番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

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番外編

番外編② 側近たちの弔い酒

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 ブロムが死んだ。

 その報告を受けた俺は、こうなる事を避けられなかった自分の無力さがじんわりと覆いかぶさってくるのを感じていた。何が切れ者宰相だ。こんな結末を迎えたというのに…何とも言い切れない思いが込み上げてくるのを、俺はただ甘受するしかなかった。

 ブロムが起こした騒動は、相手が一個人であれば大した問題にはならなかっただろう。だがジークは国王という、決して手を出してはいけない至宝の存在だった。そう、ジークが王でなければ、ブロムが死ぬ事はなかったのだ。

 ブロムとジークは幼馴染で…親友だった。多分ジークにとっては、宰相をやっている俺よりもブロムとの繋がりの方がずっと強く、心の距離も近かったと思う。それは彼らが物心つく前からの付き合いで、似た境遇故にいつも一緒だった事が大きかっただろう。
 二人共両親から見向きもされず、寂しい子供時代を送っていた。俺は両親が常に側に居て、鬱陶しいと思うくらいには大事にされたが、彼らは両親からの関心が酷く希薄だったのだ。
 一方で、竜人らしくあれ、王に相応しいものであれと厳しく育った二人だった。王と宰相の子という、国のトップの子として生まれた彼らは、俺などよりもずっと大きな期待をかけられていた。育ったのも王宮で、常に人の目に晒されていたのだ。きっと窮屈な子ども時代だったのだろうと思う。

 実際、先王があの惨劇を起こすまでは、二人は見るからに親友と言っていい存在だった。ベタベタした気安い関係ではないし、どこか一線を引いてはいたが、それでも互いに競い合い、協力し合い、分かり合っているのは傍目にも明らかだった。
 王宮の者達が、ジークが王に、ブロムが宰相になるのが理想的だと話しているのを何度も聞いた。生真面目で汚い手を厭うジークは理想の王に見えたし、一方で汚い手でも必要とあれば躊躇なく使えるブロムは、王を支える宰相としてはぴったりだった。王は国民の道標となるべき存在だから、清廉潔白さが求められていたからだ。そしてそれは、近い未来に実現するはずだった。

 そんな未来を壊したのは、ジークが王になるのを最も願っていたブロムの父親だった。番に狂い、暴走し、最期には自らの親友でもあった宰相ですら手にかけようとした先王は、その場で最も強かったジークによって止められたが…親友の父を手にかけたジークと、親友に父を傷つけられ、同時に親友を父に傷つけられたブロムの間には…到底埋められそうにない、深く険しい溝が出来たように見えた。

 あの日から二人の間にあった心通う交流は途絶えた。何があったのかは、俺も知らない。それでも、二人の関係が大きく変わったのだけは伝わってきた。

 先王が強制的に退位となり、新王を選ぶ過程で、二人の関係はより悪化したように見えた。先王の狂気を止めたジークを評価する者は多く、無欲で常に冷静な態度は王に相応しいと褒め称えられた。
 一方で、先王の唯一の息子であり、自信家で尊大な態度をとるブロムもまた、王に相応しいと多くの支持を集めた。

 最終的に王に選ばれたのは、ジークだった。ここで本来ならブロムが宰相になる筈だった。実際、ジークはブロムに宰相になる様に打診し、周りもそのつもりだったのだ。これまでの慣例からも最終選考で残った二人が王と宰相になっていたからだ。
 なのにブロムはそれを蹴って、野に下った。どうしてそうなったのかまでは、俺も知らない。もしかしたらジークも知らないかもしれない。ブロムは…胸の内を話すような奴じゃなかったから。


「トール、終わったか?」
「一杯、どうだ?」

 外がすっかり暗闇に包まれた頃、執務を終えて帰ろうとした俺の元にやって来たのは、エリックとレイフだった。二人の考えている事は…俺と同じだっただろう。俺は侍女に酒とそれに合う軽い食事、そしてアルマに今夜は王宮に泊る旨の伝言を頼んだ。明日は仕事も休みだ。今夜は夜通し飲む事になるだろう…



「ジークは?」

 飲み始めてからどれだけの瓶を空けただろうか?ここにいる三人は皆、人並み以上に酒が強かった。まぁ、上位種になればなるほどその傾向は強いし、竜人の俺はなおさらだ。既に瓶を四、五本は開けたが…ふわふわする程度だ。

「エリサ様に付いている。昨夜ようやく熱が下がられたが、まだ安心出来ないんだろう」
「そう、だな…」
「エリサ様だけでも無事でよかったな」
「まぁ、ブロムがエリサ様を害するとは思わなかったけどな」
「確かに…」

 ジークは、戻ってきたエリサ様の側から離れようとしなかった。心情はわかる。番が攫われて丸一日行方知れずとなり、戻ってきた後も熱を出して倒れたのだ。まだ番になって日が浅く、身体が出来上がっていない最中なだけに、不安が尽きないのだろう。番の側に居る事で心の均衡を保っているのが分かるから、誰も何も言わなかった。

 飲めばバカ騒ぎするエリックもレイフも、今日ばかりは言葉少なだった。普段は二人とも陽気に騒ぐのを好む性質だが…さすがに今は難しいだろう。二人共酒の量の割には酔っている風には見えなかった。
 でも…二人もまたブロムと幼馴染であり、共に学んだ仲間でもあったのだ。こいつらが何を思っているかなど、俺が立ち入るものではないが…ブロムを悼む気持ちは同じだろう。




「あ~あ、なんでブロムの野郎は…あんな馬鹿やったんだ…他に…やりようがあった筈なのに…ったく…どうして一人で…」

 それから更に瓶を空けた頃、かなり酔ったレイフがブチブチ言い始めたが、俺たちは黙ってそれを聞いていた。レイフの言葉は、俺たちの心情そのものだったからだ。何度も何度もどうして、何故と問いかけたが…答えてくれるあいつはもういないのだ…それでも、そう問いかけずにはいられなかった…

「ったくよぉ…何でも一人で背負い込みやがって…ちっとくらい…俺たちにも相談してくれれば…」
「そうだな…」
「他にもやり方があっただろうに…あいつ一人で抱え込まなくったって…」
「……」
「仲間だったんだぞ。なのに…」

 すっかり酔ったレイフが、独り言のようにブロムに悪態をつくのを、俺もエリックも杯を空けながら静かに聞いていた。レイフは完全に酔っぱらって返事がなくても気にならなくなっていたが、ストレートなその言葉はまさに俺たちの心中そのものだった。

 あれから俺は、俺だけでもブロムについていけばよかったかもしれない…と何度も考えた。脳筋レイフやあまり馬が合わなかったエリックとは違い、俺はブロムと仲が悪かったわけじゃなかった。あいつが考えている事も大方察しがついていたし、あいつも俺がついていくと言えば、きっと断らなかっただろう…そうしていれば、あいつを失わずに済んだのかもしれない…
 勿論、そうしていたら国が安定するのにまだ時間はかかっただろう。多分マルダーンとの同盟も結べなかっただろうし、ジークが番を得る事もなかった。
 だが、そうしていればブロムを失わずに済んだだろう。その可能性が高かっただけに、一層苦々しい思いが尽きなかった。
 いや、全ては今更だし、もしかしたらもっと悪い方向に向かった可能性もあっただろうが。

「あ~あ、レイフ寝ちまったよ」
「その辺に転がしておけ。丈夫だから風邪ひかないだろう」
「そうだな…」

 この三人の中では一番酒に弱いレイフが寝落ちした。こいつはペース配分も体育会系のそれだから尚更だが、こうして寝落ち出来るほど酔えるのは羨ましい限りだ。明日は二日酔いだろうが。

「…不味いな…」
「ああ…年代物の銘酒なんだがな…」
「そうか…」
「こういうのは、これで最後にしたいな…」
「全くだ…」

 誰かを弔うために飲む酒なんぞ、美味くなくていい。だが…飲まずにはいられないのも確かだった。心の整理を付けるために、また明日から前を向いて歩くために。
 その為に、せめて今だけは、昔に想いを馳せてもいいだろう。仲間だった男のために…俺たちと同じ志を持って散ったあいつのために…

 窓からそっと空を見上げた。星一つ見えない夜だった。


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