6 / 37
セロー砦へ
しおりを挟む
セロー砦に向かって出発して八日、私たちは天候にも恵まれ順調に旅を続けていた。今いるのは町と町を結ぶ街道の脇にある小さな森で、今から昼食だ。セロー砦まで馬車だと半月はかかるけれど、今回は馬の替えがないため、馬の負担を考えてゆっくり進んでいた。
同行するのは神殿からは私と御者を務める下男、護衛の騎士が四人。騎士団からは騎士が二十人で合計二十六人になる。物資を運ぶわりに規模が小さいのはそれが主な任務ではないからだとか。詳しいことは教えて貰えなかったけれど、私としては騎士団が一緒だから心強かった。旅の途中で盗賊なんかに襲われるのは日常茶飯事だから。
そんな中で私は、一日の殆どの時間を眠って過ごしていた。神官になってからずっと寝不足が続いていた反動なのか、いくら眠っても眠くて仕方がない。同行する騎士たちも私の見た目から何かを察したのか、眠いなら眠っていればいいと言ってくれた。ろくでもない旅になるかと覚悟していたけれど、意外と心地よいものだった。その最たるものが……
「皆さん、食事の時間ですよ~」
陽気な声が一行の間に響いた。声の主は今回の旅で私が乗る荷馬車の御者を務める下男のルイさんだ。年は私よりも五つほど上で、常に穏やかな表情の彼は一年ほど前から神殿の下男をしていた。何でもセロー砦の近くの村に恩人がいて、その人に会いに行きたいからとこの旅に志願したという。セロー砦は本当に山しかない辺境だで魔獣も出る危険な土地だから誰も手を上げなかっただけに、神殿は二つ返事で認めたのだという。
「さ、皆さん、温かいうちに食べて下さいね」
周りに呼び掛けながらルイさんが料理を載せたトレイを手にやってきた。薄茶の髪と瞳を持つ柔和な顔立ちの彼は料理上手で、騎士たちともすっかり打ち解けていた。
彼との出会いはよく覚えている。一年前に大怪我をして神殿に運びこまれた彼を治療したのは私だったから。彼は怪我をした際に全財産も奪われたとかで、ある程度お金が貯まるまで働かせて欲しいと神殿に頼み込んで下男として働いていた。神殿は身寄りのない人や困っている人を受け入れるものという建前があるし、彼の場合怪我の後遺症の心配があるからと許されたらしい。何それ、下男でも給金が出ていたって。私なんてこれまでに小銭の一枚ももらったことないのに……
「さ、エヴァ様、今日は野兎と豆のスープです。あ、パンはさっき町で買ったものだからまだ柔らかいですよ」
そう言ってスープとパンが載ったトレイを渡された。美味しそうな匂いがお腹の虫を刺激する。
「わ! この肉柔らけ~」
「パンも温かいぞ」
騎士たちの感嘆の声が聞こえた。ルイさんは立場上もっとも肩身が狭い思いをするんじゃないかと心配だったけれど、彼は持ち前の明るさと料理の腕であっという間に騎士たちの胃袋を掴んでいた。今出てきた料理もルイさんの手で作られたものだ。
騎士団は野営と自炊が基本だけど、食事は干し肉などの非常食中心でかなり侘しく、温かいスープなんか一度も口に出来ないこともあるのだとか。幸い今回はゆっくり進んでいるのでその合間にルイさんは町や村で買い物をしたり、時には野営地で兎や鳥を狩ったりして毎食美味しい料理を作ってくれる。昨日もうちの部隊に来ないかと王宮騎士に勧誘されていた。
「エヴァ様、おかわりもあるからたくさん食べて下さいね~」
いつも笑顔のルイさんが騎士の間でも人気なのが頷ける。最初は警戒していた私だったけれど、何かと気にかけてくれて世間話をするくらいにはなった。私に家族はいないけれど、もし兄がいたらこんな感じだろうか。
「そ、そんなに一度には……」
「成長期なんですからちゃんと食べないと」
いや、どっちかというとお母さんかも……
「エヴァ様は神殿ではろくに食事ももらえませんでしたからねぇ」
「え?」
「それだけ痩せていたら、見ただけでわかるでしょ?」
確かに私は痩せこけていて、初めて会う人には十二、三歳くらいに見えるらしい。それは神殿で十分な食事をさせてもらえなかったせいで、彼はこんな風にことある毎に私が神殿で冷遇されていたと示唆する言葉を口にしてくれた。私は命の恩人で、今こうしていられるのも私のお陰だとも。
最初は神殿の騎士が眉を顰めていたけれど、今は胃袋を掴まれたせいか彼に同調するようになっていた。いや、この貧相すぎる身体では否定しようがなかったのかもしれない。ルイさんは私が夜遅くまで護符を作っていたことまで知っていて、その話を聞いた騎士たちは神殿のやり方に憤ってくれたっけ。国から支給される護符のほとんどは私が作ったものだったから。
「スープを優先して、食べきれなかったパンは後で食べて下さい」
「あ、ありがとうございます……」
世話を焼かれるのに慣れない。それにずっと最低限の食事しかしていなかった私は一度に食べられる量が極端に少なかった。騎士たちも事情を知ってからは食事の合間に果物なんかをくれるようになった。居心地がいいのが落ち着かないって変な話だけど、今の私の状況はそんな感じだった。
「……ルイさん、そのエヴァ様っての、やめてほしいのだけど……」
「いえいえ、エヴァ様は命の恩人ですから」
人がいい癖に変なところでルイさんは頑固だった。様付けで呼ばれるなんて和感があり過ぎて落ち着かないのだけど……
「奥ゆかしいのはエヴァ様の素晴らしいところですね」
ルイさんはそう言うけれど私はそんな大層な人物じゃない。神様なんていないと思っているし、心の中ではいつも毒付いているから。
「お~い、ルイ! おかわりもらってもいいか―?」
「いいですよ~あ、エヴァ様もどうですか?」
「ん……少しだけ」
「はい! ちょっと待っててくださいね」
ルイさんが私の空になった皿を手にスープの鍋に向かって行く。神殿では感じたことのない雰囲気に気が抜けそうだったけれど、この先にはこの行程最大の難関のディゼル峠が待ち構えている。険しい崖上にあるという峠は事故が絶えないと聞くだけに、胸に生まれた不安は消えそうになかった。左腕の腕輪が冷たく存在を主張している。とにかく逃げ出さないと……今の私の頭にあるのはそのことだけだったけれど、想った以上に監視が厳しくてその機会は未だに見つからなかった。
同行するのは神殿からは私と御者を務める下男、護衛の騎士が四人。騎士団からは騎士が二十人で合計二十六人になる。物資を運ぶわりに規模が小さいのはそれが主な任務ではないからだとか。詳しいことは教えて貰えなかったけれど、私としては騎士団が一緒だから心強かった。旅の途中で盗賊なんかに襲われるのは日常茶飯事だから。
そんな中で私は、一日の殆どの時間を眠って過ごしていた。神官になってからずっと寝不足が続いていた反動なのか、いくら眠っても眠くて仕方がない。同行する騎士たちも私の見た目から何かを察したのか、眠いなら眠っていればいいと言ってくれた。ろくでもない旅になるかと覚悟していたけれど、意外と心地よいものだった。その最たるものが……
「皆さん、食事の時間ですよ~」
陽気な声が一行の間に響いた。声の主は今回の旅で私が乗る荷馬車の御者を務める下男のルイさんだ。年は私よりも五つほど上で、常に穏やかな表情の彼は一年ほど前から神殿の下男をしていた。何でもセロー砦の近くの村に恩人がいて、その人に会いに行きたいからとこの旅に志願したという。セロー砦は本当に山しかない辺境だで魔獣も出る危険な土地だから誰も手を上げなかっただけに、神殿は二つ返事で認めたのだという。
「さ、皆さん、温かいうちに食べて下さいね」
周りに呼び掛けながらルイさんが料理を載せたトレイを手にやってきた。薄茶の髪と瞳を持つ柔和な顔立ちの彼は料理上手で、騎士たちともすっかり打ち解けていた。
彼との出会いはよく覚えている。一年前に大怪我をして神殿に運びこまれた彼を治療したのは私だったから。彼は怪我をした際に全財産も奪われたとかで、ある程度お金が貯まるまで働かせて欲しいと神殿に頼み込んで下男として働いていた。神殿は身寄りのない人や困っている人を受け入れるものという建前があるし、彼の場合怪我の後遺症の心配があるからと許されたらしい。何それ、下男でも給金が出ていたって。私なんてこれまでに小銭の一枚ももらったことないのに……
「さ、エヴァ様、今日は野兎と豆のスープです。あ、パンはさっき町で買ったものだからまだ柔らかいですよ」
そう言ってスープとパンが載ったトレイを渡された。美味しそうな匂いがお腹の虫を刺激する。
「わ! この肉柔らけ~」
「パンも温かいぞ」
騎士たちの感嘆の声が聞こえた。ルイさんは立場上もっとも肩身が狭い思いをするんじゃないかと心配だったけれど、彼は持ち前の明るさと料理の腕であっという間に騎士たちの胃袋を掴んでいた。今出てきた料理もルイさんの手で作られたものだ。
騎士団は野営と自炊が基本だけど、食事は干し肉などの非常食中心でかなり侘しく、温かいスープなんか一度も口に出来ないこともあるのだとか。幸い今回はゆっくり進んでいるのでその合間にルイさんは町や村で買い物をしたり、時には野営地で兎や鳥を狩ったりして毎食美味しい料理を作ってくれる。昨日もうちの部隊に来ないかと王宮騎士に勧誘されていた。
「エヴァ様、おかわりもあるからたくさん食べて下さいね~」
いつも笑顔のルイさんが騎士の間でも人気なのが頷ける。最初は警戒していた私だったけれど、何かと気にかけてくれて世間話をするくらいにはなった。私に家族はいないけれど、もし兄がいたらこんな感じだろうか。
「そ、そんなに一度には……」
「成長期なんですからちゃんと食べないと」
いや、どっちかというとお母さんかも……
「エヴァ様は神殿ではろくに食事ももらえませんでしたからねぇ」
「え?」
「それだけ痩せていたら、見ただけでわかるでしょ?」
確かに私は痩せこけていて、初めて会う人には十二、三歳くらいに見えるらしい。それは神殿で十分な食事をさせてもらえなかったせいで、彼はこんな風にことある毎に私が神殿で冷遇されていたと示唆する言葉を口にしてくれた。私は命の恩人で、今こうしていられるのも私のお陰だとも。
最初は神殿の騎士が眉を顰めていたけれど、今は胃袋を掴まれたせいか彼に同調するようになっていた。いや、この貧相すぎる身体では否定しようがなかったのかもしれない。ルイさんは私が夜遅くまで護符を作っていたことまで知っていて、その話を聞いた騎士たちは神殿のやり方に憤ってくれたっけ。国から支給される護符のほとんどは私が作ったものだったから。
「スープを優先して、食べきれなかったパンは後で食べて下さい」
「あ、ありがとうございます……」
世話を焼かれるのに慣れない。それにずっと最低限の食事しかしていなかった私は一度に食べられる量が極端に少なかった。騎士たちも事情を知ってからは食事の合間に果物なんかをくれるようになった。居心地がいいのが落ち着かないって変な話だけど、今の私の状況はそんな感じだった。
「……ルイさん、そのエヴァ様っての、やめてほしいのだけど……」
「いえいえ、エヴァ様は命の恩人ですから」
人がいい癖に変なところでルイさんは頑固だった。様付けで呼ばれるなんて和感があり過ぎて落ち着かないのだけど……
「奥ゆかしいのはエヴァ様の素晴らしいところですね」
ルイさんはそう言うけれど私はそんな大層な人物じゃない。神様なんていないと思っているし、心の中ではいつも毒付いているから。
「お~い、ルイ! おかわりもらってもいいか―?」
「いいですよ~あ、エヴァ様もどうですか?」
「ん……少しだけ」
「はい! ちょっと待っててくださいね」
ルイさんが私の空になった皿を手にスープの鍋に向かって行く。神殿では感じたことのない雰囲気に気が抜けそうだったけれど、この先にはこの行程最大の難関のディゼル峠が待ち構えている。険しい崖上にあるという峠は事故が絶えないと聞くだけに、胸に生まれた不安は消えそうになかった。左腕の腕輪が冷たく存在を主張している。とにかく逃げ出さないと……今の私の頭にあるのはそのことだけだったけれど、想った以上に監視が厳しくてその機会は未だに見つからなかった。
604
あなたにおすすめの小説
令嬢は魅了魔法を強請る
基本二度寝
恋愛
「お願いします!私に魅了魔法をかけてください」
今にも泣きそうな声で取り縋る令嬢に、魔法師団の師長を務める父を持つ子爵家の子息、アトラクトは慌てた。
魅了魔法などと叫ばれ周囲を見回した。
大昔、王室を巻き込んで事件の元となった『魅了魔法』は禁術となり、すでに廃術扱いの代物だった。
「もう、あの方の心には私が居ないのです。だから…」
「待て待て、話をすすめるな」
もう失われている魔法なのだと、何度説明しても令嬢は理解しない。
「私の恋を終わらせてください」
顔を上げた令嬢に、アトラクトは瞳を奪われた。
過保護の王は息子の運命を見誤る
基本二度寝
恋愛
王は自身によく似ている息子を今日も微笑ましく見ていた。
妃は子を甘やかせるなときびしく接する。
まだ六つなのに。
王は親に愛された記憶はない。
その反動なのか、我が子には愛情を注ぎたい。
息子の為になる婚約者を選ぶ。
有力なのは公爵家の同じ年の令嬢。
後ろ盾にもなれ、息子の地盤を固めるにも良い。
しかし…
王は己の妃を思う。
両親の意向のまま結ばれた妃を妻に持った己は、幸せなのだろうか。
王は未来視で有名な卜者を呼び、息子の未来を見てもらうことにした。
※一旦完結とします。蛇足はまた後日。
消えた未来の王太子と卜者と公爵あたりかな?
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している
基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。
王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。
彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。
しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。
侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。
とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。
平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。
それが、運命だと信じている。
…穏便に済めば、大事にならないかもしれない。
会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。
侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。
これは一周目です。二周目はありません。
基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。
もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。
そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。
瓦礫の上の聖女
基本二度寝
恋愛
聖女イリエーゼは王太子に不貞を咎められ、婚約破棄を宣言された。
もちろんそれは冤罪だが、王太子は偽証まで用意していた。
「イリエーゼ!これで終わりだ」
「…ええ、これで終わりですね」
ハーレムエンドを目の当たりにした公爵令嬢
基本二度寝
恋愛
「レンニアーネ。公爵家の令嬢、その家格だけで選ばれた君との婚約を破棄する」
この国の王太子殿下が、側近を侍らせて婚約者に告げた。
妃教育のために登城したレンニアーネの帰宅時にわざわざ彼の執務室に呼びつけられて。
王太子の側に見慣れぬ令嬢もいた。
レンニアーネの記憶にないと言うことは、伯爵家以下の令嬢なのだろう。
意味有りげに微笑む彼女に、レンニアーネは憐れみを見せた。
※BL要素を含みます。
※タイトル変更します。旧題【ハーレムエンドが幸せな結末であるとは限らない】
婚約破棄でお願いします
基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。
「君は、そんな人だったのか…」
王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして…
※ギャグかもしれない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる