ワケあり男装令嬢は、気が付けば乙女ゲームの××でした

矢島みち

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35 王宮最後の日

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 ――長かった王宮での執務も終わり、私は今日の良き日に此処とお別れいたします。

「ハァ…今日でルイ―セとルイスが王宮へ顔を出してくれるのも最後ねぇ…寂しくなるわぁ」
「今まで大変お世話になりました。暫くはお会いできませんが、王妃殿下もお元気でお過ごしください」
「…貴女、随分と嬉しそうじゃないの?もう少し名残惜し気な顔ぐらいしても良いんじゃないかしら?」
「名残惜しいですよー。王宮の美味しいお茶やお菓子ともこれでお別れだと思うと切なくて胸が震えますから」
「前は不敬罪を恐れていたのに、今ではこんなに図太くなって…。本当にティーセル家は王族を何だと思っているのかしら…」

 王妃殿下はため息交じりにブツブツと文句を言うけれど、私はどうしても顔が緩むのを隠し切れないでいた。

 私達は来週から【王立学術院】の新入生として、全寮制の寄宿舎に入ることになる。
 引っ越しや、学術院の制服の採寸など、様々な準備期間として少し早めにお暇を頂戴したのだ。
 思い返せば、二年前の王宮舞踏会で兄の身代わりに令息としてデビュタントを果たした私は、様々な思惑に翻弄されながら此処で働くことを余儀なくされた。
 しかし、そのおかげでルイスの“聖魔力欠乏症”は注射剤が開発され、王立学術院に入学できるようになったのだから、これも無駄な努力では無かったのだと思いたい。

「ルイ―セは、神経は図太いけれど、体は小さいままだよね。フフ…可愛いなぁ」

 ルイスの失礼な一言はムカつくけれど、実際、私の身長は一六五センチでほぼ止まってしまった。
 いやね、私だって女性の中では大きい方だと思うのよ。でも周りの男性諸君が無駄に高いからその中に混じると、彼らに『小さい』と揶揄われるのが苛立つ。
 身代わりを成功させた舞踏会当時はルイスだって私と同じぐらいの体型、身長だったのに、注射剤のおかげか、以前よりも食欲が増し、それに伴って運動量が増えたことで体が著しい成長を遂げてしまった。今では十センチ以上高い身長と、しっかりした体躯になってしまい、どう足掻いても入れ替わりなんか出来そうもない。

「本当に今日で、ルイ―セを口説くディミトリが見られるのも最後かと思うと、名残惜しいわぁ。どうかしら、少しはあの子に恋心を抱いたりした?」
「…やっと女装が終わると思うと清々しい気持ちになりますね‼これで口説かれる日々に別れを告げられると思うと顔のにやけが止まりません」
「…ディミトリ殿下があんなに頑張っているのに。最後ぐらい優しくしてあげたら?」
「でも、最近は贈り物攻勢も落ち着きましたし、大分口説かれるのも慣れてきました。そろそろ私に飽きてきたんじゃないかなと、好感触を抱いています」
「…本っつ当にルイ―セの恋愛音痴は重症だわ。あの子も報われないわねぇ…」

 王妃殿下とルイスに口々に責められるけれど、最後の日ぐらい優しくしろと言うのなら、貴方達だって私に優しくして頂きたい。
 まあ、そんな辛い日々も今日で終わりだと思えば、許せるのだけれど。

「まあ良いわ。今日で最後なのだから、手を抜かずしっかりと執務を熟して頂戴ね」

 王妃殿下のお言葉で、王宮最後の日は始まったのだった。



「今日の貴女もとても可愛らしいね。暫くお会いできないと思うと胸が張り裂けそうだ」
「はぁ…そうですか」

 蕩けるような微笑みで私を見つめているのは勿論ディミトリ殿下だ。
 ――王立学術院の入学式では主席合格を果たした新入生が代表挨拶を行う事になっているが、今年度の主席合格を果たしたのは勿論、ディミトリ・アーデルハイド王太子殿下だった。
 入学や寄宿舎へ入る為の準備以外に、ディミトリ殿下には入学式のリハーサルへの参列や、学術院内でも執務を行なうための段取りなど、私たち以上に忙しいはずだ。
 だから、今日は王妃殿下の執務室にまで顔を出す余力は無いだろうと高をくくっていたのだけれど…。

「今日を逃せば、学術院に通わない貴女とは長期休暇以外に会う事は不可能になる。今日ぐらいは私の為に時間を割いて貰っても良いのでは無いかな?」
「勿論、良いわよ」

 ――何で勝手に返事するんですか、王妃殿下‼
 ディミトリ殿下も嬉しそうに頷くんじゃありません。私は返事した覚えが無いのですが⁈
 よく判らないうちに、窓際に設えられた長椅子にエスコートされてしまうと、座らない訳にもいかなくなる。
 まあ、最後だし…ここでごねるより、話を済ませてさっさと帰ってもらった方が効率も良いかと自分を納得させ、彼の隣に腰を下ろした。

「貴女と結ばれるための条件は、王立学術院で三年間、学年主席の座を守ること。その第一歩は無事に果たすことが出来たと思う。これから会えない時間も、全てはいつか、私たちが結ばれるための布石だと信じて私は努力を怠らないことをルイ―セに誓おう」

 ――なんか決意表明が始まったけれど、これは相槌を打つのが正解だろう。取り敢えず頷いておく。

「だから私が卒業するまでの三年間、どれ程に今の婚約者から望まれたとしても、決して諦めず私の事を待ち続けてくれると…そうルイ―セもここで誓って欲しい」

 ここで拒否したらどうなるかなと思って王妃殿下を横目に見たら“頷け”と引き攣った笑顔で圧をかけられた。仕方なくこれにも頷いておく。

「口約束だけでは不安な、愚かな男だと笑ってくれても構わない。どうしても、今日はこれを貴女に渡しておきたくて用意したのだ」

 私の両手を開かせると、その掌にビロード張りの真っ赤な小箱が乗せられた。
 ディミトリ殿下がそっと開いた箱の中には、ピンクトルマリンで作られたマーガレットの花を模したブローチが光を放っている。
 幾重にも折り重なるように繊細に重ねられた花弁はピンクトルマリンで作られ、その中央には、花柱を現したゴールドの台座にアンバーが嵌め込まれていた。

「なんて綺麗なの…素晴らしいわ」

 可憐なその花は今も自分の出番を待つように、キラキラと輝いて私を魅了する。

「ルイ―セが高価な贈り物や華美な宝飾品を好まないのは理解している。ただ、これは私の気持ちを伝えるために、どうしても貴女に受け取って貰いたいんだ。いつかこの気持ちを言葉に出来る様になったら…今度は永遠の誓いを贈ろう」

 そっと小箱から取り出されたそのブローチは、ディミトリ殿下の手により、私の襟元へ付けられた。

「…このマーガレットのブローチには何か意味がございますの?」

 右手でブローチに触れると、柔らかな花弁の輝きが指先に冷やりと感じられる。
 ディミトリ殿下は少しだけ躊躇いながら、私の右手に手を重ねると「真実の愛」と耳元で囁いた。

「何がルイ―セに喜んでもらえるかと悩んでいた私に、母が『自分の気持ちを贈ってはどうか』と…『花言葉で自分の本当の想いを伝えるのはどうか』と教えてくれた。それで、花ごと、色ごとに花言葉が存在することを知って、どれが贈るべき言葉に相応しいのかと躍起になって調べたんだ。…マーガレットの花言葉を知った時には、これこそ貴女に贈るべき気持ちだと胸が熱くなって、心が震えたんだ」

 そう言うディミトリ殿下の声は緊張しているのか震えていて、そのくせ握った手は驚くほど熱い。

「どれ程離れて居ても、貴女が私の想いを胸に宿していてくれると思うだけで、心が満たされる気がする。今は貴女の気持ちが私に向いていないとしても…私の貴女への想いは変わらない。その事だけはルイ―セに伝えておきたかったんだ」

 ディミトリ殿下の熱が、じわじわと私の指先まで温めていくのを感じると、先ほどまで冷たいと思っていたブローチまで柔らかな熱を帯びた様な気がする。
 それは酷く甘く、胸の中に何かが満たされていくような感覚で――悪い気分では無かった。

「はい…ディミトリ殿下のお気持ちは確かに受け取りました。いつか…そんな日が来た時こそ、逃げずにお返事させていただきます」
「ありがとう。今はそれだけで十分だ。きっと貴女に相応しい男になって、迎えに来るから、それまで私の事を絶対に忘れないでくれ」

 ゆっくりと彼の顔が近づくのを、避けようとは思えなかった。
 そっと頬に口づけが落とされると「約束」と微笑んだディミトリ殿下は、もう私を振り返ることなく扉を開けて部屋を後にする。
 …頬を真っ赤に染めた私と、ニヤニヤ笑う王妃殿下、そして笑いを堪えるルイスを残して…。

 ――部屋に残された私の気まずさが…お判りいただけるだろうか?

「いやぁ…最後の最後に大逆転を決めてきましたね。ここまでやられたら、恋愛音痴だろうが、恋愛感情が死んでいようが関係なく愛されているのだと自覚しますよ」

 クスクスと笑うルイスに、益々顔が火照る。
 …いや、兄よ…さり気なく私の悪口を言ったよね?何だ、恋愛感情が死んでいるって…失礼な。

「ルイ―セにどうしたら意識して貰えるのか、ディミトリもずっと悩んでいたのよ。貴女がどんな贈り物なら喜んでくれるのか、何か月も考えて必死だったの。“花言葉辞典”なんて、らしくない物まで読み込んで、一生懸命選んだ物だからルイ―セが受け取ってくれて良かったわ」

 “あれで突き返されたら、衝撃のあまり立ち直れなかったかも”と王妃殿下は笑うけれど、そこまで必死に選んでくれた彼の気持ちを無下にはしたくない。

「…ディミトリ殿下のお気持ちを、受け止められるかは判りませんが、このブローチは大切にしたいと思います…」

 思わず、何度もそこにあるのかを確認したいぐらい、ブローチは強烈な印象として私の胸の奥に残った。彼の言う“真実の愛”が本物なのか、今の私には解らないけれど、確かにそこに在る物…。
 触れるたびに何故か温かさを感じるそれは、私の学術院での生活もきっと支えてくれるのだろう。

 こうして、王宮での最後の出仕日は終わりを告げたのだった。
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