【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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新しい生活

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「エヴァ、起きろ。朝だぞ」
「ん~」

 名を呼ばれ身体を揺すられて意識が浮上してきた。はらりと毛布を捲られて冷たい空気に一気に意識がはっきりした。

「寒い……!」
「冬だからな。ほら、仕事に行ってくる。そろそろ起きろよ」
「……うん」
「結界かけておくから。部屋出る時は解呪しろよ」
「……わかった」

 小言を言いながらルイが部屋を出るのはいつものことだった。そもそも私の寝起きが悪いのはルイのせいなのに……まだ残る温もりを逃すまいと一層毛布を引き寄せた。

 この町に来て半月、谷に飛び降りてから一月ほどは経っただろうか。私たちはルモンという町の中心から少し外れた二階建ての下宿屋『陽気な魔獣王亭』の一室を借りて暮らしていた。この下宿屋はルイが以前この町にいた時から目を付けていたらしい。部屋が空いていないか聞くついでに食事をしようと入ったら、料理担当の宿のマスターが腰を痛めて動けず、女将さんが一人でてんてこ舞いだったのをルイが助けたから。手際よく給仕するルイに女将さんが暫くの間でいいから手伝ってほしいと懇願し、またちょうどよく部屋が空いたところだったため、そのままここに世話になることになったのだ。

 ルイがこの仕事を選んだのは私のためだった。冒険者として稼ぐとなると私を一人残していくのが不安だったと。でも食堂で働けば同じ建物内にいるし、私の食事を作るのも楽だから。栄養失調といっていいほどの私の身体には栄養があって消化のいい食事が必要だけど、冒険者をしながらとなるとままならず、渡りに船だったという。私のために申し訳ないと思いながらも、知り合いがいない異国でルイと離れる不安もあったので、私にも悪い話ではなかった。

 冒険者は朝が早いからここの食堂も朝が早い。ルイは日が昇る前に食堂に下りてその日の仕込みを手伝い、その後朝食を作って出す。これだけで一刻半。お昼はやっていないので夕暮れ前までは自由時間で、夕方以降は酒場として店を開けて夜まで働くけれど、ある程度の時間になると朝の早い冒険者は帰ってしまうから後は女将さんに任せて戻ってくる。

 それはいいのだけど、問題はルイで、根本的な問題は空いていた部屋が単身向けだったから。この宿は二人組の冒険者向けに二人用の部屋もあるのだけど、残念ながら空いたのは単身用。だけど仕事をここで得たことと家賃の安さ、更には私たちが駆け落ちしてきたという設定もあってここに決まってしまったのだ。さすがに狭いから二人用の部屋が空いたらそっちに移動する約束で。

 単身用の部屋にはベッドとテーブルと椅子、そして荷物を入れる棚という最低限の家具しかない。狭いからベッドを二つ入れる余裕はなく、椅子を一脚増やすのが精一杯。元々荷物は着の身着のままの状態だし、暫くはここで我慢するしかないのだけど……

 問題は寝る時だった。ベッドが一つしかないからと一緒に寝ているのだ。

 いくら何もしないと言われても一応女も私、しかも狭いベッドでは気にするなというのが無理な話なんだけど、ルイは寒いし狭いからと私を抱き込むようにして寝る。抱き枕のように。温かいけど、確かにこれなら落ちないだろうけど、そんな状態で寝ろと言われても無理なのだ。だって私は三百年以上と十七年、一人だったのだから。思いっきり他人がいるという状況に慣れない。森にいた時は不安や疲労や非日常だったせいでそこらへんが麻痺していたけれど、普通の生活が戻ってくると生来の性分が表に出てくるのは仕方がないだろう。お陰で眠れない。

 一方のルイは疲れているのかあっという間に寝てしまう。そっと逃げ出そうとすると何故か引き戻される。寝ているのに! それを何度も繰り返せば、極力起こさないよう息をひそめるしかなく、余計に眠れないのだ。で、いつもいつの間にか寝落ちして朝になっている。

 でも、何が怖いってそれに慣れつつある自分が一番怖い。この町に着いた初日はさすがに疲れて食事を終えた途端気を失うように眠ってしまい、その後三日ほどは熱も出て夢うつつだったけれど、それが過ぎたら気になって眠れなくなった。最初の頃は朝まで眠れなかったのに、今は多分一刻もしないうちに眠っていると思う。多分。

 ただ、幸いというかルイは自身の宣言通りそれ以上のことはして来なかった。着替える時は部屋を出てくれたりと気遣いはしてくれるし、何をするにも私を優先してくれる。ご飯だってこの宿の女将さんにお願いして私用に栄養があって消化のいいご飯を作ってくれてと、一事が万事こんな感じだ。女将さん曰く、まるで幼児とその世話をするお母さんのようだとか。微笑ましくも生温かい女将さんの目が居たたまれない……神殿で夜明け前に起きていた私、どこ行った……

 目が覚めても朝が弱い私は暫くベッドの上でぼ~っと過ごすのが日課だ。神殿にいた時は追い立てられるように起きていたのだけど、その呪縛から逃れたらだらけた人間になってしまった。もっともこれも魔力枯渇と栄養失調の影響じゃないかとのことで、今は眠れるだけ眠って食べれるだけ食べるよう言われている。実際眠いし怠い。そして一度に食べられないかせいか直ぐにお腹が空く。回復させるために身体がそうしてるのだから今は本能に従った方がいいと、十日ほど前に流れの治癒師に言われたのでそうしている。

 ベッドの上から部屋の外を見やるとどんよりした雲が青空を隠していた。神殿を出たのは秋が深まりつつある頃だったけれど、王都よりもさらに北にあるこの町は既に冬。毛布から出るのにも勇気が必要だったけれど、目覚めてくると空腹も襲ってくる。階下から否応なしに美味しそうないい匂いが漂ってきて食欲を増幅させる。ダメだ、お腹空いた……諦めてベッドから出る決心を手繰り寄せた。




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