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15歳の飛翔。
外遊前の一回り。
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朝一番、僕らは四人でアルカディアを出た。エメイラは役所に寄って札の束を受け取り、ミザーリは陽炎隊の二人に周辺警戒を任せ、ナミリアは肩に小さな救護袋を提げる。街、町、村を順々に回っていくと、噂を聞きつけた人たちが広場や祠の前に集まり、なかには手を合わせて拝む人もいる。
「拝まないでくれ。お願いがあるなら二行で、困りごとなら一つずつ。僕は聞きに来た」
そう言うと、ざわめきが落ち着き、年寄りが前に出た。溝が浅くて車輪が外れる……井戸の囲いが壊れて子どもが怖がる……税の納め方で揉めている……。耳役の机の隣に立てた二段掲示に、低い札と高い札が次々並ぶ。僕は要点だけ返し、細かい段取りは伯眼の若い騎士に渡す。伯眼は目印の赤紐を張り、伯翼は馬を待機させて合図の旗を確認。ミザーリが小声で合図を打つと、隊は音もなく散っていった。
道中、ナミリアは人混みの端でしゃがみこんだ少年を見つけた。頬が熱い。母親の肩に手を置き、落ち着いた声で問診してから、指先で光をともす。ふっと少年の息が楽になり、額の汗が細かくなる。回復の魔法に頼り切らず、薬草の粉をぬる湯に溶かす手つきが手慣れていた。
「一晩、寝かせてください。熱は下がるでしょう」
母親が涙を浮かべて何度も頭を下げた。別の村では、古傷に雨が沁みるという漁師の膝を診て、包帯の巻き方を若い衆に教えていた。僕はその背に声をかける。
「これで航海の間の侍医も任せられるね」
ナミリアは少し頬を赤らめて、救護袋を抱きしめた。
昼は茶屋の縁台で土地のお菓子を貰い休憩。通り雨の匂いがして、子どもたちが遠巻きにのぞき込む。エメイラが子どもたちに「掲示は二つの高さよ」と笑いながら教えると、いちばん小さな子が低い札を指さしてうなずいた。エメイラはその足で耳役の老人の机に寄り、札の巡りと返事の時刻を一つひとつ確認していく。
「外遊のあいだは私がここを束ねます。耳箱の返事は昼の二刻と夕の一刻。伯眼と伯翼には週一の合わせ稽古を。札の文言は二行を守って、掲示は必ず二段で」
「承知しました、エメイラ様」
老人の目は澄んでいた。人を選ぶときの心得も、もう身についている顔だ。
日が傾くころには、三つ目の町の広場。予想よりも多く人が集まって、最前列の誰かがぴたりと膝をついたのをきっかけに、また拝む流れになりかけた。僕は右手を胸に当て、深く礼をした。
「拝まれるより、手を貸してくれ。道を直すのに手が要る。港の広場に石を運ぶのに肩が要る。困りごとを札に落としてくれる耳が要る。僕は約束を返す。皆さんは、明日も暮らせる形を返してくれ」
静けさのあと、どっと拍手が起きた。拍手の向こうで、ミザーリが目だけで笑った。
宿は街道沿いの小さな旅籠。湯をもらい、簡単に身を清め、卓に地図を広げる。蝋燭の炎が、四人の影を壁に揺らす。
「明日の巡りはここから港町、そこからシャングリラの北側の村群。耳役の机は二つ増やす。駐在所は……」
「納屋を半分借りられる。昼に行って話はつけてあるわ」とエメイラ。
「護衛の割は私が組む。夜は私と陽炎隊が外回り。主は寝る。明日はまた人前だ」とミザーリ。
「わかった。無理はしない」
ナミリアは手帳に短く書きつけると、顔を上げた。
「私、航海中の救護箱を二箱にします。ひとつは船室、ひとつは甲板用。止血、消毒、熱の手当て、船酔い……配合は夜のうちに詰めておくね」
「助かる」
小さく頷いて、四人が湯気の立つ茶碗を手に取る。しばらく、旅籠の壁を流れる音は静かで、遠いところで駐在所の灯が一つ、また一つ落ちていくのが見えた。
寝所に移る前、エメイラが僕の前に座った。背筋を伸ばし、柔らかな声で言う。
「明日で一巡。あさっては王都に戻って出発の準備。リョウ、任せていって」
「うん。耳と翼は動いてる。キースとストークには大枠を渡した。あとは札の返事と駐在の巡りを守ってくれれば回る」
「任せて。私は札と人を回す。あなたは海を回して、約束を拾ってきて」
ミザーリが無言で腰の短剣を外し、卓の脇に置いた。
「主、外は私がいる。海の上でも、陸の上でも」
ナミリアは胸に手を当て、真っ直ぐに言う。
「私、あなたと一緒に行きます。恐れはあるけど……治せるものは治したい。帰ってきたら、また村を回ろうね」
「帰ってきたら……ゆっくりしよう」
「約束」
灯を落とす前、エメイラが小さな包みを僕の手に載せた。薄い銀糸で縁取った、細い青い紐だ。
「護符よ。結び目は三つ。ひとつは出立のため、ひとつは道中のため、ひとつは帰還のため。破ったら叱るからね」
「気をつけます」
皆で笑って、灯を落とした。
翌朝も同じ調子で回る。港では水竜人たちが石の積み方を指示し、広場には冷凍箱の抽選札を求める列。顔役たちはきちんと差配していて、揉め事は耳役の机に吸い込まれていく。シャングリラの北側では、畑の端に立つ学者風の男が、豆と麦の輪作を熱心に語っていた。シャカリだ。彼にも短く頼む。
「巡回で見たことを二行で。畑の癖はあなたがいちばん知っている。試す畝と守る畝、分けて札に」
「承知しました」
ひと巡りを終えた夕刻、最後の宿で湯気の立つ味噌汁を囲む。窓の外で、風が草を撫でる音。エメイラが杯を持ち上げる。
「外遊と留守の両方に、健闘を」
「健闘を」と僕。
「健闘を」とミザーリ。
「健闘を」とナミリア。
四つの杯が静かに触れ合い、音は小さく、でもよく響いた。明日、王都へ戻る。港に立つ帆はもう織り上がり、耳と翼は地に広がった。僕らは海へ、彼女は領へ。それぞれの持ち場で、約束を積み上げにいく。
「拝まないでくれ。お願いがあるなら二行で、困りごとなら一つずつ。僕は聞きに来た」
そう言うと、ざわめきが落ち着き、年寄りが前に出た。溝が浅くて車輪が外れる……井戸の囲いが壊れて子どもが怖がる……税の納め方で揉めている……。耳役の机の隣に立てた二段掲示に、低い札と高い札が次々並ぶ。僕は要点だけ返し、細かい段取りは伯眼の若い騎士に渡す。伯眼は目印の赤紐を張り、伯翼は馬を待機させて合図の旗を確認。ミザーリが小声で合図を打つと、隊は音もなく散っていった。
道中、ナミリアは人混みの端でしゃがみこんだ少年を見つけた。頬が熱い。母親の肩に手を置き、落ち着いた声で問診してから、指先で光をともす。ふっと少年の息が楽になり、額の汗が細かくなる。回復の魔法に頼り切らず、薬草の粉をぬる湯に溶かす手つきが手慣れていた。
「一晩、寝かせてください。熱は下がるでしょう」
母親が涙を浮かべて何度も頭を下げた。別の村では、古傷に雨が沁みるという漁師の膝を診て、包帯の巻き方を若い衆に教えていた。僕はその背に声をかける。
「これで航海の間の侍医も任せられるね」
ナミリアは少し頬を赤らめて、救護袋を抱きしめた。
昼は茶屋の縁台で土地のお菓子を貰い休憩。通り雨の匂いがして、子どもたちが遠巻きにのぞき込む。エメイラが子どもたちに「掲示は二つの高さよ」と笑いながら教えると、いちばん小さな子が低い札を指さしてうなずいた。エメイラはその足で耳役の老人の机に寄り、札の巡りと返事の時刻を一つひとつ確認していく。
「外遊のあいだは私がここを束ねます。耳箱の返事は昼の二刻と夕の一刻。伯眼と伯翼には週一の合わせ稽古を。札の文言は二行を守って、掲示は必ず二段で」
「承知しました、エメイラ様」
老人の目は澄んでいた。人を選ぶときの心得も、もう身についている顔だ。
日が傾くころには、三つ目の町の広場。予想よりも多く人が集まって、最前列の誰かがぴたりと膝をついたのをきっかけに、また拝む流れになりかけた。僕は右手を胸に当て、深く礼をした。
「拝まれるより、手を貸してくれ。道を直すのに手が要る。港の広場に石を運ぶのに肩が要る。困りごとを札に落としてくれる耳が要る。僕は約束を返す。皆さんは、明日も暮らせる形を返してくれ」
静けさのあと、どっと拍手が起きた。拍手の向こうで、ミザーリが目だけで笑った。
宿は街道沿いの小さな旅籠。湯をもらい、簡単に身を清め、卓に地図を広げる。蝋燭の炎が、四人の影を壁に揺らす。
「明日の巡りはここから港町、そこからシャングリラの北側の村群。耳役の机は二つ増やす。駐在所は……」
「納屋を半分借りられる。昼に行って話はつけてあるわ」とエメイラ。
「護衛の割は私が組む。夜は私と陽炎隊が外回り。主は寝る。明日はまた人前だ」とミザーリ。
「わかった。無理はしない」
ナミリアは手帳に短く書きつけると、顔を上げた。
「私、航海中の救護箱を二箱にします。ひとつは船室、ひとつは甲板用。止血、消毒、熱の手当て、船酔い……配合は夜のうちに詰めておくね」
「助かる」
小さく頷いて、四人が湯気の立つ茶碗を手に取る。しばらく、旅籠の壁を流れる音は静かで、遠いところで駐在所の灯が一つ、また一つ落ちていくのが見えた。
寝所に移る前、エメイラが僕の前に座った。背筋を伸ばし、柔らかな声で言う。
「明日で一巡。あさっては王都に戻って出発の準備。リョウ、任せていって」
「うん。耳と翼は動いてる。キースとストークには大枠を渡した。あとは札の返事と駐在の巡りを守ってくれれば回る」
「任せて。私は札と人を回す。あなたは海を回して、約束を拾ってきて」
ミザーリが無言で腰の短剣を外し、卓の脇に置いた。
「主、外は私がいる。海の上でも、陸の上でも」
ナミリアは胸に手を当て、真っ直ぐに言う。
「私、あなたと一緒に行きます。恐れはあるけど……治せるものは治したい。帰ってきたら、また村を回ろうね」
「帰ってきたら……ゆっくりしよう」
「約束」
灯を落とす前、エメイラが小さな包みを僕の手に載せた。薄い銀糸で縁取った、細い青い紐だ。
「護符よ。結び目は三つ。ひとつは出立のため、ひとつは道中のため、ひとつは帰還のため。破ったら叱るからね」
「気をつけます」
皆で笑って、灯を落とした。
翌朝も同じ調子で回る。港では水竜人たちが石の積み方を指示し、広場には冷凍箱の抽選札を求める列。顔役たちはきちんと差配していて、揉め事は耳役の机に吸い込まれていく。シャングリラの北側では、畑の端に立つ学者風の男が、豆と麦の輪作を熱心に語っていた。シャカリだ。彼にも短く頼む。
「巡回で見たことを二行で。畑の癖はあなたがいちばん知っている。試す畝と守る畝、分けて札に」
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「健闘を」と僕。
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