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あり得ない罪
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視線の先にいたのは、我が国の第二王子のジルベール殿下だった。その隣には我が国でも一、二を争う力を持つグリッサン公爵家のアリアーヌ様が今日も神殿に似つかわしくない派手なドレス姿で優雅に座っていた。彼女は私がやった仕事を自分がやったことにするだけでなく、何かときつく当たって来る厄介な人。ガイエ司教とアリアーヌ様、それだけでもう嫌な予感しかしない……
「やぁ、エヴァ嬢。初めまして」
声をかけて来たのは王族に多い輝くような金の髪と鮮やかな青い瞳、繊細で秀麗な顔立ちと適度に鍛えられた身体を持つジルベール殿下で、巷では女神の申し子とも謳われる美男子だ。人懐っこい笑顔は民の心を掴み、尊大で笑顔一つも見せない王太子殿下よりも人気が高い。そんな雲の上の人が私に何の用だというのか……それに、厳密には殿下と会うのはこれが初めてではない。向こうは覚えていないみたいだけど、私たちは三年前に会っているから。
忘れもしない、あれは神官見習いから神官に昇格されたばかりの頃。正式な神官になる前から私は治癒魔法では神殿の間で群を抜いていたのだけど、孤児ということで相手にするのは平民ばかりだった。貴族の治癒は貴族出身の神官がするものとの不文律は、単純に平民に触れられたくないという心情的な理由に起因していた。
そんな不文律を無視して呼ばれた先にいたのは、落馬して大怪我を追ったジルベール殿下だった。頭を強く打ったとかで血まみれで意識の戻らない殿下をなんとしてでも救え、出来なければお前の命はないなどと理不尽極まりない命令を下された私は、とにかく死にたくない一心で治癒魔法をかけて殿下を救った。つまり私は彼にとって命の恩人だ。
もっとも、そんな私の献身と労力が報われることはなかったのだけど。理由は簡単、私が孤児だったから。孤児が王子殿下に触れたなどと知られては困るのか、殿下を癒したのは彼の隣に座る公爵令嬢とされていた。彼女はその後婚約者候補の一人に加わったから、最初からそのつもりだったのかもしれない。彼女は魔力量は多いけれど治癒魔法を扱うための聖属性はないから。ちょっと調べればわかることなのだけど、神殿が聖属性持ちだと偽証したのか今はそれがまかり通り、彼女は優秀な神官として名を連ねていた。彼女の実績の殆どが私の手によるものなのだけど、この様子だと殿下はご存じないのだろう。
「……お初にお目にかかります」
そう言って王族だけに向ける最上級の礼をしたけれど……私は顔を上げることが出来なかった。
「っ!」
突然後ろの方で人の気配が動いたと思ったら、あっという間に両腕を取られ、そのまま押さえつけられた。力任せに跪かされて床に当たる膝と額が痛い。嫌な予感が最低な現実になった瞬間だった。
「な、何を……?」
こんな扱いを受ける理由なんかなかった。食事も睡眠も必要最低限で、娯楽一つも神殿の外に出ることすらも許されず、家畜のように魔力を求められるままに捧げてきたのに……
「エヴァ嬢、残念だよ。神殿に仕える清廉であるべき神官が、夜な夜な神殿を抜け出していかがわしい店に出入りしているなど。しかもその店で神殿の機密情報を売ったそうだね」
「………………は?」
優しいほどの声音で殿下が私の罪状とやらを告げたけれど……抜け出す? 機密情報? どちらも全く身に覚えがなかった。そもそも私は神殿の外に出ることすら出来ないのに。第一それはあなたの隣に座っているご令嬢の所業なのに……
「ちが……っ!!」
違うと言おうとしたら左の二の腕から全身に向かって鋭い痛みが走った。余りの痛みに思わず息が止まる。この痛みの理由はわかっている。私があの男の意に反することを言おうとしたからだ。
「反論があるなら言いたまえ。我が国は相手が罪人であろうともその言い分を聞くべしとの法があるからね」
「……っ!!」
何とか言葉を出そうとするけれど、そうすると激しい痛みに襲われて息が出来ない。
「エヴァ、言いたいことがあるなら殿下にちゃんと申し上げるんだ」
「そうよ。ジルベール様は慈悲深いお方。もしかしてあなた、誰かに脅されてやったのではなくて? だったらそれを申し上げないと。このままではあなたは罪人として処刑されてしまうわ」
ガイエ司教もアリアーヌ嬢もそんな私を見てニヤニヤしていた。彼らは三年前から私の力を利用して甘い汁を吸ってきた寄生虫だ。もっとも、だからこそ彼らは私を冷遇しても見捨てることはないと、功績を生み出す私を手放すことはないと思っていた。
でも……その考えは甘かったらしい……何が起きているのかはわからないけれど、彼らは私を切り捨てることにしたのだ。親切ごかしに告げる二人に一瞬で怒りが最大値まで駆け上がり、目の前が真っ赤に染まった。
「どうやら反論はないようだね。だったら事実だと認めるか?」
優しく、子どもを諭すような口調で殿下が尋ねてきた。その態度すらも腹立たしい。私のお陰で今こうしてここにいられるくせに……あの二人への怒りと同じくらい、目の前の高貴な男を憎らしく思った。後がないと悟った私は死を覚悟で頭を左右に振った。途端に目の前が真っ白になるほどの痛みに襲われて、本当に息が出来なくなる……
(ダメ……! ここで意識を失ったら……)
その先は彼らにとって都合のいい、私にとっては最悪の未来しかない。彼らの都合のいい筋書きで、ありったけの罪状を詰め込まれて……そう思うのに襲い来る痛みは脳をも焼き切りそうなほどに痛くて意識が遠ざかる。生への渇望や私を陥れた者たちへの怒り、それ以外のありとあらゆる感情が爆発しそうなほどに激しく渦巻くのに、私の意識は白い白い淵へと沈んでいった。
「やぁ、エヴァ嬢。初めまして」
声をかけて来たのは王族に多い輝くような金の髪と鮮やかな青い瞳、繊細で秀麗な顔立ちと適度に鍛えられた身体を持つジルベール殿下で、巷では女神の申し子とも謳われる美男子だ。人懐っこい笑顔は民の心を掴み、尊大で笑顔一つも見せない王太子殿下よりも人気が高い。そんな雲の上の人が私に何の用だというのか……それに、厳密には殿下と会うのはこれが初めてではない。向こうは覚えていないみたいだけど、私たちは三年前に会っているから。
忘れもしない、あれは神官見習いから神官に昇格されたばかりの頃。正式な神官になる前から私は治癒魔法では神殿の間で群を抜いていたのだけど、孤児ということで相手にするのは平民ばかりだった。貴族の治癒は貴族出身の神官がするものとの不文律は、単純に平民に触れられたくないという心情的な理由に起因していた。
そんな不文律を無視して呼ばれた先にいたのは、落馬して大怪我を追ったジルベール殿下だった。頭を強く打ったとかで血まみれで意識の戻らない殿下をなんとしてでも救え、出来なければお前の命はないなどと理不尽極まりない命令を下された私は、とにかく死にたくない一心で治癒魔法をかけて殿下を救った。つまり私は彼にとって命の恩人だ。
もっとも、そんな私の献身と労力が報われることはなかったのだけど。理由は簡単、私が孤児だったから。孤児が王子殿下に触れたなどと知られては困るのか、殿下を癒したのは彼の隣に座る公爵令嬢とされていた。彼女はその後婚約者候補の一人に加わったから、最初からそのつもりだったのかもしれない。彼女は魔力量は多いけれど治癒魔法を扱うための聖属性はないから。ちょっと調べればわかることなのだけど、神殿が聖属性持ちだと偽証したのか今はそれがまかり通り、彼女は優秀な神官として名を連ねていた。彼女の実績の殆どが私の手によるものなのだけど、この様子だと殿下はご存じないのだろう。
「……お初にお目にかかります」
そう言って王族だけに向ける最上級の礼をしたけれど……私は顔を上げることが出来なかった。
「っ!」
突然後ろの方で人の気配が動いたと思ったら、あっという間に両腕を取られ、そのまま押さえつけられた。力任せに跪かされて床に当たる膝と額が痛い。嫌な予感が最低な現実になった瞬間だった。
「な、何を……?」
こんな扱いを受ける理由なんかなかった。食事も睡眠も必要最低限で、娯楽一つも神殿の外に出ることすらも許されず、家畜のように魔力を求められるままに捧げてきたのに……
「エヴァ嬢、残念だよ。神殿に仕える清廉であるべき神官が、夜な夜な神殿を抜け出していかがわしい店に出入りしているなど。しかもその店で神殿の機密情報を売ったそうだね」
「………………は?」
優しいほどの声音で殿下が私の罪状とやらを告げたけれど……抜け出す? 機密情報? どちらも全く身に覚えがなかった。そもそも私は神殿の外に出ることすら出来ないのに。第一それはあなたの隣に座っているご令嬢の所業なのに……
「ちが……っ!!」
違うと言おうとしたら左の二の腕から全身に向かって鋭い痛みが走った。余りの痛みに思わず息が止まる。この痛みの理由はわかっている。私があの男の意に反することを言おうとしたからだ。
「反論があるなら言いたまえ。我が国は相手が罪人であろうともその言い分を聞くべしとの法があるからね」
「……っ!!」
何とか言葉を出そうとするけれど、そうすると激しい痛みに襲われて息が出来ない。
「エヴァ、言いたいことがあるなら殿下にちゃんと申し上げるんだ」
「そうよ。ジルベール様は慈悲深いお方。もしかしてあなた、誰かに脅されてやったのではなくて? だったらそれを申し上げないと。このままではあなたは罪人として処刑されてしまうわ」
ガイエ司教もアリアーヌ嬢もそんな私を見てニヤニヤしていた。彼らは三年前から私の力を利用して甘い汁を吸ってきた寄生虫だ。もっとも、だからこそ彼らは私を冷遇しても見捨てることはないと、功績を生み出す私を手放すことはないと思っていた。
でも……その考えは甘かったらしい……何が起きているのかはわからないけれど、彼らは私を切り捨てることにしたのだ。親切ごかしに告げる二人に一瞬で怒りが最大値まで駆け上がり、目の前が真っ赤に染まった。
「どうやら反論はないようだね。だったら事実だと認めるか?」
優しく、子どもを諭すような口調で殿下が尋ねてきた。その態度すらも腹立たしい。私のお陰で今こうしてここにいられるくせに……あの二人への怒りと同じくらい、目の前の高貴な男を憎らしく思った。後がないと悟った私は死を覚悟で頭を左右に振った。途端に目の前が真っ白になるほどの痛みに襲われて、本当に息が出来なくなる……
(ダメ……! ここで意識を失ったら……)
その先は彼らにとって都合のいい、私にとっては最悪の未来しかない。彼らの都合のいい筋書きで、ありったけの罪状を詰め込まれて……そう思うのに襲い来る痛みは脳をも焼き切りそうなほどに痛くて意識が遠ざかる。生への渇望や私を陥れた者たちへの怒り、それ以外のありとあらゆる感情が爆発しそうなほどに激しく渦巻くのに、私の意識は白い白い淵へと沈んでいった。
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