。ラクラ師からも厳しく言われました」
「無茶は僕の前だけにして。倒れたら師匠が泣くから」
カシャーは照れて笑い、ラクラ薬師が「ほら見な」と肩で笑う。部屋が少し明るくなった。
帰り際、カダスがふと思い出したように言った。
「そうだ、親方替えの件、ヴェリーに代わって謝っとく。あいつ、仕事となると我(が)が強いが、腹に子ができてからは手を抜く賢さを覚えた」
「それは強さだよ。守るために引くのは、勇気だ」
「……言うようになったな、リョウエスト様」
「年を取ったからね」
「十二の口が言うことかね」とラクラ薬師が呆れたふりをして、皆で笑った。
三人を玄関まで見送る。暮れかけの光がアトリエの庭に伸び、若い木々の影が長い。
「師匠、フィグさんとヴェリーたちのこと、ほんとに頼みます」
「任された。心配なら顔を出しな。あんたが来ると、あの子らは背筋が伸びるから」
カダスも深く頭を下げる。
「ラクラ殿、産婆やら手配が要るなら俺に言え。金も人も回す。二人とも無事に、な」
「言われなくてもやるよ」
肩で風を切るように、ラクラ薬師とカシャーは帰っていった。カダスは「明朝に親方連れて再訪」とだけ告げ、商会へ走る。
静けさが戻る。僕は門を閉めて、宵の空を見上げた。胸の中で、ひとつ祈る言葉が形になっていく。
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