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望まない招待
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「……い、おい、起きろ」
温い微睡みに漂っていた意識はゆすられながらかけられた声に浮上した。顔に接する冷気で目が覚めると同時に、口が塞がれていると気付く。
「しっ! 声出すな」
小さいながらも鋭い声に緊張感が増す。こんなことは何度かあった。この町に辿り着くまでの間に、危険が迫っている時だ。無言で頷くとゆっくり取れが離れ、覆われていた部分を冷気が撫でた。周囲をも渡すと既に夜中らしく真っ暗で、階下の食堂からも物音ひとつしない。ということは酒場の営業が済んで久しいのだろう。
「何?」
「お迎えだ」
「それって……」
「勧誘という名の拘束だろうな」
そうなる予感はあったけれど、現実になったのかと冷たく重い泥が胃に溜まるような不快感を覚えた。こんな夜中に闇討ちみたいな体で来なくてもいいだろうに。宿の主人にも住民にも迷惑な話だ。
目覚めてから半月、私は順調に回復していた。それでも周りを欺くために私は魔力切れで寝込んでいることにして様子を見ていた。そんな中今日の昼頃、町に騎士を率いた一行が到着したとの話をルイが聞きつけて来たので、そろそろ潮時だろうと思っていた。それはつまり、私をお抱え魔術師として召したいとの領主からの同行依頼という名の連行だろう。
これまでの日々、私はルイと何度も何度も今後のことを話し合った。今回のことで私の力が明らかになってしまったのだけど、それは想像以上に面倒な事態になっていた。この国の魔術師の最高責任者に興味を持たれてしまったらしく、弟子に迎えたいと領主を介して連絡してきたのだ。体調が優れないからと言って返事を待ってもらっていたのだけど、さすがに痺れを切らしたらしい。魔力切れなら王都で療養してもいいだろうと、騎士付きで迎えを寄こしてきたのだ。
王宮魔術師の弟子となれば身分は保証されるし、これ以上ない名誉だし、ランメルト国に連れ戻される可能性だって限りなく低くなる。冷静に考えれば悪いことはないのだけど……私はその提案を断り、使者は憤慨しながら帰っていった。それが三日前のこと。無理強いはしたくないと言っていたからこのまま見逃してくれないだろうかと願っていたのだけど、その考えは甘かったらしい。耳をすませば外に複数の靴音と人の気配を感じる。強硬手段に出たのだろう。ルイが動いたということはそういうことだ。
ベッドから起き上がってフード付きのローブを被る。荷物はまとめたままでいつでも逃げ出せるようになっている。こうなることを予想していたからだけど。
「いいのか?」
周りを見渡して忘れ物がないかを確かめる私にルイが消え入りそうな声で尋ねた。
「何が?」
「あいつらと行けば王宮魔術師になれる」
それは多分、魔術師の誰もが渇望する地位なのだろう。ランメルト国でもそうだった。誰もが夢見る王宮付き魔術師は平民出身であっても高位貴族と同等の力と地位を得られる。魔力を持つものが夢見る最上位の地位だ。
「ルイはなりたいのか?」
そう尋ねるとムッとした表情を浮かべた。美形の怒った顔はどうしてこうも迫力があるのか。だけど、勧誘されたのは私だけじゃない、ルイもだ。だけどルイは最初から一蹴していた。そんなものに興味はないと。なのにそう問うのは私のためなのだろう。
「興味ないよ。馬車馬みたいに働くなんてまっぴらだ」
真っ直ぐルイを見て答えた。これが本心。神殿で幼い頃から死ぬほど働かされた私には、魔術師になってもそんな未来しか思い浮かばない。魔術師の数は希少なのに求められるものは多いから。だからこそ平民でも上位貴族並みの力を得られるのだ。そんな未来はごめんだ。のんびり過ごしたい、それが今の私の願い。物凄く理想が低すぎて人が聞いたら若いのに何を言っているんだと一喝されそうだけど、寝る間もなく食べる物もなく、ひたすら命じられたことだけする日々を何年も過ごしてきたから、あんな生活は二度としたくない。少なくとも今はそんな気になれない。
「わかったよ。じゃ、いくぞ」
「うん」
ルイが家財道具の入った鞄を背負い、私も小さめの鞄を背負った。今の私はもう無力な子どもじゃない。まだ体力はないし身体も小さいけれど、それを補って余りある魔力と魔術がある。この十日余り食っちゃ寝の生活を送ってきたから魔力も満タンだ。
「女将さんたちに迷惑かけちゃうな」
「大丈夫だ。何も知らなきゃ何も言えないんだから」
魔術師の話を断ったことは女将さんとマスターには話してある。でも、どこに行くか、何をするかは一言も話していないから心配ないとルイは言う。確かに何も知らなきゃ答えようがないし、探さないで下さいと書いた書置きもテーブルにある。私たちの素性も何も話していないから手がかりはないから探しようがない。
「行くぞ」
「ああ」
ルイが私に手を伸ばしたのでその手を取った。その時だった。
「はぁ、やっと見つけた~」
緊迫する空気にそぐわない能天気な声が響いて身体が震えた。どこかで聞いたことのある声は涼やかで可憐といってもいいもので。
「ルイ、今度は逃がさないわ」
部屋の入り口にいたのは、暗闇でも輝く髪と薄い瞳を持ち、女神の彫像のように整った顔立ちをした、とんでもない美人だった。
温い微睡みに漂っていた意識はゆすられながらかけられた声に浮上した。顔に接する冷気で目が覚めると同時に、口が塞がれていると気付く。
「しっ! 声出すな」
小さいながらも鋭い声に緊張感が増す。こんなことは何度かあった。この町に辿り着くまでの間に、危険が迫っている時だ。無言で頷くとゆっくり取れが離れ、覆われていた部分を冷気が撫でた。周囲をも渡すと既に夜中らしく真っ暗で、階下の食堂からも物音ひとつしない。ということは酒場の営業が済んで久しいのだろう。
「何?」
「お迎えだ」
「それって……」
「勧誘という名の拘束だろうな」
そうなる予感はあったけれど、現実になったのかと冷たく重い泥が胃に溜まるような不快感を覚えた。こんな夜中に闇討ちみたいな体で来なくてもいいだろうに。宿の主人にも住民にも迷惑な話だ。
目覚めてから半月、私は順調に回復していた。それでも周りを欺くために私は魔力切れで寝込んでいることにして様子を見ていた。そんな中今日の昼頃、町に騎士を率いた一行が到着したとの話をルイが聞きつけて来たので、そろそろ潮時だろうと思っていた。それはつまり、私をお抱え魔術師として召したいとの領主からの同行依頼という名の連行だろう。
これまでの日々、私はルイと何度も何度も今後のことを話し合った。今回のことで私の力が明らかになってしまったのだけど、それは想像以上に面倒な事態になっていた。この国の魔術師の最高責任者に興味を持たれてしまったらしく、弟子に迎えたいと領主を介して連絡してきたのだ。体調が優れないからと言って返事を待ってもらっていたのだけど、さすがに痺れを切らしたらしい。魔力切れなら王都で療養してもいいだろうと、騎士付きで迎えを寄こしてきたのだ。
王宮魔術師の弟子となれば身分は保証されるし、これ以上ない名誉だし、ランメルト国に連れ戻される可能性だって限りなく低くなる。冷静に考えれば悪いことはないのだけど……私はその提案を断り、使者は憤慨しながら帰っていった。それが三日前のこと。無理強いはしたくないと言っていたからこのまま見逃してくれないだろうかと願っていたのだけど、その考えは甘かったらしい。耳をすませば外に複数の靴音と人の気配を感じる。強硬手段に出たのだろう。ルイが動いたということはそういうことだ。
ベッドから起き上がってフード付きのローブを被る。荷物はまとめたままでいつでも逃げ出せるようになっている。こうなることを予想していたからだけど。
「いいのか?」
周りを見渡して忘れ物がないかを確かめる私にルイが消え入りそうな声で尋ねた。
「何が?」
「あいつらと行けば王宮魔術師になれる」
それは多分、魔術師の誰もが渇望する地位なのだろう。ランメルト国でもそうだった。誰もが夢見る王宮付き魔術師は平民出身であっても高位貴族と同等の力と地位を得られる。魔力を持つものが夢見る最上位の地位だ。
「ルイはなりたいのか?」
そう尋ねるとムッとした表情を浮かべた。美形の怒った顔はどうしてこうも迫力があるのか。だけど、勧誘されたのは私だけじゃない、ルイもだ。だけどルイは最初から一蹴していた。そんなものに興味はないと。なのにそう問うのは私のためなのだろう。
「興味ないよ。馬車馬みたいに働くなんてまっぴらだ」
真っ直ぐルイを見て答えた。これが本心。神殿で幼い頃から死ぬほど働かされた私には、魔術師になってもそんな未来しか思い浮かばない。魔術師の数は希少なのに求められるものは多いから。だからこそ平民でも上位貴族並みの力を得られるのだ。そんな未来はごめんだ。のんびり過ごしたい、それが今の私の願い。物凄く理想が低すぎて人が聞いたら若いのに何を言っているんだと一喝されそうだけど、寝る間もなく食べる物もなく、ひたすら命じられたことだけする日々を何年も過ごしてきたから、あんな生活は二度としたくない。少なくとも今はそんな気になれない。
「わかったよ。じゃ、いくぞ」
「うん」
ルイが家財道具の入った鞄を背負い、私も小さめの鞄を背負った。今の私はもう無力な子どもじゃない。まだ体力はないし身体も小さいけれど、それを補って余りある魔力と魔術がある。この十日余り食っちゃ寝の生活を送ってきたから魔力も満タンだ。
「女将さんたちに迷惑かけちゃうな」
「大丈夫だ。何も知らなきゃ何も言えないんだから」
魔術師の話を断ったことは女将さんとマスターには話してある。でも、どこに行くか、何をするかは一言も話していないから心配ないとルイは言う。確かに何も知らなきゃ答えようがないし、探さないで下さいと書いた書置きもテーブルにある。私たちの素性も何も話していないから手がかりはないから探しようがない。
「行くぞ」
「ああ」
ルイが私に手を伸ばしたのでその手を取った。その時だった。
「はぁ、やっと見つけた~」
緊迫する空気にそぐわない能天気な声が響いて身体が震えた。どこかで聞いたことのある声は涼やかで可憐といってもいいもので。
「ルイ、今度は逃がさないわ」
部屋の入り口にいたのは、暗闇でも輝く髪と薄い瞳を持ち、女神の彫像のように整った顔立ちをした、とんでもない美人だった。
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