【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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不穏な呼び出し

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 ああ、またあの夢を見ていたのだと、日差しに消えていく朝霧のような残像を追った。初めてあの夢を見たのは十歳になった頃だっただろうか。あのころは目覚める度に枕を濡らすほど心を抉られたような苦しさが残ったけれど、年数が経つにつれて涙と衝撃は薄れていった。同じ場面を何度も繰り返すから慣れたのかもしれない。目覚めた時には内容の殆どは記憶に残らなかったけれど、何度も見ているから少しずつ灰が溜まるように私の記憶に積もっていった。それからは時折忘れるなと言わんばかりに夢に現れて心を揺さぶる。今日は珍しく鮮明だった。

 私はエヴァ。今年で十七になる神官だ。赤子の時に神殿の裏に捨てられていた私はそのまま神殿で育ち、全国民が受ける七歳の魔力検査で神官としての適性を認められてそのまま神官見習いになった。それから十年、厳しい修行を経て治癒魔法や結界魔法を修め、三年前には見習いから正式な神官に昇格したけれど……生活は見習いの頃と変わらないまま重い役目だけが追加された。

 理由は簡単、私が何の後ろ盾も持たない孤児だったから。それに黒髪と紫の瞳は四十年前に滅んだと言われる魔女と同じ色で、これも私が冷遇される一因になっていたと思う。この国にとって魔女は厄災とみなされていたから。神殿は育てて貰った恩を返せといわんばかりに待遇は見習いの頃のまま、民の治癒や国を守る結界の構築と維持を強いられる。いや、あれは魔力を搾り取られていたといった方が正しいかもしれない。

 実際、私はいつだって忙しかった。夜明け前に起きて身を清め、朝の祈りの時間まで神殿の掃除を一刻あまり。それが終わっても口に出来るのは固くなったパンと僅かな野菜が浮いたスープだけ。朝食後は神殿で民に治癒魔法をかけたり、国を守る結界に魔力を注いだりとひたすら魔力を消費させられる。お勤めが終わる夕暮れには魔力はほぼ空っぽで精も根も尽き果てていた。これだけの激務だから空腹になるのは当然だけど、悲しいかな夕食は朝と同じ。神殿で一番働いているはずなのに十分な食事ももらえない。それどころか夕食後も信者に配る札や魔石に加護を込める仕事が待っている。いつの間にか眠っていて気が付けば朝だった……なんていうことも珍しくなかった。

 そんな私を支えてくれたのは同僚や治療した人たちからの差し入れだった。痩せてガリガリで青白い顔をした私は、多分治療される人よりもずっと具合が悪そうに見えたのだろう。何度か治療した人の中で私を心配してくれたのかお礼なのか、来るたびにパンや飴、焼き菓子などをこっそり渡してくれて、それで何とか今日まで生き延びてきた。

 過去には私が痩せすぎなのはおかしいと訴えてくれる方もいた。治療の際に寄付金を渡しているのに神官に十分な食事も出していないのかと憤ってくれた人も。でも、私を庇ってくれた人の姿を二度と見ることはなかった。多分出入り禁止になったのだと思う。神殿のすることに異を唱えるなど不敬だからと。

 そんなことが続けば死ぬまで国と神殿に搾取されて人生を終わるのだと思うようになっても仕方がないと思う。疲れすぎて考えることすら出来なくなっていたのもあるし、逃げ出そうにも逃げ出せないように神殿は色々と手を打っていたから。もちろん、今までに何度か逃げ出そうとしたけれど全て徒労に終わった。今では反抗出来ないような術をかけられて言動を制限されている。私が彼らの意に反することをすれば激しい痛みに襲われ、暫く息が出来なくなると言うろくでもない代物だ。私に残されたのは全てを諦めて受け入れることだけだった。



 そんな私に転機が訪れたのは、鬱屈とした鉛色の空から降り注ぐ雨が鮮やかに色を変えた葉を落とす寒々しい日だった。私はいつものように民の治療を終えた後、結界に魔力を注ぐために神殿の最奥、結界の要となる聖輝石に魔力を注いていた。魔力を大量に奪われるそれは一日の務めの中でもっとも魔力を奪っていく、正に苦行といえるものだった。

「神官エヴァ、ガイエ司教様がお呼びです」

 声をかけて来たのは司祭の一人でガイエ司教と仲がいい。ガイエ司教は高齢であまり表に出ない大司教様の代理を務める三人の司教のうちの一人で、私に対して一番きつく当たる人物でもある。神職のくせに野心家で倫理観に欠け、神職者として以前に人として終わっていると思っている。もう天敵といってもいいくらいで、私を捨てた親よりも恨み辛みがある。そうはいっても相手は上司、逆らうなど出来るはずもない。仕方なく司祭の後に付いていった。

 案内されたのは貴賓室と呼ばれる応接室の中でももっとも上等な部屋だった。こんな部屋に私が入っていいのかとの疑念が湧き上がる。孤児の私が賓客が足を運ぶ応接室に近付くことを嫌がる者は少なくない。選民意識の塊のようなガイエ司教なら尚更だ。

「失礼します。神官エヴァを連れて参りました」

 司祭が声をかけると入れというガイエ司教の声が聞こえた。どうやら呼んだのは彼らしいけれど、だったらどんな用件なのかとの不安が膨れ上がった。あの男が関わっているのなら絶対にいい話ではない。

「エヴァです。お呼びと伺い参じました」

 室内に入り、とりあえずこの部屋に相応しい賓客を想定して最上の礼を取った。こういう場合、相手が許すまで頭を上げるわけにもいかない。どんな些細な失態も今夜の夕飯抜きに通じる可能性があるからだ。

「ああ、頭を上げて。必要以上の礼も不要だ。私が許す」
「で、殿下っ!?」

 ガイエ司教が慌てた声を上げたけれど……私も驚いた。殿下って……恐る恐る探るように顔を上げて、息を呑んだ。視線の先にあるソファにゆったりと、でも高貴さを漂わせて座っていたのは、この国の第二王子ジルベール様だったからだ。



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