【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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15歳の飛翔。

外遊準備と出発。

 夜、宿舎の灯を少し落として、僕は各地に速文を送ると、机にうず高く積まれた札の束へ最後の文を書き連ねていった。港、新街、採石場、耳役の机、伯眼と伯翼の詰所……各所へ向けて、外遊中の連絡経路と代理権限、返答のしるしを簡潔に残す。ストークの手元に集約されるように矢印を引き、要の名を一人ずつ書いて、封蝋。蝋が冷えるあいだ、窓の外の見張り火が揺れた。

 準備は夜更けまで続いた。旅装の荷を一度広げ、二、三日分の着替えと最低限の道具だけを小袋に分ける。残りは一つずつ点検してから収納に吸い込ませる。薄闇の中で、布と革の匂い、油を含んだ紐の手触り。アインスが扉から顔を出し、肩をすくめた。

「便利でやすな、その収納ってやつは。背中が軽くなると、心まで軽くなる」

「背中が軽いぶん、頭を重くしておくよ」

 笑い合っていると、控えていたエメイラが手箱を二つ、そっと机に置いた。深い緑の紐で結わえたものと、薄紅の紐で結んだもの。

「これはシトルウェル大公国向け。こっちは……サテラージャ国の、ルディス様へ。どちらも中身は見ないこと。渡せば分かるわ」

「知り合いがいるの?」

「ちょっとした知り合いがね。向こうの人に手渡せば、道が開くわ」

 目尻に茶目っ気が浮かぶ。僕は礼を言って受け取り、旅装の胸へしまった。

 明け方前、宿舎の入口は荷で埋もれた。縄で十字に固めた木箱、帆布の袋、巻かれた地図筒、医療の箱、道具巻き……。僕は皆に声をかける。

「小袋以外は預かる。必要なものは手元に。残りは全部、僕の収納へ」

 アインスがオーバーに肩を叩いた。

「そいつぁ助かる。じゃ、荷の心配は無しで」

「荷の心配は無し、警戒の心配は有りね」とミザーリ。短く号令を飛ばし、陽炎隊の三人が音もなく散る。ナミリアは救護袋の中身を指先で数え、ミレイユは書写用具を纏めて革包みに納めた。

 見送りの列に、エメイラ、キース、マチルダ、オレリー、ドニーズ、トーマス、ヘイリルが並ぶ。それぞれに一言ずつ、短く、けれど重い。

「しばらく、よろしく頼む。札の返事は遅れても、嘘はつかないで」

「任されました」とストークの声。ヘイリルは軽く拳を胸に当て、トーマスは黙って頷いた。キースはにやりと笑い、マチルダは控えめに会釈。オレリーとドニーズは帳面を掲げ、エメイラは僕の襟を直してささやく。

「帰ってきたら、旅行」

「約束」

 アレクとボルクが御す二台の馬車に乗り込む。僕とナビ、ミザーリ、ナミリア、ミレイユ、アインス、ツヴァイ、フュンフ。車輪が砂利を踏み、まだ湿りの残る朝の空気が肺に沁みる。半日ほど街道を走り、見慣れた丘陵を過ぎるころ、遠くにルステインの城壁が現れた。

 城に寄り、マックスさんへ挨拶。執務室の大窓から朝の光が差し込み、彼はいつもの調子で笑った。

「外遊の間、何かあったら任せておけ。ルステインは背で支える」

「心強いです。帰りは、また運河で」

「運河は道だ。道はいつでも開いている」

 桟橋でアレク、ボルクと固く握手を交わし、別れを告げた。運河は薄青く、静かに流れる。僕らは用意された運河船に乗り込む。甲板に一度だけ手を置き、深呼吸。舫が解かれる。船腹が水を撫でて、岸がゆっくり後ろへ滑った。

 何事もなく、王都へ。河岸の喧噪が近づき、塔の影が水面に伸びる。船はそのまま新設のスサン領運河倉庫へと滑り込んだ。梁の太い倉に、僕らの印の扉が開く。手際よく荷を降ろし、僕らは迎えの馬車へ乗り換える。

「ナビ様、こっちでやす」

「にゃ」

 ナビはアインスの腕におとなしく収まり、そのまま獣医署へ。健康証明の札と、港務事務所の搬入申請が必要だ。アインスは親指を立ててみせ、そのまま足早に角を曲がった。

 タウンハウスに着くと、空気が少しだけ違って感じた。乾いた紙と蝋の匂い、遠くから響く蹄の音、廊下を走り抜ける小走りの足音。玄関の扉が開き、ローランが出てくる。いつもの薄笑いが、今日はわずかに広い。

「順調に進んでいますね」

「順調だよ。現場はよく回ってる。札の束は山だろう」

「山ですが、谷は作っていません。流れています」

 応接室に入るや否や、カレルが帳簿と印の束を抱えて入ってきた。

「財務、特段の問題はありません。リョウ様の個人資産は当初計画どおり運用に回しています。レシピ使用料とリョウエスト商会の役員報酬も、分配線の通りに。現金比率、少しだけ上げました。流動の波が来るので」

「ありがとう。旅の間現場の支払いで詰まるようなら、すぐに使ってくれて良い」

「承知しました」

 そこへアールが扉の陰から顔を覗かせる。手帳がひときわ厚い。

「五件、面談が入っています。外遊に出るまでに、駆け抜けましょう」

「相手は?」

「一つ目、港湾ギルドから新港規程の叩き台。二つ目、協働課……エフェルト公爵家の連絡役。三つ目、王都の学匠会。四つ目、料理ギルドのイタヌ殿……軍糧食の件。五つ目、王立医療局。ナミリア様の侍医資格の臨時認証相談です」

 ナミリアが背筋を伸ばす。ミザーリは短く息を吐いて、窓際の光の具合を確認した。

「順番はどうする?」

「まず医療局。認証が通れば、残りの交渉で話が早い。次に港湾、協働課、学匠会、料理ギルド……の順で。間に昼食会の誘いが二件。どちらも断っておきます」

「助かる」

 そこへ、アインスが戻ってきた。肩の上のナビは胸を張っている。首に新しい首輪と小ぶりの札が提がっていた。

「健康証明、取得。搬入申請も無事通過。ナビ殿、正式に海外渡航の猫に」

「にゃ」

 ミレイユがふっと笑い、札の写しを写本箱へ差し込む。ローランが掌を叩いた。

「では、段取りを。私は王城へ出て、出発式の式次第の最終確認。カレルは財務線の再点検、ミレイユは書証の束を二部ずつ。アール、面談先へ先触れを。ミザーリは護衛割を引き直して、外出動線を図で。ナミリア様は医療局へ持参する救護箱の目録を」

「了解した」とミザーリが応じ、僕は椅子から立ち上がる。旅の疲れはまだ両足に残っていたが、胸のうちは不思議と静かだ。ここまで繋いだ耳と翼が、王都にも確かに根を張っている。

 ふと、机の端に目をやる。昨夜、エメイラから手渡された二つの手箱が、柔らかい陽の中にきちんと並んでいた。結び目はほどけていない。渡すべき場所と相手は、すでに心の地図の上に印がついている。

「じゃあ……始めよう」

 僕が言うと、皆がそれぞれの持ち場へ散った。廊下の向こうで、椅子の脚が軽く鳴る。玄関の外で、輪を描く蹄の音。濃い紙の匂いの中で、約束と段取りが、また新しく組み上がっていく。

 外遊まで、あとわずか。けれど、出立の準備はずいぶん前から始まっていたのだと、今さら気づく。領と王都と海と空、そのすべてを一本の線で結ぶために、僕らは今日も短く約し、確かに返す。
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