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これからのこと
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目覚めで直ぐに入ってきた景色は見慣れたもので、そこがずっと暮らしていた『陽気な魔獣王亭』のいつもの部屋の天井だった。シミや木目の模様、ふしの位置が同じだったことに妙な安堵を感じた。周りを見渡してそれは確信になった。何もかもが変わりなく配置されていた。
「目が覚めたか」
「ルイ……」
見知った部屋でも記憶の最後が直ぐに思い出せたせいか、一番身近な存在に途方もない安堵が全身を満たした。ここにいるってことは、ルイがこうして側にいるってことは、上手くいったのだろう。
「結界は……」
「完璧だった。塀や門に傷すら付かなかった」
「……そっか」
よかった、何も誰も傷つかなかったのだ。雷角牛がどれくらい迫っているか正確な距離がわからなかったから間に合うかと心配だったけれど。
「まぁ、でも、面倒なことになったけどな」
「やっぱり……」
ギシリとベッドが鳴いた。ルイが腰かけたからだ。面倒か、でもそうなった理由は聞かなくてもわかる。あんな結界を張れる人間なんて滅多にいないから騒ぎになったのだろう。しかもどう見ても貧弱で魔力なんて欠片もなさそうな私だったから。こうなるのが嫌で二人で秘密裏に結界を張って雷角牛のコースを逸らした後、この町を離れる予定だったのだから。
「今は術の大きさに身体が耐えられなかったから倒れたってことにしているけど」
「そっか」
実際、慌てていたから魔力量の調整も雑だったし、無駄が多かったのだろう。思ったよりも魔力を使ってしまった。幸い前のように魔力枯渇にならなかったのは、ずっと魔力を使わなかったせいで十分な魔力量があったのと、ここに来てしっかり食事と睡眠をとって身体が成長したお陰だろう。全身を感じてみたけれど、魔力が不足している感じはしない。
「あれから何日?」
「ああ、三日だ」
三日でこの状態なら回復も予想以上に早くなっている。以前の強化し尽くした身体なら一晩で回復しただろうけど、この身体でも十分だと思う。いや、これが普通なのだ。
「どうする?」
「どうって……」
どうしたらいいのだろう。正直見当もつかない。このまま引き留められるか、近くの大きな街の領主辺りからお迎えが来るか。優秀な魔術師が取り合いなのはどこの国も同じだし。
「町の町長からはこの町にいてほしいと懇願されている。自警団の隊長もだ。あと、これは予想だがこの辺りの領主の耳に届けば確実に拘束されるだろう。その先はお抱え魔術師か、またはさらに上位の貴族、最悪王族辺りからも声がかかるかもな」
「まさか、そこまでは……」
この辺の領主ならわからなくもないが、王族はないだろう。町一つを囲う結界なら王宮魔術師には造作もないことだろうし……
「あんたは自分の価値に自覚がなさ過ぎる。あれだけの術、普通は何日もかけてやるもんだ」
「そうなのか?」
それはさすがに大袈裟だろうと言おうとしたらルイが不機嫌を露わにした。ちょっと怖い。
「俺は結界魔術を知らないし、かけたことがないから何とも言えないけれど、俺でもあのレベルの術をかけようとしたら半日はかかる。もちろん、術式を覚えればそこまではかからないだろうけど」
金眼のルイでもそんなにかかるのか? いや、あの術式は細かくて覚えようとしたら時間はかかるけど。でも、基本の応用だから面倒なだけで難しくはない。
「あれだけの質と精度の結界なんぞ、簡単じゃないんだよ」
「てっ!」
何故かため息をつかれた後で頭を上から押さえつけられてぐりぐりされた。何気に痛い。せっかく背が伸び始めて来たんだから頭を押さえるのは止めてほしい。止まったらどうしてくれるんだ。
これからを考えたけれど、これといった未来が思いつかなかった。今までのような穏やかで暖かい生活が出来ればいいくらいしか希望がない。このままここにいては難しそうだけど、ここを離れるとなるとまたお尋ね者にならないだろうか。逃げるにしても逃げないにしても、これまでの生活は難しそうに思えた。
「ルイは……どうしたい?」
一人では答えが出なかったからそう尋ねた。ルイの未来にも影響するのだから。
「俺?」
「ああ。ここに残ればどこに属するかはわからないけれどお抱えの魔術師として生きることになるんだろう? でも、嫌だと言えば逃げるしかない。また逃亡生活だ」
そうなればルイに負担をかけることになる。今度からは私も魔術を使えるからその面では少しは役に立てるだろうけれど、生活力のない私と一緒だと苦労をかけてしまう。いっそ別々に行動してもいいのだろうか? ルイは恩を感じているのだろうけれど、それなら十分に返してもらった。
「私と一緒だとルイに負担をかけるばかりだ。だっ……」
「離れる気はないから」
言い終わる前に遮られて断言されてしまった。
「でも、私といても苦労をかけるばかりだ。今回の結界を張ったのは私だって知られているのだろう? だったら……」
「何があっても離れる気はないし、離す気もない。それは絶対だ」
「絶対……」
そこまで言い切られてしまうと反論する気にもなれなかった。前からそう言い続けているし、本心なのは疑いようもないから。何でそこまで言うのか理解しがたいのは変わらない。ルイみたいに顔がよくて何でも出来る男ならいくらでも相手は選べるだろうに。こんな貧相な生活力皆無で魔術のことしか能がない私なんかに執着する必要はないと思うんだけど……
「二度とそんなこと言うな。言ったらもう待たないぞ」
妙な圧と共にそう言われた。待たないって……
「大分肉付きもよくなってきたし、問題ないだろう」
そういってこちらに向ける視線にこれまで感じたことのない色気があった。それって……
「わ、わかりま、した……」
ちょっと待て!! 本気だったのか!?
「顔赤いぞ」
「っ!」
「ああ、飯もらってくる」
動揺して何も言えなくなった私ににやりとした笑みを向けると、ルイが上機嫌で部屋を出て行った。
「目が覚めたか」
「ルイ……」
見知った部屋でも記憶の最後が直ぐに思い出せたせいか、一番身近な存在に途方もない安堵が全身を満たした。ここにいるってことは、ルイがこうして側にいるってことは、上手くいったのだろう。
「結界は……」
「完璧だった。塀や門に傷すら付かなかった」
「……そっか」
よかった、何も誰も傷つかなかったのだ。雷角牛がどれくらい迫っているか正確な距離がわからなかったから間に合うかと心配だったけれど。
「まぁ、でも、面倒なことになったけどな」
「やっぱり……」
ギシリとベッドが鳴いた。ルイが腰かけたからだ。面倒か、でもそうなった理由は聞かなくてもわかる。あんな結界を張れる人間なんて滅多にいないから騒ぎになったのだろう。しかもどう見ても貧弱で魔力なんて欠片もなさそうな私だったから。こうなるのが嫌で二人で秘密裏に結界を張って雷角牛のコースを逸らした後、この町を離れる予定だったのだから。
「今は術の大きさに身体が耐えられなかったから倒れたってことにしているけど」
「そっか」
実際、慌てていたから魔力量の調整も雑だったし、無駄が多かったのだろう。思ったよりも魔力を使ってしまった。幸い前のように魔力枯渇にならなかったのは、ずっと魔力を使わなかったせいで十分な魔力量があったのと、ここに来てしっかり食事と睡眠をとって身体が成長したお陰だろう。全身を感じてみたけれど、魔力が不足している感じはしない。
「あれから何日?」
「ああ、三日だ」
三日でこの状態なら回復も予想以上に早くなっている。以前の強化し尽くした身体なら一晩で回復しただろうけど、この身体でも十分だと思う。いや、これが普通なのだ。
「どうする?」
「どうって……」
どうしたらいいのだろう。正直見当もつかない。このまま引き留められるか、近くの大きな街の領主辺りからお迎えが来るか。優秀な魔術師が取り合いなのはどこの国も同じだし。
「町の町長からはこの町にいてほしいと懇願されている。自警団の隊長もだ。あと、これは予想だがこの辺りの領主の耳に届けば確実に拘束されるだろう。その先はお抱え魔術師か、またはさらに上位の貴族、最悪王族辺りからも声がかかるかもな」
「まさか、そこまでは……」
この辺の領主ならわからなくもないが、王族はないだろう。町一つを囲う結界なら王宮魔術師には造作もないことだろうし……
「あんたは自分の価値に自覚がなさ過ぎる。あれだけの術、普通は何日もかけてやるもんだ」
「そうなのか?」
それはさすがに大袈裟だろうと言おうとしたらルイが不機嫌を露わにした。ちょっと怖い。
「俺は結界魔術を知らないし、かけたことがないから何とも言えないけれど、俺でもあのレベルの術をかけようとしたら半日はかかる。もちろん、術式を覚えればそこまではかからないだろうけど」
金眼のルイでもそんなにかかるのか? いや、あの術式は細かくて覚えようとしたら時間はかかるけど。でも、基本の応用だから面倒なだけで難しくはない。
「あれだけの質と精度の結界なんぞ、簡単じゃないんだよ」
「てっ!」
何故かため息をつかれた後で頭を上から押さえつけられてぐりぐりされた。何気に痛い。せっかく背が伸び始めて来たんだから頭を押さえるのは止めてほしい。止まったらどうしてくれるんだ。
これからを考えたけれど、これといった未来が思いつかなかった。今までのような穏やかで暖かい生活が出来ればいいくらいしか希望がない。このままここにいては難しそうだけど、ここを離れるとなるとまたお尋ね者にならないだろうか。逃げるにしても逃げないにしても、これまでの生活は難しそうに思えた。
「ルイは……どうしたい?」
一人では答えが出なかったからそう尋ねた。ルイの未来にも影響するのだから。
「俺?」
「ああ。ここに残ればどこに属するかはわからないけれどお抱えの魔術師として生きることになるんだろう? でも、嫌だと言えば逃げるしかない。また逃亡生活だ」
そうなればルイに負担をかけることになる。今度からは私も魔術を使えるからその面では少しは役に立てるだろうけれど、生活力のない私と一緒だと苦労をかけてしまう。いっそ別々に行動してもいいのだろうか? ルイは恩を感じているのだろうけれど、それなら十分に返してもらった。
「私と一緒だとルイに負担をかけるばかりだ。だっ……」
「離れる気はないから」
言い終わる前に遮られて断言されてしまった。
「でも、私といても苦労をかけるばかりだ。今回の結界を張ったのは私だって知られているのだろう? だったら……」
「何があっても離れる気はないし、離す気もない。それは絶対だ」
「絶対……」
そこまで言い切られてしまうと反論する気にもなれなかった。前からそう言い続けているし、本心なのは疑いようもないから。何でそこまで言うのか理解しがたいのは変わらない。ルイみたいに顔がよくて何でも出来る男ならいくらでも相手は選べるだろうに。こんな貧相な生活力皆無で魔術のことしか能がない私なんかに執着する必要はないと思うんだけど……
「二度とそんなこと言うな。言ったらもう待たないぞ」
妙な圧と共にそう言われた。待たないって……
「大分肉付きもよくなってきたし、問題ないだろう」
そういってこちらに向ける視線にこれまで感じたことのない色気があった。それって……
「わ、わかりま、した……」
ちょっと待て!! 本気だったのか!?
「顔赤いぞ」
「っ!」
「ああ、飯もらってくる」
動揺して何も言えなくなった私ににやりとした笑みを向けると、ルイが上機嫌で部屋を出て行った。
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