【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

文字の大きさ
49 / 86

よく似た父娘

しおりを挟む
 ルイーズ様のお母様の実家で私の養家になったセシャン伯爵家に挨拶に行ったのは、それから十日ほど経ってからだった。レニエ様と共に伯爵家に向かうと、ルイーズ様のお母様の兄君のセシャン伯爵とその奥方様に出迎えられた。
 セシャン伯爵家とミオット侯爵家は十年ほど前から共同で事業を行っていた。政略結婚の話もあったけれど、互いに年が合う子供がいなかったので叶わなかったのだとか。だから私が養女としてミオット侯爵家に嫁ぐのは渡りに船だったと言われた。そこまで内情を知らなかったので驚いたけれど、そのような事情があるから恐縮しなくていいと言われてしまった。

「セシャン伯爵ご夫妻は温かみのある方でしたね」

 帰りの馬車の中で、今日の歓談を思い返した。始終穏やかな空気で私に気負わせないような気遣いをあちこちで感じた。伯爵はルイーズ様に似て気さくで飾り気がないお人柄で、奥様は明るい笑顔と陽気な気性が春の陽だまりを思わせた。

「ああ、事業もあってお会いするが、気持ちのいい方だね。お陰でジゼルを助け出すことが出来た。感謝してもし切れないな」
「本当に」

 実家からレニエ様の元に嫁ぐなど、想像も出来なかった。父やミレーヌが口を出してきて纏まるものも纏まらなかったかもしれない。結婚してからも私を通して理不尽な要求をして来ただろう。縁を切る前の父は私たちなどミレーヌの敵としてしか見ていなかったから。

 家紋付きの馬車は無紋のそれと違い立派で乗り心地が良く、相変わらずレニエ様は私の隣で私の手を取って離さない。それが日常になっていた。まだ慣れなくて面映ゆい。そんな触れ合いに幸せを感じていると、馬車がいつも以上に速度を落とした。

「どうした?」
「旦那様、お屋敷の門にどなたかの馬車が……」

 御者の言葉に屋敷をみると無紋の馬車が一台、門番と話をしているのが見えた。

「馬車? 今日は来客の予定はなかったはずだが?」

 どうやら先触れもなく押しかけて来た客がいるらしい。嫌な予感がするのは先日の父の件があるからだろうか。

「どうなさいますか?」

 顔を合わせたくないなら屋敷に戻らず、適当にその辺りを走って時間を潰すと言う意味なのだろう。

「いや、ルイーズ様のお遣いかもしれん。このまま戻ってくれ」
「かしこまりました」

 レニエ様はため息をつくとそう命じた。避けてもまた来ると思われたのかもしれない。父が来る可能性は低いけれど、もう一人それ以上に厄介者がいる。屋敷に近付く馬車に揺られながらそうでないことを祈った。

「……から! ……様に会わせなさいと言っているの!」

 甲高い声が近付くにつれて段々大きくなっていた。馬車の主は女性らしく、窓を開けてきつい口調で門番に詰め寄っているらしいけれど……この声って……

「あ……! だ、旦那様……!」

 門番が私たちの馬車に気付いて縋るような視線を向けた。

「旦那様って……もしかして侯爵様!?」

 声がすると同時に馬車のドアが開いて、派手な色彩の女性が降りて来た。

「……ミレーヌ……」

 最悪の予想が当たって頭痛と胃痛が同時に襲ってきた。どうしてこの子がここに……しかも無駄に元気が有り余っているようにも見える。妊娠の話はどうなったのか……

「レニエ様!! お会いしたかったです!」

 さっきとは一転、甘えた声でレニエ様の名を呼びながら近付いてきた。今すぐここを離れてはいけないだろうか。相変わらずパステルカラーのドレスはフリルとリボンで飾られ、痛々しさが際立っている。そんなドレスは五年前には卒業だろうに……

「レニエ様! シャリエ家のミレーヌですわ! お姉様に会いに来ましたの」

 この前は怯えていたのにもう忘れたのだろうか。痛みを主張する胃にその厚顔無恥さが心底羨ましく思えた。きっと彼女の胃は鉄かレンガで出来ているに違いない……

「レニエ様、お屋敷に入れて下さいまし! って、お姉様、いらっしゃったんですか……」

 声のトーンが急に下がったけれど、私に会いに来たんじゃなかったのか。性別で温度差が変わるのは変わっていなかった。

「私がいてご不満かしら、シャリエ伯爵令嬢。ああ、私のことはセシャン伯爵令嬢とお呼び下さい」

 もう他人だからお姉様と呼ばれる筋合いはないし、名を呼ぶ間柄でもない。貴族なのだからそこは線引きが必要だ。言っても無駄だろうけど。

「やだ、お姉様ったら面倒なこと言って。お姉様はお姉様でしょう?」
「私は既にセシャン家の者。シャリエ家とは縁が切れています。勿論あなたともね」
「そんなこと言っても血の繋がりは消えないわ」

 予想通り過ぎて笑いそうになってしまった。頭痛も胃痛もあるけれど、悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

「ね、レニエ様もそう思われるでしょう?」

 名前呼びが腹立たしいけれど、指摘すれば嫉妬したとかなんとか訳の分からないことを言い出すので飲み込んだ。怒りで胃が痛くなりそう。

「全く思わないな。それに君に名を呼ぶ許可を出した思えはない。不快だ」
「……え?」

 険しい表情のレニエ様に固まったけれど、どうしてそう言えるのか不思議だった。実家であんなに拒絶されて怯えていたのにもう忘れたのだろうか。記憶障害があるのかと心配になってきた。

「もう忘れたの? あなた、レニエ様にあんなに拒絶されたのに」

 レニエ様には珍しく厳しい口調だったし、ミレーヌも驚いて呆然としていたのに。

「あんなにレニエ様がお怒りになったのを見たの、初めてだったわ。しかもあなたはまだ謝罪もしていないわよね? それでどうして許されると思うの?」
「そ、それは……」

 そこまで言い聞かせると大人しくなった。記憶が残ってはいたらしい。そこだけは安心した。

「二度と姿を見せるな。今度現れたら警備隊に通報する。この者が来ても門は開けるな。必要であれば警備隊を呼べ」

 そう言うとレニエ様は窓をぴしゃりと閉めて御者に進むように告げた。ミレーヌは追っては来なかった。


しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...