【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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悪い予感は何故か……

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 セロー砦に近付くにつれ、あちこちに広がる稲穂色の波は少しずつ刈り取られて寂しさを増していった。セロー砦は王都よりも北で標高も高く、日ごとに景色は冬の色を濃くしていた。日差しがあれば暖かく感じるけれど、陰れば秋風が一気に体温を奪っていく。

 王都を発ってから十日目。順調にいけばセロー砦まであと五日を残し、私たちはこの行程でもっとも危険だといわれるディゼル峠を進んでいた。大型の馬車では通れない難路はすれ違うことすら困難な場所すらあり、その下は気が遠くなるほどの深い谷になっているという。この峠に差し掛かったのはお昼をとうに過ぎた頃で、峠の入り口にある関所でこの時間から向かうのは無謀だと止められたけれど、王命だからとそのまま突き進んで今に至る。

 そして……既に遠くなった日が西の山の端に消えようとしたその時だった。先を行く王家の馬車が不自然に速度を落としてやがて止まった。何事かと思う私の視界に飛び込んできたのは……荷馬車を囲む抜刀した騎士の姿だった。悪い予感が最悪の現実になった瞬間だった。

「どうしたんですか?」

 温厚なルイさんがいつもの調子で騎士に尋ねた。こんな状況で豪胆な……などと思ってしまうほどにその声は穏やかで、騎士たちの間にさざ波のような動揺が流れた。

「神官エヴァ、あなたがこの先に進むことはない」
「……何故です?」
「……さぁな。だが王命だ」
「王命? って、何がです? ああ、エヴァ様を亡き者にしろと、そういうことですか?」

 ポンと握った手をもう片方の手で受け止めながらルイさんが彼らの目的を口にした。やっぱりそう来たか……あってほしくない未来ほど現実になるのはどうしてなのだろう。第一私が何をしたと言うのか。ただ真面目に神官としての務めを果たしていただけだったのに……落胆が深すぎるせいか予感があったせいか悲しいとも思わなかった。ただ、冷たく乾いた風が虚しさと共に胸を通り過ぎた。

「ルイ……お前さんが俺たちの申し出を……受けてくれたらよかったのに……」
「ああ、騎士団で雇ってくれるってお話ですか?」
「……ああ」

 固かった騎士の声が僅かに湿り気を帯びる。それは彼の本心でもあり良心の欠片だろうか。

「それは無理です。俺はエヴァ様に恩返しをするためにここにいますから」

 あっけらかんと、そうするのが当然だと言わんばかりのルイさんに驚いた。今はそんなことを言っている場面ではない。その言葉の意味がどんな結果を生むのか、気付いていない訳ではないだろうに。

「ルイさん……」
「ああ、エヴァ様、心配いりませんから」

 安心させるような笑顔も宥めるような優しい声も私の心を慰めなかった。彼が何を根拠にそう言うのかわからない。相手は二十人余りの騎士、こちらはただの神官と下男。神官は魔力こそ多いけれど攻撃する魔術など習わない。精々結界を張って防御するしかないけれど……それだって谷に落とされれば意味がない。戦力の差は明らかなのに。

「でも、いいんですか? ここでエヴァ様を殺しちゃって」

 確信を突く質問に騎士が再び怯んだけれど、彼らよりも私の方が動揺したかもしれない。そんなことを言ったら益々ルイさんの立場が悪くなってしまう。今ならまだ命だけは助けて貰えるはず。それなのに私を庇うなんて……

「セロー砦の結界、緩んじゃって殆ど機能していないんですよね? 王都でも話題になっていましたよ。もうこちらの方には人は住めないって」

 ルイさんの指摘に騎士がぐっと押し黙ったけれど……それは初耳だった。結界は緩んではいても機能していると聞いていたから。

「エヴァ様が死んだらお仲間の騎士様もただじゃすみませんよ。結界がなくなった後は騎士が魔獣を止めるしかありませんから」

 騎士が無言でルイさんを見ていた。その目にはさっきよりも躊躇の色が濃くなっているように見えた。このまま私が行かなければ結界は崩壊し、彼らの仲間が犠牲になると、彼らはそれを理解している。だったら……チャンスはあるかも……

「そうだな、ルイの言う通りだ。だが……」

 そこで騎士が一旦言葉を区切って深く息を吐いた。吐きだしたのは息だけではなく、もっと重要なものも含まれているように感じた。

「悪く思うな。王命を遂行する。俺たちが出来るのはそれだけだ」

 やれ! との声を合図に騎士たちの剣が一斉に襲い掛かって来る。鋼色の切先が迫りくるのが見えた。

「エヴァ様!!」

 ルイさんの声がけたたましく私を呼んだ。胸に覚えのある強い熱を感じて息が止まる。見下ろせば銀の刃が胸に深々と刺さっているのが見えた。

「あ……」

 その瞬間――パキンと乾いた音と共に両手の枷が砕け、何かが身体の中心から爆発的に広がるのを感じて……視界が真っ赤に染まった。舞い上がる風と渦巻く慣れ親しんだ力、そして胸を焼き尽くしそうな熱。ああ、この感じは……忘れていた強くて深くて切ないほどの懐かしさが一気に迫りくるのを感じた。膨大な力を持つもう一人の私が――かつて持っていた力や記憶が一気に私の中を駆け回り、それは元からあったかのように私に馴染んでいった……

「……な、なにが……」
「そんな……」

 足元で剣を手にしたまま呆然と私を見上げる騎士たちが呻いた。彼らの目線にいつの間にか自分が宙に浮いていたのだと気付く。別に難しいことじゃない。かつての私にとっては。窮屈な服を脱いだような開放感が心地いい。胸に刺さったままの剣にそっと触れるとそれはあっという間に霧散した。あった筈の傷痕も。それを見た騎士たちが怯えた表情を浮かべて数歩下がった。

「剣が……消えた?」
「そんな馬鹿な……!」

 混乱する彼らの呟きに私は笑みを深めた。



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