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第47話
しおりを挟む朝、宿のロビーで父さんが腕を組み、母さんと向き合っていた。
「なあエレーナ、今日はいよいよ例の投資家さんとの面談日程を決めるって話だったよな?」
「そうよ。代理人のリクさんから手紙が来てて、“来週、雇い主と一緒に改めて面談したい”と。具体的には、王都の商業区にある上等な応接サロンを借りるって話になってるわ」
父さんが「おっ、いいじゃねえか! 向こうは本気ってことだな!」と喜ぶが、母さんは「喜ぶのはまだ早いわよ。ちゃんとこちらの条件を通さないとね」と淡々と返す。
俺は横で聞きながら、ノエルさんと「面談に向けて何か資料を用意すべきかな……」と話をする。大衆版の開発状況や高級版の生産ペース、そして何より“金をどう使い、どう利益を出すのか”をきちんとまとめる必要があるだろう。
「ノエルさん、開発データってまとめられてる? 痺れの件とか、いまどのくらいのレベルまできてるんだっけ?」
「はい。いまの段階なら“日常使用には問題ないが、若干のピリピリ感は残る”程度ですね。でも、従来品に比べたらずっと飲みやすいんで、正直もう“商品”としては十分売れるかと……」
「そうか。じゃあそのあたりの数字をもう少し具体的に示せれば、投資家も興味を深めてくれそうだよね」
母さんが頷き、「そうね。それと今回の面談では“うちの理念”をしっかり理解してもらわないと、ただの金儲け優先で押し切られる恐れがあるわ。あなたたちもブレないようにね?」と釘を刺す。父さんも珍しく神妙な面持ちで「そりゃそうだ……オレも勢いだけじゃダメだって学んだからな……」と呟く。
◆
そこへラットが宿の外から戻ってきた。少し走ってきたのか、息を弾ませている。「よー、みんなおはよう。なぁ、プラーナ葉の話、ちょっと進展があるかも……」と息を整えながら言う。
「プラーナ葉? あの高級ハーブのこと?」とノエルさんが食いつく。ラットは頷き、「ああ、森の採取人が“新しい採取ルートを見つけた”って話してて、もしかすると今より多めに持って来れるかもしれないんだと」
「マジで!? それはすごい!」と父さんが目を輝かせる。プラーナ葉が増えれば、高級版の量産が少し進むかもしれないし、百本注文への道も近づく。
「まだ確定じゃないけど、森の奥の別ルートにプラーナ葉が群生してるらしい。危険なモンスターが出るから採取しにくかったみたいだけど、最近騎士団が討伐に入ったらしくて……。まぁ詳しくはもう少し待ってくれって話なんだけど」
母さんは警戒しながらも「でも、実現すれば大きな話ね。高級版に安定供給が見込めれば、高額注文も受けやすくなるわね……」と手帳をめくる。ノエルさんが「資金さえあれば、採取人と正式契約して森に護衛を付けるなど、方法はいろいろ考えられそうですね」と提案。
俺は興奮を噛みしめつつも、「焦らずにね。確実じゃない話だから……でも、もし本当ならすごいよ!」と微笑む。ラットは「この数日中にまた情報が分かるっぽい。あとで連絡あるかも」と言って、胸を張っている。
◆
その後、昼前。宿の食堂で母さんと父さんがテーブルに資料を広げ、ノエルさんと俺、ラットも交えて投資家面談に向けた作戦会議を始める。
「会場は来週、商業区の応接サロン。私とガルスがメインで話を進めて、リオとノエルさんは大衆版ポーションの技術面を説明する。ラットくんは……一応、勤務があるのよね? 無理せず、もし都合が合えば参加してくれてもいいけど」
「うん、店のほうに掛け合ってみる。顔は出せるかも」
母さんは手帳に予定を書き込み、「いいわね。で、交渉のゴールとしてはどうするか……。急に大金を出してもらうんじゃなくて、段階的に支援を受けたい旨を提示する。あくまで投資家の口出しを最小限に留めてもらう条件を入れる。資金の使い道を明確に……そういう感じかしら」
「そうそう。オレがバーンと『頼むぜ!』って言えばいけるんじゃねえか?」と父さんが言うが、母さんは「だから勢いに頼らないでよ」と釘を刺す。ノエルさんやラットが苦笑している。
「でもまぁ、楽しみだな……もし資金が本格的に入ったら、大衆版をいっきに研究できるぞ。工房や人材を雇って……」と俺が想像を膨らませると、ノエルさんも「そうですね。開発が一気に進むかもしれません!」と瞳を輝かせる。母さんは「そういう夢を語るのは構わないけど、冷静にね」と繰り返す。
◆
昼食後、ラットが「じゃ、倉庫に行くわ」と宿を出て行った。しかし、夕方前に慌てた様子で戻ってくる。息を切らして、「やべえ、森の採取人が怪我したらしい……プラーナ葉の採取ルートで、ちょっと揉めごと起きたって話だ」と勢いよく話し出す。
母さんと父さんが「あら、どういうこと?」と同時に聞くと、ラットは肩で息をしながら説明する。どうやら森の奥にまだ残っていたモンスターが襲撃したとか、採取人同士で領地争いが起きたとか、詳細は曖昧だが、「大量には採れないかも」との連絡が入ったという。
「なんだ……せっかく増産できるかもって話が一気に怪しくなったな……」と父さんが頭を抱える。母さんは「まあ、まだ確定情報じゃないわね。とりあえず私が騎士団の知人に確認してみるわ。あのあたりの森で何が起きてるのか」とメモを取る。
ノエルさんが「もし危険なら、我々の仲間を雇って警備を強化するとか? でも費用がかかりますね……」と困惑。ラットは申し訳なさそうに「ごめん、ちゃんとした情報がなくて。でも、しばらくプラーナ葉は思うように採れないかもだ」と落ち込みかける。
「ラットくんが悪いわけじゃないわよ。こういう時こそ投資家と連携して、護衛費用を出すとか、対策を考える余地がある。焦らず進めましょう」と母さんが優しくフォローする。ラットは「うん……ありがとう」と小さく応じる。
◆
夕方から夜にかけて、結局プラーナ葉増産の話は暗雲に包まれたまま。母さんは「仕方ないわね。高級版を大量に受注するのはまだ難しそう。百本注文も当面は少しずつ進めるしかないわ」と冷静に結論づける。父さんは不満そうだが、反論しきれない様子。
ノエルさんと俺は大衆版の進捗を見直し、「とにかく投資家との面談が成功すれば研究と安全確保ができる」と思い直す。もし護衛を雇えれば森の採取人も安心してプラーナ葉を採取できるかもしれない。
ラットは掛け持ちの仕事を終え、部屋に戻ってくるなり「はぁ、今日も疲れた……」と布団にごろん。父さんが「おまえも大変だなあ。でもありがとな!」と励ますと、ラットは「あんたらこそ忙しそうだし、互いにがんばろうぜ」と苦笑い。
「よし、今日もゆっくり寝て明日に備えるか……」と俺が言いかけたところ、母さんが「ちょっとリオ、明日こそ投資家との面談のための書類を作るんでしょ? ノエルさんと一緒に夜なべにならないようにね?」と念押し。
「う、うん。寝不足は嫌だから頑張って書いて、早めに休むよ……明日あたりに一通り完成させて、さらに父さんと母さんでチェックしてもらう形だよね?」
「そうそう。それからラットくんも協力してくれそうならいいけど、時間ないんじゃない?」
「うーん……できる限りは手伝うよ」とラットが肩をすくめる。
◆
夜、部屋の明かりが落とされ、俺は布団の中で明日のスケジュールを思い描く。大衆版の開発は方向性が見えているが、まだ完成じゃない。高級版も素材不足がちらついている。投資家との面談で資金を得られれば、一気に解決へ進むかもしれないし、下手すると余計な要求を飲まされるかもしれない。
そんな不安と期待が入り混じる中、ノエルさんの隣の布団から軽い寝息が聞こえ、父さんと母さんは別部屋で軽く言い合いをしてる声が薄く漏れ、ラットはもう静かになっている。賑やかな日々に慣れた今、俺はどこか安心感を覚えつつまぶたを閉じる。
(明日の書類作り、ちゃんとやらなきゃな……少しでも整理して、投資家との面談に備えよう。資金があれば、研究も護衛も雇えて、一気に前に進める……絶対に失敗したくない。)
そう思いながら、静かに深呼吸して、宿の夜の静寂に身を委ねる。いつもより落ち着かないが、みんなが支えてくれるから大丈夫……夢見がちにそう確信し、だんだん意識が薄れていく。
窓の外で夜風が微かに通り過ぎ、明日への希望と課題を残して、俺たちの物語はまた一歩進もうとしている――そんな気配を感じながら、深い眠りへと誘われていった。
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