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よく似た父娘
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ルイーズ様のお母様の実家で私の養家になったセシャン伯爵家に挨拶に行ったのは、それから十日ほど経ってからだった。レニエ様と共に伯爵家に向かうと、ルイーズ様のお母様の兄君のセシャン伯爵とその奥方様に出迎えられた。
セシャン伯爵家とミオット侯爵家は十年ほど前から共同で事業を行っていた。政略結婚の話もあったけれど、互いに年が合う子供がいなかったので叶わなかったのだとか。だから私が養女としてミオット侯爵家に嫁ぐのは渡りに船だったと言われた。そこまで内情を知らなかったので驚いたけれど、そのような事情があるから恐縮しなくていいと言われてしまった。
「セシャン伯爵ご夫妻は温かみのある方でしたね」
帰りの馬車の中で、今日の歓談を思い返した。始終穏やかな空気で私に気負わせないような気遣いをあちこちで感じた。伯爵はルイーズ様に似て気さくで飾り気がないお人柄で、奥様は明るい笑顔と陽気な気性が春の陽だまりを思わせた。
「ああ、事業もあってお会いするが、気持ちのいい方だね。お陰でジゼルを助け出すことが出来た。感謝してもし切れないな」
「本当に」
実家からレニエ様の元に嫁ぐなど、想像も出来なかった。父やミレーヌが口を出してきて纏まるものも纏まらなかったかもしれない。結婚してからも私を通して理不尽な要求をして来ただろう。縁を切る前の父は私たちなどミレーヌの敵としてしか見ていなかったから。
家紋付きの馬車は無紋のそれと違い立派で乗り心地が良く、相変わらずレニエ様は私の隣で私の手を取って離さない。それが日常になっていた。まだ慣れなくて面映ゆい。そんな触れ合いに幸せを感じていると、馬車がいつも以上に速度を落とした。
「どうした?」
「旦那様、お屋敷の門にどなたかの馬車が……」
御者の言葉に屋敷をみると無紋の馬車が一台、門番と話をしているのが見えた。
「馬車? 今日は来客の予定はなかったはずだが?」
どうやら先触れもなく押しかけて来た客がいるらしい。嫌な予感がするのは先日の父の件があるからだろうか。
「どうなさいますか?」
顔を合わせたくないなら屋敷に戻らず、適当にその辺りを走って時間を潰すと言う意味なのだろう。
「いや、ルイーズ様のお遣いかもしれん。このまま戻ってくれ」
「かしこまりました」
レニエ様はため息をつくとそう命じた。避けてもまた来ると思われたのかもしれない。父が来る可能性は低いけれど、もう一人それ以上に厄介者がいる。屋敷に近付く馬車に揺られながらそうでないことを祈った。
「……から! ……様に会わせなさいと言っているの!」
甲高い声が近付くにつれて段々大きくなっていた。馬車の主は女性らしく、窓を開けてきつい口調で門番に詰め寄っているらしいけれど……この声って……
「あ……! だ、旦那様……!」
門番が私たちの馬車に気付いて縋るような視線を向けた。
「旦那様って……もしかして侯爵様!?」
声がすると同時に馬車のドアが開いて、派手な色彩の女性が降りて来た。
「……ミレーヌ……」
最悪の予想が当たって頭痛と胃痛が同時に襲ってきた。どうしてこの子がここに……しかも無駄に元気が有り余っているようにも見える。妊娠の話はどうなったのか……
「レニエ様!! お会いしたかったです!」
さっきとは一転、甘えた声でレニエ様の名を呼びながら近付いてきた。今すぐここを離れてはいけないだろうか。相変わらずパステルカラーのドレスはフリルとリボンで飾られ、痛々しさが際立っている。そんなドレスは五年前には卒業だろうに……
「レニエ様! シャリエ家のミレーヌですわ! お姉様に会いに来ましたの」
この前は怯えていたのにもう忘れたのだろうか。痛みを主張する胃にその厚顔無恥さが心底羨ましく思えた。きっと彼女の胃は鉄かレンガで出来ているに違いない……
「レニエ様、お屋敷に入れて下さいまし! って、お姉様、いらっしゃったんですか……」
声のトーンが急に下がったけれど、私に会いに来たんじゃなかったのか。性別で温度差が変わるのは変わっていなかった。
「私がいてご不満かしら、シャリエ伯爵令嬢。ああ、私のことはセシャン伯爵令嬢とお呼び下さい」
もう他人だからお姉様と呼ばれる筋合いはないし、名を呼ぶ間柄でもない。貴族なのだからそこは線引きが必要だ。言っても無駄だろうけど。
「やだ、お姉様ったら面倒なこと言って。お姉様はお姉様でしょう?」
「私は既にセシャン家の者。シャリエ家とは縁が切れています。勿論あなたともね」
「そんなこと言っても血の繋がりは消えないわ」
予想通り過ぎて笑いそうになってしまった。頭痛も胃痛もあるけれど、悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「ね、レニエ様もそう思われるでしょう?」
名前呼びが腹立たしいけれど、指摘すれば嫉妬したとかなんとか訳の分からないことを言い出すので飲み込んだ。怒りで胃が痛くなりそう。
「全く思わないな。それに君に名を呼ぶ許可を出した思えはない。不快だ」
「……え?」
険しい表情のレニエ様に固まったけれど、どうしてそう言えるのか不思議だった。実家であんなに拒絶されて怯えていたのにもう忘れたのだろうか。記憶障害があるのかと心配になってきた。
「もう忘れたの? あなた、レニエ様にあんなに拒絶されたのに」
レニエ様には珍しく厳しい口調だったし、ミレーヌも驚いて呆然としていたのに。
「あんなにレニエ様がお怒りになったのを見たの、初めてだったわ。しかもあなたはまだ謝罪もしていないわよね? それでどうして許されると思うの?」
「そ、それは……」
そこまで言い聞かせると大人しくなった。記憶が残ってはいたらしい。そこだけは安心した。
「二度と姿を見せるな。今度現れたら警備隊に通報する。この者が来ても門は開けるな。必要であれば警備隊を呼べ」
そう言うとレニエ様は窓をぴしゃりと閉めて御者に進むように告げた。ミレーヌは追っては来なかった。
セシャン伯爵家とミオット侯爵家は十年ほど前から共同で事業を行っていた。政略結婚の話もあったけれど、互いに年が合う子供がいなかったので叶わなかったのだとか。だから私が養女としてミオット侯爵家に嫁ぐのは渡りに船だったと言われた。そこまで内情を知らなかったので驚いたけれど、そのような事情があるから恐縮しなくていいと言われてしまった。
「セシャン伯爵ご夫妻は温かみのある方でしたね」
帰りの馬車の中で、今日の歓談を思い返した。始終穏やかな空気で私に気負わせないような気遣いをあちこちで感じた。伯爵はルイーズ様に似て気さくで飾り気がないお人柄で、奥様は明るい笑顔と陽気な気性が春の陽だまりを思わせた。
「ああ、事業もあってお会いするが、気持ちのいい方だね。お陰でジゼルを助け出すことが出来た。感謝してもし切れないな」
「本当に」
実家からレニエ様の元に嫁ぐなど、想像も出来なかった。父やミレーヌが口を出してきて纏まるものも纏まらなかったかもしれない。結婚してからも私を通して理不尽な要求をして来ただろう。縁を切る前の父は私たちなどミレーヌの敵としてしか見ていなかったから。
家紋付きの馬車は無紋のそれと違い立派で乗り心地が良く、相変わらずレニエ様は私の隣で私の手を取って離さない。それが日常になっていた。まだ慣れなくて面映ゆい。そんな触れ合いに幸せを感じていると、馬車がいつも以上に速度を落とした。
「どうした?」
「旦那様、お屋敷の門にどなたかの馬車が……」
御者の言葉に屋敷をみると無紋の馬車が一台、門番と話をしているのが見えた。
「馬車? 今日は来客の予定はなかったはずだが?」
どうやら先触れもなく押しかけて来た客がいるらしい。嫌な予感がするのは先日の父の件があるからだろうか。
「どうなさいますか?」
顔を合わせたくないなら屋敷に戻らず、適当にその辺りを走って時間を潰すと言う意味なのだろう。
「いや、ルイーズ様のお遣いかもしれん。このまま戻ってくれ」
「かしこまりました」
レニエ様はため息をつくとそう命じた。避けてもまた来ると思われたのかもしれない。父が来る可能性は低いけれど、もう一人それ以上に厄介者がいる。屋敷に近付く馬車に揺られながらそうでないことを祈った。
「……から! ……様に会わせなさいと言っているの!」
甲高い声が近付くにつれて段々大きくなっていた。馬車の主は女性らしく、窓を開けてきつい口調で門番に詰め寄っているらしいけれど……この声って……
「あ……! だ、旦那様……!」
門番が私たちの馬車に気付いて縋るような視線を向けた。
「旦那様って……もしかして侯爵様!?」
声がすると同時に馬車のドアが開いて、派手な色彩の女性が降りて来た。
「……ミレーヌ……」
最悪の予想が当たって頭痛と胃痛が同時に襲ってきた。どうしてこの子がここに……しかも無駄に元気が有り余っているようにも見える。妊娠の話はどうなったのか……
「レニエ様!! お会いしたかったです!」
さっきとは一転、甘えた声でレニエ様の名を呼びながら近付いてきた。今すぐここを離れてはいけないだろうか。相変わらずパステルカラーのドレスはフリルとリボンで飾られ、痛々しさが際立っている。そんなドレスは五年前には卒業だろうに……
「レニエ様! シャリエ家のミレーヌですわ! お姉様に会いに来ましたの」
この前は怯えていたのにもう忘れたのだろうか。痛みを主張する胃にその厚顔無恥さが心底羨ましく思えた。きっと彼女の胃は鉄かレンガで出来ているに違いない……
「レニエ様、お屋敷に入れて下さいまし! って、お姉様、いらっしゃったんですか……」
声のトーンが急に下がったけれど、私に会いに来たんじゃなかったのか。性別で温度差が変わるのは変わっていなかった。
「私がいてご不満かしら、シャリエ伯爵令嬢。ああ、私のことはセシャン伯爵令嬢とお呼び下さい」
もう他人だからお姉様と呼ばれる筋合いはないし、名を呼ぶ間柄でもない。貴族なのだからそこは線引きが必要だ。言っても無駄だろうけど。
「やだ、お姉様ったら面倒なこと言って。お姉様はお姉様でしょう?」
「私は既にセシャン家の者。シャリエ家とは縁が切れています。勿論あなたともね」
「そんなこと言っても血の繋がりは消えないわ」
予想通り過ぎて笑いそうになってしまった。頭痛も胃痛もあるけれど、悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「ね、レニエ様もそう思われるでしょう?」
名前呼びが腹立たしいけれど、指摘すれば嫉妬したとかなんとか訳の分からないことを言い出すので飲み込んだ。怒りで胃が痛くなりそう。
「全く思わないな。それに君に名を呼ぶ許可を出した思えはない。不快だ」
「……え?」
険しい表情のレニエ様に固まったけれど、どうしてそう言えるのか不思議だった。実家であんなに拒絶されて怯えていたのにもう忘れたのだろうか。記憶障害があるのかと心配になってきた。
「もう忘れたの? あなた、レニエ様にあんなに拒絶されたのに」
レニエ様には珍しく厳しい口調だったし、ミレーヌも驚いて呆然としていたのに。
「あんなにレニエ様がお怒りになったのを見たの、初めてだったわ。しかもあなたはまだ謝罪もしていないわよね? それでどうして許されると思うの?」
「そ、それは……」
そこまで言い聞かせると大人しくなった。記憶が残ってはいたらしい。そこだけは安心した。
「二度と姿を見せるな。今度現れたら警備隊に通報する。この者が来ても門は開けるな。必要であれば警備隊を呼べ」
そう言うとレニエ様は窓をぴしゃりと閉めて御者に進むように告げた。ミレーヌは追っては来なかった。
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