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14歳の助走。
そっちの方は修行不足。
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ローランから無事到着の速文を受け取ると、僕はルステインで報告書を束にして出し、短い休息のあと、運河船と貨物船を一隻ずつチャーターして王都へ向かった。乗り合わせは、僕、ミザーリ、トーマス、アインス、フィア、ゼクス。それに王都詰めの陽炎隊が数名。貨物船には王都用の馬を積み、並走する。エメイラは「護衛をするわ」と当たり前のように隣に座った。船は静かで、紙は多い。アトリエ宛ての手紙は、仕官希望、働き口の願い、借金の申し込み、事業提案……読みながら頭が重くなり、途中でやめて、御礼状の束に切り替えた。今回お世話になった人たちの顔を思い浮かべ、短く、要を外さない言葉だけを置く。
王都に着き、船頭に礼を述べて見送り、馬に乗ってタウンハウスへ。門をくぐると、空気が家の匂いに変わった。皆を広間に集めて「お疲れ様」と一言。ローランにはアトリエに届いていた手紙の束を渡し、アールには御礼状の配達を頼む。カレルからは経費の報告。数字は容赦ないが、見たいところが一目で分かる並べ方だ。ミザーリとエメイラとリディアとナビはソファで仲良く陣取り、何やら内緒話。気にせず、ストークから志望者の状況を聞き出す。
「とりあえず六人、第一次は通しました。ツヴァイ、ドライ、フュンフが素行調査済みです」
「助かる。第二次は、ローラン、ストーク、僕の三人でやろう。しばらく一次は任せる」
段取りが一段落すると、ようやく腰がソファに沈んだ。湯気のない一杯の茶が、妙に旨い。
「そういえばさ。ナミリアに釣り書きが来てるんだけど、首を縦に振らないみたいだ。何か知ってる?」
問いかけると、三人の視線がぴたりと揃う。エメイラが肘をつき、にやりと笑った。
「あなた、そっちの方はまだまだ修行不足ね」
ミザーリは肩をすくめて、わざとらしく空を見た。
「女心は風向き一つで変わることもあれば、山のように揺れぬこともあるのです」
リディアは頬杖をつき、喉の奥で笑う。
「鼻で分かることもあるが、言わぬが華というものもある」
ナビは僕の肩に飛び乗り、尻尾で頬をくすぐった。からかわれているのは分かる。分かるが、核心には触れさせてもらえない。三人は察していて、僕に気づかせたいのだろう。いや、気づけと言っているのかもしれない。
「……分かった。風向きと山、ね。なら、風が強すぎない日に、山道を歩きに行こう」
エメイラが目だけで笑い、ミザーリが小さく頷く。リディアは「土産を忘れるでないぞ」といたずらっぽく言い、ナビが「にゃ」と短く鳴いた。ルステインにいるナミリアの顔が、ふと陽だまりと一緒に胸に浮かぶ。急かさず、でも放りっぱなしにもせず。そういう距離を選べばいい。
「さて。仕事に戻る」
机へ移り、若い役人向けの耳箱運用の要点を書き出す。王様の手紙にあった通り、まずは耳箱から。箱の置き場所、札の回し方、読む人間の交代、返答の刻、返答できない札の扱い。短い文にして、誰が読んでも同じ動きになるように。王都の地図を広げ、どの区で試すか、どの宿と代官所を中継にするか、仮の線を引く。
ストークは第二次審査の設問を並べていた。家の中は、音が少ないのに、働きの気配が濃い。
「リョウ様、王城から速文です」
レラサンスが盆に紙を載せてくる。サイスさんの筆跡。若手を十名ほど招集、明後日、耳箱運用の初会合を持つ。君も来てくれ、とのこと。返文で会合資料の骨子を示し、札の現物見本と運用簿の薄い帳面を当日持参すると告げる。紙を畳む音が、家の静けさに馴染んだ。
ひと息ついたところで、もう一枚だけ紙を出す。ルステインのマックスさん宛て。王族専用の運河船の件、王都側の停泊所の高さと幅の仕様、船内の灯の位置、推進器の遮音の当て布の材。短く、合図の言葉だけを置き、最後に「音は低く、匂いは薄く」の一行を足して封をした。
「ねえ、休む時は休む」
背後からエメイラの声。振り向けば、ミザーリとリディアが既に茶の仕度をしてくれている。ナビは紙束の上で丸くなって、尻尾で僕の指を叩いた。
「分かった。茶を一杯だけ」
湯気が静かに立ち、頭の中の歯車がゆっくりになる。エメイラが何気ないふうで問いを投げた。
「明日の予定は」
「午前は第二次審査の枠決めと設問整備、午後は王城の会合準備。夜は……速文の返事次第で、ルステインに一通。様子を聞く」
ミザーリが口角を上げる。
「土産は得物ではなく、言葉と菓子がよい」
「心得た。甘すぎず、香りの薄いやつを」
リディアが満足そうに頷いた。
「よきかな。女は甘くなくとも、心は満ちる」
茶を飲み干し、机に戻る。第二次審査の設問は、手の技と頭の働きと心の張りを軽く測るものにした。長広舌は要らない。短い句で要点を出す。正解を一つにしない問いも混ぜる。誰かが言葉少なに、しかし的確に動けるかどうか。僕らの仕事に要るのは、そういう型だ。
夜、皆を散らして一人になった廊は静かだ。窓を少し開けると、街の風が薄く入る。机の端に、もう一枚だけ紙を置いた。宛先はルステイン。文面は用件が一行、近況が一行、そして最後に短い一文。
「よく食べて、よく眠って。元気なら、それでよし」
封をして、蝋を押す。どこへ行くにも、誰に会うにも、僕の歩き方は変わらない。急がせず、放らず、薄く手を添える。それを忘れないように、灯をひとつだけ残して部屋を出た。
階下へ降りると、ナビがふわりと肩に乗る。ミザーリは外回りの若い者と短い稽古、エメイラは書斎の灯の高さを指で示し、リディアは窓辺で夜風を嗅いでいる。家は呼吸していた。静養の家で覚えた呼吸が、そのままここにも流れている。
「さあ、明日」
小さくつぶやく。耳箱の会合、第二次審査、停泊所の導線、そして一通の手紙。どれも大切で、どれも急がない。紙束を胸の中で重ね直し、灯を消した。庭の影は浅く、夜はちょうどいい濃さだった。
王都に着き、船頭に礼を述べて見送り、馬に乗ってタウンハウスへ。門をくぐると、空気が家の匂いに変わった。皆を広間に集めて「お疲れ様」と一言。ローランにはアトリエに届いていた手紙の束を渡し、アールには御礼状の配達を頼む。カレルからは経費の報告。数字は容赦ないが、見たいところが一目で分かる並べ方だ。ミザーリとエメイラとリディアとナビはソファで仲良く陣取り、何やら内緒話。気にせず、ストークから志望者の状況を聞き出す。
「とりあえず六人、第一次は通しました。ツヴァイ、ドライ、フュンフが素行調査済みです」
「助かる。第二次は、ローラン、ストーク、僕の三人でやろう。しばらく一次は任せる」
段取りが一段落すると、ようやく腰がソファに沈んだ。湯気のない一杯の茶が、妙に旨い。
「そういえばさ。ナミリアに釣り書きが来てるんだけど、首を縦に振らないみたいだ。何か知ってる?」
問いかけると、三人の視線がぴたりと揃う。エメイラが肘をつき、にやりと笑った。
「あなた、そっちの方はまだまだ修行不足ね」
ミザーリは肩をすくめて、わざとらしく空を見た。
「女心は風向き一つで変わることもあれば、山のように揺れぬこともあるのです」
リディアは頬杖をつき、喉の奥で笑う。
「鼻で分かることもあるが、言わぬが華というものもある」
ナビは僕の肩に飛び乗り、尻尾で頬をくすぐった。からかわれているのは分かる。分かるが、核心には触れさせてもらえない。三人は察していて、僕に気づかせたいのだろう。いや、気づけと言っているのかもしれない。
「……分かった。風向きと山、ね。なら、風が強すぎない日に、山道を歩きに行こう」
エメイラが目だけで笑い、ミザーリが小さく頷く。リディアは「土産を忘れるでないぞ」といたずらっぽく言い、ナビが「にゃ」と短く鳴いた。ルステインにいるナミリアの顔が、ふと陽だまりと一緒に胸に浮かぶ。急かさず、でも放りっぱなしにもせず。そういう距離を選べばいい。
「さて。仕事に戻る」
机へ移り、若い役人向けの耳箱運用の要点を書き出す。王様の手紙にあった通り、まずは耳箱から。箱の置き場所、札の回し方、読む人間の交代、返答の刻、返答できない札の扱い。短い文にして、誰が読んでも同じ動きになるように。王都の地図を広げ、どの区で試すか、どの宿と代官所を中継にするか、仮の線を引く。
ストークは第二次審査の設問を並べていた。家の中は、音が少ないのに、働きの気配が濃い。
「リョウ様、王城から速文です」
レラサンスが盆に紙を載せてくる。サイスさんの筆跡。若手を十名ほど招集、明後日、耳箱運用の初会合を持つ。君も来てくれ、とのこと。返文で会合資料の骨子を示し、札の現物見本と運用簿の薄い帳面を当日持参すると告げる。紙を畳む音が、家の静けさに馴染んだ。
ひと息ついたところで、もう一枚だけ紙を出す。ルステインのマックスさん宛て。王族専用の運河船の件、王都側の停泊所の高さと幅の仕様、船内の灯の位置、推進器の遮音の当て布の材。短く、合図の言葉だけを置き、最後に「音は低く、匂いは薄く」の一行を足して封をした。
「ねえ、休む時は休む」
背後からエメイラの声。振り向けば、ミザーリとリディアが既に茶の仕度をしてくれている。ナビは紙束の上で丸くなって、尻尾で僕の指を叩いた。
「分かった。茶を一杯だけ」
湯気が静かに立ち、頭の中の歯車がゆっくりになる。エメイラが何気ないふうで問いを投げた。
「明日の予定は」
「午前は第二次審査の枠決めと設問整備、午後は王城の会合準備。夜は……速文の返事次第で、ルステインに一通。様子を聞く」
ミザーリが口角を上げる。
「土産は得物ではなく、言葉と菓子がよい」
「心得た。甘すぎず、香りの薄いやつを」
リディアが満足そうに頷いた。
「よきかな。女は甘くなくとも、心は満ちる」
茶を飲み干し、机に戻る。第二次審査の設問は、手の技と頭の働きと心の張りを軽く測るものにした。長広舌は要らない。短い句で要点を出す。正解を一つにしない問いも混ぜる。誰かが言葉少なに、しかし的確に動けるかどうか。僕らの仕事に要るのは、そういう型だ。
夜、皆を散らして一人になった廊は静かだ。窓を少し開けると、街の風が薄く入る。机の端に、もう一枚だけ紙を置いた。宛先はルステイン。文面は用件が一行、近況が一行、そして最後に短い一文。
「よく食べて、よく眠って。元気なら、それでよし」
封をして、蝋を押す。どこへ行くにも、誰に会うにも、僕の歩き方は変わらない。急がせず、放らず、薄く手を添える。それを忘れないように、灯をひとつだけ残して部屋を出た。
階下へ降りると、ナビがふわりと肩に乗る。ミザーリは外回りの若い者と短い稽古、エメイラは書斎の灯の高さを指で示し、リディアは窓辺で夜風を嗅いでいる。家は呼吸していた。静養の家で覚えた呼吸が、そのままここにも流れている。
「さあ、明日」
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