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過保護
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「エヴァちゃん、おはよう!」
「おはようございます……」
身支度を終えて階下に下りると女将さんに声をかけられた。福々しく快活で声の大きい女将さんは今日も元気だ。四十代後半と思われるけど私なんかよりもよっぽど動きが早い。
「ああ、ちゃんと起きたね」
「ん……」
ルイが直ぐにやって来て声をかけてくる。過保護だよなぁとまだ少しぼ~っとする頭で考えながら、いつもの席に腰を下ろす。既に冒険者の皆さんの姿はなく、朝の営業は終わりを告げていた。
「ほら、熱いから気を付けて」
「ありがと」
出されたのは蜂蜜を入れた温かい山羊のミルク、ふかした芋と野菜と魔獣肉のスープ、そして昨日の残り物のパンだ。このパンはこのままだと固くて美味しくないけれど、スープに浸して食べると凄く美味しくなる。この店の人気商品だというが納得だ。ルイが向かいに座った。同じ内容に焼いた魔獣肉が加わっていた。朝から肉を食べるなんて凄いなぁと感心してしまう。胃もたれしそうだから自分には一生縁がないような気がする。
「美味しい……」
今日のスープも絶品だった。肉も煮込んで脂分が抜けて柔らかくなったものは胃もたれしないから好きだ。固くなったパンを浸して食べるのも新鮮だった。もっと早くに知っていたら神殿のあの無駄に固かったパンも美味しく食べられた……りはしなかったか。質素な食事しか出ないのに作法だけは無駄にうるさかったから。
「しっかり食べろよ。おかわりもあるから」
「うん」
いや、そんなには食べられないのだけど。十七年間、最低限の粗食生活を過ごしてきた身体は一度にたくさん食べられない。冒険者向けのこの食堂の一人前は私の一日分よりも多かったりする。
「あらあら、ルイったら過保護過ぎるわよ。ねぇ、エヴァちゃん」
女将さんが生温かい笑みを浮かべてこちらを見ていた。ルイが心配してくれるのは嬉しいのだけど、それも度が過ぎると息苦しくなる。ずっと一人だったから誰かに構われるのに慣れない。
「女将さん、そうは言うけど、この前大丈夫だって言葉を信じたら熱出したんですよ? 過保護にもなりますよ」
「あら、それもそうねぇ。もっと栄養を摂って太らないとねぇ」
食べるのに集中していたら女将さんがルイに丸め込まれていた。ルイは私の記憶が戻ってからは昔のルイに戻っているけれど、こうして町の人と接する時は愛想がよくなる。セロー砦に向かっていた時ほどじゃないけど。
「本当にルイってばいい旦那さんよねぇ。エヴァちゃんはいい男見つけたわね」
「っ……!」
危ない……吹き出すのはかろうじて回避したけれど、逆にむせてしまった。こうして夫婦設定を周りから指摘されると何とも言えない気分になる。私たちはそうじゃないんだけど。いや、ルイはその気だけど私は……
「ルイ、食べ終わったらもう上がっていいわ」
動揺ついでに自問していたら話は既に別のことに移っていた。何だか私一人が動揺しているみたいで居たたまれない。
「はい。でも自分たちの皿くらいは洗わせてくださいね」
「いいのいいの。皿洗いは夫がするから」
女将さんがテーブルを片付けながらそう言った。後片付けもルイの仕事だったはず。
「え? マスター、もう起き上がって大丈夫なんですか?」
「ええ、そろそろリハビリも兼ねて動きたいって言っているの。重い物は持てないから先ずは皿洗いからと思ってね」
「そうでしたか。そこまで動けるようになっているならよかったです」
ルイが表情を崩して笑った。こうしてみると本当に好青年にしか見えない。
「その代わりと言っちゃなんだけど、買い物お願い出来る?」
「ええ、もちろんですよ」
「今日中でいいのだけど、塩とか調味料が減ってきているでしょ? そこら辺のもの買ってきてほしいのよ」
「お安い御用ですよ」
へらっと力みのない笑顔を浮かべたけれど、ルイは外面がいい。私に対しては結構雑なんだけど。その件に関して、この下宿屋で暮らし始めた頃に聞いたことがあった。私にだけ態度が乱暴じゃないかと。実際、町の人には物腰柔らかいけど私には十四歳の頃に傍若無人というか可愛げのないぶっきらぼうだった頃のままだ。それが素だとわかっていても、なんか私だけ酷くない? と思ってしまうのは仕方がないだろう。そう思っていたのだけど……
「あんたが言ったんだろう? 飾らなくていいって」
「……私が? いつ?」
「あんたの城で暮らし始めた頃だよ」
あの城にって……結界に突撃して大怪我を負って、仕方なく回収した時?
「何て言ったっけ?」
全然思い出せないんだけど。
「あんたの前で好青年ならぬ好少年を演じていたら、そういうのしなくていいって。自分には媚びなくていい、ありのままのあんたでいなさいって」
「……そんなこと、言ったっけ?」
ダメだ、全然思い出せない。
「うわ、俺にとっては「そんなこと」じゃなかったんだけどな。あの頃の俺は周りに媚び売るのに必死だったから」
「そっか、苦労したんだな」
「そうだよ。捻くれていた素の俺も、あんたは生意気だけど可愛いって言ってくれて……最初は可愛いって言われて腹が立ったけど、あんたは俺が何しても気にしなくて……」
それで惚れたんだと言われてしまったのだ。思い出す度に顔の中心に熱が集まるけど、申し訳ないが私には全く記憶にない。だって、私に媚び売ったところで何も出てこないんだから。それに必死に笑みを向けてくる姿が何というか痛々しくて見ていられなかっただけで。それだけなんだけど、ルイにはとても重大なことだったらしい。
「じゃ、食べたら散歩代わりに行ってきます。エヴァも来るか?」
「え?」
昔のことを思い出していたら急に話を振られたけれど、その内容に驚いた。普段は外に出るなと言って買い物なんかも一人で済ませてしまうのに。いいのか? いいのなら外に出てみたい。
「行く!」
久しぶりに外に出られる。そう思ったらまだ半分眠っていた頭が完全に目覚めた。
「おはようございます……」
身支度を終えて階下に下りると女将さんに声をかけられた。福々しく快活で声の大きい女将さんは今日も元気だ。四十代後半と思われるけど私なんかよりもよっぽど動きが早い。
「ああ、ちゃんと起きたね」
「ん……」
ルイが直ぐにやって来て声をかけてくる。過保護だよなぁとまだ少しぼ~っとする頭で考えながら、いつもの席に腰を下ろす。既に冒険者の皆さんの姿はなく、朝の営業は終わりを告げていた。
「ほら、熱いから気を付けて」
「ありがと」
出されたのは蜂蜜を入れた温かい山羊のミルク、ふかした芋と野菜と魔獣肉のスープ、そして昨日の残り物のパンだ。このパンはこのままだと固くて美味しくないけれど、スープに浸して食べると凄く美味しくなる。この店の人気商品だというが納得だ。ルイが向かいに座った。同じ内容に焼いた魔獣肉が加わっていた。朝から肉を食べるなんて凄いなぁと感心してしまう。胃もたれしそうだから自分には一生縁がないような気がする。
「美味しい……」
今日のスープも絶品だった。肉も煮込んで脂分が抜けて柔らかくなったものは胃もたれしないから好きだ。固くなったパンを浸して食べるのも新鮮だった。もっと早くに知っていたら神殿のあの無駄に固かったパンも美味しく食べられた……りはしなかったか。質素な食事しか出ないのに作法だけは無駄にうるさかったから。
「しっかり食べろよ。おかわりもあるから」
「うん」
いや、そんなには食べられないのだけど。十七年間、最低限の粗食生活を過ごしてきた身体は一度にたくさん食べられない。冒険者向けのこの食堂の一人前は私の一日分よりも多かったりする。
「あらあら、ルイったら過保護過ぎるわよ。ねぇ、エヴァちゃん」
女将さんが生温かい笑みを浮かべてこちらを見ていた。ルイが心配してくれるのは嬉しいのだけど、それも度が過ぎると息苦しくなる。ずっと一人だったから誰かに構われるのに慣れない。
「女将さん、そうは言うけど、この前大丈夫だって言葉を信じたら熱出したんですよ? 過保護にもなりますよ」
「あら、それもそうねぇ。もっと栄養を摂って太らないとねぇ」
食べるのに集中していたら女将さんがルイに丸め込まれていた。ルイは私の記憶が戻ってからは昔のルイに戻っているけれど、こうして町の人と接する時は愛想がよくなる。セロー砦に向かっていた時ほどじゃないけど。
「本当にルイってばいい旦那さんよねぇ。エヴァちゃんはいい男見つけたわね」
「っ……!」
危ない……吹き出すのはかろうじて回避したけれど、逆にむせてしまった。こうして夫婦設定を周りから指摘されると何とも言えない気分になる。私たちはそうじゃないんだけど。いや、ルイはその気だけど私は……
「ルイ、食べ終わったらもう上がっていいわ」
動揺ついでに自問していたら話は既に別のことに移っていた。何だか私一人が動揺しているみたいで居たたまれない。
「はい。でも自分たちの皿くらいは洗わせてくださいね」
「いいのいいの。皿洗いは夫がするから」
女将さんがテーブルを片付けながらそう言った。後片付けもルイの仕事だったはず。
「え? マスター、もう起き上がって大丈夫なんですか?」
「ええ、そろそろリハビリも兼ねて動きたいって言っているの。重い物は持てないから先ずは皿洗いからと思ってね」
「そうでしたか。そこまで動けるようになっているならよかったです」
ルイが表情を崩して笑った。こうしてみると本当に好青年にしか見えない。
「その代わりと言っちゃなんだけど、買い物お願い出来る?」
「ええ、もちろんですよ」
「今日中でいいのだけど、塩とか調味料が減ってきているでしょ? そこら辺のもの買ってきてほしいのよ」
「お安い御用ですよ」
へらっと力みのない笑顔を浮かべたけれど、ルイは外面がいい。私に対しては結構雑なんだけど。その件に関して、この下宿屋で暮らし始めた頃に聞いたことがあった。私にだけ態度が乱暴じゃないかと。実際、町の人には物腰柔らかいけど私には十四歳の頃に傍若無人というか可愛げのないぶっきらぼうだった頃のままだ。それが素だとわかっていても、なんか私だけ酷くない? と思ってしまうのは仕方がないだろう。そう思っていたのだけど……
「あんたが言ったんだろう? 飾らなくていいって」
「……私が? いつ?」
「あんたの城で暮らし始めた頃だよ」
あの城にって……結界に突撃して大怪我を負って、仕方なく回収した時?
「何て言ったっけ?」
全然思い出せないんだけど。
「あんたの前で好青年ならぬ好少年を演じていたら、そういうのしなくていいって。自分には媚びなくていい、ありのままのあんたでいなさいって」
「……そんなこと、言ったっけ?」
ダメだ、全然思い出せない。
「うわ、俺にとっては「そんなこと」じゃなかったんだけどな。あの頃の俺は周りに媚び売るのに必死だったから」
「そっか、苦労したんだな」
「そうだよ。捻くれていた素の俺も、あんたは生意気だけど可愛いって言ってくれて……最初は可愛いって言われて腹が立ったけど、あんたは俺が何しても気にしなくて……」
それで惚れたんだと言われてしまったのだ。思い出す度に顔の中心に熱が集まるけど、申し訳ないが私には全く記憶にない。だって、私に媚び売ったところで何も出てこないんだから。それに必死に笑みを向けてくる姿が何というか痛々しくて見ていられなかっただけで。それだけなんだけど、ルイにはとても重大なことだったらしい。
「じゃ、食べたら散歩代わりに行ってきます。エヴァも来るか?」
「え?」
昔のことを思い出していたら急に話を振られたけれど、その内容に驚いた。普段は外に出るなと言って買い物なんかも一人で済ませてしまうのに。いいのか? いいのなら外に出てみたい。
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久しぶりに外に出られる。そう思ったらまだ半分眠っていた頭が完全に目覚めた。
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