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買い物
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ずっと外に出られなくて息が詰まりそうだった。寒いから窓を開けるのも憚られたのもある。だから外出の誘いに二つ返事で頷いた。
「寒くなってきたから服も買い足さないとな。普段着も後二、三着は欲しいし、マント……よりもフード付きのローブだな。防寒靴も要るな。毛布も薄いからもう少し厚いのが欲しいしし……」
ルイが一人でブツブツ言っている。確かに着の身着のまま逃げて来たし、ここに来てからも最低限のものしか買い足していないけれど……
「そんなに買うと後が苦しくならないか?」
「これくらいなら全然平気だ。足りなかったら森で狩りでもしてくれば済むし」
いいのだろうか。私は銅貨の一枚も持っていなかったからこれまでにかかった費用は全部ルイ持ちだ。ルイは神殿で給金を貯めてあったから大丈夫だと言うけれど、無一文の身からすると買い物をするのはもの凄く抵抗がある。
「俺がこうして生きているのはあんたのお陰だから。それに、あの膨大な資料のお陰で色んな魔術が使えるようになった。それに比べたらこれくらいささやかなものだ
そう、なのか? 確かに魔術を習うのは物凄く高額な授業料がかかるけれど。でも、あの研究はただ好きでやっていただけ。世間に発表するほどのものでもないし……
「気にするな。転移魔術の研究書だけでも金貨千枚払っても見たいって奴はいると思うぞ」
「……そうなのか?」
論文にもなっていない、ただ書き散らしただけのものだぞ。そりゃあ魔術の研究書は買うと途方もない金がかかるし、移転魔術をルイが成功させたのならあの術式は合っていたのだろうけど。
「それでもあんたがやった実験や検証は膨大だ。それだけでも研究者からすれば喉から手が出るほど欲しいと思うが」
「さすがにそれは買いかぶり過ぎだろう」
さすがに褒め過ぎだし、何なら褒め殺しの領域だ。あれは思い付いたことを試してみただけで……そう思うんだけどルイは変な顔をしてこっちを見ていた。
「何だ?
「いや……自覚がないのもどうかと思うが……まぁ、いいか。とにかく金の心配はしなくていい。足りなきゃ森で魔獣の二、三匹でも狩って売ればどうにでもなるし」
何か言いたそうだったけれど、その後は何を買うかの話になってそれ以上は教えてくれなかった。でも、正直言うと今使っている毛布では明け方は寒くて辛かったからほしいのが本音だ。持っている服を全部着ても冷え込む日は足りなかったし。まぁ、ルイがいるときはくっ付いて来るから暑いくらいだったけど。
久しぶりに出る町は寒く、それでも活気に満ちていた。前世でも今世でも町に出ることは少なかった。前世は引き籠っていたし今世は神殿から出ることを禁じられていたから。記憶にあるのは前世、城の近くにあった小さな村くらいだ。そこで必要なものを買う代わりに薬を作って売っていたっけ。辺境の寒村では医者なんかいなかったから私が作った薬は重宝されていて村人との関係も悪くなかった。ただ、年を取らなくなってからは変装しなきゃいけなかったけれど。
「先ずは女将さんの用事を済ませてしまおう」
「そうだな」
大事な雇い主で宿主だ。女将さんは豪快だけど面倒見がよくて口は悪いけれどとても優しい。マスターはぎゃくに寡黙で何を考えているのかちょっとわからないけれど、手伝いをするとお菓子をくれる優しい人だ。ルイと年の近い息子が二人いて、少し離れたここよりも大きな街で働いているのだとか。女将さんはちょっと過保護で時々息子たちに生活に必要なものを送っているという。
調味料を売っている店は市場にあるというので先ずは広場に向かった。ここは主に食べ物を扱う店が広がっていて色々な品が売られている。その中の小さな屋台が最初の目標だ。
「おう、いらっしゃい。今日はルイがお使いか」
「はい。いつものやつ、お願いします」
「あいよ」
店主は女将さんと同年代か少し上の丸顔で愛想がよくて軽いノリのおじさんだった。ルイと親し気に挨拶を交わしていた。
「おや、その娘さんは?」
「ああ、俺の嫁です。エヴァ、こちらは店主のロイさんだ」
「エヴァです。初めまして」
嫁と言われて反射的に否定しそうになったのを何とか堪えた。その設定、本当に使っていたのか。
「ああ、駆け落ちしてきたっていう商家のお嬢さんか」
「はい。今日は体調がよさそうなので一緒に」
「そうかいそうかい。仲がいいのはいいことだ」
ロイさんが豪快に笑った。駆け落ち設定、本気だったのか……違うとも言えず曖昧に笑みを返すしかなかった。
「今日は何だ?」
「そうですね。塩と……」
ルイが調理に使う香草の名を上げると、ロイさんが店に並べたカゴからそれを取り出してルイが持ってきた布の袋に詰めていった。調味料といっても味付けの多くは塩と蜂蜜で、それ以外だと乾燥した香草だ。私は前世も今世も料理とは縁がなかったから香草の名が出てもピンとこず、彼らの様子を眺めているだけだった。
「そういやマスターの腰は治ったのかい?」
「ええ。今日から再開するそうです。先ずは皿洗いからだと」」
「そうだな、無理は禁物だ。暫くは大人しくしてろって伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「おう。また飲みに行くからな!」
「お待ちしています」
塩と何種類かの香草を受け取って店を離れた。時々ルイは女将さんの代わりにお使いに出ていたけれど、ロイさんとは随分親しいらしい。それに外面が騎士団の時並みだ。世渡り上手というかなんというか……あの生意気な少年と同一人物同一とは思えない。
それから女将さんに勧められた衣料を扱う店に向かった。市場から二区画離れた場所にある『レダの店』という名の店だという。
「女将さんは三角の看板が目印だと言っていたけれど……」
「ああ、あれだろう。随分字が薄くなっているけど、レダと読めなくもないし」
古ぼけた看板と年季の入った建物がどうやら目当ての店らしい。
「あらぁ、ルイじゃない」
笛のようによく響く高い声がルイを呼んだ。振り返ると艶やかな栗毛を持つ若い娘が笑顔をこちらに向けていた。
「寒くなってきたから服も買い足さないとな。普段着も後二、三着は欲しいし、マント……よりもフード付きのローブだな。防寒靴も要るな。毛布も薄いからもう少し厚いのが欲しいしし……」
ルイが一人でブツブツ言っている。確かに着の身着のまま逃げて来たし、ここに来てからも最低限のものしか買い足していないけれど……
「そんなに買うと後が苦しくならないか?」
「これくらいなら全然平気だ。足りなかったら森で狩りでもしてくれば済むし」
いいのだろうか。私は銅貨の一枚も持っていなかったからこれまでにかかった費用は全部ルイ持ちだ。ルイは神殿で給金を貯めてあったから大丈夫だと言うけれど、無一文の身からすると買い物をするのはもの凄く抵抗がある。
「俺がこうして生きているのはあんたのお陰だから。それに、あの膨大な資料のお陰で色んな魔術が使えるようになった。それに比べたらこれくらいささやかなものだ
そう、なのか? 確かに魔術を習うのは物凄く高額な授業料がかかるけれど。でも、あの研究はただ好きでやっていただけ。世間に発表するほどのものでもないし……
「気にするな。転移魔術の研究書だけでも金貨千枚払っても見たいって奴はいると思うぞ」
「……そうなのか?」
論文にもなっていない、ただ書き散らしただけのものだぞ。そりゃあ魔術の研究書は買うと途方もない金がかかるし、移転魔術をルイが成功させたのならあの術式は合っていたのだろうけど。
「それでもあんたがやった実験や検証は膨大だ。それだけでも研究者からすれば喉から手が出るほど欲しいと思うが」
「さすがにそれは買いかぶり過ぎだろう」
さすがに褒め過ぎだし、何なら褒め殺しの領域だ。あれは思い付いたことを試してみただけで……そう思うんだけどルイは変な顔をしてこっちを見ていた。
「何だ?
「いや……自覚がないのもどうかと思うが……まぁ、いいか。とにかく金の心配はしなくていい。足りなきゃ森で魔獣の二、三匹でも狩って売ればどうにでもなるし」
何か言いたそうだったけれど、その後は何を買うかの話になってそれ以上は教えてくれなかった。でも、正直言うと今使っている毛布では明け方は寒くて辛かったからほしいのが本音だ。持っている服を全部着ても冷え込む日は足りなかったし。まぁ、ルイがいるときはくっ付いて来るから暑いくらいだったけど。
久しぶりに出る町は寒く、それでも活気に満ちていた。前世でも今世でも町に出ることは少なかった。前世は引き籠っていたし今世は神殿から出ることを禁じられていたから。記憶にあるのは前世、城の近くにあった小さな村くらいだ。そこで必要なものを買う代わりに薬を作って売っていたっけ。辺境の寒村では医者なんかいなかったから私が作った薬は重宝されていて村人との関係も悪くなかった。ただ、年を取らなくなってからは変装しなきゃいけなかったけれど。
「先ずは女将さんの用事を済ませてしまおう」
「そうだな」
大事な雇い主で宿主だ。女将さんは豪快だけど面倒見がよくて口は悪いけれどとても優しい。マスターはぎゃくに寡黙で何を考えているのかちょっとわからないけれど、手伝いをするとお菓子をくれる優しい人だ。ルイと年の近い息子が二人いて、少し離れたここよりも大きな街で働いているのだとか。女将さんはちょっと過保護で時々息子たちに生活に必要なものを送っているという。
調味料を売っている店は市場にあるというので先ずは広場に向かった。ここは主に食べ物を扱う店が広がっていて色々な品が売られている。その中の小さな屋台が最初の目標だ。
「おう、いらっしゃい。今日はルイがお使いか」
「はい。いつものやつ、お願いします」
「あいよ」
店主は女将さんと同年代か少し上の丸顔で愛想がよくて軽いノリのおじさんだった。ルイと親し気に挨拶を交わしていた。
「おや、その娘さんは?」
「ああ、俺の嫁です。エヴァ、こちらは店主のロイさんだ」
「エヴァです。初めまして」
嫁と言われて反射的に否定しそうになったのを何とか堪えた。その設定、本当に使っていたのか。
「ああ、駆け落ちしてきたっていう商家のお嬢さんか」
「はい。今日は体調がよさそうなので一緒に」
「そうかいそうかい。仲がいいのはいいことだ」
ロイさんが豪快に笑った。駆け落ち設定、本気だったのか……違うとも言えず曖昧に笑みを返すしかなかった。
「今日は何だ?」
「そうですね。塩と……」
ルイが調理に使う香草の名を上げると、ロイさんが店に並べたカゴからそれを取り出してルイが持ってきた布の袋に詰めていった。調味料といっても味付けの多くは塩と蜂蜜で、それ以外だと乾燥した香草だ。私は前世も今世も料理とは縁がなかったから香草の名が出てもピンとこず、彼らの様子を眺めているだけだった。
「そういやマスターの腰は治ったのかい?」
「ええ。今日から再開するそうです。先ずは皿洗いからだと」」
「そうだな、無理は禁物だ。暫くは大人しくしてろって伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「おう。また飲みに行くからな!」
「お待ちしています」
塩と何種類かの香草を受け取って店を離れた。時々ルイは女将さんの代わりにお使いに出ていたけれど、ロイさんとは随分親しいらしい。それに外面が騎士団の時並みだ。世渡り上手というかなんというか……あの生意気な少年と同一人物同一とは思えない。
それから女将さんに勧められた衣料を扱う店に向かった。市場から二区画離れた場所にある『レダの店』という名の店だという。
「女将さんは三角の看板が目印だと言っていたけれど……」
「ああ、あれだろう。随分字が薄くなっているけど、レダと読めなくもないし」
古ぼけた看板と年季の入った建物がどうやら目当ての店らしい。
「あらぁ、ルイじゃない」
笛のようによく響く高い声がルイを呼んだ。振り返ると艶やかな栗毛を持つ若い娘が笑顔をこちらに向けていた。
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