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目覚めてから丸一日が経っただろうか。二度目の夜が一層深まった頃、空腹に耐えながら今後のことを考えている私の元に来客があった。引き摺るような足音から相手は何となく予想出来たけれど……意外なことに相手は一人だった。
「どうだ、石牢の寝心地は」
私が不安に苛まれていると思ってか、ガイエ司教の表情は実に晴れやかだった。加虐性が前よりも強まっているように見える。いや、どちらかというと本性が露わになってきたと言うべきか。それくらい神殿でのこの男の力は強まっているのだろう。反抗すれば痛い目に遭うから心を無にする。絶えることがない憎しみも今は自分の足を引っ張るだけだから。
「つまらん。もっと嘆き悲しむかと思ったのに」
何も言わずにいたら残念がられてしまった。私が命乞いでもすると思ったのだろうか。でもそんな気持ちはとっくの昔に消え失せている。そんなことをするくらいなら死んだほうがましだ。死ぬ気はないけれど。
「お前に新たな命令だ。セロー砦に向かえ」
「……セロー砦?」
さすがにその名に驚きを隠せなかった。セロー砦って……あの魔の森の側にある、過酷で有名な? しかも魔の森には魔物を生み出す魔女が住んでいるという……いや、さすがに魔女の話はお伽噺だろうけど。
「あそこにはこの神殿と対になる聖輝石がある。それに魔力を注いで結界を修復しろ。これは王命だ」
「王、命……」
驚いた。まさか王家からそんな命令が出るなんて……昨日ジルベール殿下がいたのはそのためだったのだろうか。確かに魔物に溢れた魔の森は隣国などよりもずっと身近で尽きることのない脅威だと聞いているけれど。
「出発は翌朝。王家の騎士団が物資を届けるからお前はそれと共に向かえ。案ずるな、外には出られるようにしてやる」
物資と共に……って、それって馬車じゃなく荷馬車ってこと? え? 仮にも神官を荷物として運ぶわけ?
「全く、神殿から出すつもりはなかったというのに……だがセロー砦の結界が弱まっているのも事実だからな。必ず結界を修復しろ。いいな? それと、逃げ出そうなどと考えるなよ。左腕は常にお前を見張っているからな」
それだけを告げるとガイエ司教は去って行った。今度こそ殺されるかと思ったけど、どうやら生き延びたらしい……
でも……一人で結界を修復して聖輝石に力をって……結界が緩んでいるセロー砦の結界なんて私くらいの魔力量がある神官が五人くらいいなきゃ無理なんじゃない? 頭に聖なんて付いているけれど、あの聖輝石はこっちの力を無理やり引き摺り出そうとする凶悪な代物で、相当な魔力量がないと魔力欠乏を起こして死にかねない物騒な代物だ。一人でやったら確実に死ぬ……これって……死ぬのがちょっとだけ先延ばしになっただけ?
(これは……何としてでも逃げるしかない?)
そう思ったら左腕から痛みが走った。やっぱりこれがある限りは逃げられないらしい。神殿から出られるのは嬉しいけれど、ちっとも状況はよくなっていない。むしろ悪化しているかも……
(こうなったら……結界を修復する? 離れてしまえばあの男は新たな命令が出来ないし……)
そうすれば逃げることが出来るかもしれない。少なくともあの男がいないだけましだろう。ずっと見つからなかった希望の欠片を拾った気がした。
それからはあっという間だった。石牢から出されて神殿の裏口に連れていかれると、そこには既に荷馬車が三台停まっていた。一番小さい荷馬車だけ仕様が違う。側に控えている騎士の服もだ。こっちは神殿のものらしい。セロー砦には神殿から派遣した神官がいると聞いたことがある。もしかすると私はその交代要員になるのかもしれない。
追い立てられるように荷馬車に乗せられた。幌付きのものらしいけれど天気がいいせいか幌は外されていた。幌があると馬が疲れるから雨が降らなければ外すのだと聞いたことがある。木箱や樽が積まれているけれど、その間に出来たすき間に追いやられ、騎士が私の足首と荷台の木の柵を鎖で繋いだ。これじゃ囚人扱いじゃないか。どうやら逃げ出すと警戒されていたらしい。従属の術があるからそんなこと出来るはずもないのに……多分これはガイエ司教の嫌がらせだろう。今更だからこれくらいではもう腹も立たないけれど。
それでも神殿の外に出られると思うと気分は浮き立った。神殿に閉じ込められてもう三年になる。街の様子はどうなっただろう。そこでふと気が付いた。このまま着の身着のままで行くのかと。さすがに着替えもなしって……それに少ないけれど私物だってある。近くにいた神殿の騎士にせめて着替えだけでも持たせて欲しいというと、騎士もさすがにその通りだと言ってくれた。でも、残念ながら私を行かせることは出来ないという。なので私は寮で同室だった同僚の名を上げた。彼女なら私の着替えも荷物も任せられる。
「エヴァ、どういうことなの?」
暫くすると手に布の袋を手にしたアンナが現れた。彼女は二年前から私と同じ部屋で過ごしてきたし、平民出身ということもあって親しくなった。とは言ってもあまり親しくすると目を付けられる心配があったから人前では距離を置くようにお願いしていたけれど。
「急に異動になったの」
「異動って……」
「ごめん、詳しくは話せなくて」
それだけで彼女はこの話の裏には面倒ごとがあると察してくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。
「はい、これ。着替えとハンカチ、それから支給された諸々が入っているわ」
「ありがとうアンナ。どうか元気でね」
戻ってくるつもりはないけれど彼女のことだけが気がかりだった。私が抜けた後、彼女たちの負担が増えるのは目に見えているから。ただ彼女には実家があるし、半月後には結婚のために神官を辞す予定になっていた。それだけが救いだった。
「どうだ、石牢の寝心地は」
私が不安に苛まれていると思ってか、ガイエ司教の表情は実に晴れやかだった。加虐性が前よりも強まっているように見える。いや、どちらかというと本性が露わになってきたと言うべきか。それくらい神殿でのこの男の力は強まっているのだろう。反抗すれば痛い目に遭うから心を無にする。絶えることがない憎しみも今は自分の足を引っ張るだけだから。
「つまらん。もっと嘆き悲しむかと思ったのに」
何も言わずにいたら残念がられてしまった。私が命乞いでもすると思ったのだろうか。でもそんな気持ちはとっくの昔に消え失せている。そんなことをするくらいなら死んだほうがましだ。死ぬ気はないけれど。
「お前に新たな命令だ。セロー砦に向かえ」
「……セロー砦?」
さすがにその名に驚きを隠せなかった。セロー砦って……あの魔の森の側にある、過酷で有名な? しかも魔の森には魔物を生み出す魔女が住んでいるという……いや、さすがに魔女の話はお伽噺だろうけど。
「あそこにはこの神殿と対になる聖輝石がある。それに魔力を注いで結界を修復しろ。これは王命だ」
「王、命……」
驚いた。まさか王家からそんな命令が出るなんて……昨日ジルベール殿下がいたのはそのためだったのだろうか。確かに魔物に溢れた魔の森は隣国などよりもずっと身近で尽きることのない脅威だと聞いているけれど。
「出発は翌朝。王家の騎士団が物資を届けるからお前はそれと共に向かえ。案ずるな、外には出られるようにしてやる」
物資と共に……って、それって馬車じゃなく荷馬車ってこと? え? 仮にも神官を荷物として運ぶわけ?
「全く、神殿から出すつもりはなかったというのに……だがセロー砦の結界が弱まっているのも事実だからな。必ず結界を修復しろ。いいな? それと、逃げ出そうなどと考えるなよ。左腕は常にお前を見張っているからな」
それだけを告げるとガイエ司教は去って行った。今度こそ殺されるかと思ったけど、どうやら生き延びたらしい……
でも……一人で結界を修復して聖輝石に力をって……結界が緩んでいるセロー砦の結界なんて私くらいの魔力量がある神官が五人くらいいなきゃ無理なんじゃない? 頭に聖なんて付いているけれど、あの聖輝石はこっちの力を無理やり引き摺り出そうとする凶悪な代物で、相当な魔力量がないと魔力欠乏を起こして死にかねない物騒な代物だ。一人でやったら確実に死ぬ……これって……死ぬのがちょっとだけ先延ばしになっただけ?
(これは……何としてでも逃げるしかない?)
そう思ったら左腕から痛みが走った。やっぱりこれがある限りは逃げられないらしい。神殿から出られるのは嬉しいけれど、ちっとも状況はよくなっていない。むしろ悪化しているかも……
(こうなったら……結界を修復する? 離れてしまえばあの男は新たな命令が出来ないし……)
そうすれば逃げることが出来るかもしれない。少なくともあの男がいないだけましだろう。ずっと見つからなかった希望の欠片を拾った気がした。
それからはあっという間だった。石牢から出されて神殿の裏口に連れていかれると、そこには既に荷馬車が三台停まっていた。一番小さい荷馬車だけ仕様が違う。側に控えている騎士の服もだ。こっちは神殿のものらしい。セロー砦には神殿から派遣した神官がいると聞いたことがある。もしかすると私はその交代要員になるのかもしれない。
追い立てられるように荷馬車に乗せられた。幌付きのものらしいけれど天気がいいせいか幌は外されていた。幌があると馬が疲れるから雨が降らなければ外すのだと聞いたことがある。木箱や樽が積まれているけれど、その間に出来たすき間に追いやられ、騎士が私の足首と荷台の木の柵を鎖で繋いだ。これじゃ囚人扱いじゃないか。どうやら逃げ出すと警戒されていたらしい。従属の術があるからそんなこと出来るはずもないのに……多分これはガイエ司教の嫌がらせだろう。今更だからこれくらいではもう腹も立たないけれど。
それでも神殿の外に出られると思うと気分は浮き立った。神殿に閉じ込められてもう三年になる。街の様子はどうなっただろう。そこでふと気が付いた。このまま着の身着のままで行くのかと。さすがに着替えもなしって……それに少ないけれど私物だってある。近くにいた神殿の騎士にせめて着替えだけでも持たせて欲しいというと、騎士もさすがにその通りだと言ってくれた。でも、残念ながら私を行かせることは出来ないという。なので私は寮で同室だった同僚の名を上げた。彼女なら私の着替えも荷物も任せられる。
「エヴァ、どういうことなの?」
暫くすると手に布の袋を手にしたアンナが現れた。彼女は二年前から私と同じ部屋で過ごしてきたし、平民出身ということもあって親しくなった。とは言ってもあまり親しくすると目を付けられる心配があったから人前では距離を置くようにお願いしていたけれど。
「急に異動になったの」
「異動って……」
「ごめん、詳しくは話せなくて」
それだけで彼女はこの話の裏には面倒ごとがあると察してくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。
「はい、これ。着替えとハンカチ、それから支給された諸々が入っているわ」
「ありがとうアンナ。どうか元気でね」
戻ってくるつもりはないけれど彼女のことだけが気がかりだった。私が抜けた後、彼女たちの負担が増えるのは目に見えているから。ただ彼女には実家があるし、半月後には結婚のために神官を辞す予定になっていた。それだけが救いだった。
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