【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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目覚めた場所

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 規則正しく頬を打つ冷たさに意識が呼び戻され、一滴増すごとに目が覚めていった。全身が怠くて重くて瞼を開けるのも酷く億劫だ。このまま寝ていたいのに頬に当たる感覚が煩わしくて目を開けて……目の前の光景に一気に頭が動き出した。

「ここって……」

 薄暗く冷たく湿っぽい空気の中、視界に飛び込んできたのは一面石で出来た部屋だった。正確には石牢だ。これまでに何度か神殿から逃げ出そうとして失敗する度に放り込まれた、神殿の地下にある石牢。一応そこにある石造りのベッドに寝かされていた。毛布もあるなんて意外過ぎると思いながら身を起こした。

 天井近くにある採光と換気用の窓の暗さから、どうやら日が暮れたらしい。忍び込む風の冷たさに身が震えて思わず我が身を抱き込んで……両手首にある異物に気付いた。……魔封じの枷だ。これじゃ寒さを防ぐための簡単な風魔法も、暖を取るための火魔法も使えない。ついでに逃げるために牢を破壊する攻撃魔法も。つまりは万事お手上げ状態ってやつだ。毛布で身を包んで何とか身体を温めた。ここで死ぬ気はないから。もっとも生き永らえても待っているのは今まで以上の地獄かもしれないけれど。

 胸に積もった重い何かを吐きだすように大きく息を吐いた。冷たい空気と入れ替わって身体の真ん中が一層冷える。秋でも朝晩の冷え込みは身体に堪えたけれど、お陰で頭はすっきりした。ここに至った現状を記憶から引っ張り出す。どうやら私は罪人としてここに収監されているらしい。殿下は私が神殿を抜け出していかがわしい店に出入りし、そこで機密情報を売っていると言っていた。

 でも、それは無理な話だ。左の二の腕にある腕輪にそっと触れた。この腕にかけられているのは、今は禁忌とされている隷属の術で、私は術をかけた者の命令に逆らえないようになっているし、神殿から外に出ることも出来ない。さっき反論出来なかったのもこの禁呪のせいだ。

 これは三年前、何度目かの脱走を試みて失敗した時に付けられたものだ。あの時私が逃げ出したのはジルベール殿下の治療の後で、私がやったのに何故かアリアーヌ嬢がやったことになっていて、そのことに抗議したけれど一蹴されたから。これまでの鬱憤も限界だったけれど、あの件で完全に神殿に失望した。やってられるかと逃げ出そうとして……捕まったのだ。仲のよかった同僚を人質にされて。

 この腕輪を付けたのはガイエ司教だったけれど……多分アリアーヌ嬢とその生家のグリッサン公爵家が絡んでいるのだろう。あの男は尊大な態度の割に小心者だから一人で禁呪を使うなんて危険を犯すなんで出来ないから。それからはガイエ司教とアリアーヌ嬢の名声を高める為、ひたすら力を搾取される日々だった。力が尽きるまで神殿で飼い殺しにされるのだろうと思っていたけれど、それはずっと先のことだと思っていた。でも、その日は私の想定よりもずっと早かったらしい。

 そう言えば……アリアーヌ嬢がジルベール殿下の婚約者に決まったらしいとの噂があった。それなら私は用済みと判断されたのかもしれない。余計なことを知っているから口封じのために処分されるのかもしれないし、もしかしたらジルベール殿下も全てを知った上で、婚約者の名誉を守る為にそうすると決めたのかもしれない。王族や貴族は平民の命などその辺の小石程度にしか思っていないから。民に人気の殿下も所詮中身はガイエ司教らと同じだったのだ。

(どうしよう……)

 このままじゃいずれ処刑されるだろう。誰に知られることなく、詰め込めるだけの罪状を押し付けられて。殿下は罪人の言い分を聞くなんて言っていたけれどこの腕輪がある限り何も言えない。全く、今までやってきたことは何なのかと思ってしまうけれど、今は嘆いている暇はない。ここから逃げ出す手を考えないと……

 そう思うだけで左腕から全身に痛みが走った。全く糞みたいな代物だ。隷属の術なんて随分昔に禁止されているのに、神殿がそれを使っているんだから話にならない。使う者などいないと皆が思っているから疑うことすらない。私のさっきの行動を誰もおかしいと思わない。いや、殿下も彼らと同類ならこの腕輪のこともご存じかもしれないけど。

 逃げる方法を考えるのを禁じられているのなら、生き延びる方法を考えるしかない。それなら痛みが減るから。今までもそうして現状を変える方法を考えてきたから。そうはいっても王族と神殿から逃げて生き永らえるのは簡単ではないだろう。王家と神殿はこの国を治める二柱で、その力は個人で立ち向かえるようなものじゃないから。それでもまだ死にたくない。体力を温存するためベッドに丸まってこれからのことを考えた。希望を捨てて死を受け入れるつもりはない。私にだってまだ心残りがある。

 天井から落ちる水音を聞きながら、どうするべきか考えたけれど……忌々しいことに空が白み始めるころになってもこれといった打開策は見つからなかった。明るくなると牢番が食事を持ってきたけれど、とてもじゃないけれど食べる気になれない。毒が入っている可能性があるから。いや、絶対に入れているだろう。そしてガイエ司教らがそのつもりなら絶対に楽に死ねる毒じゃない。あいつらは最高に悪趣味で、人が苦しむのを見ても良心の呵責なんてものを持ち合わせていないのだから。





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