81 / 85
【書籍化記念】番外編
王女の素顔~ベルタ
しおりを挟む
ラウラが熱を出しているので、エリサ様の離宮に泊ることにした。ルーベルト兄さんから聞いた襲撃の話が気になったからだ。今日みたいにいつもと違う時こそ狙われるのはお約束だ。
「ベルタさん、そこまでしなくてもいいですよ」
「いえ、こういう時は人手が多い方がいいのですよ」
エリサ様は私が心配して泊まりこむと思われたらしいが、それだけではない。それでも襲撃の可能性をルーベルト兄さんもエリサ様に知らせるつもりはなかったし、私も言うつもりはなかった。エリサ様が騎士並みにお強いのなら話す選択肢もあるが、そうではない以上、わざわざ不安にさせる必要もない。こういうことは周りの者がしっかりお守りすれば済む話だ。
「それに王宮のこともよく知っていますから、いざという時にはお役に立てるでしょう」
「確かにそうですね。ありがとうございます」
やはり不安があったのだろう。エリサ様の笑顔が力の抜けたものになった。ここにいる侍女や護衛も馴染んできているようだが、立場もあってまだ気を許せるほどではないのだろう。
それに、今日私がここに泊るとなれば、襲撃犯も手を出しにくいだろう。狼人は聴覚が鋭いから不審者の足音も聞き逃さないし、竜人に次ぐ身体能力と戦闘力を持つ。騎士でもあるここに私がいるだけで、相手に心理的な圧を掛けることが出来るだろう。やはり泊って正解だと思う。
ラウラの熱は高かったが、侍医の診断では流行り病などではなく、ただ疲れが出ただけだろうと言った。二人ともここに来た頃よりは血色も肉付きもよくなってきたが、それでもまだまだ痩せすぎの域を出ていない。そんな状態では体力も抵抗力も落ちるから、しっかり休んで養生するようにと言われたと聞いた。
実際、二人とも痩せすぎと言えるほどに細かった。食も細いようで、一度にたくさん食べられないらしいことは侍女からも聞いていた。母国での食生活に問題があったのは明らかだ。体重を増やすため、侍女たちは食事の間にも軽食かそれに準ずるお菓子を出すようにしているのだと言った。
「ベルタさん、ネネリの実、ありがとうございました」
離宮のサロンでお茶を頂きながら侍女達と話をしていると、ラウラの部屋から戻って来たエリサ様にお礼を言われた。
「ラウラがとても喜んでいましたわ」
「そうでしたか」
「ええ。その前に飲んだお薬がかなり苦かったらしくて……凄く美味しく感じたそうです」
「ああ、薬が苦いのは人族も同じなんですね」
「そうみたいですね」
そう言ってエリサ様が微笑んだ。屈託のない、素の笑顔が可愛らしい。
「じゃ、余計にネネリの実は美味しかったでしょうね。私も子供の頃はネネリの実のジュースが飲みたくて薬を飲んだものですから」
「ふふっ、みんな同じなんですね」
こうして話をすると、王女というよりも市井に住む普通の少女のようだった。威厳や気品は感じないけれど、素朴で温かみのある人柄はずっと好ましく思えた。
「あの、ベルタさん。ここでは普通に話して貰えませんか?」
「いえ、ですが……」
「確かに私は王妃の立場にありますが、それも形だけです。いずれは離婚して平民になる予定ですから」
笑顔でそう言われてしまうと、何だか複雑な気分だった。我が国の王妃の座に思い入れがないと言われるとちょっと寂しい。そりゃあ、陛下の妃は番様だけだと十分承知しているけど。贅沢もせず我儘も言わないエリサ様のような方がそうだったらいいのにと思う一方で、それを不安に感じる自分もいた。
(これは先代陛下の反動だろうか……)
先代陛下の番様も人族だったけれど、陛下に心を開くことはなかったと言われている。番様が最期の時まで望んだのはかつての婚約者だったとも。その後に続いた悲惨な事件もあって、獣人の中では人族が番になるのに不安も根強かった。
エリサ様はラウラの側に居たそうだったので、私は自分の部屋に戻ることにした。仲良くなりたいとは思うけれど、慌てても意味がないだろう。それに、エリサ様にとっての一番は圧倒的にラウラなのは明らかだ。
(本当に、姉妹と言ってもいいくらいに仲がいいものなぁ……)
私には兄しかいなかったから、ずっと姉か妹が欲しいと思っていた。そういう意味ではあの二人の姉妹のような関係は少し羨ましくも思えた。
(さて、少し周りを見てくるか)
気が付けば辺りが薄暗くなってきた。襲撃の可能性があるだけに、完全に暗くなる前に離宮の周りを見ておいた方がいいだろう。私は愛用の剣を腰に下げると部屋を後にした。
「ベルタさん、そこまでしなくてもいいですよ」
「いえ、こういう時は人手が多い方がいいのですよ」
エリサ様は私が心配して泊まりこむと思われたらしいが、それだけではない。それでも襲撃の可能性をルーベルト兄さんもエリサ様に知らせるつもりはなかったし、私も言うつもりはなかった。エリサ様が騎士並みにお強いのなら話す選択肢もあるが、そうではない以上、わざわざ不安にさせる必要もない。こういうことは周りの者がしっかりお守りすれば済む話だ。
「それに王宮のこともよく知っていますから、いざという時にはお役に立てるでしょう」
「確かにそうですね。ありがとうございます」
やはり不安があったのだろう。エリサ様の笑顔が力の抜けたものになった。ここにいる侍女や護衛も馴染んできているようだが、立場もあってまだ気を許せるほどではないのだろう。
それに、今日私がここに泊るとなれば、襲撃犯も手を出しにくいだろう。狼人は聴覚が鋭いから不審者の足音も聞き逃さないし、竜人に次ぐ身体能力と戦闘力を持つ。騎士でもあるここに私がいるだけで、相手に心理的な圧を掛けることが出来るだろう。やはり泊って正解だと思う。
ラウラの熱は高かったが、侍医の診断では流行り病などではなく、ただ疲れが出ただけだろうと言った。二人ともここに来た頃よりは血色も肉付きもよくなってきたが、それでもまだまだ痩せすぎの域を出ていない。そんな状態では体力も抵抗力も落ちるから、しっかり休んで養生するようにと言われたと聞いた。
実際、二人とも痩せすぎと言えるほどに細かった。食も細いようで、一度にたくさん食べられないらしいことは侍女からも聞いていた。母国での食生活に問題があったのは明らかだ。体重を増やすため、侍女たちは食事の間にも軽食かそれに準ずるお菓子を出すようにしているのだと言った。
「ベルタさん、ネネリの実、ありがとうございました」
離宮のサロンでお茶を頂きながら侍女達と話をしていると、ラウラの部屋から戻って来たエリサ様にお礼を言われた。
「ラウラがとても喜んでいましたわ」
「そうでしたか」
「ええ。その前に飲んだお薬がかなり苦かったらしくて……凄く美味しく感じたそうです」
「ああ、薬が苦いのは人族も同じなんですね」
「そうみたいですね」
そう言ってエリサ様が微笑んだ。屈託のない、素の笑顔が可愛らしい。
「じゃ、余計にネネリの実は美味しかったでしょうね。私も子供の頃はネネリの実のジュースが飲みたくて薬を飲んだものですから」
「ふふっ、みんな同じなんですね」
こうして話をすると、王女というよりも市井に住む普通の少女のようだった。威厳や気品は感じないけれど、素朴で温かみのある人柄はずっと好ましく思えた。
「あの、ベルタさん。ここでは普通に話して貰えませんか?」
「いえ、ですが……」
「確かに私は王妃の立場にありますが、それも形だけです。いずれは離婚して平民になる予定ですから」
笑顔でそう言われてしまうと、何だか複雑な気分だった。我が国の王妃の座に思い入れがないと言われるとちょっと寂しい。そりゃあ、陛下の妃は番様だけだと十分承知しているけど。贅沢もせず我儘も言わないエリサ様のような方がそうだったらいいのにと思う一方で、それを不安に感じる自分もいた。
(これは先代陛下の反動だろうか……)
先代陛下の番様も人族だったけれど、陛下に心を開くことはなかったと言われている。番様が最期の時まで望んだのはかつての婚約者だったとも。その後に続いた悲惨な事件もあって、獣人の中では人族が番になるのに不安も根強かった。
エリサ様はラウラの側に居たそうだったので、私は自分の部屋に戻ることにした。仲良くなりたいとは思うけれど、慌てても意味がないだろう。それに、エリサ様にとっての一番は圧倒的にラウラなのは明らかだ。
(本当に、姉妹と言ってもいいくらいに仲がいいものなぁ……)
私には兄しかいなかったから、ずっと姉か妹が欲しいと思っていた。そういう意味ではあの二人の姉妹のような関係は少し羨ましくも思えた。
(さて、少し周りを見てくるか)
気が付けば辺りが薄暗くなってきた。襲撃の可能性があるだけに、完全に暗くなる前に離宮の周りを見ておいた方がいいだろう。私は愛用の剣を腰に下げると部屋を後にした。
76
あなたにおすすめの小説
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
番ではなくなった私たち
拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。
ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。
──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。
アンとラルフの恋の行方は……?
※全5話の短編です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。