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【書籍化記念】番外編
王妃に忍び寄る不穏な影~ベルタ
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離宮の周辺は自然な森をイメージした庭になっていた。これはこの離宮の最初の主になった番様が辺境の出身で、生まれ育った森を懐かしんだことから故郷の雰囲気に似せて作ったのだと言われている。実際にはきちんと計算されて作られているらしいが、素人の私にはそんな風には見えない。それでも、警備の点からいえば納得だった。警備しやすいように、一方で外からは見えにくいようになっているのだ。
「ベルタ様」
庭に出て暫く歩いていると、護衛騎士のアレンに声をかけられた。彼は熊人で体格がいいが穏やかな性格の持ち主だ。それでもルーベルト兄さんに見込まれただけあって、勘が鋭く気が利く。穏やかそうに見えるが、小さな変化も見逃さない点が評価されていた。
「どうした、アレン殿?」
「少々気になる点が。数日前からこのエリアに近づく者が」
「この離宮にか?」
「いえ、離宮とは距離がありますが、これまではここの近付くこともありませんでした。日に二、三度、業務の合間の気晴らしに散策しているように見えますが……」
彼にも怪しいという確信はないのだろう。それでもこの離宮とその周辺はエリサ様が滞在されているので王宮の者はあえて近づかない。そんな中で近づこうとする者を警戒するのは当然だろう。
「それで、一体誰が?」
「エッダとです」
「エッダが?」
エリサ様を侮っている彼女がここに近づくなど不信感しかない。それとも別の理由があるのか……
「彼女がここに近づく理由に心当たりは?」
「特には……」
「そうか。一応警戒しておいてくれ」
「はっ」
念のため警戒を促してアレンと別れた。彼なら細かく指示を出さなくても適切に動いてくれるだろう。陛下がご不在の今、警戒し過ぎることはないのだ。
その日の夜、私はラウラの部屋のすぐ隣の部屋で一夜を明かした。ここなら何かあってもすぐに察知出来るだろうと思ったからだ。そして幸いにも何事もなく済んだ。
一方でラウラの熱は上がったり下がったりを繰り返していて、エリサ様はずっとラウラに付き添っていた。寝不足を心配したが、ここではしなければならないことは何もないからと笑っておられた。確かにエリサ様には王妃としての公務はなく、今はユリアの授業くらいしかやることはない。しかもそれは離婚した後のためだというのだから、つくづく欲のない方だなと思った。
「エリサ様、ラウラの様子はいかがですか?」
熱を出した二日目、ユリアがお見舞いにやってきた。エリサ様は凄くお喜びになっていたが、ユリアのお見舞いの品もネネリの実だと知って苦笑されていた。私が持ってきた分もまだ残っているから困ったと思われたのかもしれない。
「こんなにあると、食べきる前に傷んでしまうかしら?」
二人分で籠いっぱいになったネネリの実を眺めながら、エリサ様が首を傾げた。
「大丈夫ですよ、エリサ様」
「ネネリの実は日持ちしますからね」
「そうなんですか?」
「はい。皮が固い分、傷むのも時間がかかりますよ。あと皮をむいて乾燥させて干しネネリにすると一月は持ちます」
「まぁ、乾燥できるの?」
エリサ様の表情が途端に明るくなった。果物を乾燥すると甘みが増すので、お菓子作りに使えるのだという。エリサ様はお菓子作りが趣味で、こちらに来てからはよくラウラと作っているのだという。最近はマルダーンにはない材料を試しているのだと笑った。
「ベルタ様、動きが……」
ラウラの部屋の隣で休んでいた私に声をかけたのはアレンだった。外はすっかり暗闇に包まれ、昼間とは一転して小雨が降っていた。こんな夜は音が雨音に消されるので襲撃には適している。今夜にも動きがあるかと思っていたが、予想通りだった。
「雨に紛れ込んだか」
「はっ。賊は三人のようです。王妃様の部屋の外に……」
「そうか。そちらに向かったなら好都合だな」
エリサ様はご自身の部屋とは反対側の侍女たちの部屋のエリアにいる。エリサ様の部屋にもラウラ用の控室はあるけれど、そちらは仮眠用で手狭だから今はラウラの本来の部屋だ。そこなら少々騒ぎになってもエリサ様の耳には届かないだろう。
私はそっと部屋を抜け出した。ラウラの部屋を静かに覗くと、エリサ様は近くのソファで眠っていらっしゃるようだった。
「兄……ルーベルト隊長は?」
「既に連絡済です」
「そうか。これから迎え撃つが音は立てるな。エリサ様たちに気付かれないようにしろ」
「畏まりました」
エリサ様の部屋に侵入させるわけにはいかない。狙うは生け捕りにしてその裏で糸を引く人物を引きずり出すことだ。私はそっと愛用の剣に手をかけた。
「ベルタ様」
庭に出て暫く歩いていると、護衛騎士のアレンに声をかけられた。彼は熊人で体格がいいが穏やかな性格の持ち主だ。それでもルーベルト兄さんに見込まれただけあって、勘が鋭く気が利く。穏やかそうに見えるが、小さな変化も見逃さない点が評価されていた。
「どうした、アレン殿?」
「少々気になる点が。数日前からこのエリアに近づく者が」
「この離宮にか?」
「いえ、離宮とは距離がありますが、これまではここの近付くこともありませんでした。日に二、三度、業務の合間の気晴らしに散策しているように見えますが……」
彼にも怪しいという確信はないのだろう。それでもこの離宮とその周辺はエリサ様が滞在されているので王宮の者はあえて近づかない。そんな中で近づこうとする者を警戒するのは当然だろう。
「それで、一体誰が?」
「エッダとです」
「エッダが?」
エリサ様を侮っている彼女がここに近づくなど不信感しかない。それとも別の理由があるのか……
「彼女がここに近づく理由に心当たりは?」
「特には……」
「そうか。一応警戒しておいてくれ」
「はっ」
念のため警戒を促してアレンと別れた。彼なら細かく指示を出さなくても適切に動いてくれるだろう。陛下がご不在の今、警戒し過ぎることはないのだ。
その日の夜、私はラウラの部屋のすぐ隣の部屋で一夜を明かした。ここなら何かあってもすぐに察知出来るだろうと思ったからだ。そして幸いにも何事もなく済んだ。
一方でラウラの熱は上がったり下がったりを繰り返していて、エリサ様はずっとラウラに付き添っていた。寝不足を心配したが、ここではしなければならないことは何もないからと笑っておられた。確かにエリサ様には王妃としての公務はなく、今はユリアの授業くらいしかやることはない。しかもそれは離婚した後のためだというのだから、つくづく欲のない方だなと思った。
「エリサ様、ラウラの様子はいかがですか?」
熱を出した二日目、ユリアがお見舞いにやってきた。エリサ様は凄くお喜びになっていたが、ユリアのお見舞いの品もネネリの実だと知って苦笑されていた。私が持ってきた分もまだ残っているから困ったと思われたのかもしれない。
「こんなにあると、食べきる前に傷んでしまうかしら?」
二人分で籠いっぱいになったネネリの実を眺めながら、エリサ様が首を傾げた。
「大丈夫ですよ、エリサ様」
「ネネリの実は日持ちしますからね」
「そうなんですか?」
「はい。皮が固い分、傷むのも時間がかかりますよ。あと皮をむいて乾燥させて干しネネリにすると一月は持ちます」
「まぁ、乾燥できるの?」
エリサ様の表情が途端に明るくなった。果物を乾燥すると甘みが増すので、お菓子作りに使えるのだという。エリサ様はお菓子作りが趣味で、こちらに来てからはよくラウラと作っているのだという。最近はマルダーンにはない材料を試しているのだと笑った。
「ベルタ様、動きが……」
ラウラの部屋の隣で休んでいた私に声をかけたのはアレンだった。外はすっかり暗闇に包まれ、昼間とは一転して小雨が降っていた。こんな夜は音が雨音に消されるので襲撃には適している。今夜にも動きがあるかと思っていたが、予想通りだった。
「雨に紛れ込んだか」
「はっ。賊は三人のようです。王妃様の部屋の外に……」
「そうか。そちらに向かったなら好都合だな」
エリサ様はご自身の部屋とは反対側の侍女たちの部屋のエリアにいる。エリサ様の部屋にもラウラ用の控室はあるけれど、そちらは仮眠用で手狭だから今はラウラの本来の部屋だ。そこなら少々騒ぎになってもエリサ様の耳には届かないだろう。
私はそっと部屋を抜け出した。ラウラの部屋を静かに覗くと、エリサ様は近くのソファで眠っていらっしゃるようだった。
「兄……ルーベルト隊長は?」
「既に連絡済です」
「そうか。これから迎え撃つが音は立てるな。エリサ様たちに気付かれないようにしろ」
「畏まりました」
エリサ様の部屋に侵入させるわけにはいかない。狙うは生け捕りにしてその裏で糸を引く人物を引きずり出すことだ。私はそっと愛用の剣に手をかけた。
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