10 / 37
下男の正体
しおりを挟む
「ほら、熱いからゆっくり飲めよ」
「……ありがと」
ぶっきらぼうに渡された木のコップから仄かに湯気が上がった。微かに甘い香りがするのは蜂蜜が入っているから。ちょっと熱いくらいのちょうどいい温度のそれが乾ききった喉を潤してくれた。
谷底目掛けて飛び込んでから五日。私はルイと共に深い森で見つけた小さな洞穴で逃亡生活を送っていた。本当はもっと遠くに行きたいんだけど、昨日まで私は熱を出して寝込んでしまったから動くに動けなかったのだ。それでもルイは私を背負って休めそうな場所を捜してくれたというのだから申し訳なさすぎる。しかも倒れた私をずっと看病してくれたのだ。命の恩人だからと言っていたけれど、今は私の恩の方が大きいような気がする。
ぶっ倒れたのは多分、使った魔力量に今の身体が耐えられなかったからだろう。十七歳になっても傍目には十二、三歳くらいにしか見えないと言われていた身体は圧倒的に栄養不足で、魔力を操れるだけの体力がなかった。前世の私も食事には無頓着だったけれど、ここまで痩せ細ってはいなかった。それに神殿から出られない生活では体力のつけようもなかったし。これからは体力をつけなきゃいけないし、魔力の使い過ぎにも気を配らなければ。魔力を使いすぎると魔力枯渇を起こして最悪死んでしまうのだから。
熱で寝込んでいる間、私は延々と夢を見ていた。いや、前世の記憶というべきか。子どもの頃から繰り返し見ていた夢も、私の死にぎわの記憶だったと今ならわかる。
前世の私はティアという名の魔術師だった。魔術師になったのは単に魔力量が多かったからで、でも、何か耐え難いことがあって魔術師を辞め、田舎の静かな森で魔術の研究をしながら暮らしていた。魔術は探求心の塊だった私にとって全てで、毎日研究と実験に明け暮れる日々だった。人様を巻き込むのは申し訳ないと自分を実験台にして色んな術の研究をしたし、魔獣が住み人の近づかない森は格好の練習場だった。私は日々ひたすら魔術の探求と研鑽に明け暮れていた。そして気が付けば老いない身体になっていたけれど、その時の私は研究する時間が増えたくらいにしか思っていなかった。多分三百年は生きたと思う。百を超えてから数えていないから確証がないけれど。
今にして思えば信じられない熱量だったと思う。ティアはエヴァの前世なのだろうけれど、前世の記憶が戻っても尽きなかった魔術への熱は受け継がなかった。ティアには申し訳ないけれどあまり興味がない。ティアの記憶を受け継いでもエヴァは全く別人なのだろう。
そのティアの最期は騎士たちが言っている通りだった。それはルイと話して確信となった。
「記憶、戻ったんだな」
「…………は?」
目を覚ましたその日、一心地着いた私にぞんざいな口調でそう尋ねたのは……優しい笑顔が売りのルイだった。突然の態度の変化に驚き過ぎて私は呆けた声を出して見上げるしかなかった。誰だこれは? 今までの春の陽だまりのような笑顔の優しいお兄さんはどこに行った? すっと表情が消えた顔はどこか見覚えがあるような……
「わかんねぇの? 俺のこと?」
焚き火を間に置いてルイがそう尋ねた。その時私は毛布にくるまりながら白湯をちびちびと口にしていた。炎が彼の髪を、顔を、瞳を赤く染め、笑顔を消した彼は別人のようだった。
「俺のこと、って……」
「ルイって名前、記憶にない?」
ルイが木の枝を火にくべると火の粉が高く上がった。ルイ……その名に聞き覚えなんか……あった!!
「ル、ルイなのか? あの、小さかった……」
私の記憶にあるルイは、今際の際に側にいたあの小さな少年だった。金色の髪がとても綺麗で、見る度に羨ましく思ったのだ……けど……
「ま、待てっ!! 確かにルイという名は記憶にあるが……ルイは金髪だった! それに年だって……!」
そうだ、ルイは十四になったばかりだと言っていた。だけど、今目の前にいるルイはどう見ても二十台半ばだ。だったら彼も転生してる……のか? そりゃあ転生の術は時間の指定など出来なかったけれど……
「じゃ……お前も転生を……」
だったら私を転生させたのも彼なのか? 確かにあの地下室には転生の魔術を記載した書物があったし、前の生に飽き飽きしていた私はそれを応用した魔道具を作っていて、それはほぼ完成していたけれど……
「残念ながら俺は転生出来なかった。だってあんたが作った魔道具、一人分だろ?」
「あ、ああ……」
当り前だ。あんなもの簡単に作れるもんじゃない。あれを作るのに百二十年はかかったんだから……
「だったら何故お前がここに? その前にお前、そんなに魔術に詳しかったか!?」
そう。ルイは魔術に関しては素人だと言っていた。才能がなかったとも。だから私の家の結界に気付かず進入しようとして死にかけていたんだから……
「あ~まぁ、実を言うと俺も魔術に関してはそれなりに知識があるんだ。元は魔術師の卵だったから」
「なんだと?」
「まぁ、黙っていたのは悪かったけど。けど、あの時のあんたにそれ言ったら絶対警戒しただろ?」
「当り前だ」
あの時私を襲ったのは殆どが魔術師だった。魔術に造詣が深かったからそうなるのは当然だけど、あの時魔術をかじったことがあると聞いていたら……にべもなく追い出しただろう。
「ま、そのことは後にして。俺はあんたを地下室に運んであの魔道具を動かした。あんたが転生するように」
「あ、ああ……じゃ、成功した、んだな……」
「だろうな。あんたがここにいるってことは」
そうか、成功したのか……私が記憶を取り戻したのならそうなのだろう。誰かが……私の記憶を他の誰かに植え付けるとかでなければ……
「じゃ、お前はどうして……あれから四十年経ったのだろう? 騎士たちがそう言っていたが」
「ああ、あいつらの言う通りだ。あんたが死んでから四十年経った」
「じゃ、お前は……」
「急かすな。ちゃんと話すから」
「あ、ああ……」
なんだろう。昔と立場が逆転している。
「俺は死んでいない。だから転生もしていない」
「死んでない……?」
だったら今、五十を超えて……
「眠っていたんだ」
「眠っていた?」
「ああ。十年前に目覚めるまでの三十年間。あの地下室で」
炎が爆ぜて、火の粉が舞い上がった。
「……ありがと」
ぶっきらぼうに渡された木のコップから仄かに湯気が上がった。微かに甘い香りがするのは蜂蜜が入っているから。ちょっと熱いくらいのちょうどいい温度のそれが乾ききった喉を潤してくれた。
谷底目掛けて飛び込んでから五日。私はルイと共に深い森で見つけた小さな洞穴で逃亡生活を送っていた。本当はもっと遠くに行きたいんだけど、昨日まで私は熱を出して寝込んでしまったから動くに動けなかったのだ。それでもルイは私を背負って休めそうな場所を捜してくれたというのだから申し訳なさすぎる。しかも倒れた私をずっと看病してくれたのだ。命の恩人だからと言っていたけれど、今は私の恩の方が大きいような気がする。
ぶっ倒れたのは多分、使った魔力量に今の身体が耐えられなかったからだろう。十七歳になっても傍目には十二、三歳くらいにしか見えないと言われていた身体は圧倒的に栄養不足で、魔力を操れるだけの体力がなかった。前世の私も食事には無頓着だったけれど、ここまで痩せ細ってはいなかった。それに神殿から出られない生活では体力のつけようもなかったし。これからは体力をつけなきゃいけないし、魔力の使い過ぎにも気を配らなければ。魔力を使いすぎると魔力枯渇を起こして最悪死んでしまうのだから。
熱で寝込んでいる間、私は延々と夢を見ていた。いや、前世の記憶というべきか。子どもの頃から繰り返し見ていた夢も、私の死にぎわの記憶だったと今ならわかる。
前世の私はティアという名の魔術師だった。魔術師になったのは単に魔力量が多かったからで、でも、何か耐え難いことがあって魔術師を辞め、田舎の静かな森で魔術の研究をしながら暮らしていた。魔術は探求心の塊だった私にとって全てで、毎日研究と実験に明け暮れる日々だった。人様を巻き込むのは申し訳ないと自分を実験台にして色んな術の研究をしたし、魔獣が住み人の近づかない森は格好の練習場だった。私は日々ひたすら魔術の探求と研鑽に明け暮れていた。そして気が付けば老いない身体になっていたけれど、その時の私は研究する時間が増えたくらいにしか思っていなかった。多分三百年は生きたと思う。百を超えてから数えていないから確証がないけれど。
今にして思えば信じられない熱量だったと思う。ティアはエヴァの前世なのだろうけれど、前世の記憶が戻っても尽きなかった魔術への熱は受け継がなかった。ティアには申し訳ないけれどあまり興味がない。ティアの記憶を受け継いでもエヴァは全く別人なのだろう。
そのティアの最期は騎士たちが言っている通りだった。それはルイと話して確信となった。
「記憶、戻ったんだな」
「…………は?」
目を覚ましたその日、一心地着いた私にぞんざいな口調でそう尋ねたのは……優しい笑顔が売りのルイだった。突然の態度の変化に驚き過ぎて私は呆けた声を出して見上げるしかなかった。誰だこれは? 今までの春の陽だまりのような笑顔の優しいお兄さんはどこに行った? すっと表情が消えた顔はどこか見覚えがあるような……
「わかんねぇの? 俺のこと?」
焚き火を間に置いてルイがそう尋ねた。その時私は毛布にくるまりながら白湯をちびちびと口にしていた。炎が彼の髪を、顔を、瞳を赤く染め、笑顔を消した彼は別人のようだった。
「俺のこと、って……」
「ルイって名前、記憶にない?」
ルイが木の枝を火にくべると火の粉が高く上がった。ルイ……その名に聞き覚えなんか……あった!!
「ル、ルイなのか? あの、小さかった……」
私の記憶にあるルイは、今際の際に側にいたあの小さな少年だった。金色の髪がとても綺麗で、見る度に羨ましく思ったのだ……けど……
「ま、待てっ!! 確かにルイという名は記憶にあるが……ルイは金髪だった! それに年だって……!」
そうだ、ルイは十四になったばかりだと言っていた。だけど、今目の前にいるルイはどう見ても二十台半ばだ。だったら彼も転生してる……のか? そりゃあ転生の術は時間の指定など出来なかったけれど……
「じゃ……お前も転生を……」
だったら私を転生させたのも彼なのか? 確かにあの地下室には転生の魔術を記載した書物があったし、前の生に飽き飽きしていた私はそれを応用した魔道具を作っていて、それはほぼ完成していたけれど……
「残念ながら俺は転生出来なかった。だってあんたが作った魔道具、一人分だろ?」
「あ、ああ……」
当り前だ。あんなもの簡単に作れるもんじゃない。あれを作るのに百二十年はかかったんだから……
「だったら何故お前がここに? その前にお前、そんなに魔術に詳しかったか!?」
そう。ルイは魔術に関しては素人だと言っていた。才能がなかったとも。だから私の家の結界に気付かず進入しようとして死にかけていたんだから……
「あ~まぁ、実を言うと俺も魔術に関してはそれなりに知識があるんだ。元は魔術師の卵だったから」
「なんだと?」
「まぁ、黙っていたのは悪かったけど。けど、あの時のあんたにそれ言ったら絶対警戒しただろ?」
「当り前だ」
あの時私を襲ったのは殆どが魔術師だった。魔術に造詣が深かったからそうなるのは当然だけど、あの時魔術をかじったことがあると聞いていたら……にべもなく追い出しただろう。
「ま、そのことは後にして。俺はあんたを地下室に運んであの魔道具を動かした。あんたが転生するように」
「あ、ああ……じゃ、成功した、んだな……」
「だろうな。あんたがここにいるってことは」
そうか、成功したのか……私が記憶を取り戻したのならそうなのだろう。誰かが……私の記憶を他の誰かに植え付けるとかでなければ……
「じゃ、お前はどうして……あれから四十年経ったのだろう? 騎士たちがそう言っていたが」
「ああ、あいつらの言う通りだ。あんたが死んでから四十年経った」
「じゃ、お前は……」
「急かすな。ちゃんと話すから」
「あ、ああ……」
なんだろう。昔と立場が逆転している。
「俺は死んでいない。だから転生もしていない」
「死んでない……?」
だったら今、五十を超えて……
「眠っていたんだ」
「眠っていた?」
「ああ。十年前に目覚めるまでの三十年間。あの地下室で」
炎が爆ぜて、火の粉が舞い上がった。
543
あなたにおすすめの小説
令嬢は魅了魔法を強請る
基本二度寝
恋愛
「お願いします!私に魅了魔法をかけてください」
今にも泣きそうな声で取り縋る令嬢に、魔法師団の師長を務める父を持つ子爵家の子息、アトラクトは慌てた。
魅了魔法などと叫ばれ周囲を見回した。
大昔、王室を巻き込んで事件の元となった『魅了魔法』は禁術となり、すでに廃術扱いの代物だった。
「もう、あの方の心には私が居ないのです。だから…」
「待て待て、話をすすめるな」
もう失われている魔法なのだと、何度説明しても令嬢は理解しない。
「私の恋を終わらせてください」
顔を上げた令嬢に、アトラクトは瞳を奪われた。
過保護の王は息子の運命を見誤る
基本二度寝
恋愛
王は自身によく似ている息子を今日も微笑ましく見ていた。
妃は子を甘やかせるなときびしく接する。
まだ六つなのに。
王は親に愛された記憶はない。
その反動なのか、我が子には愛情を注ぎたい。
息子の為になる婚約者を選ぶ。
有力なのは公爵家の同じ年の令嬢。
後ろ盾にもなれ、息子の地盤を固めるにも良い。
しかし…
王は己の妃を思う。
両親の意向のまま結ばれた妃を妻に持った己は、幸せなのだろうか。
王は未来視で有名な卜者を呼び、息子の未来を見てもらうことにした。
※一旦完結とします。蛇足はまた後日。
消えた未来の王太子と卜者と公爵あたりかな?
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
彼女(ヒロイン)は、バッドエンドが確定している
基本二度寝
恋愛
おそらく彼女(ヒロイン)は記憶持ちだった。
王族が認め、発表した「稀有な能力を覚醒させた」と、『選ばれた平民』。
彼女は侯爵令嬢の婚約者の第二王子と距離が近くなり、噂を立てられるほどになっていた。
しかし、侯爵令嬢はそれに構う余裕はなかった。
侯爵令嬢は、第二王子から急遽開催される夜会に呼び出しを受けた。
とうとう婚約破棄を言い渡されるのだろう。
平民の彼女は第二王子の婚約者から彼を奪いたいのだ。
それが、運命だと信じている。
…穏便に済めば、大事にならないかもしれない。
会場へ向かう馬車の中で侯爵令嬢は息を吐いた。
侯爵令嬢もまた記憶持ちだった。
これは一周目です。二周目はありません。
基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。
もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。
そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。
瓦礫の上の聖女
基本二度寝
恋愛
聖女イリエーゼは王太子に不貞を咎められ、婚約破棄を宣言された。
もちろんそれは冤罪だが、王太子は偽証まで用意していた。
「イリエーゼ!これで終わりだ」
「…ええ、これで終わりですね」
ハーレムエンドを目の当たりにした公爵令嬢
基本二度寝
恋愛
「レンニアーネ。公爵家の令嬢、その家格だけで選ばれた君との婚約を破棄する」
この国の王太子殿下が、側近を侍らせて婚約者に告げた。
妃教育のために登城したレンニアーネの帰宅時にわざわざ彼の執務室に呼びつけられて。
王太子の側に見慣れぬ令嬢もいた。
レンニアーネの記憶にないと言うことは、伯爵家以下の令嬢なのだろう。
意味有りげに微笑む彼女に、レンニアーネは憐れみを見せた。
※BL要素を含みます。
※タイトル変更します。旧題【ハーレムエンドが幸せな結末であるとは限らない】
婚約破棄でお願いします
基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。
「君は、そんな人だったのか…」
王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして…
※ギャグかもしれない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる